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90.不死身のからくり

 

  【龍魔眼ドラゴヴィジョン】を使え、だって?

 思いがけないスターリィの発言に、俺は一瞬彼女の正気を疑った。


 俺の持つ『真能力マギナスキル』…【龍魔眼ドラゴヴィジョン】は、あらゆる真実を見抜く力と引き換えに大きなリスクを背負う能力だ。使用後しばらくはあまりの疲労にまともに動けなくなる。


 そんなリスクの高い能力を…恐ろしい敵である『解放者エクソダス』の目の前で使うなど、自殺行為以外の何者でもない。そのことは、前回使用した時に俺をこっぴどく叱ったスターリィなら誰よりも良く分かっているはずだ。


 なのに…スターリィはあえてその能力を使えと言ってきた。これは一体どういうことなのか?



「アキ、あなたのその能力が大きなリスクを伴うことはよく知ってますわ。ですけど…あたしはそのリスクを回避する方法を編み出した・・・・・のです」


 …なんだって?

 思いがけないスターリィの言葉に、俺は驚きを隠せずにいた。それは…どんな方法なんだ?


「うふふっ。それはね、アキ…あたしがあなたのためだけに創り出した、この世界であたしだけにしか使えない固有魔法。その魔法を持ってすれば、一度だけなら…【龍魔眼ドラゴヴィジョン】を使えるようになるはずですわ」


 慈愛のこもった瞳で俺を真摯に見つめてくるスターリィ。なんと彼女は…俺の能力の致命的欠点を補うために、独自の固有魔法を作り上げたというのだ。

 並みの努力では固有魔法なんて作れない。それを成し遂げた彼女に、俺は…驚きを通り越して言葉を失ってしまった。


 そんな俺の頭を…スターリィが優しく包み込んだ。



「アキ。あなたはやると言ったことは必ず成し遂げる、強い心を持った人。あなたがこれまでたくさんの絶望や困難を、歯を食いしばりながら乗り越えてきたことは…ずっとあなたのそばで見てきたあたしが、誰よりも良く知っていますわ」


「スターリィ…」


「そんなあなたに、あたしは自然と心惹かれていった。いつしかあたしの目的は…あなたの力になることへと変わっていった。

 だからあたしは…あなたの力になるために、この魔法を編み出したんですの」


 あぁ、スターリィ。

 俺がこの世界に落ちてきたときから、ずっとそばにいてくれる…誰よりも大切な存在。

 そんな彼女が俺のために…新たな固有魔法を作り出してくれたというのだ。

 自然と…目頭が熱くなってくる。



「あなたの身体には、ゾルバル様やフランシーヌ様といった偉大なる方々の力が宿っていますわ。そこに…あたしの力も加えさせて?」


 僅かにはにかみながら、そう口にするスターリィは本当に可愛らしくて…愛しい気持ちが自然と心の底から溢れてきた。

 ありがとう、スターリィ。俺の…最愛の人。


「あ、でも…使用後のあたしは力を使い果たして身動きができなくなりますわよ?でもアキなら…きっとやってくれますわよね?」


 俺が『解放者エクソダス』を倒すことを微塵も疑わず、全幅の信頼を寄せるスターリィの笑顔。

 こんなにも俺のことを信じてくれる彼女を…絶対に裏切るわけにはいかないな。


「ああ。私…いや、俺が絶対に『解放者エクソダス』の不死身のからくりを解いて、ヤツを滅ぼしてみせるよ」

「…ええ、信じてますわ」


 感極まった俺は、力いっぱいスターリィを抱きしめた。彼女の身体はとっても暖かくて、心の隅々まで力が回復してくるのを感じた。






「…お別れは済んだかしら?名残惜しいかもしれないけど、待たされるのは嫌いなのよ」


 死の女神メフィストフェレスを背後に引き連れて、ゆっくりと歩み寄ってくる『解放者エクソダス』。たぶん…確実に俺たちを仕留めるために、射程距離を詰めてきたのだろう。

 だけど、近寄ってきたのはこっちにも好都合だ。


「アキ、いきますわよ」

「…わかった」


 俺の手をギュッと握りしめて、ついにスターリィが…新たな固有魔法を発動させた。




 スターリィの背にある天使の翼が大きく羽ばたくと、彼女の全身から白く輝く魔力が煌めいた。美しい魔光に照らされるスターリィは清らかで、見慣れているはずの俺でさえ思わず眼を奪われてしまう。


