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87.最下層への道 + 番外編

ここから第13章となります。




 

 かつて半年もの時を過ごしたグイン=バルバトスの魔迷宮に再度突入したとき、俺が最初に抱いた感情は『懐かしさ』だった。

 それは隣にいるスターリィも同様のようで、1年前まで共に冒険の日々を過ごしたこの魔迷宮を、いつのまにか俺たちは故郷かなにかのように感じるようになっていたんだ。



「なんだか懐かしいですわね」

「…そうだね、まさかこの場所に【解放者エクソダス】との決戦のために戻ってくるとは思わなかったよ」



 今は“図書館ライブラリー“の管理者であるパシュミナさんが居ないため、4層目まで一気にテレポートする禁呪は使うことができない。従って、最下層まで全行程を自力で辿り着かなければならなかった。


 それでもこの迷宮で半年以上を過ごしてきた俺たちにとっては、最下層へ行くことは容易なことだった。最下層までの道程は目を瞑っても分かるほど…と言っても過言ではないくらいだ。


 過去に探索し尽くした魔迷宮の中を意気揚々と進んでいった俺たちは、あっという間に地下4層に到達した。






 一目見ただけで懐かしさを感じるガラス扉の出入り口。俺たちが半年間も寝起きをしていた『図書館ライブラリー』は、以前と変わらず地下4層に存在していた。



図書館ライブラリーか…懐かしいね」

「うん、そういえばぼくはここで死にかけたんだったね」

「そうよ、あのときは本当にダメかと思ったんだから…」


 図書館ライブラリーの入り口を横目に見ながら通過する際、ミア王子、カレン姫、エリスがなにやら物騒な話をしていた。


 そういえば…さっき空の上でも、カレン姫は魔迷宮で死にかけたって言ってたな。どうやったら魔物も出没しないこんなところで死にかけたりするんだろうか。

 …もしかして、パシュミナさんに変なことして半殺しの目に遭ったとか?んなわけないか。


 残念ながら俺たちには無駄話をしてる余裕はなかったので、結局理由は聞きそびれてしまった。



 それぞれに様々な思い出がある図書館ライブラリーの横を、俺たちは後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎていった。

 …ここにはまたいつでも来れる。それよりもティーナたちを救出するのが今は先決だ。







 グイン=バルバトスの魔迷宮は、全部で10層構造になっており、各フロアは一つとして同じ姿をしていなかった。

 たとえば、一層は岩石の壁が周りを取り囲むいかにもダンジョン的な雰囲気、二層は一転して植物が生い茂った不思議な洞窟…といった感じにフロアごとに特徴があり、来るものを飽きさせない仕様になっていた。いや、飽きさせても良いと思うんだけどね。







 かつてこの迷宮で生活していたとき、俺たちはトレーニングと隠し部屋探索目的で地下9層までは何度も訪れていた。迷うこともなく突き進み、気がつくと…地下8層にまで到着していた。



「おかしいな、もうすこし妨害が入ると思ったんだが…」


 予想外にもこれまで一切の妨害は発生せず、拍子抜けした気分のまま俺たちは9層へ降りる階段を前に一息ついていた。なんだかんだでここまで強行軍だったうえに寝不足もあって疲れはピークに達していた。でもここまで来て弱音を吐いてなんかいられない。



「…たぶん【解放者エクソダス】は10層に居るんだよね?ということは、邪魔が入るとしたら次の9層かな?」


 水筒の水を飲みながら、ミアが何気なく口にしたこの一言。彼女の予言は…結果的に見事的中することとなる。






 地下9層に降りた時から、俺たちは…明らかにフロアの空気が他と異なっていることを感じていた。ビリビリと感じるプレッシャーのような威圧感。


 グイン=バルバトスの魔迷宮の第9層の見た目は、石のブロックが積み上げられた壁に囲まれた複数の空間から成り立っていた。最下層である第10層に降りる階段がある部屋へ向かう通路を進むにつれて、俺の直感が『この先に進むのはヤバい』と告げている。

