【白銀の章】超越する者
七大守護天使。
それは魔王グイン=バルバトスに付き従っていた七体の”魔将軍”を打ち破った、七人の天使の呼び名である。
彼らはそれぞれが…一般の人間どころか、並みの天使たちをも遥かに凌駕する魔力や能力を持っていた。
その中でも最大の魔力量を持つと言われていたのが…【塔の魔女】ヴァーミリアンだ。
ヴァーミリアンは現ハインツ公国の公妃であり、世界的に超有名な『ハインツの双子』カレン王子とミア姫の母親でもあった。
だが、それ以上に彼女の名を知らしめていたのは…その破天荒な性格と、比類なき威力を誇る『雷』の能力だった。
特に彼女の放つ”天使の歌”【雷神の槌】は、どんな生物ですら耐えることができないと言われるほど強烈な電撃を放つ技である。その圧倒的な破壊力から、ハインツの民衆たちの間では…言うことを聞かない子供たちに対して「ほーら、ちゃんと言うことを聞かないと、あなたたちの頭の上にトールハンマーが落ちるわよ?」と教え込まれるほど、恐怖の代名詞として怖れられるような存在となっていた。
もはや生ける神とも呼べる存在となったヴァーミリアンを前にして、カレンは心が震えるのを感じていた。
ヴァーミリアンの手には、激しく雷光を放つ巨大なハンマー…【雷神の槌】。どんな魔獣でも一撃で屠る、神の鉄槌。
もちろん、彼女の息子であるカレンはこれまで何度も母親が使う【雷神の槌】を見てきた。だけど、今目の前で彼女が持っているハンマーが放つ膨大な魔力と威圧感は、それらとはケタ違いだった。
これまで彼が見てきたものがいかに手を抜いたものであったのかを、このとき改めて思い知らされていた。
「…さすがはお母様だよね、あんなのまともに喰らったらひとたまりもないかも?」
カレンの隣で生唾を飲み込む姉のミア。彼女らしからぬ弱気な発言に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「…あんた、なにが可笑しいのさ?」
「ふふっ、だって姉さまが似合わない弱気なことを言ってるからさ」
カレンにとって、姉のミアは母親であるヴァーミリアンと同等かそれ以上にやっかいな存在だった。
生まれたときからずっと一緒で、自分よりも元気で男らしい姉。そんな彼女にいつも振り回されながらも、これまでずっと同じ人生を歩んできた。
そして今、母親という強大な敵を前にして、共に戦うパートナーとして彼女以上に心強い存在などこの世にいなかった。
言葉に出さなくても通じる、お互いの思い。たとえ性格は違っていても、生きてきた刻は同じだった。
今横にいるのが姉さまで良かった。そう思いながら、カレンはミアに対ヴァーミリアン戦の作戦を伝えた。
「姉さま。事前に打ち合わせしていたとおり、お母様の初撃はぼくが防ぐから、反撃は姉さまに任せるね」
「あいあいさー!」
ミアの声に呼応するかのように、万雷を纏ったヴァーミリアンの【雷神の槌】が、双子に向かって放たれた。
それから、果たして何度の雷神の槌が放たれただろうか。
その度にカレンはヴァーミリアンの魔法を防ぎ、スキをついてミアが雷撃を放った。
だが、【雷帝】と化したヴァーミリアンの攻撃をカレンは完全に防ぐことが出来ず、ミアの攻撃がヴァーミリアンの魔法障壁を打ち破ることはなかった。
二人には…徐々に雷撃による傷が増えていった。
…完全なジリ貧状態。それどころか、徐々にダメージが蓄積されている双子の方が事態は深刻であった。
対するヴァーミリアンは息ひとつ乱さず、魔力が尽きる気配すらない。なにせ…七大守護天使の中でも最大の魔力量を誇る彼女なのだ。ガス欠するような事態は全く期待できなかった。