「…いまこそ我が身を彼のものに捧げん。その力の全てを、彼の糧に…。

 アキ、愛してますわ。【献身の愛スクルド】」


 熱い想いが込められたスターリィの唇が、俺の唇にそっと触れた。次の瞬間、猛烈な勢いで…スターリィから莫大な量の魔力が俺の中に入り込んでくる。

 もしかしてこれは…全魔力を俺に転移トランスポートする魔法なのか!?


 スターリィからなだれ込んでくる魔力は、すごく暖かくて心地良かった。穏やかな魔力の奔流に身を委ねながら、俺は満たされた気持ちで…膨大な魔力を受け取った。


 どれくらいそうしていただろうか。

 スターリィの唇が、ふいに…離れていった。熱を帯びた瞳で俺を見つめながら、スターリィは力尽きたかのようにゆっくりとその場に崩れ落ちていった。


 彼女が完全に地に倒れ伏してしまう前に素早く抱き抱えると、床に降ろして横に寝かせてあげた。意識を失ったスターリィは…満ち足りた笑みを浮かべていた。俺は感謝の気持ちを込めて、そっと彼女の頬を撫でたんだ。




「…茶番はもう済んだかしら?そろそろ…終わりにしても良くて?」


 俺たちの様子を黙って見ていた『解放者エクソダス』が、呆れたような口調で語りかけてきた。


 解放者エクソダスを睨みつけながら、スターリィに分け与えられた温かい魔力が、俺の全身を満たしているのを感じる。彼女の清らかな魔力によって、傷付いた俺の身体や砕けた右拳の痛みがスッと引いていた。もはや先ほどまでの鈍い痛みは感じられない。

 もしかしてこれも、スターリィの置き土産なのかな?俺は彼女に心の底から感謝しながら、最後にもう一度だけスターリィの頬に触れると、ゆっくりと立ち上がって『解放者エクソダス』と向き合った。



「…俺はもう一人じゃない。『解放者エクソダス』、お前の謎を暴いてやるっ!」



 俺の背後に、先ほどスターリィから流れ込んできた温かい魔力がなにかを形作り始めた。

 やがて、俺を包み込むように具現化したのは…スターリィによく似た容姿の愛らしい姿をした天使。スターリィの固有能力アビリティである【天翼の女神ブリュンヒルデ】が、俺の背に宿ったのだ。


 優しげな笑みを浮かべた【天翼の女神ブリュンヒルデ】が、俺にどんどん魔力を流し込んでくれる。全身に、膨大な量の魔力が満ち溢れていく。これなら…いける!



「…真実を暴けっ、真能力マギナスキル龍魔眼ドラゴヴィジョン】!!」


 スターリィの想いに応えるため、ついに俺は…究極の奥義を『解放者エクソダス』に向かって発動した。




 俺の両眼の前に、小型の魔法陣が素早く組みあがった。同時に…瞳が爬虫類のように縦長に変化していく。


 眼の変化に合わせて、情報の奔流が俺の脳に一気になだれ込んできた。怒涛のごとく情報が入ってくる様は、まさに脳内で発生した洪水。

 無限に湧き上がってくる情報の中から、俺は歯を食いしばりながら求めている情報だけを…まるで砂漠に落ちた針を拾うかのように、選りすぐって取り出そうと試みた。

 求ている情報は、もちろん…『解放者エクソダス』の”不死身の秘密”。すなわち奴の持つ固有能力についてだ。



 ビキビキッ!