 だが、当然だけどここで止まるわけにはいかない。

 俺たちは気合を入れ直すと、通路の先へと進んでいった。



 しばらく進むと、目の前に不気味な門構えの扉が出現した。

 …記憶が正しければ、この先は広い空間になっており、そこに最下層に降りる階段があるはずだった。警戒しながらゆっくりと扉を開く。



 予想に反して扉の先は真っ暗闇だった。


「…『照明ライト』」


 スターリィが灯りを照らす魔法を使うと、小さな光の玉が現れて部屋の中をわずかに照らし出した。

 ちょっとした体育館くらいの広さのあるその空間は、かつて魔王軍の集会所および格闘技場としてい使われていたとパシュミナさんから聞いている。

 今や誰に使われることなく静かな時を過ごしていたはずの闘技場の中心に…人影が見えた。



 全身を黒い魔法衣装に身を包んで、たった一人でこの場に立っている女性は、まぎれもなく…



「「お母様…」」



 双子であるカレン姫とミア王子の口から、同時に同じ言葉が発された。

 最下層へと続く大事な場所で俺たちを待ち構えていたのは、双子の母親である七大守護天使の一人…【塔の魔女タワーオブテラー】ヴァーミリアン公妃だったのだ。






 ヴァーミリアン公妃…いや、今や【雷帝】となったヴァーミリアンが右手を挙げると、彼女を中心に地を這うような電撃が走った。次の瞬間、広い室内に一気に灯りがともる。

 電撃を放つことでこの場に照明を点けた彼女は、虚ろな表情を浮かべて俺たちのことを待ち構えていた。【雷帝】ヴァーミリアンの背後に視線を向けると、奥に最下層に降りる階段が見える。


 …どうやら彼女をどうにかしないと先には進ませてもらえないようだな。



「お母様! いいかげん目を覚まして!」

「そうだよ!今はティーナがヤバいんだ、そこをどいて!」


 必死に呼びかける双子の声は、残念ながらヴァーミリアンの耳には届いていないようだった。ゆっくりと顔を上げると、背に天使の翼を具現化させて…彼女は最初の言葉を発した。



「…【雷神の裁きミョルニル】」



 挨拶代わりに放たれたのは、【雷帝】ヴァーミリアンの『天使の歌』。こいつは昨日の襲撃の時に、俺たちに甚大なダメージを与えたものだ。

 目も眩むような閃光とともに、激しい雷が降り注いでくる。


 だけど、並みの生物であれば簡単に消し炭となってしまうであろう激しい電撃を前にして、すっと前に進み出る人物がいた。

 白銀色の髪をなびかせながら、月の女神のような美しさを持ったその人物…カレンは、颯爽と右手を挙げた。


「【満月の夜光ルミナスサークル】!!」


 白銀色シルバーブロンドの輝きが辺り一面に現れたかと思うと、すぐに俺たちの周りを白銀色シルバーブロンドの月がすっぽりと包み込んだ。

 すべての魔法を溶かし尽くす白銀色の月は、狂ったように襲いかかってきた雷を…一つ残らず消し去った。

 あとには、白銀色シルバーブロンドの月光の残滓だけが残っていた。


 すごいなカレン。魔法には相性もあるとは思うけど、まさかヴァーミリアン公妃の雷撃を無効化するとは…


 見事な対応に驚いている俺たちに向かって、カレンがニッコリと微笑みながら口を開いた。


「…どうやら次に残るのばぼくたちの番みたいだね」

「そうだね、カレン」


 ヴァーミリアンの焦点の合わない虚ろな視線に苦い表情を浮かべて、カレンとミアが互いに頷き合った。二人の発言に驚いたのはエリスだった。


「…えっ?それはどういう…」

「ごめんエリス。ぼくたちはここでお母様を正気に戻すよ。だからエリスは…一足先にティーナの元に向かってて。大丈夫、すぐに追いつくから」

「で、でも…」


 それでも煮え切らないエリスの尻を、ミアがいきなりスパーンと引っ叩いた。


「わきゃっ!?ミ、ミア!なにを…」

「なに言ってんのよ、エリス。あなたの役目はティーナを取り戻すことでしょう?ここはあたしたちに任せてさっさと行った行った!」


 一見セクハラのように見えなくもないミアの一撃に、若干テンパるエリス。そのスキをついて、一気に畳み掛けるように丸め込みに入るミアの勢いに押され、エリスはタジタジになってしまっていた。


