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96.邪神

 


 ティーナの身体を乗っ取り、14枚の暗黒色の翼をはためかせるサトシの言葉に、俺は絶句した。


 流れ星のように放たれる光線『流星シューティングスター』も、相手の動きを先読みする『魔眼』も、圧倒的な戦闘術を宿した『ゾルディアーク』も発動しない。

 自分の身体の一部が奪われてしまったかのような耐え難い喪失感が俺を襲う。



「…うそだろ?これは…どうしちまったんだよ?」

「おいおい、相変わらずアキは物分りが悪いなぁ。だからさっきから言ってるだろう?身体を借りてる駄賃代わりに俺の力を貸してただけだって」


 ばかな…


 サトシの言葉を裏付けるかのように、これまで2年以上も共にしてきた能力が…うんともすんとも言わない。そういえばさっきこいつが言っていた。俺がこれまで使ってきた【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】は…サトシあいつの能力なんだって。



 簡単には受け入れられない現実。発動しない能力に、俺は愕然とした。




 悪いことはそれだけに留まらない。これまで俺の身体の中に満ち溢れていた魔力でさえ、ほとんど感じられなくなっていたんだ。感覚的には、前の世界の…普通の人間に戻ってしまったかのよう。



「どうした、アキ?久しぶりのノーマルな身体に戸惑ってんのか?まぁでもしょうがないだろ、それが借り物でも何でもないお前の…本来の才能ポテンシャルなんだから」


 哀れむような口調で俺に語りかけてくるサトシ。だが、こいつの言葉も俺の耳にはろくに届いていなかった。


 どうやら俺に備わっていた力は全部サトシの借り物だったらしい。つまり俺が自分で手に入れたものなんて、何一つ無かったんだ。

 俺は…空虚な偽物。ただの凡人。


 その事実は、俺を絶望の淵に陥れた。まるで、これまで生きてきた2年間を全て否定された気持ちだった。






 だが、それ以上にショックなことがある。

 さっきサトシは言っていた、「ずっとアキの中にいた」と。

 もしそれが事実であれば、こいつは…俺が探しているのを知っていながら、ずっと俺の中に隠れていたことになる。

 なぜだ?どうしてこいつは…すぐに出てこなかったんだ?



「サトシ…俺はお前をずっと探してたんだぞ?なのに、なぜ…」

「はっはっは、悪かったなアキ。わざわざこの世界まで来てくれたってのに、なかなか相手できなくてさ。俺にも簡単に出れない、やむにやまれぬ事情があったんだよ」



 信じられないくらい軽い口調でそう説明するサトシに、俺は愕然とした。

 こいつは…もしかして俺のことなんてどうでも良かったのか?いやそれ以前に、こいつはこんなやつだったか?

 今のサトシと話していると、外見のこともあり…まるで別人と話しているような感覚に襲われる。感じられるのは、違和感だけ。

 だけど…だからといって会話を放棄するわけにはいかない。俺は気力を振り絞って改めてサトシに語りかけた。



「サトシ、お前はなぜさっき…アンクロフィクサやミクローシアの魂を…喰った?」

「なぜ?なぜって、最初からそのつもりだったからだよ」

「なんのためにって、そりゃあ俺の能力の一部にするためさ」


 確かに【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】は相手の魂を喰って自分の能力にする力を持っている。だけど…普通それを意図的にやるか?


「じゃあ…ゾルバルやスカニヤーの魂は…?」

「ああ、もちろん今も俺の中にある・・よ。

 …そういう意味ではアキ、お前は本当に良い仕事をしてくれたよ。おかげで俺はたいした苦労もせずに”七大守護天使”の魂が二つに、《複数覚醒者》の魔将軍の魂が二人も手に入った。こいつは実に満足のいく結果だ。そのことについては…お前に感謝してるんだぜ?