「…姉さま、思ってた以上にお母様は強いね。このままだとちょっとマズいかも」
「あたしもそれを思ってた。…こうなったら仕方ないね、未完成だけど…あれを試してみようか?」
ミアがあれと言ったのは、双子が密かに試みていた『必殺技』だった。ただあまりに難易度が高いので、これまでトレーニングですら一度も成功したことがない。
現状ではあくまで理論上でのみ存在する必殺技を、この土壇場で試そうとミアは言うのだ。
破天荒な彼女らしい提案に、カレンは思わず苦笑いを浮かべた。
「ははっ、姉さまらしいね。でも…それしかないかもね、やってみようか!」
二人は頷きあうと、再び【雷神の槌】を放とうと準備を整えているヴァーミリアンに向き直った。
「白銀の月よ」
カレンが左手をミアに向かって伸ばした。
「白銀の太陽よ」
その手を、姉のミアがしっかりと掴む。
二人が手を握り締め合い、重ね合う手に…互いの白銀色の魔力が重なり合っていった。二人は、互いの魔力を掛け合わせようとしていたのだ。
だが…いくら双子とはいえバランスを取るのが難しいようで、なかなか上手く魔力を制御できていない。
「ちょ…カレン!もう少し魔力を出しなさいよ!」
「ね、姉さまこそ出力が強すぎだよっ!…って、あっ!?」
カレンが声を上げた次の瞬間、二人の間に集まっていた魔力がバランスを崩して一気に崩壊した。魔力の爆発によって吹き飛ばされてしまう二人。
…一か八かの試みは、残念なことに失敗に終わったのだ。失敗に打ちひしがれる二人に待ち受けていたのは…ヴァーミリアンが放つ容赦ない雷撃だった。
「ま、まずっ!?」
この絶好の機会を、ヴァーミリアンは逃さなかった。【雷帝】と化したヴァーミリアンが狙ったのは…カレン。これまで何度も自身の【雷神の槌】を防いできたカレンの方を、より厄介だと判断したのだ。
体勢を崩してまともな防御が出来ないカレンに対して、ヴァーミリアンは容赦なく全力の【雷神の槌】を解き放った。轟音と唸りを上げながら、巨大な雷撃のハンマーがカレンに向かって打ち下ろされる。
「危ないっ!」
聞きなれた姉の声が自分のすぐ近くから聞こえたことにカレンは驚いた。次の瞬間、勢いよくドンッと突き飛ばされ、床に転がってしまう。
「なっ!?姉さまっ!?」
カレンを突き飛ばしたのは、姉のミアだった。吹き飛んだ先から素早く体制を整えると、弟を救おうと駆けつけ…勢いそのままに突き飛ばしたのだ。
その結果、ミアがカレンの身代わりとなり…【雷神の槌】の直撃を喰らうこととなる。
天地を揺るがすような轟音が、魔迷宮地下9層にある闘技場の中に鳴り響いた。
「姉さまーっ!!」
ヴァーミリアンが放った【雷神の槌】が収束したあとには、黒焦げの床と…その場に倒れ伏したミアの姿があった。顔色を真っ青にしながら、急いで姉の元に駆け寄るカレン。
…ミアの状態はかなり深刻だった。
背中に【雷神の槌】の直撃を喰らったミアは、新調したばかりの魔装備の背中の部分が焼け落ちており、さらに彼女の背に重度の火傷を負わせていた。
一目見ただけでも目を逸らしたくなるような酷い火傷に、カレンは思わず顔を歪めた。
「うぅ…痛ったぁ…。カレン…大丈夫?ケガはない?」
「姉さま!なんでぼくなんかを…」
大怪我を負いながらなおも自分を抱える弟のことを心配するミアは、顔を顰めながら…カレンの質問にこう答えた。
「だってあんたは…あたしの弟でしょう?」
力弱く微笑みながらそう口にする姉の表情を見た瞬間、カレンの中で…何かが弾けた。
大きな瞳を閉じ、薔薇のような色の唇をギュッと閉じて歯をくいしばると、呻くようにして…己を呪う言葉を吐き出した。
