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95.真の主

 


 俺の足元に転がり落ちたのは、これまでどんな手段を探しても…俺の額から外れることのなかった『グィネヴィアの額飾りサークレット』。

 どうしてだ?なんでこのタイミングでこいつが外れる?


 しかもなぜか、俺の身体の自由が一切利かなかった。

 自分の意思で動かそうとしても指一本動かないし、言葉すら発することすらできない。


 代わりに俺の口から漏れ出ているのは…場違いなまでに不謹慎な笑い声だった。




「…アキ?どうしたの?」


 すぐ横にいたカレンが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 いや、違うんだ!笑ってるのは俺じゃない!

 そう伝えたいんだけど、俺の口はまるで言うことを聞いてくれなかった。



「ふふふ、ふふふっ。無様だなぁ、ミクローシア」

「…え?あ、あなたは…」


 俺の口から発される、嘲笑うかのような…俺じゃない意思の言葉を聞いて、ミクローシアは顔色を急変させた。彼女の顔に浮かぶのは…恐怖。


「なぁミクローシア。人を出し抜いて勝手にハッピーエンド迎えようとしても、そう簡単に問屋は卸さねぇぞ?外道には外道に相応しい最期ってもんがあるんじゃないか?あぁん?」

「うそ…どうして?なんであなたがここに居るの?」



 ミクローシアと会話している間にも、俺の全身にゆっくりと…ドス黒い魔力が満ちていった。絶対に、俺が発することがないはずの暗黒の魔力。

 同時に…俺の心の中にある文字が浮かんでくる。



 それは、これまで決して知ることができなかった…俺の能力アビリティである【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】の、”頭”の部分が喰っていた魂の情報。


 ぼんやりと脳裏に浮かび上がってきた文字は、俺の想像を絶する名前だった。






 ――――<起動>――――


 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル

 【魔脳アークブレイン】…『グイン=バルバトス』発動。







 ば、ばかな…

 その名前は……





 次の瞬間、俺の全身から迸るように凄まじい量の魔力が噴出した。

 同時に、俺の全身を駆け巡る無数の蛇のような魔気。


 その圧倒的な魔力量は、一言で言うと桁違い。先ほどまで対峙していた解放者エクソダスですら足元にも及ばないレベルの邪悪なる魔力量だった。




「おい!まずいぞ!あれはアキじゃない!」

「くそっ!全員戦闘準備だっ!」


 俺の異変に気付いたレイダーさんとガウェインさんが、『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーに声を掛けて、驚きのあまり身動きの取れないスターリィたちを置き去りにして電光石火のごとく俺に襲いかかってきた。



「…くくく、現役最強の冒険者チームが俺の相手かい?光栄だねぇ」


 だが、俺が無造作に右手を挙げると、彼らに凄まじい量の魔力が波動となって襲いかかった。解放者エクソダスが発した『波動砲』すら軽く凌駕する攻撃により、『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバー全員が吹き飛ばされてしまった。


 しかもそこで俺の動きは止まらない。勢いよく飛び出すと、そのまま素手で…レイダーさんに殴りかかっていったのだ。



「くっ!?【絶対物理攻撃アルティメット・ストライク極・天・衝ごくてんしょう】!」


 すぐに態勢を立て直したレイダーさんが、手に持つ剣…”退魔剣ゾルディアーク”で雷光のような一撃を俺に放ってきた。



「…ふんっ、その程度か?」


 だが、俺…いや、俺の中にいるヤツは呆れたような口調でそう呟くと、何事もなかったかのようにあっさりと…指先一本でレイダーさんの神速の斬撃を受け止めたのだ。




 必殺の一撃を受け止められ、信じられないといった表情を浮かべるレイダーさん。その顔面に、俺は…握りしめた右拳を無造作に叩き込んだ。


 パギャン!というガラスの割れたような音が響き渡り、レイダーさんを覆っていた【絶対物理防御アルティメット・ディフェンス】が粉々に砕け散った。

 それでも俺の拳の勢いは収まらず、そのまま…レイダーさんの頬を殴り飛ばしていた。

 勢いよく吹き飛ばされていくレイダーさん。




 …なんという凄まじい戦闘力。まさか…レイダーさんの【絶対物理攻撃アルティメット・ストライク】や【絶対物理防御アルティメット・ディフェンス】をあっさりと打ち破るなんて…

