86.魔征
「あぁ、アキ。すごく似合ってるね、可愛いよ」
白麗のドレスに着替えた俺に、カノープスが歯の浮くようなセリフを口にしながら近寄ってきた。なんだこいつ、気持ち悪いな。
「そういうカノープスのほうこそ、いつもと違ってカッチリしてるじゃん」
「まぁね、もう正体を誤魔化す必要も無くなったし」
今のカノープスは、いつも下ろしていた前髪をオールバックにして男らしい雰囲気へと変わっていた。服装もどこから見つけてきたのか、まるでスーツとタキシードが合わさったような黒っぽい礼装を着ていた。冗談みたいな格好に見えても、たぶん防御力抜群の上等な魔法装備なんだろう。
「アキ様、拙者の格好はいかがでしょうか?」
カノープスと二人で話してると、今度はプリムラが声をかけてきた。彼女の格好は…なんとびっくり黄色が基調となった忍装束。よくこんなもん見つけてきたな。
「カッコいいね、よく似合ってると思うよ」
「はっ、アキ様にそう言っていただけると光栄です!」
それにしても黒髪に和装は似合うな、タキシードもだけど。黒髪バンザイ!
白いワンピを着た俺と三人並ぶと、実にアンバランス。…うーん、俺たちこれから決戦に向かうんだよな?良いのかこんな格好で。
「ねぇ、あんたこのヒラヒラスカートとか似合ってるんじゃない?着てみなよ?」
「ちょ、や、やめてよこんなのっ!パンツ見えちゃうじゃない!自分で着なよ!」
「なにいってんの!あんたが着るから意味があるんでしょ?」
「あははっ!ふ、二人ともやめて…笑いすぎてお腹が痛い…」
向こうの方ではハインツの双子とエリスがなにやらファッションショーを開催していた。なにやってんだあいつら、緊張感無いなぁ。
…ま、エリスも笑ってるみたいだし、その辺は大目に見てやるとするか。
「ねぇアキ、あたしの格好ヘンじゃありません?」
トレードマークとなったポニーテールを揺らしながら、スターリィが新しい装備を披露してくれた。薄っすらと肌が透けて見えるシースルーのブラウスに白いシャツ、赤と黒のチェック柄のスカートを履いていた。同じ柄のニーハイソックスまで合わせる凝りようだ。…これ、本当に魔法装備?ただの可愛い普段着にしか見えないんだけど。
「すごく似合ってて可愛いよ、スターリィ」
「そ、そんなにストレートに言われたら照れますわ」
そう言って顔を赤らめながら手にした杖を振り回すスターリィは、ほんとに可愛らしかった。
気の抜けた感じで装備を探すメンバーがいる一方で、真剣に装備を整えているメンバーも居た。
ボウイとナスリーンは真面目な表情でなにやら話し合っていた。どうやら互いの装備を確かめ合っているようだ。たぶん対ミザリー戦を想定していろいろと作戦を相談しているんだろう。
…もしかして一番真面目なの、あの二人じゃね?