「…なにが『女の子らしくしないと気絶する呪い』…だよ。こんなんじゃ、エリスだけじゃなく、姉さまやお母様だって救えないじゃないか」
「…カレン?」
目を閉じたままボソッと呟くカレンの様子に異変を感じて、背中の激痛に耐えながらミアが弟に声をかけた。だが、カレンはまるでなにも聞こえないかのようにブツブツ呟き続けている。
「…こうやって迷惑をかけるくらいなら、死んだ方がましだ。ぼくは…もうこんな理不尽、受け入れられない」
カレンは腰に手を当てると、護身用にと一応持っていたナイフを引き抜いた。とたんにカレンに掛けられた呪いが発動し、猛烈な眩暈が襲いかかる。
カレンにかけられた呪縛…【男らしくしようとすると失神してしまう魔法】だ。
だがカレンは…自身を何年も縛り付けていたこの呪縛に必死に抗った。
「いやだ!ぼくは…こんな呪い、ぜったいに拒否する!ぼくは…女の子なんかじゃない!大切な姉を傷つけられて黙っていられるほど、情けないやつなんかじゃないっ!」
カレンは耐えた。押し寄せる波のように繰り返し襲いかかる眠気を、気力だけで弾き返そうと試みた。
「ぼくは…ぼくはっ!男なんだーっ!!」
カレンの魂の絶叫。
同時に、カレンは自身の心の奥底で、何かが砕け散るのを感じた。
彼は気づいていなかったが、それは…カレンの心を縛り付けていた呪いのような魔法が解けた瞬間だった。
姉を…愛する人を守りたい。そのためにはこのままではいけない想う強い意思が、彼にかけられた呪いともいうべき魔法の呪縛を…ついに打ち破ったのだ。
カレンはこれまで、ただの一度もこの…“男らしいことをしようとすると失神してしまう魔法”の呪縛に打ち勝つことが出来なかった。なのに、この土壇場になって…カレンは初めて呪縛に打ち勝ったのだ。
はぁ、はぁ…肩で息をするカレン。
だがカレンは魔法を打ち破るだけでは満足しない。勢いそのままに手にしたナイフを振り上げると、自らの長い白銀色の髪に押し当てた。
「こんなもの…ぼくにはもう必要ないっ!」
そして、気合とともに…一気に髪を切断したのだ。
ブツッ!!
大量の髪の毛が切られる嫌な音とともに、白銀色の長い髪が…まるで月明かりに反射する蜘蛛の糸のように散らばっていく。カレンはふぅと息を吐きながら、手に余る白銀色の髪を無造作に放り投げたのだった。
一方ミアは、目の前で繰り広げられるとんでもない光景をにわかに受け入れることができなかった。
「カレン…!あんた、なんてことを…」
思わず彼女が絶句してしまうのも無理なかった。なぜならカレンは…世間から『白銀の月光』と称されるほどの美しくて長い白銀色の髪を、肩口あたりでバッサリと切り捨ててしまったのだから。
だが、実行した方のカレンに未練はないようだった。むしろ清々しい表情を浮かべている。
激しい戦いの中、生まれ変わろうとしているカレン。
そんなカレンの…予想外なまでの大胆な行動は、ヴァーミリアンが圧倒的優位となっていたこの親子対決の場に大きな変化をもたらした。
まずは…対峙していたヴァーミリアン。
「うぐっ…」
苦しげな呻き声を漏らしながら、全身を震わせ…ついにはその動きを止めた。まるで…あまりに衝撃的な光景を目の前にして壊れてしまったかのよう。
そして、自身の不甲斐なさを振り切るために思い切って髪の毛を切るという大胆な行動を取ったカレンの身にも大きな変化が訪れていた。
彼の身に起こった変化は…まさに劇的と呼ぶに等しいものだった。
まず…これまで彼を苦しめていた“呪い“が発動しなくなった。どんなに男らしい行動を取ろうとしても、もはや眩暈が発動しなくなったのだ。