 しかもこれを成しているのが俺の身体という事実がどうしても簡単に受け入れられなかった。



「くくく…現役最強もこの程度とは、まさにゴミだな。まだ完全に覚醒してない俺を相手にしても、まるで歯が立ってないじゃないか」


 地に倒れ伏す『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーを見下しながら、俺は…いや、俺の中にいる何かは手をグーパーしながら不敵に笑った。俺を乗っ取りやがったこいつは…いったいなにものなんだ?





「アキッ!どうしたんですのっ!?あなたは誰なんですっ!?」


 明らかに異常な俺に訴えかけるように呼びかけてくるスターリィ。だけど…くそっ、返事すら返すことが出来ない。


 ちくしょう!どうなってんだ俺の身体はよ!クソッ!動け!俺の身体!


 必死にどうにかしようとあらがう俺に、もう一人の俺…身体を乗っ取ったヤツが呆れたように語りかけてきた。



「よぅ、アキ。そんなに必死に中でもがいても無駄だよ」


 なっ!?


 俺の体を支配する、こいつの話し方を…俺は知っている!?

 独特の粘っこい話し方が、俺の記憶の一角を強烈に刺激した。


 まさか…こいつは…



 だが、俺の疑問を振り払うかのように、俺の体を乗っ取ったヤツはぶっきらぼうに言い放った。



「久しぶりだからお前とはゆっくり話したいんだけど…そいつは後でゆっくりとな。ちょっと先に用事を済ませちまうぞ。とりあえず先に…この余計な魂を捨てて”枠”を空けるかな」



 ちょ!ま、待てっ!


 俺が心の中で叫ぶ声など無視して、俺の中のそいつはおもむろに胸に手を当てた。引き抜くようにして胸から出てきたのは…白く輝く魂?

 少し小さめのそれを、俺の身体は無造作に放り投げた。


 放出された魂は、ふわりと中空を漂うとプリムラに抱えられたままのカノープスの元へと戻っていった。

 自身の胸に白い欠片が吸い込まれたとたん、カノープスが目を見開いた。


「あ、あれ?僕の魂が…戻ってきた?」



 なんだと?もしかしてこいつは、【全てを喰らうものザンジヴァル】が喰っていたカノープスの魂を放出したのか?

 念のため確認してみようとするも、妙に邪魔されて状態がうまく判別できない。だがしつこく確認していると、かろうじて右足部分の”魂”の枠が空白になっていることがわかった。


 こいつ…もしかして喰らう魂を取捨選択・・・・できるのか?