準備を終えた俺たちが宝物庫を出て最後の確認をしていると、ゲミンガを抱いたフランシーヌが俺たちの元に近寄ってきた。
「私がみなさんを『グイン=バルバトスの魔迷宮』の手前まで運んで行きます。あそこは魔障が強いから、今の私の力ではあなたたちを近くに運ぶことくらいしかできないけど…それでも普通に行くより早く着くと思うわ」
フランシーヌの提案は、ろくな移動手段を持たない俺たちにとっては非常にありがたかった。一も二もなくその提案に飛びつく。
こうして俺たちは、フランシーヌの背に乗って魔迷宮へと向かうことになったのだった。
ありがとうフランシーヌ、本当に助かるよ。
出発の最終準備を整えている間、スターリィ、ミア、エリスの女の子?3人組が、歓声を上げながらゲミンガを代わる代わる抱いていた。カレン姫が抱くとなぜかギャン泣きし、慌てふためくカレンの様子を見てエリスが爆笑している。良かった、エリスも普段通りになったみたいだ。
…にしても、ゲミンガはやっぱカレン姫が男だってこと分かってんのかなぁ。あとゲミンガのやつ、やたらとスターリィの胸に執着するのはやめてほしい。
一方、部屋の隅ではフランシーヌとカノープスの間で対談が行われていた。
優しい笑みを浮かべるフランシーヌの前に、緊張気味の顔つきで立つカノープスが口を開く。
「…フランシーヌ、すまない。ぼくのせいでゾルディアークを…」
「まだそんなこと気にしてたの?あなたはもう十分に色々なことをしてくれたわ、カノープス。現にあなたは、今でもこうしてアキの側にいてくれている。それだけでゾルバルの願いはもう叶ってるわ」
「でも…ぼくは…」
「カノープス、あなたは本当によくやってくれた。私もゾルバル様も、それ以上は何も望まないわ。だから…改めて言いましょう。私は…いいえ、私たちはあなたを許します」
「…うぅ…うぅぅ…」
フランシーヌの言葉を受けて、カノープスの両目から涙がこぼれ落ちた。
俺はカノープスが泣いているところを初めて見た。いつも本当の気持ちを見せようとしないから分からなかったんだけど、あいつも…あいつなりに重たいものを抱えてたんだな。
最後に二人は何かを耳打ちしていたようだったけど、気まずくなって視線を逸らした俺には何も聞こえてこなかった。だけどフランシーヌとコソコソ話をするカノープスは、少しだけすっきりした表情をしていたんだ。
よかったな、カノープス。大きなわだかまりが取れたみたいで。
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「うぉぉ!すげぇ!」
「こ、これに乗るのか…羨ましい」
完全に龍化して、巨大な黄金色の龍の姿になったフランシーヌを見て、ミア王子とボウイが感嘆と羨望の声を上げた。軽く10人くらいは乗せることができるフランシーヌの巨体は実に圧巻だった。これで戦闘能力が無いなんてウソだろうと思えるほどの強烈な存在感と威圧感。
その反面、龍化したフランシーヌの巨体はものすごく目立った。ロジスティコス学園長の貼る防御壁の外にいる魔獣たちが、フランシーヌの姿を見て騒ぎ出している。
うーん、こりゃあんまり時間無いな。
「よしっ!みんな、ミザリーが出てくる前に出発するぞっ!」
「「「おうっ!」」」
掛け声とともに俺、スターリィ、カレン、ミア、エリス、カノープス、プリムラの7人が龍の背にまたがると、フランシーヌは巨大な翼をはためかせ始めた。巻き上がる砂埃の中、ゆっくりとフランシーヌの巨体が宙に浮き始める。
だが…やはり相手は俺たちのことを簡単に見逃してはくれなかった。俺たちを阻止しようとする存在が、ゆっくりと学園の空に貼られた防御壁に張り付いていった。
ねっとりと拡がっていくあれは…黒いスライムとなった魔物ミザリーだ!
まずいな、このままだと飛び立つときにフランシーヌがミザリーに包み込まれてしまう。
俺がなんらかの対応を取ろうとした、そのとき。
「【桃色吐息】!!」
「秘剣、『桃色真空切り』っ!!」
ナスリーンとボウイの鋭い声が、俺たちのはるか下…地上から聞こえてきた。
二人の声に合わせるかのように、桃色の空気が俺たちの周りを包み込んだ。かと思うと、すぐ横を桃色の竜巻が突き抜けていく。
鋭い刃のような竜巻は、そのままミザリーにぶち当たり…スライム状のミザリーの体に大きな穴を開けた。
「スペースが空いた!フランシーヌ、一気に突き抜けるぞっ!」
『グルルッ!』
俺の声に応えるかのようにフランシーヌが一声吠えると、一気に…ボウイたちが開けてくれた穴を突き抜けて行った。
「サンキュー!ボウイ!ナスリーン!」
見事ミザリーの包囲を突き破って脱出を果たした俺たちは、そのまま一気に飛び去っていった。そんな俺たちに、地上に残ったボウイはVサインで、ナスリーンは可愛らしく手を振りながら応えてくれたんだ。
ありがとう…二人とも!
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ぶるるるんっ!
