89.目的
不死身とは…どういう意味だ?
血の一滴も流さずに薄ら笑みを浮かべる目の前の悪魔…【解放者】に、俺は不気味さを通り越して寒気すら覚えた。
この世界の摂理に従っている限り、不死身なんてことはあり得ない。あるとすれば…それは『不死身に見せかけた固有能力』しか考えられない。
だが【解放者】の能力は、ひとつが…先ほどから俺たちに姿を見せている【黎明の夢魔】。残るもう一つについては、ハッキリしないものの…恐らくはヴァーミリアン公妃を操っていたことから『他人を操る能力』ではないかと推測していた。なにせ、フランフランが化身したオーブにより覚醒した能力なのだから。
だが…その場合、【解放者】が不死身であることの説明がつかないのだ。なぜなら固有能力は、一つのオーブに対して原則一つの能力だけしか発動しない。
なのに、今の奴は三つの能力を所有していることになる。それは…いくらなんでも理屈が合わないのだ。
…いずれにせよ、奴が不死身ということであれば、俺が最終手段として考えていた【全てを喰らうもの】ですら意味をなさないということになるだろう。
現状、俺が打てる手は…無かった。
「…それにしてもあなたは、明らかに…私の知るスカニヤーとは別人ね。いったいあなたは何者なの?」
初めて俺に興味を示したのかのように、【解放者】が俺に探るような視線を送りながら問いかけてきた。本当はこいつに正直に答えてやる義理なんて無いんだが、このままではこっちもジリ貧だ。時間稼ぎの意味もあって、俺はこいつに正直に名乗ることにした。
「私の名前は…アキだ」
「…アキ、ですって?それはどういうことなの?あなたは…スカニヤーの身体を乗っ取ったの?」
「…違う。私は…シャリアールによって別世界から召喚されたんだ。お前がばら撒いた魔本、『魔族召喚』によってな」
俺の言葉を聞いて、それまで強烈な魔気を発していた『解放者』が急に魔力の放出を止めた。しかも…戦闘態勢まで解除しているように見える。どうやら俺の話に完全に食いついたようだ。
その間に、奴の攻撃で吹き飛ばされていたスターリィが立ち上がるのを遠目で確認する。よかった、スターリィは無事みたいだ。それだけでも時間稼ぎした甲斐があったってなもんだ。
「アキ、あなた…もしかして『別世界』から来たの?」
ずぶっ、ずぶぶっ…。腹に突き刺さった俺の左腕をゆっくと引き抜きながら、『解放者』が俺に問いかけてきた。その光景のあまりの悍ましさに耐えきれず、俺は自分の意思で腕を引き抜いた。
「…そうだ。私の本当の名前は…山田 晶と言う」
俺の言葉に、それまで平然としていた『解放者』の表情に大きな変化が訪れた。新たに浮かんできたのは…驚愕。
「その名前…もしかしてあなた、サトシ=ヤエヤマと同じ世界から来たの?」
…今度は俺が驚かされる番だった。
どういうことだ?なんでこいつの口からサトシの名前が出てくる?
「どうしてお前が…サトシのことを知っているんだ?サトシはどこにいるっ!?」
思わず口に出た俺の問いかけが、『解放者』に何らかの示唆を与えたようだ。それまで浮かべていた驚愕の表情を納めると、改めて…不敵な笑みを浮かべた顔に戻る。
「…ふふふ、あなたはサトシ=ヤエヤマを探してるの?であれば、どうやらあなたはサトシの手の者…というわけでは無さそうね」
「それは…どういう意味だ?お前の知っているサトシのことを話せ!!」
「…大丈夫、あなたが気にする必要なんてなにもないわ。サトシ=ヤエヤマはね、とっくの昔に死んでるのよ。今から…20年以上も前にね」
なん…だって?
サトシは20年以上前に死んだ、だと…?