 両眼に襲いかかる耐え難い負荷によって、激痛とともに俺の眼の周りの血管が浮き出てくる。だけど…その度に【天翼の女神ブリュンヒルデ】が温かい魔力を流し込んで俺を癒してくれた。

 スターリィが支えてくれている。その事実が俺に勇気を与えてくれた。大丈夫だ、まだいける。絶対に…情報を手に入れてやる。


 見えろ!見えてこいっ!

 俺に…『解放者エクソダス』の正体を示せっ!!




 俺の魂の叫びに呼応してか、ふいに…求めていた情報が突然脳内に飛び込んできた。やがて俺の目の前に…これまで見えなかった不思議な光景が映し出され始めた。



 最初に見え始めたのは、『解放者エクソダス』の全身を包みこむ”糸”のようなもの。


 はっきりと認識できるようになるにつれて次第に見えてきたのは…荊棘いばらのようなツタが、『解放者エクソダス』だけでなく…奴の背後に具現化した【黎明の夢魔メフィストフェレス】をも覆うように、全身に巻きついている光景。

 しかも荊棘いばらは、『解放者エクソダス』たちのはるか上部…天井部分から伸びているようだった。


 すぐに視線を天井に向け、眼を凝らして注意深く観察してみると、荊棘いばらの先に存在していたのは…まるで人形のような小さな物体。

 そいつは…メイド服のような衣装に身を包み、波打つ金髪と陶器のような肌を持ったフランス人形のような姿をしていた。



 …何だあれは?もしかしてあれが『解放者エクソダス』のもう一つの能力の正体なのか?

 改めて【龍魔眼ドラゴヴィジョン】を集中させると、俺の頭の中に…そいつの情報が一気に飛び込んできた。




 ---《ミクローシアの第二能力セカンドアビリティ》---


 能力名:【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル

 内容:能力者の魂を分離し、不死身にさせる能力。


 ---



 ビンゴだっ!

 やはりあいつが…『解放者エクソダス』のもう一つの固有能力アビリティだったんだ。


 どんどん脳内に飛び込んでくる情報を必死に整理しながら、改めて天井に張り付く存在をじっと目を凝らして観察した。


 【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】と名付けられたその能力は、フランス人形のような愛らしい容姿を持った小人だった。通常では見ることのできない不可視の身体を持っていて、天井に張り付いたまま両手の先から荊棘いばらを…まるで操り人形の糸のように垂らして、【黎明の夢魔メフィストフェレス】に巻きつかせていた。


 しかも、操り主そいつ…【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】の中心に、ボンヤリと輝く光の球のようなものが見える。


 もしかしてあれは…間違いない、あれこそが『解放者エクソダス』の魂だ!ってことは、こいつが…『解放者エクソダス』の不死身の秘密の正体だったのかっ!!



 いくら肉体を傷つけても、魂が別の場所にある限り死ぬことは無い。解放者エクソダスが能力で操っていたのは…他でも無い、自らの肉体。


 ついに明らかになった、不死身の肉体の謎。そう、“肉体と魂の分離”こそが、『解放者エクソダス』の…不死身の正体からくりだったのだ。






 俺の視線の行方に気付いたのだろう、『解放者エクソダス』が「ほぅ」と感心したような声を上げた。


「…何を見ているの?アキ」

「…お前の不死身のまやかしの種だよ。エクソダス」



 言うが早いか、俺は【龍魔眼ドラゴヴィジョン】を解除して、天井に張り付く荊棘に囲まれたフランス人形…【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】に飛びかかった。


 スターリィの固有魔法のおかげで、俺の身体にはほとんど後遺症が出ていない。…いける!身代わりに全魔力を放出したスターリィの能力ブリュンヒルデは消えてしまったけど、ここから先は…俺の仕事だっ!



「ゾルディアーク流格闘術、『王牙おうが』!」



 白い牙と化した俺の左手が…姿を見破られたことによってもはや半透明となってしまった【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】を食い破ろうと襲いかかる。



 ガッ!!