ボウイとナスリーンの連携攻撃を食らった暗黒スライムのミザリーが、忌々しそうに体震わせながらゆっくりと再生していった。
相変わらず身体の中心に埋もれたミザリーの顔は無表情のまま。顔だけがスライムの中心に鎮座するその姿は、不気味を通り越して嫌悪感すら感じさせる。
「ちっ、やっぱり効かねーか!こりゃ長期戦になるな!」
「せやな!作戦通り無理せずミザリーの分析をするでっ!」
凶々しさを醸し出すミザリーを前にして、ボウイとナスリーンは互いに言葉を交わしあった。
二人がミザリーに対して事前に立てていた作戦はこうだ。
そもそもミザリーはほとんどの魔法や攻撃を受け付けない上に、再生能力が凄い。なのでどのような攻撃が有効かをまずは把握していくことにしたのだ。その上で、具体的な対抗策を検討していく…いわゆるヒットアンドアウェイ戦法だった。
一回の戦闘で決着をつけるつもりは無い。無理をせずに戦闘して、危なくなったりしたら逃げる。その繰り返しで活路を見出そうとしたのだ。
「俺たちは勇者や英雄なんかじゃない。だけど…俺たちには俺たちの戦い方がある!ナスリーン、無理は絶対すんなよ?」
「うん。わかってるで!」
黒く揺れるミザリーを前に、二人は作戦を確認し頷きあった。すでに二人の連携はかなりの域に達しており、阿吽の呼吸で互いの動きを支え合っていた。
「さぁ、ミザリー。俺たちが…相手だ!」
「あんたは…うちらが成仏させたるで!」
激しく震えるミザリーに対して、二人は…一気に飛びかかっていった。
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雲が天を覆い、薄暗い空中をフランシーヌは突き進んでいった。なんでも風の力を得て空気抵抗を減らしているそうで、俺たちはほとんど風の影響を受けることなく初めての空中散歩を満喫していた。
「いやー凄い景色だなっ!たまんないねぇ!」
「…姉さま、こんなときになに呑気なこと言ってるの」
観光気分丸出しな声を上げるミア王子を、たまらず窘めるカレン姫。そんな二人を見てエリスはクスクスと笑っていた。どうやらいつもの三人のペースに戻ったみたいだな。心配してたけど一安心だよ。
特にエリスなんて、放っておいたら魔落ちしそうなくらい思い詰めてたから密かに心配していたんだ。こんなときに大切なのはやっぱり友達なんだなぁとしみじみ思う。
「ねぇアキ、ちょっと話があるんだけど」
飛行中の子守りを買って出たスターリィがゲミンガに胸を揉まれて慌てふためく様子をぼんやりと眺めていると、ふいにカレン姫が話しかけてきた。
「…どうしたんだ?カレン」
「魔迷宮に潜る前に、アキに話しておきたいことがあるんだ」
いつにない真剣な様子のカレン姫に、俺は居住まいを正して向き直る。それにしても、真剣な顔のカレン姫は目が離せなるくらい可憐な美少女だよなぁ。
「…実はね、ぼくはグイン=バルバトスの魔迷宮で以前死にかけたことがあるんだ」
「へっ?」
カレン姫の突然の告白に、俺は思わず変な声を出してしまった。
「そのときに、ぼくは『死後の世界』のような場所に行ったような気がするんだ。ただ、『死後の世界』のことはほとんど覚えてないんだけど…」
うわ、臨死体験なんかしてんのかよ。カレン姫もなかなかヘビーな人生を歩んでるんだな。
「そんなこともあってね、ぼくはあの魔迷宮には…普通の場所とは違う何かがある気がするんだ」
「…ほぅ?」
「うまく言えないけど、その…ほかとは違う何かのために、【解放者】はぼくたちを…いや、エリスをあの魔迷宮に呼んでいるんじゃないかと、ぼくは考えている」
…驚いた。
正直俺は今カレン姫に言われるまで、【解放者】の目的がエリスであるということに俺は明確に気付けていなかった。でも言われてみたら、確かに【解放者】によるあのときの挑発は…他でもないエリスに向けられたものだった。
これはいつもエリスのことを見守っていたカレン姫だからこそ気付けた、まさにファインプレーだな。
そしてもう一つのポイント…魔迷宮をわざわざ指定してきた理由についても、もしかしたら彼の言う通りなのかもしれない。
ずっと分からなくてモヤモヤしていたことが、俺の中で少しずつ形作られていく。
「…カレンに、【解放者】がエリスを誘い込む理由に心当たりは?」
「ごめん、そこまでは分からないんだ。だけど、もしそうであるならたぶんエリスは…エリスだけは【解放者】のところにたどり着けると思ってる」
なるほど、カレン姫の説明には一理ある。
ということは、相手がここで行ってくることは…おそらく邪魔ものである俺たちの“分断“だな。
「うん。だからアキにお願いがあるんだ。もしものときは…エリスだけでも連れて魔迷宮から逃げてほしい。ぼくが全力でサポートするから」
「な、ちょ、おまっ!?」
おいおい、カレン。お前は一国の王子なんだろう?それが、たった一人の女のために命を捨てて守るっていうのか?