初めて知らされた衝撃的な情報に、俺は絶句してしまった。
俺がこの世界に来たのは、今からおよそ2年前。サトシが消えたのはそのわずか一ヶ月前だった。
なのに、サトシは20年以上前に死んだという。俺とサトシの間には、20年という大きな年月の隔たりがあった。
…もっとも、別世界に飛ばされたくらいなのだから、その程度の時間的な差異があったとしても不思議ではないだろう。だけど…まさか『解放者』との決戦というこの局面で、そのような事実を知らされることになろうとは…
「…いずれにせよ、ここで死にゆくあなたにはどうでも良いこと。さぁ、無駄なお話は止めにして、そろそろ……死になさい」
言い終わるとすぐに『解放者』から…再び強烈な黒い魔気が発され始めた。同時に、それまで動きを止めていた【黎明の夢魔】が、両腕を振り上げて俺に巨大な拳を振り下ろしてくる。
「くっ!」
素早く背後に飛びのいて攻撃を躱した俺は、勢いそのままにバク転しながら一気に距離を取った。何回転かしたうえで着地すると、慌ててスターリィが俺の横に駆け寄ってくる。
「スターリィ、無事か?」
「アキ!あたしは大丈夫ですわ。…それにしても『解放者』はどうなってますの?アキの拳が貫いたと思いましたのに…」
「それが…どうやらヤツは普通の攻撃では仕留めることが出来ないみたいなんだ」
俺はかいつまんでスターリィにさっきの状況を説明した。さすがの彼女も解放者が不死身だと聞かされて驚きを隠せずにいる。
「それでは…あたしたちにはあの悪魔を倒すことができないということですの?」
「それは分からない。でも、不死身の人間なんてありえないと思う。恐らく…何らかのカラクリがあるはずなんだ。
ヤツの不死身のタネが分からない以上、下手な手は意味が無い。とりあえずは…戦いながらヤツの謎を解いていくしかなさそうだ」
「…ええ、アキがそう考えるのなら、あたしも付き合いますわ」
次の対抗策が思いつかず、悔しさから歯を食いしばる俺に、スターリィが優しく微笑みながら頷いてくれた。
…そうだよな、俺が諦めるわけにはいかないよな。
スターリィの強い意思が宿った瞳を見ながら、俺は改めて気合いを入れ直した。
その間にも、死の女神メフィストフェレスが『波動砲』を放つ準備に入っていた。俺はスターリィに無言で合図を送ると、素早く『波動砲』の回避体制に入った。
きゅいぃぃぃぃん。
耳障りな音とともに、再び…破滅的破壊力を持った波動砲【終焉の波動】が俺たちに向かって撃ち放たれた。
さすがに二発目となると、今度は余裕を持って回避することに成功する。スターリィも今回は真正面から受けずに、最も威力が弱い場所を見抜いて受け流すことで、衝撃を最低限に抑えることに成功していた。
だが、ヤツの攻撃を凌いだところで死角から襲いかかろうとする俺の姿を、『解放者』はしっかりと視認していた。感心したような表情を浮かながら俺に語りかけてくる。
「…なるほど、そうやって襲いかかってきたのね。…それにしても妙ね。なぜあなたはさっきの初撃を完璧に回避することが出来たの?」
く…こいつ、俺の動きを見るためにわざと同じ攻撃を仕掛けてきやがったな。
「うおぉおぉぉぉ!」
ねっとりと観察するような『解放者』の視線に悪寒を覚えた俺は、全身に浴びせられる魔気を振り払うため雄叫びを上げながら…龍鱗に覆われた右手の手刀をヤツの首筋に叩きつけた。
ぎぃぃぃん。
鋭い音とともに、俺の手刀が『解放者』の持つ杖によって阻まれる。恐らくは『超文明ラーム』時代の魔道具であろう杖は、俺の一撃にも切断されることなく耐え切った。
ぎり…ぎり…。
力が拮抗した鍔迫り合い状態となる。解放者の細身の身体のどこに、こんな力があるんだ?