 俺の心の中に、悍ましい感覚が突き抜けていった。そんなのありえない、こいつは…人の魂を、尊厳を完全に冒涜してやがる。



 だが自由の効かない俺の体は、心の中の葛藤などおかまいなしにずかずかと歩き始める。行き着いた先は…エリスとティーナのもとだった。


「…アキ?きゃっ!」


 戸惑うエリスをどかっと無造作に殴りつけて吹き飛ばすと、そのまま俺の身体は…身動きの取れない様子のティーナを抱えた。はらり、と身体を覆っていたマントが脱げ落ちる。


 既に争う力は残っていないのに、ティーナは俺を強い視線で睨みつけた。


「お前…アキじゃないな?」

「ほぉー。ミクローシアのやつめ、なかなか良い”器”を用意してくれてるじゃないか。ありがたく…頂くとしよう」

「待って!止めて!その子は私の大切な…」


 門の向こう側に行ってしまったミクローシアが必死の形相で制止しようとする。

 だが俺の身体は一切聞き入れようとしない。


 にやり。俺は口元を大きく歪ませると、そのまま…ティーナに口付けをした。


「んっ!?」


 くぐもった声を上げるティーナ。次の瞬間、俺の全身から黒いモヤのようなものが滲み出たかと思うと、ティーナに向かって”のそり”と動き出した。

 俺の身体から抜け出した黒いモヤは、そのまま…ティーナの身体の中に吸い込まれていった。



 黒いモヤが収まった途端、一気に全身の力が抜けていった。

 …抜けるなんてもんじゃない、力そのものが消滅したかのような感触だった。


 ドサリ。鈍い音とともに俺は床に倒れ伏した。その状態になってようやく俺はかろうじて自分の指を動かすことができるようになる。


「あ…がっ…」


 やっと声も出た。だが…力はまだ入らない。




 一方、俺の前にいたティーナは…それまで力無く倒れていたはずなのに、今は自力でスッと立っていた。まるで自分の身体を確認するかのように、手を動かしたり首を回したりしている。



「…ほぅ、これはこれは。なかなか良い”器”だな。そこに転がってるモノよりはるかに上物じゃないか」


 俺の頭上から聞こえてくる声は、紛れもなくティーナの声。だけどその話し方は…先ほどまで俺の中に居たヤツと同じ口調だった。


 こいつ…ティーナを乗っ取りやがった!!





 俺の身体からティーナに乗り換えたそいつは、ティーナの姿で床に落ちていた『グィネヴィアの額飾りサークレット』を拾うと、満足そうな笑みを浮かべた。そして、恐怖におののくミクローシアに声をかける。



「久しぶりだな、ミクローシア。残念だがこのゲームは、俺の…勝ちだ」

「やはりあなたは…

 あぁ…なんで?どうしてあなたがアキの身体の中にいたのよ!サトシッ・・・・!!」




 ミクローシアの絶叫が、俺の耳に鋭く突き刺さった。






 やはりあの口調、そして態度…


 こいつは…俺が探し続けていた親友、八重山やえやま 聡史さとしに他ならなかったんだ!





 ティーナの身体を乗っ取ったサトシの全身を、黒い魔力が覆っていった。やがてそれはドレスの形となり、彼…いや彼女の全身を覆う。闇よりも暗い暗黒のドレスに身を包まれたティーナは、この世を闇に包み込む”暗黒の女神”のように見えた。


 サトシは身を包む暗黒のドレスを満足そうに眺めると、『冥界の門アビスゲート』の中でアンクロフィクサに抱かれて震えているミクローシアの元へと歩み寄っていった。



「…ミクローシア、俺が復活するのをずいぶんと邪魔してくれたな。おかげでえらい苦労したよ。もしアキが召喚されていなければ、俺はいまもあの”異空間”を彷徨ってたかもしれないなぁ」

「どういうこと?もしかしてあなたは…」

「そうさ。俺はアキが召喚されたときに、一緒にこの世界に戻ってきた・・・・・んだよ。

 その後はアキの中でのんびり高みの見物さ。お前が色々と影で動き回ってくれたおかげで、俺はアキの中でゆっくりと待つだけでよかった。

 …こうやって、最高の機会であるこの瞬間が訪れるのをなぁ?」

「うそ…そんなのって……」

「お前とグィネヴィアはずいぶんと俺の邪魔をしてくれた。だけどそれも終わりだ。このゲーム、俺の勝ちだな」



 …こいつらいったい何の話をしてるんだ?

 正直完全にはこいつらの会話を理解できない。だけど、一つだけハッキリしたことがある。どうやらサトシは…俺がずっと探していた相手は…最初から・・・・俺の中に居たんだ。





 怯えて震えるミクローシアに対して、ティーナの姿をしたサトシは勝ち誇るかのように邪悪な笑みを浮かべた。


「ミクローシア。それじゃあそろそろ、勝利者に与えられる景品を頂こうかな?

 …もちろんそれは、俺をこのクソみたい世界に勝手に呼び出した張本人であるアンクロフィクサと、ミクローシア…お前の魂だよ」

「なっ…なんだって!?」

「いやぁぁぁあぁぁあ!!」


 驚きの表情を浮かべるアンクロフィクサと、絶叫しながら彼にしがみつくミクローシア。

 だがサトシは、アンクロフィクサの驚愕やミクローシアの悲鳴を無視して…乗っ取ったティーナの右腕を無造作に挙げた。白魚のように美しいその手から、禍々しく黒いモノが飛び出していく。


 まさかあれは…『全てを喰らうものザンジヴァル』!?