「うん、そうだよ。だって…ぼくにとってエリスは自分の命よりも大切な…本当に大切な人だからね」
思いがけないカレン姫の言葉に、俺は驚きを隠せずにいた。一国の王子とは思えない発言。でもそれを“一人の男“の発言だと捉えるのであれば、それは…
眼下に険しい山々を望む大空の下で、一片の迷いもなく凄いことを言い切るカレン姫は、誰よりもカッコよく見えたんだ。
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「…申し訳ないんだけど、私があなたたちを連れて行けるのはここまでよ」
俺たちを地に下ろしたフランシーヌが、ゲミンガを抱えながら最後の見送りをしていた。その顔には披露の色が濃く、かなり無理して俺たちを運んでくれたことは一目瞭然だった。
「十分だよ、フランシーヌ。あとは私たちに任せて」
「アキ…必ず生きて帰ってきてね」
最後に俺のことを抱きしめてくれたフランシーヌは、本当に暖かくて…俺は力強く抱きしめ返したんだ。
「うん。ありがとう、フランシーヌ」
ゲミンガの泣き声をBGMにしてフランシーヌと別れたあと、俺たち7人はグイン=バルバトスの魔迷宮までの険しい山道を徒歩で進んでいった。
かつて二年ほど前、俺たちは自らを鍛えるためにデインさんたちに連れられてこの迷宮にやってきた。
だけど今回は違う。俺たちにはティーナとヴァーミリアン公妃を救い、【解放者】を滅ぼすという目的があった。
魔迷宮に向かう山道を歩く間、俺たちは自然と無口になっていった。
「…見えたっ!」
最初に声を上げたのはミア王子だった。彼女の言うとおり、岩肌の広がる一帯の視界が一気に開けて、目の前に巨大な門と4体の石像が見える。
…間違いない、グイン=バルバトスの魔迷宮の入り口だ。
ミア王子が歓声を上げながら真っ先に駆けつけようとした、そのとき。
俺たちの横を疾風が駆け抜けた。
疾風の正体は、プリムラ。プリムラは一気に飛び出したかと思うと、風のような速さでミア王子に駆け寄り…そのまま全力で突き飛ばした。
「なっ!?」
戸惑いの声を上げるミア王子。プリムラ、なんの真似を!?そう思った次の瞬間、空から突如現れた白い閃光がプリムラに激突した。
まるでトラックが正面衝突したかのような激しい音と土煙が目の前に一気に広がるとともに、あたりの岩が砕けて飛び散ってくる。
これは…もしかして、敵の攻撃かっ!?ってことは、プリムラはミア王子を庇ったのか!
「敵襲だ!戦闘態勢をっ!」
俺は慌てて全員に声をかけ、エリスをミア王子のサポートに向かわせる。その間に土煙の向こう側の状況に神経を尖らせた。
先ほどの衝突が発生した場所では、プリムラが“白い獣“とガッチリと組み合っていた。
ゾルバルによく似た姿のあいつは…見間違えようがない、エニグマだっ!