 見ろよ、この背の7対の翼を。これはな。7人分の天使級の魂を得たことを表してるのさ」



 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、背の暗黒の翼を羽ばたかせて俺に語りかけるサトシ。そのとき、突如俺の脳裏に…かつて俺のものだった【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】の情報が飛び込んできた。




 ーー【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】ーー


 《頭》…【魔脳アークブレイン】グイン=バルバトス

 《目》…【魔眼マジカルアイ】スカニヤー

 《右腕》…【星腕スターハンド】シャリアール

 《左腕》…【王腕キングハンド】ゾルディアーク


 《心臓》…【夢幻の心臓ファントムハート】ティアマンティーナ

 《右足》…【扉足サモン・レッグ】アンクロフィクサ。

 《左足》…【茨足ブランブル・レッグ】ミクローシア。



 ーーー




 なんだこれは…


 まるで見てはいけないようなものを見せつけられたような酷い気分になって、俺は強い目眩を感じた。


 たぶんサトシがわざわざ俺に情報を送って来たのだろう。あまりに恐ろしく、おぞましく、背徳的な行為。

 そんな胸糞が悪くなる情報を見せつけながら、サトシは自慢げに俺に語りかけてきた。



「見えたかい、アキ。こいつはなかなかのもんだろう?前回の時はイマイチ良く【新世界の謝肉祭こいつ】の仕組みが分かってなかったから適当に集めてたんだけど、今回はけっこういい感じにコンプリートしたぜ?」

「…は?」


 こいつは…なにをいってるんだ?

 一瞬サトシの言ってることができず、俺は間抜けな声を発していた。だが俺の異変に気づくことなく、サトシは言葉を続ける。


「あー、やっぱアキはステータス面を重視するタイプだったか?確かに単純な能力面で見ると、スカニヤーやシャリアールよりレイダーのほうが上だろうけどさ、【魔眼】や【流星】は使い勝手が良いんだよ。【魔眼】はレアスキルだし、【流星】なんて大量虐殺のときに便利だしな。

 反面、レイダーの能力は面白みが無いんだよなぁ。【絶対物理防御】とか【絶対魔法防御】とかっていっても、そもそも俺を傷つけられるやつなんていないしな。手に入れる意味がないんだよ」

「おい、サトシ……」

「あー、あとは…レイダー喰っちまったらさすがにつまんなくなりすぎるってのもあるな。だって、最強まで喰っちまったら楽しみが無くなるだろう?そしたらただの”作業ゲー”になっちまうしな」


 俺の背筋に、ゾクリと冷たいものが滑り落ちていく。こいつの言い方はまるで…


「サトシ、お前…なにゲームみたいなこと言ってるんだ?」

「あー、そういやアキは攻略サイト見らずに自力でクリアするタイプだったよな。俺たちが出会うきっかけとなった『ドラゴンファンタジア』でも、お前頑なに自力でやってたしな。

 てもさ。俺はお前も知っての通り、徹底的に攻略しないと気が済まないタイプなんだよ。そういう意味では二週目となる・・・・・・今回・・は、かなり満足のいく能力が揃ったかな?」


 サトシが嬉しそうに語る話を最後まで聞いて、俺は愕然がくぜんとした。

 こいつの語る口調は、昔と変わらない。あの頃俺たちがハマってたゲームについて語り合う時と同じだった。


 ただ、決定的に違うものがある。それは…あいつが集めているのが『ゲームのアイテム』ではなく『人の魂・・・』だということ。サトシは…人の命をまるでゲームのアイテムや能力と同じように話していたのだ。



 あぁ、こいつは…狂ってやがる!

 この瞬間、俺は確信した。サトシは…もはや俺の知るサトシではないと。







「サトシ、お前は…どうしちまったんだ?いったいなにがあったんだ?」


 俺の問いかけに、サトシは少しだけ寂しそうな顔を浮かべた。でもそれも一瞬だけで、すぐに元の表情に戻ると俺に説明し始めた。


「アキは俺の残してきた日記とプログラムを見てこの世界に来たんだろう?そこに書いていたとおり、俺は夢の中に現れたアンクロフィクサに召喚されてこの世界に来た。もっとも誰でも良かったわけじゃなく、俺には素質があったみたいだけどな。

 俺の作ったプログラムとアンクロフィクサの能力があって初めて実現したことなんだ。だけど、呑気に異世界へと旅立った俺に襲いかかってきたのは…あの地獄のような“異空間“だった」