 見事な対応に感心している俺に、今度はカレンが耳打ちをしてきた。


「アキ、ごめん。さっきはあんな話をしたんだけど…ここはぼくたちが残る。だから、エリスを連れて先に行って欲しい」

「…二人で大丈夫なのか?相手は”七大守護天使”だろう?」

「大丈夫だよ、なにせぼくたちは…あの人の子供だからね」


 ニヤリと笑いながらそう答えるカレンは、俺には美少女が無理に悪ぶってるように見えて…思わず吹き出してしまった。不謹慎な俺の態度に、カレンは不満そうな顔をしながら頬を膨らませている。あー、そっちのほうが可愛らしく見えてなんか似合ってるよ。


「なんだよ、アキ。せっかくカッコよく決めたつもりだったのにさ」

「すまんすまん、つい…」

「まぁいいよ。とにかくお母様のほうはぼくたちでどうにかするから、先に行って…ティーナを助けてあげて。ぼくたちもすぐにこっちを片付けて駆けつけるから…それまでは、なんとか無事でいてね?」

「あぁ、わかった。でも、もしかしたらそっちが終わる前にこっちを終わらせてるかもしれないぞ?」


 俺の気の利いた冗談に、カレンは最高の微笑みを返してくれた。





 その頃にはミアによるエリスの説得も終わっていたようだ。俺たちをかばうように双子が一歩前に進み出ると、再び攻撃を放とうと動き出していたヴァーミリアン公妃…いや【雷帝】ヴァーミリアンと向かい合った。


「さぁ、ぼくたちが時間を稼いでいる間に早くっ!!」

「わかった、いくぞ!!」


 カレンとミアが【雷帝】ヴァーミリアンを引きつけてくれている間に、俺たちはダッシュで横を駆け抜けていった。ここでもやはりヴァーミリアンは追撃してこなかった。


 後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、俺たちは…これまで一度も足を踏み入れたことのない最下層となる10層へ降りる階段を駆け下りていったんだ。







 ------








 アキたちが駆け抜けていく様子を確認したところで、カレンはほっと息を吐いた。エリスを呼び寄せることが【解放者エクソダス】の目的だと推測はしていても、今この瞬間まで確信があったわけではなかったからだ。

 だが、結果的に予想通りヴァーミリアンが双子の足止めに徹したことで、奇しくも自分の予想が正しかったことが証明される形となる。


 やっぱり【解放者エクソダス】の目的はエリスだったんだ。早くお母様をどうにかして、最下層に向かわないといけないな。

 カレンは可愛らしく整った顔をしかめながら、目の前に立つ偉大なる母親をキッと睨みつけた。




「まさかお母様とこんな形で対決することになるとはねぇ」


 一方で双子の姉であるミアのほうは、虚ろな目をしたままのヴァーミリアンと対峙しながら、呆れたような口調でそう口にした。そこに、ヴァーミリアンを相手取ることへの気負いや緊張は微塵も感じられない。

 いつもは憎たらしくてしょうがないミアの存在を、カレンは今この時においては他の誰よりも心強く感じていた。


「本当だね。ぼくたちはいつかお母様を越えようとがんばってきたんだけど…多分それが今この時なんだろうね」




 双子は自分たちの目の前に立つ女性がどれだけ強大な魔力を持った相手なのかをよく知っていた。なにせ…自分たちの母親なのだから。

 だが、ゆえに彼らはヴァーミリアンの攻撃方法をこの世で最も熟知した存在とも言えた。


「ねぇ、姉さま。ぼくたちの能力が【雷】になったのは、偶然ではないんじゃないかなって思うんだ」

「へー、じゃあ必然だったってこと?」

「そう。今日ここで、ぼくたちがお母様を越えるための…ね。そして、ぼくたちが新たな【雷帝】となるんだよ」

「あーそれ、いいね。だったらさ、【雷帝】なんて縁起の悪い名前は止めようよ」

「じゃあ姉さまはどんなのが良いの?」

「んー…そしたら【雷神】とか?」

「ぷっ、結局同じじゃん!」


 生まれた時から一緒にいて、いつもケンカばかりしていたけれど…こうして決戦の際に背中を預ける相手としてはこれ以上適した相手はいないな。カレンはいつものように冗談を飛ばしいながらも、そんな思いを抱いていた。