さらに…髪の毛を切断したとき、胸の奥の方で何かが”のそり”と動くのを感じた。まるで呪縛が解けたことで、彼の中で眠っていたものが目を覚ましたかのよう。
やがて…カレンの身体の内側から、溢れんばかりの膨大な量の魔力が湧き上がってきた。
「これは…なに!?」
もはや不要となったスカートを脱ぎ捨ててズボン姿になったカレンは、自分の中から湧き上がってくる…信じられないほど膨大な量の魔力の渦に溺れそうになった。
気がつくとカレンの全身は、白銀色の魔力に包まれて輝いていた。それでも全身から溢れ出す魔力は止まることを知らない。
かつてカレンは似たような感覚を一度だけ味わったことがある。それは…一年ほど前にオーブを手に入れて天使に覚醒したとき。
天使覚醒時に匹敵する魔力爆発がカレンの身に起こっていた。ということは、もしかしてこれは…
「魔力…超越者?」
かつてロジスティコス学園長の授業で教わったことがカレンの脳裏に浮かぶ。
『超越者』
それは…歴史上ほとんど確認されていない天使をも超えた存在。七大守護天使にも匹敵する圧倒的魔力の持ち主への変貌。
そう…今まさにこの瞬間、カレンは歴史的な存在である『超越者』へと覚醒したのだった。
しかも…『超越者』への変化は、カレンだけに収まらなかった。
すぐ側で這いつくばっていた双子の姉ミアにも、カレンから膨大な魔力の奔流が流れ込んでゆく。
やがて、カレンの魔力に触発されるように…ミアの全身も白銀色の魔力を放ち始めた。
カレンとミア。二人の間に巻き起こる白銀色の魔力渦は、激しい光を発しながら光り輝いていた。あまりに膨大な魔力は、新たに奇跡を起こす。なんと…醜く焼け爛れたミアの背中が徐々に復元していったのだ。
「うっそ??これ、どういうこと…?」
自身の背中を襲っていた激痛から解放されたミアは、驚きを隠せないまま…ゆっくりと立ち上がった。すぐ側では、肩口までの長さまで髪を切ってしまった弟のカレンが、ヴァーミリアンを真剣な表情でジッと見つめている。
カレンの破天荒な行動を見て動きを止めたヴァーミリアンが、今はなにやら苦しそうな表情を浮かべながら、頭を抱えてしゃがみこんでいた。
「…カレン、どうしたの?」
「姉さま、傷は治ったみたいだね。良かったよ。…今はね、お母様の体内を流れている歪な魔力の流れを見ていたんだ」
弟の言っていることが理解できずにミアが小首を捻ると、カレンがヴァーミリアンの胸の中心あたりを指差した。
それは、ヴァーミリアンの心臓のすぐ横。カレンが見つけたヴァーミリアンの体内にある異変は、一歩間違えて攻撃を仕掛けたら、母親の命を奪いかねないほどきわどい場所にあった。
「…ほら、あそこ。たぶん…あそこにお母様を操っている中枢がある」
「…へー、よく分かったね。あたしにはサッパリだよ」
「ふふっ。それよりさ、もう一回さっきの技を試してみない?」
いつもは慎重派のはずのカレンからの予想外の申し出に、さすがのミアも呆れた表情を浮かべた。
「…あんたバカなの?ついさっき失敗したばっかりじゃない」
「でも、今ならいけるって気がするんだ。だって…姉さまのケガだって治ったくらいなんだよ?ぼくたちが力を合わせれば、きっと不可能なんてないさ」
今まで見たことないほど男らしいカレンの態度に、ミアは思わず苦笑いを浮かべた。
「…あんたもいつの間にか言うようになったねぇ。…いいよ、もう一回やってみよう!」
「そうでなくっちゃね!」
カレンとミアは、互いに笑いあうとパンッと手を打ち合った。
再び目と目を合わせるカレンとミア。二人の間に、膨大な魔力の奔流が巻き起こる。
「白銀の月よ」
カレンが左手をミアに向かって伸ばした。