 異空間。サトシが言うのは、俺がこの世界に来るときに体験した、あの精神を狂わすような光の濁流のことだろうか。

 確かにあれは酷かった。俺も気が狂うかと思うくらい最低最悪な空間だった。


「そしてこの世界に辿り着いた俺は、気がつくとグィネヴィアの中にいた。そう、俺はお前と同じように…グィネヴィアを生贄としてアンクロフィクサに召喚されたんだ」

「グィネヴィアを…生贄に?そのときグィネヴィアの魂は生きていたのか?」

「ああ、生きてたよ。しかもそれだけじゃねえ。表に出てあんな酷い目に遭わせたやつらに復讐しようとした俺を、必死に止めやがったんだ」


 一つの肉体に二つの魂。それこそが…かつて魔王と呼ばれたグイン=バルバトスの正体だったのだ。


「グィネヴィアのやつは最後の最後まで俺の邪魔をしやがった。挙げ句の果てに、わざとパラデインたちにトドメを刺させて、その瞬間に最後の力を振り絞って俺をまた異空間に飛ばしやがったんだ。さすがの俺も…そこまでやられたら防ぐことができずに飛ばされた」


 これが…20年前の魔戦争の裏側にある真実だと言うのか?激しい戦いの裏で、誰にも知られることのないサトシとグィネヴィアの戦いが行われていたというのか。



「グィネヴィアの捨て身の自爆攻撃のせいで、俺の魂は…あの地獄のような”異空間”に飛ばされちまったんだ。さすがにあれは参ったね、ほんっとガックリ来たよ。…腹いせにグィネヴィアの魂は喰ってやったけどな。

 グィネヴィアによって異空間に飛ばされた俺は、この世界に帰ってこようと死に物狂いでずっともがいていた。それは、道すら見えない暗黒の世界で落ちた一粒の砂を拾うような行為だ。いかに絶望的か分かるだろう?

 そのあとずっと…お前が召喚されるまで彷徨うはめになっちまったんだ。お前が召喚されたとき、何度かお前にしがみついて俺はこの世界に戻ってくることが出来たんだよ」


 そうだったのか…

 あの光の濁流の中で、あのときそんなことが起こっていたのか。

 そういえばあのとき、かすかに俺を呼ぶ声が聞こえたような気がした。あれは…サトシの声だったのか?



「ついでに言うと俺は、20年以上前からミクローシアとあるゲーム・・・・・をしていた。…どっちが先にアンクロフィクサの魂を手に入れるかっていうな」

「なんだって…?」

「あいつが欲しがってたのはアンクロフィクサの心だったかな。んまぁ今となってはそんなもんどっちでも良いか。

 俺はずっと、俺をあんな酷い目に遭わせたアンクロフィクサを喰おうと思ってたんだけど、ミクローシアのやつがそれをずっと阻止してたんだよ。ま、そのこと自体アンクロフィクサは気付いてなかったみたいだけどな。 

 オマケにミクローシアのやつ、俺の復活を邪魔してきやがった。あいつ、アンクロフィクサが遺した『魔族召喚』をいろんなやつらにやらせることで、異空間にいる俺が帰ってこれないように異空間をかき乱してやがったんだよ。

 …もっとも俺は、アキが召喚されたときに一緒に帰ってこれたんだけどな」


 それが…ミクローシアが『魔族召喚』をばら撒いていた理由だったのか。彼女はサトシの復活を恐れて、異空間をかき乱していたのだ。

 ミクローシアにとって、それは単にアンクロフィクサを守るための手段のひとつだったのかもしれない。初めて知ったミクローシアが魔本をばら撒いていた理由は、俺が当初考えていたものとはかけ離れたものだった。



「その後のことは話す必要なんて無いよな?結果はご存知のとおり…俺の勝ちさ」

「サトシ、お前…人の魂をなんだと思ってるんだ?」

「あん?そんなもん…ただのコレクションだとしか思ってねぇよ」



 …コレクションだと?

 こいつは、人の魂をコレクションと呼んだのか?


