11.『七大守護天使』
スターリィは、俺にとってこの世界で初めてできた…同年代のお友達だ。
そんな彼女について、簡単に紹介しようと思う。
大きくて、意志の強そうな瞳。少し厚くて、魅力的な口。栗色の髪を後ろで軽く束ねた姿は、ナチュラルなのにすごく可愛いらしかった。
身長は…14歳にしては少し高め。今の俺よりもたぶん10cmくらいは高い。
体の発育具合の差は…歴然だ。
「きっとアキは大器晩成型なんですわ」
そういって慰められると、かえって痛々しい。ってか、別に自分の身体の発育なんてどうでも良いんだからねっ!
勉強も出来て、運動も得意。
剣術なんて、今の俺よりはるかに上手だ。
そんなスターリィだけど、一つ…気になることがあった。
それは、誰に対しても『礼儀正しすぎる』こと。
…いや、ズバリ言おう。優等生すぎるのだ。
ずっとそんな感じだと、疲れないのかなぁ?
少し気になったので、一度本人に尋ねてみた。
すると…返ってきたのは想定外の回答だった。
「だって…あたしは、“魔戦争の英雄“である“七大守護天使“の娘ですから」
魔戦争の…英雄?七大守護天使?
なんだっけ。確か以前、フランシーヌに教わったぞ…
「呆れた…。アキ、あなた”魔戦争”を知らないんですの!?」
あっ、思い出した!
確か20年くらい前にこの世界で起こった大きな戦争だったっけ。
えーっと…魔王が突然現れて、世界が滅びかけたとかなんとか。
「そうですわ。魔王と七人の魔将軍によってもたらされた“魔戦争“。それを撃退した七人の英雄たち。アキはちゃんと覚えてますの?」
ジトーっと冷たい目で確認してくるスターリィ。
い、いかん。ここは年長者として、良いところを見せなければ。
えーっと、たしか魔王の名前が…グインだったかな。
そうそう、そうだ。『魔王』グイン=バルバトス。
「…アキ、あなたこんなことも即答できませんの?幼い子供でもソラで言えますのに…」
あちゃー、白い目で見られちゃったよ。
大人の威厳が台無しだ…
「もう、仕方ありませんわね。ちゃんと覚えるんですよ」
スターリィはそう言うと、まるで幼い子供を諭すかのような表情で…歌うように諳んじはじめた。
それは、この世界に語り継がれる…偉大な英雄たちを謳った物語だった。
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かつては天才、神の申し子と名を広めし男。光り輝く黄金の髪に、神々に愛されしその美貌。彼の名はアンクロフィクサ。
彼は夢破れ絶望し、世界を恨む。そして…悪魔と手を結び、闇に堕ちた。
犯したのは、原罪。彼のものは、この世界に『魔王』を呼び寄せる。
魔王の名は、グイン=バルバトス。14翼の翼を持つ、この世の終わりからの使徒。
『魔王』グイン=バルバトスは、7人の魔将軍を率い、この世界を絶望に陥れた。
『魔獣王』 ガーガイガー。荒ぶりし魔獣の王
『土龍』 ベヒモス。古より生きし邪悪なる龍王。
『魔貴公子』 スケルティーニ。すべての魔法を拒絶する魔族の貴公子。
『凶器乱舞』 パシュミナ。千の武具を操る、歴戦の武人。
『魔傀儡』 フランフラン。悪魔の化身、災厄の道化師。
『暁の堕天使』 ミクローシア。金色の原罪に導かれ、堕ちた英雄の娘。
『原罪』 アンクロフィクサ。諸悪の根源、魔王を召喚した者。
しかし、神は世界を見捨てなかった。
7人の偉大なる魔法使いを、この世に送り出した。
さぁ呼ぼう!声高く、我らの守護者、7人の守護天使。その名を。
『聖道』 パラデイン。英雄の中の英雄。
『聖女』 クリステラ。世界を照らす慈愛の光。
『聖剣』 ジェラード。正義を貫く王者の剣。
『塔の魔女』 ヴァーミリアン。天を衝く裁きの雷。
『賢者』 ロジスティコス。世界最高の魔法使い。
『星砕き』 シャリアール。星をも砕く光の使徒。
『断罪者』 ゾルディアーク。魔を討ち断罪する金剛の意志。
最後には、パラデインの刃が魔王を打ち砕き、世界に再び平和が訪れた。
さぁ、いざ讃えん。偉大なる彼ら…『七大守護天使』を。
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ぱちぱちぱち。
スターリィが歌い終わったとき、思わず拍手してしまった。
それくらい、上手な歌だった。
いやー。かわいい子がきれいな声で歌うのって、なんか良いよね!惚れ惚れするよ。
俺からの猛烈な称賛に、顔を赤らめて照れるスターリィ。
「って、違いますわ!あたしの歌を聞いてほしかったんじゃなくて…」
「あぁ、そうだった。今の歌が凄すぎて、すっかり忘れちゃったよ。…で、なんだっけ?」
「んー、もうっ!アキったら。…『七大守護天使』ですわ!」
七大守護天使。世界を救った英雄たち。
それが…なんだっけ?
