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10.スターリィ



 あれこれしているうちに、いよいよ“スターリィ“がここにくる日がやってきた。

 といっても、いつ頃どんな風に来るのかは何も聞いていない。

 たぶん午後くらいに、クリスさんあたりが連れてくるのだろう。



 今日は朝から、スターリィを迎える準備に忙しいフランシーヌに「邪魔だからどっか行っててね」と言われて、追い出されてしまった。

 以前、料理の手伝いをしようとして鍋を爆発させたのがいけなかったかな?

 俺の家事全般に対するフランシーヌの警戒心はMAXだ。

 …多少は手伝う気だったのにな、仕方がない。

 とりあえず天気も良いので、近くにある湖のほとりに散歩することにした。


 この湖の辺りまではあまり変な生物は出現しない。

 だから一人で行っても安全なのだ。なんでもゾルバルとフランシーヌを怖がって野生動物や魔獣は近寄ってこないらしい。

 …それって、虫除けじゃね?



 ゾルバルの棲家のそばにある湖は、そこそこの広さがあった。

 森に囲まれた場所にある少し霧のかかった湖ってのは、すっごい綺麗だ。思わず見惚れてしまうほどに。


 俺は、時間も忘れてボーッと水面を眺めていた。



 そういえば、こんなにノンビリした時間を過ごすのは久しぶりかも。

 こっちの世界に来てから今日まで、日々の生活に追われてて、息つく暇もなく走り続けてたような気がするよ。

 そもそも、ゾルバルたちのスパルタ特訓が激しすぎてさ…余計なことを考える余裕がなかったしなぁ。


 …そうだ、泳いでみようかな。

 そんな遊び心が浮かんできたのは、たぶん心にゆとりが生まれたからだろう。

 一度思ったらもう止まらない。

 迷うことなく服を脱いだら、そのまま湖にレッツゴーだ!



 勢いよく飛び込んだ湖の水は、とても澄んでいた。

 底まで見通せるくらい綺麗で、泳いでる魚もよく見えるほどだ。

 水深がさほど深くないから、幼い頃から水泳を習わされていた俺なら、まったく問題なく泳げる。

 おまけに、日頃のトレーニングの成果か…以前よりも楽々泳げるような気がするぞ。


 …それにしても、やべぇ。

 マッパで泳ぐの気持ち良すぎる。

 これはなんか、新しい扉を開けてしまいそうだ。

 やったことがない人には、是非一度経験してほしい。

 心の底からお勧めしたい。



 そんな感じで気持ちよく泳いでいると…

 あれ?今見えたのは何だ?湖のほとりに…誰かがいるようだ。


 んー、誰だろう。

 フランシーヌ?それともクリスさん?

 女性らしいことは分かるけど、少し離れているのと、霧がかかっているせいで、誰かまではハッキリしない。

 こっちに向かって大声を出しているような気がするんだが…


 とりあえず泳ぐのをやめて、手を振ってみようかな。

 あれ?ちょっと…まさか……そのまま飛び込むの!?


 ザパーン、と水しぶきが上がる。

 あちゃー、本当に飛び込みやがったよ。



 必死に手足をバタバタさせながら、こちらに向かって泳いでくるその人物。

 でもあれは、泳いでいるというより…もがいてる感じだぞ?

 そもそも服を着たまま泳ぐのは素人だ。

 このままでは、すぐに力尽きるに決まってる。


 …しょうがないな、助けに行くか。


 とりあえず近づいてみると…

 あれ、やっぱり見たことのない子だ。

 しかも、まだ若いぞ?