 一頻り笑いあったあと、二人は一気に表情を切り替えた。背に天使の翼を具現化させ臨戦態勢を整える。


 対するヴァーミリアンも、両手を広げ雷を目の前に集め始めた。彼女の最大の攻撃魔法…【雷神の槌トールハンマー】の発動準備を始めたのだ。


 …こうして、宿命の親子対決がついに幕を開けることになる。










 *******








 俺、スターリィ、エリスの三人だけになってしまったパーティは、ついに”グイン=バルバトスの魔迷宮”の最下層に足を踏み入れていた。

 そして今、俺たちの目に映る景色は…双子との別れを吹き飛ばすほどの驚きに満ちていた。



「ここは…お城?」


 最下層に突入した際のスターリィの第一声がこれである。彼女の言う通り、俺たちが今いる場所は…豪華な大理石の床に重厚な柱が並列に並んだまっすぐに続く回廊。その風景はどこかの王城を彷彿とさせた。


 果てしなく続くかに見える回廊の遥か彼方に行き止まりがあり、両開きの扉らしきものが見えた。どうやらあそこがゴールのようだ。


「よし、行こう」


 俺たちは意を決すると、大理石の廊下を遠慮なく踏みしめながら回廊を駆け抜けていった。





 回廊の終点にある扉の鍵は特にかかっていなかった。

 警戒しながらゆっくりと扉を左右に開けると、俺たちの目の前に…予想だにしていなかった光景が広がった。



 まるでギリシャの神殿のような柱に、翼の生えた人物の石像。綺麗に装飾された獣や人間らしきものの壁画が壁一面を彩っている。上部のほうには天使や悪魔をかたどったステンドグラスが配置され、室内に色とりどりの色彩を室内に照射していた。


 張り詰めた空気が漂う厳かな雰囲気のこの空間は、まるでどこか中世の大聖堂に紛れ込んでしまったかのようだった。


「…場違いなまでに綺麗なところですわね…」


 スターリィがそう口にするのも無理はなかった。






 意を決した俺たちが大聖堂のなかに足を踏み入れると、突如パイプオルガンの音が鳴り響き、大聖堂の静寂を打ち破った。


 規則正しく奏でられるメロディは、この場所をより一層荘厳な雰囲気へと変える。


 だが…誰がこの曲を弾いているんだ?まるで俺たちを聖堂の奥の方へと導いているかのように感じて、警戒を強めながらも…パイプオルガンの音の発信元である奥のほうに進んでいった。



 やがて大聖堂の奥に、巨大なパイプオルガンと立派な玉座のようなものが見えてきた。近づいていくと、やはり誰かが演奏していたようだ。黒い服を着た…女性?

 距離が近づくと、パイプオルガンの音が鳴り止み、それまで演奏していた人物がゆっくりと立ち上がった。



「これはね、パイプオルガンという楽器なの。かつての魔王グイン=バルバトスが作らせたものだけど、ここの雰囲気にピッタリだと思わない?」


 パイプオルガンに片手を添えながらそう口を開いたのは…間違いない、【解放者エクソダス】ミクローシアだ。



「…お待ちしていたわ、あなたたち。結局ここにたどり着いたのはエリス、スターリィ、スカニヤーの3人なのね」


 聖堂の中によく響く声で俺たちに呼びかけながら、【解放者エクソダス】はパイプオルガンの横にある階段を上りはじめる。やがて一段上の場所にある玉座にまでたどり着くと、ゆっくりと腰掛けた。

 その姿は…まるで王か教皇のよう。



「…ふざけるな!なにがお待ちしていましただ!それよりティーナをどこにやった!?」

「…ティーナならあそこにいますよ」


 俺の問いかけに対してあっさりと【解放者エクソダス】が答えた。彼女が指差すのは、先ほどまで演奏していたパイプオルガンの…さらに奥の方。


 すぐに目を向けると、そこには…不気味で巨大な黒い門が鎮座していた。



 とくん…とくん…

 心臓の鼓動のように妖しく蠢く黒い門は、ときどき星の光のような輝きを発していた。…しかもその中心には、なにやら黄金色の輝きが見える。


 黄金色の輝きは、よく見ると人間の髪の毛のようだった。そう気付いた瞬間、俺の心臓が激しく高鳴り始めた。



「うそっ…あれはティーナ!?」


 震えるようなエリスの声が、俺に…黄金色の髪の正体を確信させてくれた。




 ティーナが…怪しく蠢く巨大な門の中心部分に埋め込まれていた。しかも両腕と胸から下の部分が完全に門と一体化していた。

 両眼を瞑ったままのティーナは、まるで眠っているかのように…門の中心部分に溶け込んでいた。



「ティーナ!ティーナ、いやぁぁあ!!」


「【解放者エクソダス】!!きさまっ!ティーナになにをしたんだっ!!」



 エリスと俺の絶叫が、大聖堂の中に響き渡った。


















 ===< 【番外編】宿命の戦い〜中編〜 >===









 ユニヴァース魔法学園の周りでは、今もなお激戦が繰り広げられていた。その中でももっとも激しい戦闘を行っていたミザリー対ボウナスコンビの対決が、まさにいま大きな局面を迎えていた。