彼の全身から吹き出す白銀色の魔力が形作られていき、やがて…この闘技場を覆い尽くすほどの大きな翼が一翼、彼の背に具現化する。
「白銀の太陽よ」
差し出されたカレンの手を、姉のミアがしっかりと掴んだ。
今度はミアの背中に…同じように巨大な天使の翼が一翼現れる。
手をつなぎあい、二人で一対の巨大な翼を具現化させたその姿は、まるで巨大な一人の天使のよう。
二人の魔力は…今このとき、初めて完璧にシンクロした。
「…これならいけそうだね、姉さま」
「そうだね、カレン」
二人は、組み合わせた手をヴァーミリアンの方に向ける。相変わらず苦しみもがいている姿は、彼女もまた…自分を操るものと戦っているからなのか。
だが、結局は操るものが勝ってしまったようだ。苦しげな表情でヨダレを垂らしながらも、ヴァーミリアンは双子に対して自身最大級の魔力を練り上げた。
彼女の真の最大攻撃魔法…【電鎚舞踏】を放とうとしていたのだ。ヴァーミリアンの周囲に万雷が轟き、なんと…13本もの【雷神の槌】が彼女の目の前に出現する。
ヴァーミリアンの持てる魔力を結集させた13本のハンマーが、彼女の最愛の双子に向かって…一気に解き放たれた。
一方、対峙する双子のほうは…母親を救うだけでなく彼女を越えるために、手を重ねて互いの魔力を絡め高め合っていった。
雷は、ある一定の量を越えると光になる。そんな逸話を表すかのように、双子の身体が白銀色に光り輝いていく。
極限まで練りこまれた膨大な魔力が、双子の重ね合う手に収束されていった。ついに…魔法を放つ準備が整ったのだ。
「それじゃあいくよ、姉さま!」
「よし、いこう!」
迫り来る13本のトールハンマーをまったく意に介さず、双子は…重ねた手を前に突き出した。
「「…今ここに、月と太陽が出会い、全てを照らし出す光を放たん。
…解き放て!【神・雷・光・臨】」」
双子の手から、天をも焦がす閃光とともに凄まじい光の塊が放たれた。回転しながら突き進む光線は、極限まで凝縮された稲妻の化身。
双子が完全に同調して放った究極の魔法は、迫り来る13本の【雷神の槌】を…まるで意に介さないかの如くあっさりと突き破った。
ヴァーミリアンの最大攻撃魔法が、彼女の息子たちによって打ち破られた瞬間だった。
そのまま…驚愕の表情を浮かべているヴァーミリアンの胸のど真ん中を、神雷と呼ぶ稲妻の化身が突き抜けていった。
まるで迷宮が崩壊したのではないかと思うほどの轟音のあと、魔迷宮第9層にある闘技場に静寂が訪れた。
微動だにしないヴァーミリアン。固唾を飲んで見守るカレンとミア。
彼らの一撃は、間違いなく…カレンが違和感を感じていた部分に命中した。おそらくヴァーミリアンの心臓を傷付けてはいないはず、そう思ってはいたものの…カレンの不安は解消されなかった。
ぐらり。
ヴァーミリアンの身体が大きく揺らいだ。そのまま前に崩れ落ちていく。
「「お母様っ!!」」
双子は慌てて倒れたヴァーミリアンの元へと駆け寄っていった。
ヴァーミリアンは生きていた。カレンとミアに抱き抱えられてようやく目を覚ます。
「…カレン…ミア…」
「お母様!?正気に戻ったの!?」
愛しい子供からの問いかけに、ヴァーミリアンは力無く両手を持ち上げて…二人の頭の上にそっと乗せた。
「おかげさまで…ね。それにしてもフランフランのやつ、とんでもない置き土産をしていってくれたわね…」
ヴァーミリアンがグッと全身に力を込めると、双子の攻撃が突き抜けた跡から…ボタリと何かが零れ落ちた。赤黒いそれは、すでに双子の攻撃で原型を留めていなかった。
「…それは?」
「これはね、フランフランがわたしの体内に残した『コントロール装置』よ。こいつのせいでわたしは操られてたんだけど…あなたたちのおかげで解放されたわ」