 少女と呼べるくらいの年齢の子だ。


 その子は、必死の形相でこっちに向かって泳いできて…


「…あっ」


 そのまま、途中で沈んでしまった。

 あーあ、だから言わんこっちゃない。











「ゲホッ!ゲホゴホッ!」

「だ、大丈夫?」


 とりあえず、溺れてしまった彼女を救い出したのは良いが…どうしたものか。

 人工呼吸をするまでもなく、すぐに息を吹き返したのは幸いだった。

 …ちょっとだけ憧れてたんだけどなぁ、人工呼吸。


「ゲホッ…あ、ありがとうございます。助かりましたわ。あなた、溺れてるかと思ったんですが……泳いでいたんですね…」

「えっ?あ、うん」


 なぁんだ。この子、俺が溺れてると勘違いして助けに来てくれたんだ。

 ふふふ、良い子だなぁ…ちょっとおっちょこちょいだけど。


 それにしても、こんな辺鄙なところに女の子がたった一人でいるとは…いや、そういえば一人だけ思い当たる人物が居たぞ。


「もしかして…スターリィさん?」

「そういうあなたは、アキさんですか?」


 どうやはビンゴだったようだ。

 お互い頷き、不意に笑ってしまう。


 スターリィは、既視感デジャヴのある容姿を持っていた。

 栗色の髪と意志の強そうな大きな目にはデインさんの、整った鼻と厚い唇にはクリスさんの面影が見える。

 なかなかに可愛らしい少女だった。

 たぶん学年でトップ3くらいには入るだろう。

 今の俺が、垂れ目で根暗な感じの…平凡な容姿だから、その対比で余計可愛く見えるのかもしれない。



「…くしゅん」

「あ、濡れたまんまだったら風邪引くよ。着替えは?」


 ふるふると首を横に振って、否定の意を示す。その仕草が、すごく可愛い。

 これだよこれ!やっぱ女の子はこうでないと!でもなぁ…自分でやっても何も面白くないんだよなぁ、これが。

 …そんな話は置いておくとして、とりあえず持っていたタオルを貸してあげようかな。


 って思ったら…え?ウソでしょう?

 彼女スターリィがなんと…いきなり濡れた服を脱ぎ始めたではないか!


 ちょい!ちょい!?

 完全に予想外の行動。

 いくらなんでもオトコの目の前でいきなり脱ぎだすのはいかがなものか…


「…何を驚いているんですの?あたしたち同性ですし、なにより…あなたなんて、さっき裸で泳いでいたではありませんか」


 あ、そういやそうだった。

 確かに今だってシャツくらいしか羽織ってないし。

 なんというか、元が男だからそういうのを恥じらう感覚とかが無いんだよねぇ。


 スターリィはクスクス笑いながら、さっと服を脱いでしまった。

 おぉう、目をそらす暇もなかったぜ。

 …まぁせっかくの機会なんで、ガン見してしまいましたがね。

 ぐふふ…最近の若い子は発育が良いぜ、さすがはクリスさんの娘。

 だが、真の脅威はそこではない。

 これでまだ『発展途上』だってことだ。

 …スターリィ、なんて恐ろしい子。


「ふふふ、これでおあいこですわね。お互い…裸を見あったってことで。これはあたしたち二人だけの秘密にしましょうね?」


 満面の笑みでそう口にするスターリィ。

 たぶん『さっき裸で泳いでいたことはナイショにするから気にするな』って伝えたかったんだろうなぁ。

 なんて気がきく子なんだ、俺のせいで(まぁ勘違いだけど)溺れかけたっていうのに。


 …そんな子に対して、俺はいま何を考えていた?胸ばっかり観察して…うーん、少しだけ自己嫌悪。



 …しかし、ひとつ困ったことがある。

 こんだけ『裸のコミュニケーション』してしまったあとじゃあ、俺の中身が“実は19歳の男なんです!“って言えなくなっちまったじゃないか。


「それではアキ、これであたしたちは友達ですわね。これからよろしくお願いしますわね」

「あっ…」


 にこやかに右手を差し出してくるスターリィ。

 その場面が、その台詞が、その態度が…

 俺に、あることを思い出させた。


 あぁ…あのときと、同じだ。


 俺がサトシと初めて出会った…

 あのときの、サトシと同じ台詞だったのだ。


「あたしのことは…良かったらスターリィって呼び捨てで呼んでくださいね」

「…あ、うん。わかったよ…スターリィ」

「はい。アキ」


 ひとときの自失のあと、慌てて差し出された右手を握る。

 とても暖かくて…柔らかい掌。


 見た目は全く違う。

 もちろん、性別も違う。

 だけど彼女は…なぜか俺に、親友サトシを連想させたんだ。



 これが…俺とスターリィの出会いだった。








 ーーーーーーーーーーー







 濡れた髪を風に踊らせながら、交わされる楽しい会話。

 弾け飛ぶ黄色い笑い声。

 輝くような明るい笑顔。


 スターリィと歩く帰り道は、すごく楽しかった。


 だってさ…こんな可愛い子が、「実は…お母さんに話を聞いてから、アキにお会いするのをすっごく楽しみにしてたんですわよ?うふふっ」って、満面の笑みで話しかけてくれるんだぜ?

 ぶっちゃけ、こんな夢のようなシチュエーション、恋愛シミュレーションゲームの画面でしかお目にかかったことがないわ。

 これだけでもう、この世界エクスターニヤに来た甲斐があるってなもんだぜ。


「…あたし、訳あって山奥の小さな村に住んでるんです。その村には、同年代の男の子は居るんですが…女の子は、すごく年上の方か幼い子しか居なかったんです。だから…アキは、あたしにできた初めての女の子のお友達ですの」


 わぉう!ねぇ、聞いた?聞いた?