「だーかーらー。あたしの親が、”七大守護天使”なんですのっ!」
おおー、それはすごい!スターリィの両親は凄い人なんだな。
…って、あれ?スターリィの両親って、デインさんとクリスさんだよな。
今の物語の中に、二人の名前って出てきたっけ?
「…本気で言ってるんですの?あたしのお父さんは…『聖道』パラデイン。お母さんは…『聖女』クリステラですわ」
デインさん…デイン……パラデイン!
クリスさん…クリス……クリステラ!
ぶっ!!そ、そういうことだったのか!
ゾルバルやフランシーヌも、二人のこと略して『デイン』『クリス』って呼んでたから、さっぱり気付かなかったわ。
…そういえば、フランシーヌが俺に『魔戦争』の話を教えているとき、怪訝な表情を浮かべていたような気がするな。あれは、こういうことだったのか。
しかもデインさんに至っては、魔王を倒した大英雄じゃないか。
あの二人、只者ではないと思ってたけど、そんな有名人だったのかよ!!
どうしよう、これまで俺、けっこう無礼な態度取ってたよなぁ?…まいっか、今更だし。
それにしても、"英雄の娘"かぁ。
これはまた、えらい肩書を持ったものだな。
「……なるほど。スターリィは…”英雄の娘”なんだ。そんな人が身近にいたら…すごく大変だよね」
なにげなく放った一言。だが、その効果は大きかった。
それまでむすーっとしていたスターリィが、急に真剣な表情に変わった。
「あたしは…これまで”英雄の娘”であることを、大変だとか思ったことはありません」
ハッキリとした口調でそう宣言するスターリィ。
強いまなざし。
…まるで迷いなど何一つ無いかのように、俺をしっかりと見返してくる。
だが、俺には分かってしまった。
…彼女のウソを。
なぁ、スターリィ。
だったらなんで…そんなに辛そうなんだ?
どうして、何かを堪えるように…唇を噛みしめてるんだ?
どうやら俺は、じーっと彼女の顔を見つめていたようだ。
その視線に耐えられなくなったスターリィが、すっと眼を逸らした。
「………ただ、あたしがその期待に応えられているのかどうか。その点については……すごく不安を感じています」
少し逡巡のあと、口にしたのは…俺が初めて聞く、彼女の弱気。
そうつぶやく彼女の表情は、本当に苦しそうで…強く胸を締め付けられた。
「だからあたしは、常に努力をし続けなければならないんです。"英雄の娘"として恥ずかしくないように。皆さんの期待に応えられるように…」
そうか…だからあんなにもまじめで、あんなにも一生懸命なんだな。
すごく頑張ってて…無理をして背伸びをしてて…
いけない。このままではいけない。
俺には分かる。
彼女はもう…限界が近い。
現に、一度開いた心の声は、もう止まることを知らなかった。スターリィの口から、これまで微塵も見せてこなかったマイナス思考が溢れ出てくる。
「…あたしには歳の離れた兄がいるんですが、その兄も…すでに世間では『勇者』って呼ばれるくらい優秀で……。だからあたしは…もっと頑張らないといけないんです」
だめだ。
比較してはいけない。そんなことに意味はない。
比較しても、惨めになるだけだ。
言わなきゃ…伝えなきゃ…
そう思うけど、出てきたのは、簡単な言葉だけだった。
「そんなこと…ないと思うよ。お兄さんと比べる必要なんてないし…」
「でも…どうしても比較してしまうんです。そうすると、目指すべき壁の高さを思い知らされて…。本当はわかってるんです。あたしが、両親やお兄ちゃんと比べものにならないくらい…劣ってるってことを。あたしが山奥で暮らしてるのだって、本当はあたしに才能が無いから…外に出すのが恥ずかしいくらい、ダメな子だから…」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心に…冷たいものが落ちてきた。
あぁ…俺は知っている。
これと同じ感覚を。
これと同じ感情を。
親の希望どうりに、必死に勉強して。
だけど、まるで伸びなくて…自分がどんどん惨めになって。
そう、今のスターリィは…あの頃の俺と同じだった。
一方的に寄せられる希望。
本人の意思を無視して与えられる期待。
そんなもの、誰も欲しくなんて無かったのに。
「…なんてねっ、ごめんなさい。なんだかアキが優しいから、変なこと言っちゃいましたわ。いまあたしが言ったことは忘れて…」
だから、気が付いたら叫んでた。
「ち・が・う!!」
スターリィが、ハッとして顔を上げた。
だけど、口に出してしまったらもう止まらない。
俺はスターリィの肩をがっしりと掴むと、思いのままに言葉をぶつけた。
「そんなわけ無い!スターリィのどこがダメなんだ!…だいたい比べるなんておかしいよ。そんなの意味がない。スターリィは…スターリィなんだ!」
「…ア、アキ?」
「周りの期待なんて関係ない!わからないやつなんて無視しちまえ!それでももし、スターリィのことをそんなふうに言うやつがいたら、俺…じゃない、私がぶっとばしてやる!」
はぁ…はぁ…
一気に口にしたせいか、息が上がっちまった。
なんで俺、こんなに必死になってるんだ?