忌々しげに吐き出しながら、ヴァーミリアンは手に持っていた『コントロール装置』をグシャリと握りつぶした。改めて双子のほうを向くと、両手を広げて二人を抱きしめた。
「カレン…髪切ったのね。うっすらとした意識の中であなたたちを見てたけど、操られててもさすがに驚いたわ」
「…ははっ、そうだよ。ぼくは自力でお母様のかけた魔法を打ち破ったんだ。これからぼくは男らしく生きていくよ」
「そう…カレンはあの変な魔法を解除したのね。すごいわ…」
「そうだよ、お母様。カレンは立派になったんだよ?」
二人に交互に話しかけられ、ヴァーミリアンは力無く微笑んだ。
「でもまさか、あなたたちに負けるとはね…。しかも、フランフランのやつが遺してた心臓の呪縛まで解除してくれた。わたしの持つ魔法障壁を打ち破るだけの巨大な魔力と、心臓の真横という繊細な位置にあった元凶を撃ち抜く正確無比な攻撃。双方を以ってしかなし得ないことを、あなたたちは成し遂げたのよ」
母親の言葉に、誇らしげに胸を張る二人。
「それにしても【解放者】…ううん、ミクローシアのやつがわたしを操る魔道具を持っていたとはねぇ…。フランフランが持ってた【コントローラー】は全部破壊したつもりだったんだけど」
「えっ?お母様は【解放者】の能力で操られてたんじゃなかったの?」
双子は、ヴァーミリアンはてっきり【解放者】の能力…【魔傀儡】で操られていたと思っていた。だが、どうやらそうではなかったようだ。
「ちがうわ。操られたのは…フランフランが昔わたしを改造した時に体内に残してた『コントロール装置』によってなの。ミクローシアに他人を操る能力はないわ」
「そ、それじゃあミクローシアの能力は…?」
「さぁ?わたしが知っているのは…ミクローシアが【黎明の夢魔】という固有能力を持っているということと…殺しても死なないことくらいよ」
【解放者】ことミクローシアは、他人を操る能力を持っていなかった。その事実はカレンを戦慄させた。
それではいったい彼女の二つ目の能力とは…
だが、肝心なところを話そうとしたところで、ヴァーミリアンの身体に限界が訪れていた。好き勝手に操られた上、生命維持装置である『還らずの塔』からしばらく離れていたヴァーミリアンの体力は、すでに意識を保つことができないほど削り取られていたのだ。
朦朧とする意識の中で、ヴァーミリアンは最後の気力を振り絞って口を開いた。
「あなたちは…本当に立派になったわ。ゆっくり話したいんだけど…わたしはもう限界みたい。寂しいけど…うれし…い…」
そう双子に伝えると、ヴァーミリアンは…そのままガックリと全身の力が抜け、目を閉じ意識を失ってしまった。カレンが慌てて母親の状態を確認するも、どうやら単に眠っているだけのようだった。
ヴァーミリアンの無事にホッと胸を撫で下ろす双子。しかし、限界を超えていたのは彼らも同様だった。
安堵したとたん、カレンは堪え難い猛烈な眠気に襲われていた。歯を食いしばりながら側にいるミアの様子を確認すると、姉は既に意識を失ってヴァーミリアンに折り重なるように前に突っ伏していた。
急速に傷を修復した反動で、ミアも激しく消耗していたのだ。
「いけない…アキたちを、追いかけ…ない…と…」
それでも…這うようにして前に進もうとするカレン。だが、土壇場で【超越者】として覚醒し、全力を尽くしたカレンの消耗は激しく、襲いかかる眠気に抗うことはできなかった。
折り重なるように気を失っているヴァーミリアンとミアから少し離れた場所まで這って行ったところで…ついにカレンもまた深い眠りに落ちていったのだった。