再び至近距離で顔を合わせた俺たち。先に口を開いたのは…俺の方だった。
「…『解放者』、お前はいったい何がしたいんだ?それだけの力を持ちながら、何年も影に隠れ裏から変なことをしてばかり」
「…さぁ、なんでしょうねぇ?」
「大事な部下であるミザリーやエニグマを俺たちを邪魔するために使い、さらには…デインさんたちやジェラード王、そしてレイダーさんたちを足止めするためだけに、わざわざ強力な力を持つ配下や戦力をあてがった」
俺はずっと考えていた。『解放者』がいったい何をしようとしているのかを。
今回『解放者』は、わざわざレイダーさんやデインさんたち”手練”が居るすぐそばで配下を蜂起させた。
だが、そいつらがレイダーさんたち『英雄』に勝てるとは思えない。そんなのただの自殺行為だ、頑張ったところでせいぜい”時間稼ぎ”程度にしかならないだろう。
…時間稼ぎ?
そうか、配下を捨て駒にしてまで『解放者』が欲しがったのは…恐らくは『時間』。こいつはレイダーさんたちを足止めする僅かな時間を求めていたのだ。
では何のために足止めを?
それは当然…今のこの時をレイダーさんたちに邪魔されないようにするためだ。強者たちの邪魔の入らない、わずかな時間を作る。…たったそれだけのために、『解放者』は配下をレイダーさんたちに当てがったのだ 。
「そこまでして時間稼ぎをして…お前は何がしたいんだ?」
鋭く言い放つ俺の言葉に、それまで仮面のようだった『解放者』の表情が…ピクリと動いた。
正直俺には 『解放者』の目的がわからない。恐らくは…世界を滅ぼそうとか、前の大戦の恨みを晴らそうとか、そんな単純なものではないような気がする。なぜなら、もし世界制覇などが目的であれば、もっと効率的な…別のやり方があるはずだからだ。
だが『解放者』はそうしなかった。ずっと闇に潜み、表に出ることはなく、気が遠くなるような時間をかけて…なにかの準備していたのだ。
その集大成が、今のまさにこの瞬間であるのだろう。そうでなければ、ありったけの戦力をわざわざ拡散分散した上に使い捨てる意味がない。
「…お前にとってミザリーやエニグマ、その他の配下たちは、時間稼ぎで使い捨てる程度の価値しか無いんだな?…そんなの、ただの捨て駒じゃないか。
それもこれも、今のこの瞬間のためにやってきたんだろう?ほとんど邪魔の入らない今のこの時間を作るためだけに、お前は気の遠くなるような年月と手間をかけて準備を行ってきたんだ」
「へぇ…そこまで気付いているのね。さすがはサトシ=ヤエヤマと同じ世界から来ただけはあるわ。多少は頭が切れる」
俺の問いかけに、『解放者』は否定しなかった。やはりこいつの目的は…今この時この状況を作り出すことだったのだ。
だが、こいつの真の目的を知るには…まだ何かが足りない。大事なパーツが足りていない。
ティーナ、エリス。
部下を捨て駒としてしか見てないようなこいつが、なぜこの二人にだけ拘りを見せる?
そもそもティーナを作り出したのは『解放者』だ。であれば…ティーナはなんらかの目的を持って産み出されたのではないのだろうか。
「…自身が産み出したものたちでさえ虫ケラのように扱うお前が、なぜそんなにもティーナにこだわる?」
「ふふふ、その理由は単純よ。ディアマンティーナが…私の娘だからよ」
何気なく口にした今の台詞。そこにある奴の論理的破綻に…俺は気付いた。
撹乱させるようなことばかりを言って煙に巻いてきた『解放者』が、俺に初めて見せたスキ。
だから俺は、鋭く…まるで剣で抉るように、『解放者』の論理面の矛盾を突いた。
「それはウソだな。なぜなら…ティーナはお前の血を引いていない。ティーナはアンクロフィクサとグイン=バルバトスの遺伝子を基にお前が造ったんだろう?