 暗黒スライムと化したミザリーの攻撃の前に、ボウナスコンビは絶体絶命のピンチに陥っていた。

 捕らえられたものを全て溶かす蜘蛛の巣状のネットを何重にも降らしてくるミザリーの攻撃はまさに回避不能、もはやボウナスコンビにはなすすべが無かった。

 ふたりは身を寄せ合い、ギュッと抱き締め合っていた。





 そのとき…二人の前に奇跡が起こった。



 ふわり。

 まるで空気中を漂うわたぼうしのような光り輝く物体が、二人の目の前に突如現れた。

 あまりにも場違いなものの出現に、思わず見入ってしまうボウイとナスリーン。



「踊れ!光魔法【光の妖精ウィルオーウィスプ】!」



 少し甲高い女性の声に合わせて、その光の玉が一気に複数に分裂した。ボウイたち二人の体の周りを包み込むと、周りから襲いかかってくる暗黒スライムのネットに激突した。


 バチバチッという音がして、それまでどんな魔法も受け付けてこなかったミザリーのスライムの身体が…初めて動きを止めた。



「これは…もしかして光魔法なんか?」

「光魔法?」

「そうや、使える素質を持つ人がめっちゃ少ないことで有名な光魔法や!もしかして光魔法ならミザリーに効くんかも?」



 ナスリーンの推測通り、ミザリーはこの光の玉に苦戦しているようだ。次々にネットが覆いかぶさって来るものの、【光の妖精ウィルオーウィスプ】を破壊できないでいる。


「あ、いまのうちに脱出せな!」

「そ、そうだな!」


 思わず状況に見入っていた二人は慌てて気を取り戻すと、自分たちを取り巻くミザリーのネットを切り裂こうとする。


 そのとき、二度目の異変が起こった。




 最初ボウイは、目の前に銀色の閃光が発生したのかと思った。だがよく見るとそれは…光のような早さで放たれた強烈な斬撃の残光であった。

 目にも留まらぬ速さで放たれた剣撃は、二人を包み込もうとしたミザリーの網をあっという間に全て切り裂いたのだ。


「大丈夫かっ!」


 呆然とした二人の前に姿を現したのは、二人が見たこともない青年だった。栗色の髪に整った顔立ち、フルプレートの鎧に身を包んだその姿は、絵物語に見る騎士そのもの。


 青年の着た鎧の胸の部分に刻まれた意匠を見て、ボウイがあっと声を上げた。


「その意匠は…ブリガディア王国の騎士の刻印!?なんでブリガディアの騎士がこんなところに…」




 だが、戦闘はまだ終わっていなかった。三人の死角から地を這うように忍び寄るミザリーの触手が、一番防御が弱そうなナスリーンに向かって忍び寄っていた。

 ボウイの質問に微笑みながら答えようとした青年が、ナスリーンの陰からすぐ背後まで迫った触手に気づいて剣撃を放とうとした…そのとき。


「シリウス、まかせて!」


 今度はドカンという強烈な音とともに、ミザリーの触手があえなく一撃で両断された。





 ビクンビクンと震える触手。

 切断されても蠢くミザリーの触手にナスリーンが怯えていると、優しく声をかけてくる人物がいた。


「大丈夫?それにしてもずいぶんとしぶといスライムねぇ」

「お、おおきに…」


 ミザリーの触手を一撃で分断し声をかけてきた人物は、これまた初めて見る…燃えるような赤い髪の女性だった。戦士のように見えてけっこうきわどい服装をしていたものの、鍛え抜かれて引き締まった肉体に、同性のナスリーンですら思わず見とれてしまう。




「やるじゃないバレンシア!よーし、そしたら要救護者はアタシが救出するわねっ!光魔法【光縄縛マジックロープ】」


 続けて、一番最初に光魔法を唱えていた声と同じ女性の声が聞こえてきた。あっという間にボウイとナスリーンの体を光る紐のようなものが巻き付くと、そのままミザリーの攻撃の射程距離外まで一気に引き離されていった。