「みんな!相手はエニグマだっ!気をつけろっ!」
俺の声を合図にしたかのように、エニグマが飛び上がって一旦プリムラから距離を取った。そのまま少し離れた岩の上に着地すると、身震いするような雄叫びを上げた。
『ぐるる…待っていたぞ、お前ら。この【暗号機】が、お前たちにここで引導を渡してやる』
地の底から響き渡るような声で俺たちに宣戦布告をしてくるエニグマ。なるほど、【解放者】は早速ここで邪魔をしてきたってわけか。どうやらこいつを倒すなりしないと先には進めないようだな。
…仕方ない、一気に全力で決めに行くか。
ところが、腕を捲りながら一歩前に出ようとした俺の行動を邪魔をする者がいた。そいつは俺の肩を掴んで後ろに引っ張ると、そのまま入れ替わって代わりに前に出る。
俺を押しのけて前に出てきたのは…黒髪をオールバックにした美少年、カノープスだった。
「…カノープス?」
「アキ、あいつの目的はぼくたちの足止めだ。だからここはぼくとプリムラに任せて先に進むんだ」
なっ…何を言ってるんだ、こいつは?
カノープスの言ったことの意味がわからずに戸惑っている間に、今度はプリムラまでやってきて二人でエニグマと対峙する体制を作っている。
「さっき空の上で君たちが話していたように、あいつの目的はたぶん…ぼくたちの分断だ。だったら望み通り、ぼくがあいつの相手を引き受けようと思う」
「カノープス!いや、でも一人では…」
「アキ様、拙者もカノープスのフォローに入ります。それに実は…拙者たちは今のこの状況を想定していました。もともとエニグマが現れたら、拙者たちが残ってアキ様たちを先に進ませるつもりだったのです」
もともとこの状況を想定してたってのが気になったけど、二人の言いたいことはなんとなくわかる。自分たちがエニグマを相手するから、俺たちには先に行けと言っているのだ。
実際、俺たちに残された時間は少ない。彼らの言う通りにするのがベストだというのはよく分かる。だけど…
どう対応したものか躊躇している俺を見かねてか、いきなりカノープスが俺の唇を塞いできた。
「っ!?!?」
バキッ!!
反射的に思いっきりカノープスの頬を殴ってしまう。この非常時に何しゃがんだよこいつはっ!
「カノープス!!お前何を…!?」
「…アキ、ここでお別れたよ。あいつは…ぼくの獲物だ」
これまで見たこともないような真剣な表情を浮かべるカノープスに、俺はそれ以上なにも言えなくなってしまう。
どうしてだ?なんでこいつは…こんな目をしている?
「…アキ、カノープスたちの言うとおりですわ。ここは二人を信頼して、先に行きましょう」
さっき一瞬カノープスに殺気に近いオーラを放っていたスターリィが、いつもの表情に戻って俺のことを説得してきた。
…そうだよな、ここであいつらの気持ちを無下にするわけにはいかないしな。
それに、たぶんカノープスはエニグマに対して何か特別な想いがあるようだ。だったら…あいつの気持ちに応えてやるのも大事なことだろう。
「…わかった。二人のことを信じて私たちは先に行く。そのかわり…死ぬなよ?」
「もちろんです、アキ様」
「大丈夫さ、もう一回アキとキスするまで死なないよ」
「…バカがっ」
俺はプリムラの頭を軽く撫でたあと、カノープスの頬に軽く唇を付けた。
驚くカノープスにザマーミロと言ってやると、そのまま全員を促して魔迷宮に向けて走り出した。
予想通り…エニグマは俺たちのことを追いかけて来なかった。
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アキたちが走り去る姿を眺めながら、カノープスは満足そうな笑みを浮かべた。やるべきことはやった、そんな満足感が彼の心を満たしていた。
『茶番は終わったか?ずいぶんと待ちくたびれたぞ』
「ふふっ…アキの唇を奪ってやったぞ。案外柔らかかったなぁ」
『…お前、なにを嬉しそうに笑っている?お前たちはここで死ぬんだぞ?』