 絶句する俺に向かって得意げに語る姿は、まるで…中高生が得意げに自分が見つけたゲームの攻略法を語っているかのよう。

 あまりにもおぞましいサトシの発言に、俺はヤツを問いたださずにはいられなかった。



「…サトシ…お前、正気か?」

「…ああアキ、俺はいつでも正気だよ。もっとも俺は、そう言うお前のほうこそ正気を疑うけどな。

 …あーでも、そういえばアキはそういうやつだったよな。ストーリー重視で感情移入するタイプ。一方の俺は常にゲーム性やバランス、あと完璧にクリアすることを重視してたからな」

「ふざけるなっ!ゲームと現実は違う!人の魂はアイテムなんかじゃねえれ!サトシきさま、人の命をなんだと思ってやがるんだっ!!」


 怒気のこもった俺の発言を受けて、サトシの態度が一気に急変した。まるで周囲の温度が下がったかのように冷たい気配がサトシの周りを包み込む。



「…アキ、お前こそふざけんなよ。お前は…自分の魂の尊厳こそが弄ばれたことに気づいてんのか?」

「俺が…弄ばれた?」


 何を言ってるのか理解できず、首をひねる俺に対して、サトシは心底哀れみの視線を向けた。



「アキ、お前はほんっとおめでたいやつだな。お前はわかってるのか?俺たちはな…この世界のやつらの勝手な都合で、魂だけの状態になってあの気が狂いそうになる空間を通ってこの世界に呼び出されたんだぞ?しかも…生贄なんてもんまで使ってな」


 サトシの瞳から湧き出るのは、怒りの炎。

 そういえばこの世界に旅立つ前のこいつの日記は、異世界に対する夢と希望に満ち溢れていた。それが今や、サトシから感じられるのは…この世界をゲームのように楽しむ空虚さと、激しい怒りだけ。

 何がこいつを…こんなにも変えてしまったというのか?



「サトシ…?」

「…まぁいいさ。お前が理解しようがしまいが、俺のやることは変わらないんだからな」


 結局サトシが怒気を発していたのも僅かな間だけ。すぐに元の落ち着きを取り戻すと、冷静な口調でそう口にした。



「サトシお前…一体何する気なんだ?そんなに力を…魂を集めて、これからなにをする気なんだ?」

「なにって、そんなの復讐に決まってるだろう?勝手に呼び出しておいて俺を地獄のどん底に叩き落としやがった、腐りきったこの世界に対する復讐さ」


 復讐?復讐だと?

 こいつにとっての復讐とは、一体なんなんだ?


「サトシ、お前にとって復讐とは…?」

「ああ。…このクソみたいなふざけた世界をぶっ壊すことさ。全員皆殺しにして、俺が新しい世界を作ってやる」



 最高に邪悪な笑みを浮かべ、サトシがそう言い放った。









「アキ、下がれ!こいつは恐ろしい存在だ!感じられる魔力量、それに世界を滅ぼそうとする邪悪な意思。…これではまるで”邪神”だ!」


 呆然とする俺を押しのけるようにして、声をかけてきたレイダーさんが一歩前に出た。自失していた俺は、ふらふら歩きながら押し出されるようにして一気に後方まで追いやられてしまう。


 その間、俺はレイダーさんの言葉を反芻していた。

 邪神…

 そう。まさにサトシは邪悪の権化…”邪神”へと変貌を遂げていたんだ。



「よしいくぞっ!みんな!死ぬ気で世界を守るんだっ!」

「おうさっ!」

「ええ!」

「やるしかないわねっ!」


 レイダーさんの掛け声に合わせて、『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーであるガウェインさん、ウェーバーさん、ベルベットさんが飛び出していく。


 俺はふらふらと後方に歩きながら、最後にはパシュミナさんに抱えられるようにしてスターリィたちの元に戻ってきた。



「アキ、大丈夫ですか?」

「え?あ、あぁ…」


 なんとか返事だけは返した虚ろな俺の頬をパシュミナさんがギュッと両手で挟み込んだ。あまりに突然のことに、俺は混乱してしまう。


「むぐぐ…」

「アキ、しっかりして!みんなを…守って逃げて」

「えっ?」


 パシュミナさんはそれだけを伝えると、俺を後方にいるスターリィたちの方に押しやって、自分はレイダーさんたちのほうに駆けて行った。


 そして…ついに現役最強の冒険者チーム『明日への道程ネクストプロムナード』一行と、《邪神》となったサトシの戦いが始まった。








「くくく、いいねぇ。そうこなくっちゃ面白く無い」


 そう言ってレイダーさんたちを嘲笑うサトシは、14枚の翼を羽ばたかせた。絶世の美少女の姿をしたサトシは、まるで芸術家の描いた女神のよう。だが実際は…やつはこの世の悪を結晶化させた悪の化身。