だったらティーナは、お前にとってミザリーやエニグマたちと同じ存在のはずだ。なのになんで…ティーナだけを”娘”と呼び特別扱いする?」
「……」
「それに…ティーナのことを娘と言うなら、なぜティーナはお前の遺伝子を継いでいないんだ?」
次の瞬間、『解放者』が劇的にその表情を変える。奴の顔に浮かぶのは、激怒。
俺が何気なく放った一言が、『解放者』の逆鱗に触れたのだ。言葉という名の刃が、確実に…エクソダスの悪魔の表皮に包まれた内側を切り裂いた。
「……煩いわね」
どうやら俺の言葉は偶然にも『解放者』の急所を突いたようだ。
であれば俺は…この点で奴を責めてやる。
「『解放者』。いや、ミクローシア。お前はアンクロフィクサのことを愛していたのだろう?だったらなぜ…グイン=バルバトスの遺伝子じゃなくて、自分の遺伝子を使わなかったんだ?」
「……」
「本当はお前は…アンクロフィクサと自分の遺伝子を継ぐ子供を作りたかったんじゃないのか?」
「……黙りなさい」
「いや、もしかしてお前は、自分の遺伝子を使った子を作れなかったのか?」
「…黙れ」
これまで見せたことのないような恐ろしい形相と命令口調で止めるよう言い放ってくる『解放者』…ミクローシアの反応に、俺は自分の予想が当たっているのではないかという思いを抱いた。
恐らくは彼女は、本当は自分と愛するアンクロフィクサの遺伝子を引く子を作ろうとしたのではないだろうか。ところが…何らかの理由で上手くいかなかった。
その結果、仕方なく生み出したのが、アンクロフィクサとグイン=バルバトスの遺伝子を継ぐティーナだとしたら…
そのとき、鍔迫り合いを続けていた『解放者』の背後から、死の女神メフィストフェレスが魔気を帯びた拳で殴りかきってきた。慌てて背後に飛び退いて、再びスターリィのすぐ側まで戻る。
改めて対峙する『解放者』は、もう完全に表情を消していた。背後に控えるメフィストフェレスがさらに巨大化したように見える。
「…アキ、あなたは危険な存在ね。あのサトシと同じ世界から来ただけはあるわ。
だから…あなたに敬意を表して、全力で殺してあげる」
ずずっ…
『解放者』の背後に控えていたメフィストフェレスが、前に移動して来ながらゆっくりと両手を広げた。荊棘が巻き付いた死の女神の両腕に…黒い稲妻を伴うドス黒い魔気が覆い被さっていく。
ヤバい…これまで見たことのない攻撃を仕掛けてくる気だ!
「スターリィ!『女神の聖盾』を俺の拳に宿らせろっ!」
「わかったわ!」
俺の両拳が光り輝き、スターリィの聖盾が…まるでボクサーグローブのように装着される。
最強の盾は最強の拳にもなる。こいつが…俺とスターリィの力を合わせた非常時専用の攻防一体型フォームだ。
スターリィを俺の背後に隠れさせたところで、ついに…『解放者』が新たな固有魔法を発動させた。
「…悪夢の日々に最期の時を。
さようなら、【死出の抱擁】」
両腕を大きく拡げた死の女神メフィストフェレスが、まるで抱きしめるように…俺たちに襲いかかってきた。
左右から迫り来る、黒い稲妻を纏った巨大な死の女神の抱擁。同時に…メフィストフェレスの口元には黒い魔気が集まり『波動砲』が放たれようとしていた。
先ほどまでの『波動砲』の欠点を補って余りある攻撃の連鎖。
まずい、これは…避けられない!?いや、上なら空いている!?
唯一攻撃が及ばない上方へと飛んで逃げようと考える。だが…それこそが『解放者』の狙いだった。
「…”同時発動”、【黒い雨】」
ど、同時発動だとっ!?
驚愕する俺たちの頭上から、黒い雨が…まるで流星のように降り注いできた。これで逃げ道は…全て奪われてしまった。
「スターリィ!やるぞっ!」
回避は不可能。覚悟を決めた俺は、迫り来る攻撃を拳で迎撃ことを決めた。最小限のダメージで敵の攻撃を回避する道程を見極めようと、全神経を『魔眼』に集中させた。
まずは上から降ってくる黒い雨を『流星・散弾星』で致命的なものだけを撃ち落とす。撃ち漏らした黒い雨が俺の身体に当たると、ジュッと肉を焦がす嫌な臭いが漂ってきた。だけど…この程度なら耐えられる!