「…ねぇアキ、ちょっと落ち着いて?」
そっと頬に添えられる、スターリィの手。
暖かくて、柔らかくて…
高ぶっていた気持ちが、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「…アキ、あなたはどうして…泣いてるんですの?」
「へっ?」
泣いてる…?俺が…?
頬に手を当てると、そこには冷たいものが。
…
……
………し、しまったー!
やっちまった!
どうやら俺は、完全に暴走してしまったらしい。
しかも…あろうことか、涙まで流してたみたいだ。
なんだこれ、恥ずかしいったらありゃしない。
「ご、ごめん!私ってば、なんだか勝手に一人で盛り上がっちゃって…」
慌てて涙をこすろうとすると、その手を…スターリィがそっと握りしめてきた。
驚いた俺を、何かが優しく包みこむ。
気がつくと、俺は…スターリィに抱きしめられていた。
ふわりと良い匂いが鼻腔をくすぐる。
ついでに、スターリィの胸に顔が押し付けられ、柔らかい感触に包まれた。
うほぉ!これなんて役得!?
「ね、ねぇスターリィ?涙とか鼻水で…汚れるよ?」
「ううん、かまいませんわ。そんなことよりも…ありがとうございます、アキ。あたし、すごく…嬉しかったですわ」
「あ、あわわわ」
今度はぎゅーっと、抱きしめられる。
女の子を抱きしめるならともかく、抱きしめられるってのは、どうもサマになんないなぁ。
でもまぁ、喜んでるみたいだし、いっかな。
そんなことを考えながら、スターリィの気がすむまで好きにさせることにしたんだ。
しばらくして落ち着いたあと、スターリィの表情が…これまでと打って変わって、穏やかなものになった。
うん、その方が良い。なんだか今の彼女の表情のほうが、自然に見える気がするな。
「なんだか表情が変わったね?今の方がずーっと良いよ。今まではなんとなーく固かったというか、なんというか…」
「そ、そうですの?あたし、あんまりそんなことを言われたことが無くて…だから、よく分かりませんわ」
「へぇー、そうなんだ。他の人はスターリィに何て言ってきたの?…美人だね、とか?」
「うふふ、そんなことは言われませんわ。どちらかというと…あたしは一線を引かれている感じでしたから。あるいは、恐れられるか…」
「恐れる?スターリィを?なんで?こんなに可愛いのに?」
俺は思わず…考えていたことをそのまま口にしてしまった。即座に失敗に気づく。
しまった…いま俺、ものっすごい恥ずかしいこと言わなかったか?『こんなに可愛いのに?』って…いつの時代の口説き文句だよ!
やっべー、やらかした…。って、そういや今の俺は”女の子”だったわ。別に…言っても構わないのか?
「あ、あの…いや、変な意味じゃなくて。その…」
若干テンパり気味の俺に、スターリィは顔を赤らめながら…微笑んでくれた。
「……ふふっ、アキは変わってますわね。今まであたしにそんなことを言ってきた人は居ませんでしたわ。だから…お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないよ!本当にそう思って…あっ」
ぐえっ!また言っちまった!
どうしちまったんだ、今日の俺。
なんかさっきからおかしいぞ。
どっか壊れちまったのか?
「ううん、でもいいのです。そう言ってもらえただけで…すごく嬉しいので。あたし…今までずっと『英雄の娘』って見られていたんです。だから、魔法や魔力などの能力のことは言われたことがあっても、あたし自身のことをそんな風に言われたことなかったから…」
照れながらも…すごく嬉しそうなスターリィ。
そんな彼女の表情を見てたら、なんだかあんなナンパな台詞だけど、言って良かったなって思えた。
だって、照れた顔のスターリィ、めっちゃカワイイんだぜ?
「…あたし、アキとお友達になれて、本当に良かったですわ」
照れ隠しのようにそう口にしたスターリィ。
なんとなく、これまでよりも少しだけ、スターリィとの距離が縮まったような気がしたんだ。