 それでもレイダーさんたち五人は怯むことなく、サトシに向かって一斉に襲いかかったんだ。





「龍魔法『氷の棺』!」


 ビキビキッ。ウェーバーさんの掛け声とともに鈍い音がして氷の塊が突如湧き出ると、サトシの足元を瞬時に凍りつかせた。


 両足を凍らされて身動きが封じられたサトシに向かって、続けてベルベットさんの『天使の歌』が放たれる。


「七色の輝きよ、華麗に咲き誇れっ!

 …展開せよエクスパンド…【七色の虹の橋オーバー・ザ・レインボー】!!」



 さらには、全身に魔力を行き渡らせ光り輝くレイダーさんとガウェインさんが、構えた剣を手に一気に飛びかかった。


「奥義、覇・皇・剣はおうけんっ!!」

「極限技、一撃必殺ジャイアントインパクト!!」



 眩いばかりの閃光が俺たちの視界を奪う中、ベルベットさんの手から放たれた七色の虹が、ティーナの体を乗っ取ったサトシに直撃した。

 さらに、ガウェインさんとレイダーさんの渾身の一撃が、サトシが居たはずの場所に解き放たれる。


 凄まじい爆発音と衝撃。まるで小惑星が激突したかのような光景が目の前で繰り広げられた。

 …もし彼らの相手しているのが俺だったら、たぶん細胞の欠片すら残さずに消滅しているであろう、恐ろしい威力の連続攻撃だった。



 だが…人類最強の人たちの攻撃を受けてもサトシは無事だった。

 無事どころか、レイダー&ガウェインのダブルアタックを片手で何事もなかったかのように止めていたのだ。ベルベットさんの魔法に関しては、防御しようとした形跡すらない。もちろん無傷。


「こ、こいつマジか?」


 焦りの表情を浮かべたガウェインさんが、慌ててサトシから距離を置いた。そんな様子に興味も見せず、サトシは自分の掌を確認するように見つめていた。



「やっぱりこの程度か…?さすがにちょっとやり過ぎたかな、二週目・・・の歯ごたえがなくなるのはゲームと同じだな。…どーれ、攻撃の方も試してみるか」


 不敵に笑いながらサトシが無造作に右手を上げる。その手に…どす黒い魔力が集約されていった。



「…発動しろ、【右手ライトハンド】…シャリアール」



 次の瞬間、サトシの周りに無数の…暗黒色に輝く黒いビットが出現した。しかもその数は一個や二個ではない。…おそらくは、100個近い光球ビットが現れていた。


 その光景に俺は愕然とする。俺が『究極形態ウルティメイトフォーム』を起動して具現化できる”光球ビット”の限界数は、8個までだった。それをこいつは…軽く流した感じで100もの光球ビットを具現化させたのだ。


 実際8個で限界の俺にはよくわかる。それは人間が具現化できる数を遥かに凌駕していた。



「…【暗黒光線ダークプリズム】」


 次の瞬間、100以上ある光球ビットから、暗黒色のレーザー光線が放たれた。それはグイン=バルバトスの魔迷宮の最下層を粉々にするかのように凄まじい威力で『明日への道程ネクストプロムナード』の一行に向かっていった。


「まずいわっ!【魔装の盾マギシールド】」


 必死の形相でパシュミナさんが能力を発動させた。具現化した盾を前にかざしてサトシの攻撃を必死に耐える『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバー5人。サトシは無造作に足元の氷の塊を蹴り砕くと、今度は…自ら動き出して一気に襲いかかっていった。



「…【災厄の光カラミティ・ディマイズ】」


 サトシの左足から放たれた破壊光線が、ウェーバーさんの腹を貫通した。続けて放たれた蹴りがガウェインさんの左腕を直撃し、ベキッという音とともに本来ありえない方向にへし折る。