「なっ!?」


 だが…俺の左手はフランス人形のような【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】の身体を捉えることは無かった。

 なんと…俺の攻撃は相手の身体をすり抜けてしまったのだ。


 行き場の無くなった俺の左手は、虚しく天井に大きな穴を穿っただけだった。




「なっ、なんでだっ!?」

「…ふふふ、さすがは“別世界からの旅人“ね。私の【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】に気付いたのは、母親デイズに次いで二人目よ。

 でも残念だったわね。たとえ気付けたとしても、【荊棘の女王クイーン・オブ・ブランブル】は…”幽体アストラルボディ”。そもそも存在している階層レイヤーが違うのよ。だから、どんな攻撃も…無意味よ」



 存在している階層レイヤーが違う、だと?

 エクソダスが語ることの意味はよくわからないが、恐らくは…物理攻撃や魔法を一切受け付けないのだろう。


 くそっ!せっかく『解放者エクソダス』の不死身の謎を解いたというのに、これでは打つ手がないじゃないか!

 状況は…またもや振り出しに戻ってしまった。




 …でも、だからといって俺はここで諦めるわけにはいかない。なにせスターリィから全幅の信頼を寄せられたうえ、あとを託されたのだから。

 そんな俺が、真っ先に絶望するわけにはいかない。そうだろう?


 考えろ!考えるんだ、アキ。

 絶対に…相手には弱点があるはずだ。

 俺は…簡単に…諦める訳にはいかないんだよっ!!




「アキ、私はあなたがなかなか気に入った。私という絶望的な相手を前にして、本当によくがんばったわ。でも…それもここまで。もう終わりにしましょう?」


 絶望の淵で必死に足掻く俺に対して、不敵な笑みを浮かべながら労いの言葉を投げかける『解放者エクソダス』。片手を上に挙げると、三たび…死の女神メフィストフェレスを動かし始めた。いよいよ俺にトドメを刺しに来たのだろうか。



 圧倒的な存在感を発する巨大な死の女神を前にして、絶望的な状況にある俺の頭の中を巡っていたのは…『解放者エクソダス』に対する疑問だった。


 こいつは、本当に恐ろしいやつだ。ただでさえ七大守護天使級の実力を持っているのに、不死身の身体まで持っていやがる。まさに鬼に金棒だ。

 これだけの力が持ちながら…いったいこいつは何を望んでいるんだ?圧倒的な能力を持つ『解放者エクソダス』の、真の目的とはいったい何なのだろうか、と。




 ん…能力?


 そのとき、俺の脳裏に…まるで彗星のように新たな示唆が舞い降りてきた。



 不覚にも俺は、今のこの瞬間まで完全に忘れていた。解放者エクソダスこだわりを見せるティーナとエリスは…それぞれが固有能力アビリティを持つ“天使“なのだ。


 もしかして解放者こいつが求ていたのは…ティーナやエリスの”能力”なのではないか。




 それまで俺は、二人の能力にまで考えが及んでなかった。


 ティーナの能力は『扉』。

 エリスの能力は…『鍵』だ。


 扉…

 鍵…


 そういえば、ティーナと同化している門の名を、解放者エクソダスは『冥界の門アビスゲート』と呼んだ。

 そいつがもし、文字通り冥界…すなわち“あの世“に繋がる門だとしたら?ティーナが門を喚び、エリスが開けることによって起きうる事態とは?





 あっ…!



 閃光のように脳内に煌めいた、ある一つの”答え”。



 ああ、もしかして『解放者エクソダス』の目的とは…




「…わかった。わかったぞ、『解放者エクソダス』。お前の…真の目的が」

「…あら、本当?」



 俺が閃いたこと。それは……同じ想いをした経験のある誰もが願いながら、普通は絶対に考えないこと。


 だが、もし俺の考えが正しいのであれば…


 こいつは…ミクローシアは、不可能を可能にする、ただそれだけのために世界を売った・・・・・・のだ。



 目の前の悪魔ミクローシアは、あまりにも悲しくて、それでいて…一途な存在。




「……解放者エクソダス、いやミクローシア。お前の真の目的は…」






 そのとき。


 俺たちの背後…エリスがティーナの説得を行っていた『冥界の門アビスゲート』のほうで、この大聖堂の中を照らし出すほどの閃光が…炸裂した。


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