「ふぃいぃい、二人でもなんとか引っ張れた!重かったぁ!」


 光の紐を引っ張りながら元気な声でそう喚いているのは、見るからに魔女っぽいとんがり帽子に膝上のきわどいスカートを履いた金髪の若い女性だった。当然彼女も見覚えはない。


 無事にボウイとナスリーンがミザリーの攻撃範囲から逃げたのを確認したところで、それまでミザリーを牽制していた騎士風の青年と赤髪の女性は、頷きあうと猛ダッシュでこちらに戻ってきた。







「…あ、ありがとうございます。あのー、あなたたちは?」


 ギリギリのところで助けられながらも、相手の正体がわからずについ確認してしまうボウイ。そんな彼に…3人の人物が微笑みながらそれぞれ名乗りはじめた。



 まずは超絶剣技を持った栗色の髪の騎士風の青年が口を開いた。


「俺の名前はシリウス。ブリガディア王国の騎士学校で三回生の代表をしている者だ。偶然この近くまで卒業試験を兼ねた遠征に来てたんだけど、この学園を魔獣の群れが襲撃していると聞いて、慌てて学校のみんなと救出にやってきたんだ」


 そんなシリウスの肩にぽんっと手を置いたのは、燃えるような赤髪のグラマラスな女性。


「あたしの名前はバレンシア。シリウスの幼馴染で、今はブリガディアの王都イスパーンでしがない魔法屋を経営してるんだ。ちょっと野暮用があってこの学園までこの子…チェリッシュと一緒に向かってたんだけど、学園の危機を聞いて慌てて向かってたら偶然シリウスたちと合流してさ。せっかくだからって、一緒にここまで来たんだ」

「ちょっとバレンシア、アタシのセリフ取らないでよ!あー、ちなみにアタシは…普段はこのデカパイ女の店でアルバイトをしているんだけど、それは世を偲ぶ仮の姿。はたしてその正体は…この学園の卒業生で、光魔法が使える天才美少女魔法使い、チェリッシュ様だよ!つーまーり、あなたたちの先輩ってこと」

「ちょっとチェリッシュ!あんた言うに事欠いて人のことをデカパイとか呼ぶなよ!」


 どこからどう見ても屈強な女戦士にしか見えない赤髪の魔法屋の店主と、そのアルバイトを名乗る金髪ミニスカの魔法使いに呆気にとられていると、二人は場をわきまえずにわいわいと言い争いを始めてしまった。



「あーごめんね、この二人はいつもこの調子だから放っておいて」


 呆然としてるボウイとナスリーンに対して、シリウスが苦笑いを浮かべながら…なぜ自分たちがやってきたのかを説明してくれた。



「さっきも言った通り、俺たちは卒業訓練でたまたま近くに来たんだけど、この学園が襲われてるって聞いてね。ほら、ここ魔法学園にはうちのレドリック王太子も在学中だろう?だからすぐに救出に駆けつけたんだよ。

 あっちのほうでは他の騎士見習いたちが交戦してるだろう?…ま、あいつらはレドリック王太子にいいところを見せて、次期国王への良い点数稼ぎをしたいとでも思ってるんじゃないかな?」


 言われてボウイが周りを見てみると、確かに騎士の格好をした男たちが魔獣たちと交戦してる様子が見えた。最初は戸惑っていた学園の講師や生徒たちも、援軍が来たと知り一気に巻き返しを図っている。その陣頭指揮を取ってるのは、やはりレドリック王太子だ。



 もしかしてこれは、形勢逆転というやつなのだろうか。ボウイとナスリーンが剣を振るいながら魔獣たちを撃退している騎士たちを眺めていると、やがてチェリッシュとの喧嘩をやめたバレンシアがナスリーンに問いかけてきた。



「ところで…ここの学園にあたしの親友がふたりいるんだけど、無事かな?」

「バレンシアさんの…親友?」


 見るからに戦士風のグラマーな女性に、魔法使いのようなタイプの友人がいるとはナスリーンにはすぐに思えなかった。


「その…ご友人の名前は?」


 そう聞かれて、赤髪の女性は最高に晴れやかな笑みを浮かべながらこう答えた。



「あぁ、あたしの親友はね。ティーナとエリスって言うんだよ。知ってるかな?」


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