 俺…この子の”初めて”、頂いちゃいましたよ!


 ……いかんいかん、舞い上がるのはこれくらいにしておこう。

 そもそもスターリィは、俺のことを”女の子”だと思って、ここまで気を許してる訳だし。

 とりあえずスターリィには、『行方不明になった友人を探してたら、迷子になってゾルバルに助けられた女の子』って説明しておいた。

 …まぁ嘘はついてないけど、いずれちゃんと説明しないとな。


「それは…苦労されたのですね。でも、これからはあたしがアキの力になりますわ。だって…友達ですもの。ね?」


 ズキューン!

 スターリィの笑顔が、俺のハートを直撃した。

 ぐはぁ…その笑顔でこのセリフは、破壊力ありすぎだろ。


「ふふふっ。アキって、不思議な人ですわね。誰もいない湖で裸で泳ぐほど大胆かと思えば、今みたいに引っ込み思案で大人しくなってしまったり…。いったいどちらがあなたの本当の顔なのかしら?」

「う、うーん。どっちかな?あは、あははは…」


 やべっ、妄想が過ぎて疑われちまったよ。

 これ以上疑われないように、気を引き締めないとな。




 それにしても、スターリィは…とっても礼儀正しくて、気遣いができる子だ。

 クリスさんからは『開けっぴろげな子』と聞いてたから、もっとこう…はっちゃけた子を想像してたんだけどなぁ。

 まぁ、いきなり”すっぽんぽん”になったあたりは、開けっぴろげっちゃあ開けっぴろげだけど。

 …っと、そうこうしているうちに、家までたどり着いてしまった。



「フランシーヌ様、ごきげんよう。無事に湖でアキに会うことができましたわ」

「あーら、早かったわね。スターリィ、わざわざありがとうね」


 湖で溺れたことなんて微塵も感じさせない優美な態度で挨拶をするスターリィ。

 その態度がすごく洗練されていて、まるで…昔映画で見た貴族や上流階級の人たちのようだ。

 自分の14歳の頃を思い出すと、こんな礼儀作法できなかったよな。

 だいたいあの頃の俺は、ゲームばっかしてたクソガキだったし。

 これは、親の教育の賜物なのか、それとも本人の資質によるものなのか…。

 ただ、彼女の両親…デインさんやクリスさんを見る限り、後者のような気がする。

 だって、デインさんは脳筋だし、クリスさんはほんわかフワフワで、二人とも何も考えてなさそうなんだもの。



 この日、ゾルバルはデインさん夫妻ともども不在だったので、昼食は三人で取ることになった。最近ゾルバルは忙しそうだ。家に居ない日が増えてきている。


 スターリィは、食事の作法も完璧だった。フォークとナイフを上手に使って、骨つき肉を切り分けている。

 偉いなぁと思いながら、骨つき肉を素手で掴んでかぶりついていたら、フランシーヌから「んもう…アキはこれから礼儀作法も特訓しないとね?」とクギを刺されちまった。ナンテコッタイ。


 まぁいい、このあとはお勉強タイムだ。ここいらで頭の良いところを見せつけて、少しは株を上げておきたいところだな。

 なーに、こう見えてもこちとら現役大学生。中学生くらいの子供に、学力ではそうそう遅れを取らないぞ?




 …結論から言おう。

 スターリィは頭も良かった。

 大概のことは知っていたし、応用も早かった。

 どんだけ賢いんだよ、この子!


「驚きましたわ、アキ。いまフランシーヌ様が教えてくださってるのは、高等学校の…それも上級生クラスの人たちが教わる内容ですよ?それをあっさりと理解していて…」


 いやいや!驚いてるのはこっちのほうだし。


 うーむ、どうやったらギャフンとら言わせられるか。

 …勉強だとら勝ち目がないから、今度は体力だ。

 フランシーヌの立会いのもと、模擬格闘訓練を試してみる。



 結果的には、こちらも…手も足も出なかった。

 素手での組手では何回も投げ飛ばされたし、木刀を使った剣術のトレーニングでは、あっさりと見切られた。


 まいったな…年下の女の子に完敗だぜ。


 がっくり項垂れていると、スターリィが優しく慰めてくれた。


「あたしはこれまでずっと勉強やトレーニングをしてきましたから…むしろあたしについてこれるアキのほうが素晴らしいと思いますわ」


 んー、真顔でそう褒められると、なんか照れるぜ。

 でも、褒められてる気がしないのは何故だろうか…




 それにしても、スターリィは欠点なさ過ぎだ。

 これまでのところ、年齢特有の幼さを感じない。まるで大人の女性を相手しているようだ。


 …でも、何故だろうか。

 彼女を見ていると、胸がざわついてくるんだ。





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