続けて正面から『波動砲』が襲いかかってきた。回避できないなら、打ち返すのみ!俺は気合いとともに聖盾で保護された両拳を、迫り来る『波動砲』に打ち出す。
「がぁぁぁあぁぁっ!!」
腕が吹き飛ばさそうになるほど凄まじい衝撃。それでも俺は…必死で耐えた。拳を広げるようにして、怒涛のように押し寄せる『波動砲』の衝撃をなんとか左右に分割させることに成功した。
身体を溶かす黒い雨と、強烈な『波動砲』。それらにかろうじて耐えた俺を最後に待ち受けていたのは…死の女神の抱擁だった。
…左右から襲い来るメフィストフェレスの両腕。『波動砲』により体勢を崩してしまった俺には、さすがにもう躱せない!
「…『女神の聖盾』!」
ギリギリのところでスターリィが聖盾を発動させ、片腕だけは動きを止めることが出来た。だが…残った右腕がラリアットのようにして、俺たち二人に激突した。
ばちばちっ!全身に痺れるような痛みが走り、身体中を黒い稲妻が突き抜けていく。同時に巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が襲いかかってきた。
「うぐぅっ!?」
激痛に襲われながらも、死の女神の腕に蹴りを入れて、俺たち二人をそのまま包み込もうとする死の抱擁から無理やり逃れようとする。
だが今度は…遅れてやってきたメフィストフェレスの左腕が、俺たちを粉砕しようと殴りかかってきた。
目の前に迫り来るメフィストフェレスの巨大な左拳に、俺は渾身の力を込めて自分の右拳をぶつけた。
「うおぉぉおぉぉ!!」
激突する双方の拳。凄まじい衝撃波があたり一面に迸る。
だが…波状攻撃によってダメージを受けていた俺は、メフィストフェレスの一撃に耐えることができなかった。
鈍い衝撃音と共に、俺の右拳の聖盾が砕け散った。続けて襲いかかってきた衝撃波とメフィストフェレスの左拳によって、ついに俺は…スターリィもろとも殴り飛ばされた。
ガンッ!意識が持っていかれそうになるくらい強烈な打撃が、俺の全身を打ち付けた。一瞬気が遠くなるものの、すぐに歯を食いしばって意識を保とうと努力する。
がんっ!がんっ!床に何度も激突しながら吹き飛ばされる俺とスターリィ。全身を貫く激痛の中で、なんとかスターリィを抱え込んで、彼女が傷つくのだけは守ろうとした。
おそらく50m近くは吹き飛ばされただろうか。大きな柱に激突することで、ようやく俺たちは停止することができた。
「ぐぅ…!」
「ア、アキっ!?」
崩壊する柱の瓦礫を退けていると、抱きしめたスターリィから俺を心配する声が聞こえてきた。よかった、彼女は無事のようだ。ほっと胸をなで下ろすと、抱きかかえていた彼女を床に下ろす。
ズキン!…右拳に鈍い痛みがはしった。もしかして…拳が壊れちまったか?
おまけに全身打撲もかなり深刻だった。追撃を警戒するためにすぐに立ち上がったものの、足元が一瞬ふらつく。くそっ、なかなか強烈なダメージを受けたみたいだ。
それでものんびりと寝ている暇はない。俺は口元から垂れてきた血を拭うと、再び『解放者』と対峙しようと身構えた。
と、そのとき。
…俺の右手に、温かいものが触れた。
それは、スターリィの手だった。
「…スターリィ?」
「待って、アキ」
なにか俺に訴えたそうなスターリィの表情。彼女は強い意思を込めた瞳でじっと俺を見つめると、覚悟を決めた口調でこう言ったんだ。
「アキ…このままではあたしたちは『解放者』に殺されるだけですわ。ですから…アキのあの能力を使いましょう。
『解放者』の秘密を解く唯一の手段…【龍魔眼】を」