エニグマがライオンによく似たその口を開け鋭い牙をむき出しにしながら、カノープスを嘲笑った。だが、見るものを怯えさせる白い獣に対してもカノープスは怯むことなくニヤリと笑う。
今度はプリムラが腰の小刀を抜いて前に構えながらエニグマに言い放った。
「…死ぬのはお前のほうだ、エニグマ。魔族プリムラの名にかけて、拙者たちが貴様を成敗するっ!」
『…ぐるる、お前は魔族だったのか。魔族がなぜ人間の味方なぞする?そもそも人間はお前たちの敵じゃないのか?』
エニグマの問いかけを、カノープスは馬鹿にしたかのように鼻で笑った。
「人間のため…?違うね。アキのためだよ。それに…」
カノープスが手を前に突き出すと、空間が割れるように裂け…そこから真っ黒な剣が現れた。カノープスの固有能力、【消滅空間】だ。
全てを切り裂く黒い剣を手にすると、そのままエニグマのほうへと突きつけた。
「エニグマ。ぼくは…おまえとこうして戦う機会を待ってたんだよ」
『…なんだと?』
白い獣の姿をしたエニグマの顔がわずかに歪む。
「エニグマ、お前はその姿の意味を知っているのか?」
『この姿…だと?この姿は【解放者】様に与えられた最強の肉体というだけだ。それがどうした?』
ふっ。カノープスは失望の表情をその顔に浮かべた。
「…お前はまったくわかってないんだな、エニグマ。その姿はな、とある…偉大で最高な戦士の姿だ」
『クククッ、それであればなおのこと素晴らしい。俺は【解放者】様に最高の肉体を与えてもらったってことだな』
「馬鹿だね、君は。あの方が最高の戦士たる所以はね、その崇高な魂にこそ本質が在るんだ。肉体だけ模倣したところで、あの方には遠く及ばない。
ゾルディアークはな、この世でただ一人の…最強で最高の戦士だったんだ」
カノープスの瞳に宿るのは、悲しみの色。それは、思いがけず偉大なる戦士の命を奪うきっかけを作ってしまったことへの悔恨。
だが彼はそんな想いを振り切るように頭を振ると、顔を上げてエニグマを睨みつけた。
「貴様のその姿は、あの方の誇り高い魂を冒涜しているだけだ。だからぼくが、あの方の名誉のために…貴様を綺麗さっぱり消滅させてやるよ」
******
背後で聞こえる爆発的な衝撃音。どうやらエニグマとカノープスたちの戦闘が始まったようだ。
…それにしても、なんでか思わずカノープスの頬にキスなんてしちまったんだけど、俺は頭がおかしくなっちまったのかな?
「…アキのバカ。あとであたしにもキスしてくれますの?」
俺の横を走るスターリィが頬を膨らませながら文句を言ってきたので、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「…あぁ、生きて帰ってきたらいくらでもするよ」
全力疾走した俺たちは…ついにグイン=バルバトスの魔迷宮の入り口にたどり着いた。目の前には巨大な門と、まるで門を守るかのように四体の石像が聳え立っている。
「じゃあ…準備は良いか?みんな」
俺の問いかけに、全員が頷いた。
「…この世界に不幸を撒き散らす【解放者】を倒しに」
背中に天使の翼を具現化させたスターリィが、一体目の石像に魔力を注ぎ込んだ。ぶぅんという音とともに、石像の目に光が宿る。
「お母様を助けるために」
「過去の呪縛から解き放つために」
カレン姫とミア王子が天使化し、同時に一つの石像に魔力を打ち込んだ。二人の魔力を浴びた石像が鈍く輝き出す。
「私に“明日“をくれた、ティーナを救うために」
背中に天使の翼を具現化させたエリスが放った魔力により、石像のうちの1体の口が輝きを放った。
「そして…私たちの未来のために!」
最後に俺が残った最後の1体に魔力を打ち込むと、ぎぎぃぃ…という鈍い金属音とともに、巨大な扉がゆっくりと開いていった。
「さぁ征こう!グイン=バルバトスの魔迷宮の最深部にっ!」
俺は気合いとともに声を張り上げると、皆の先頭に立って魔迷宮の中へと突入して行ったんだ。
これにて第12章は終了です!
このあと番外篇を挟んで、第13章に入る予定です!
ご意見、ご感想などお待ちしています(≧∇≦)