「…【魔眼光イビルレーザー】」


 サトシの目から放たれた怪光線が、ベルベットさんとパシュミナさんを弾き飛ばした。


「…ゾルディアーク流格闘術、【瞬身しゅんしん】」


 サトシの姿が視界から消失した。次の瞬間、レイダーさんが激しい音とともに吹き飛ばされた。





 気が付くと、レイダーさんたち『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーは全員地に倒れ伏していた。

 …まさに瞬殺。まるで赤子の手をひねるかのようにあっさりと、サトシは『明日への道程ネクストプロムナード』の一行を撃退したのだ。



 なんという圧倒的な力。レイダーさんたちですら意に介さない様子に、俺たちは言葉を失っていた。


「…新しい能力アビリティは良い感じだな。中でもやっぱり『流星』と『魔眼』は使い勝手がいい。これなら楽勝で目的達成ミッションコンプできそうだ」


 嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、レイダーさんたちに歩み寄っていくサトシ。対してレイダーさんたちは、呻きながらも立ち上がろうとする。



 …だめだ、あんなの勝てるわけがない。


 気がついたら俺は、サトシに向かって絶叫していた。



「もうやめろっ!サトシ!!」







 俺の言葉に、サトシがその歩みをぴたりと止めた。



「…あん?なんだよ、アキ。せっかく面白くなってきたってのに…」

「お前が凄いのはよくわかった!だから…もうよせ!お前はそんな奴じゃなかっただろう?」



 ふぅ…あからさまに失望のため息を吐きながら、サトシがやれやれといった感じで髪をかきあげた。


「…アキ、お前は…こいつらに肩入れするのか?」

「もう…やめろよ。こんなこと意味ないだろう?」


 ティーナの顔をしたサトシの虚ろな瞳が、ゆっくりと…俺の仲間たちに向けられた。

 倒れたままのエリス、プリムラと彼女に支えられたカノープス…

 そしてスターリィのところに視線を向けた時、サトシがニヤリと笑った。



「…あぁそうか、こいつか。この女のせいでアキはおかしくなったんだな?」

「…おいサトシ、お前なにを…?」

「この女がいるから、お前はこの世界に肩入れしてるんだろ?だったら…俺がその未練を消してやるよ」




 ぶうぅん。

 サトシの体から、先ほどと同じ”全てを喰らう黒い存在”が滲み出てきた。あれは…間違いない、【全てを喰らうものザンジヴァル】だっ!


 こいつ…スターリィを喰うつもりかっ!?



「…消えな。お前、目障りなんだよ」

「やめろぉぉぉぉおっ!!」



 呆然としているスターリィに黒い存在が覆いかぶさる寸前、俺は死力を尽くして飛び出した。今までと違い、まるで力が入らない。だけど、そんな泣き言を言ってる場合じゃないっ!


 俺は今でも唯一使える能力…《龍の力》を全身に沁み渡らせ、スターリィへとめいっぱい手を伸ばした。






 とんっ。


 俺の右手の指先が、かろうじてスターリィに触れた。驚いた表情で俺を見つめるスターリィ。



 次の瞬間、俺の右腕のあたりを黒い存在が突き抜けていった。さらに…俺の右側の視界が突如暗転する。


 引っ張られるような衝撃に、俺は吹き飛ばされて転がっていった。





 あまりの衝撃に何回転も転がりながら、俺は必死にスターリィの姿を探した。…あれ?なんか右側が見えないぞ?だけどなんとか見える左目でスターリィが転がっている姿を確認することができた。


 良かった…スターリィは喰われてなかったみたいだ。心の底から安堵しながら、ようやく回転が止まった俺は、改めて立ち上がろうとして…なぜかバランスを崩してよろめいてしまう。しかも…右目の視界は消失したままだった。



 …あれ?どういうことだ?


 俺はなんとか見えている左目で右手を確認して…愕然とした。





 なぜなら、俺の右腕が…



 上腕部から無くなっていたからだ。






「うわぁぁぁぁあぁぁあっ!!」





 気がついたら俺は、絶叫していた。


 そう、俺の右目と右腕は…”全てを喰らう存在”に喰われて…完全に消失していたんだ。


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