 ばぐんっ。


 サトシの手から解き放たれた”全てを喰らうケダモノ”は、そのまま一気に…驚愕の表情を浮かべるアンクロフィクサと、その胸に抱かれ恐怖に慄くミクローシアの魂を丸呑みしてしまった。






 ぎぃぃぃ、パタン。


 目の前で起こった出来事を呆然と見つめる俺たちの目の前で、『冥界の門アビスゲート』が音を立てて閉じられた。同時に粒子が撒き散らされるようにして、門が消滅していく。


 あとには…塵一つ残されていなかった。







「…ふむ、素晴らしい。さすがは《複数覚醒者》、魂の味も格別だな」


 満足そうな表情を浮かべ舌舐めずりをするティーナ…いやサトシ。


 う、うそだろ…?こいつ…アンクロフィクサとミクローシアの魂を喰いやがった・・・・・・のかっ!!





 愕然としながらも、ろくに言葉も出ない俺に向けて憐れむような視線を向けると、サトシは…それまで手に持っていた『グィネヴィアの額飾りサークレット』をおもむろに額に嵌めた。


 次の瞬間、サトシの全身から黒い魔力が吹き出し、その背に暗黒の翼を具現化させていく。


 …その翼の数は、1枚…2枚…どんどん増えていく。最終的には全部で14枚の漆黒の翼がヤツの背に出現した。



「…ふぅ、これが忌々しかったグィネヴィアのレガリアか。邪魔するぶんには厄介だったが、こうして俺の力になってくれると…また格別だよな」


 ティーナの顔をしたサトシは、満足そうに吐息を吐きながらそう呟いた。

 この瞬間、伝説に謳われる『魔王』グイン=バルバトスと同じ14翼の翼を携えて、サトシが…俺たちの目の前に真の姿を現したのだった。






 ようやく少しだけ動くようになった身体にムチ打って、俺は…ティーナの姿をしたサトシと名乗る化け物・・・に語りかけた。


「サトシ…お前…サトシなのか?」

「あぁそうだよアキ。久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」


 以前と変わらない気軽な口調で俺に語りかけてくるサトシであったが、俺は…怒りに打ち震えていた。



「てめぇ…今何しやがった?お前…アンクロフィクサとミクローシアの魂を喰っただろう?」

「あぁ、そうだ。それが…どうした?」


 ニヤリと口角を釣り上げて笑うサトシ。魂を冒涜するようなこいつの態度に、俺は怒りを抑えることができなかった。

 歯を食いしばって立ち上がると、すぐに全身に力を込めて【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】を発動させようとする。





 …あれ?



 だけど、俺の呼びかけに内側から応えるものは何一つ無かった。

 どういうことだ?俺の能力が…発動しない?



「くく、くくく…滑稽こっけいだな、アキ」

「サトシ!お前…俺に何をした?」


 慌てふためく俺を眺めながら、愉快そうに嘲笑うサトシ。苛立ちから食ってかかると、ヤツは憐れむような視線を向けながら…俺に理由を説明してくれた。



「アキ、お前はいつから【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】が自分の能力アビリティだと思ってたんだ?」


「なん…だと?」



 考えてみると、俺がこの世界に来た時から【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】は俺の中に存在していた。いや、正確には俺が目覚める前からこの能力は発動していたのだ。

 実際、この能力は俺の知らないうちにシャリアールとスカニヤーの魂を喰らっている。



 俺の…知らないうちに?



 ま、まさか…




「…おいおい、やっと気付いてくれたのか?相変わらずアキはどんくさいなぁ」

「おいサトシ!…まさかこの能力は…【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】は…」



 ようやく真相に辿り着いた俺に対して、サトシは…以前の可憐なティーナとは比べ物にならない邪悪で壮絶な笑みを浮かべながら、決定的な言葉を口にした。



「そうさ、アキ。その能力…【新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル】はお前のもんなんかじゃない。

 もともと・・・・俺の能力・・・・なんだよ。

 これまではお前の中にいる間の宿賃がわりに、俺がちょっとだけ貸して・・・やってた・・・・だけさ」




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