83.過去現在未来
俺がロジスティコス学園長に話を聞きに行く決心を皆に伝えたとき、タイミングよく部屋のドアをノックする音がした。
一番扉の近くに座っていたスターリィが扉を開けると、そこに立っていたのは…魔法学園の講師にしか着用を認められていないローブを身につけた女性。少し疲れた表情を浮かべたクラリティ講師だった。
「どうしたんですか?クラリティ講師、こんなに朝早くに」
「ここにアキ居るかしら…あ、いたわね。アキ、学園長がお呼びなの。私と一緒に来れる?」
あまりにもタイムリーな学園長からの呼び出しに、俺たちは思わず顔を見合わせてしまったんだ。
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トントン。
俺は一人で学園長が集中治療を受けている“治療室“の扉をノックした。ちなみに“治療室“とは、学園で怪我した生徒たちが担ぎ込まれる…いわゆる保健室みたいなところだ。設備がかなり充実しているそうで、外部でこのレベルの治療室を見たことが無いと誰かが言っていたのを記憶している。俺は元気印の健康優良児だったから、一度もお世話になったことなかったんだけどね。
今回はなぜか俺ひとりだけが学園長に呼ばれていたので、不満な表情を浮かべる他のメンバーを置いて一人でこの部屋を訪れていた。
「失礼します。アキです」
特に返事がなかったので、そのまま扉を開けて部屋の中に入る。
初めて入る治療室は、清潔感のある白色に統一され小綺麗に片付けられた空間だった。一番奥に大きなベッドがあり、そこに横たわる学園長の姿が見える。
ところがこの部屋にはすでに先客が居た。学園長とは別に、金髪の女性の姿がベッドの横に座っていたのだ。
「あっ…ほかに人が居たんですね、すいません」
俺があわてて頭を下げると、金髪の女性はゆっくりと振り向いて、優しげな声をかけてくれた。
「あらあら、アキは随分と礼儀正しくなったのねぇ?」
聞き覚えのある…柔らかな春の日差しのように穏やかな声に驚いた俺は、慌てて顔を上げて相手の姿を確認した。
学園長が横たわるベッドの脇の椅子に腰掛けていたのは…白髪の幼い幼児を抱っこした、頭に小さなツノが生えた金髪の美女だった。
間違いない、この女性は…
「フランシーヌ!!」
「ふふっ、久しぶりね。アキ」
俺はベッドの横で微笑むフランシーヌの姿を目をまん丸くして凝視してしまった。まさかこんな時にこんな所で彼女と再会するとは…本当に夢にも思っていなかった。
気がつくと俺は無意識のうちにフランシーヌに駆け寄って、その肩を抱いていたんだ。甘いミルクのような香りが俺の鼻腔をくすぐる。
かなりささくれ立っていた俺の心が急激に落ち着いていくのが分かった。これは懐かしい恩人の顔を見れたからだろうか、はたまたフランシーヌが発する母性のようなもののおかげだろうか。
「すっごく驚いたよ!それにしてもよくここまで来れたね。周りは魔獣だらけで危険だったんじゃない?幼いゲミンガ連れて大丈夫だった?」
俺とフランシーヌに挟まれる形となったゲミンガが、戯れに俺の髪の毛を引っ張って遊んでいる。こらこら、ゲミンガ。俺の髪の毛はおもちゃじゃないぞ?
ゾルバルそっくりの目つきの悪い白髪の幼児…ゲミンガをツンツンしながら改めてフランシーヌの無事を確認すると、彼女は以前と変わらない優しい笑みを浮かべながら俺の頭を撫でてくれた。
「私は大丈夫よ。腐っても古龍ですからね。それにロジスティコスのおかげで私はこの学園にフリーパスだから、来るのは問題ないのよ」
なるほど、力の大半を失ったとはいえ、さすがはフランシーヌ。発言がいちいち心強い。
「それにしてもまたどうしてこんな時期に学園に来たの?」
「それはね…ゲミンガが教えてくれたのよ。お姉ちゃんの所に行けってね」
お、お姉ちゃん?
…あぁ、俺のことか!その呼ばれ方はどうも慣れないなぁ。いったい誰のことかと思ったよ。
それにしても、まだロクに歩くこともできないゲミンガが“教えてくれた“ってのはどういうことだろうか?
俺の疑問を受けて、フランシーヌはケラケラと笑いながら教えてくれた。
「ふふっ。この子はね、この歳で既に固有能力を持ってるのよ。たぶん魔族としての血が色濃く出たのね、さすがはゾルバルの子よねぇ」
なんでもゲミンガが突然フランシーヌに俺の姿の幻覚を見せたのだそうだ。最初は意味がわからなかったものの、妙な胸騒ぎを覚えたフランシーヌはわざわざ学園までやって来てくれたのだそうだ。
へー、そりゃすごいな。ありがとな、ゲミンガ。
そういや魔族は『天使の器』なんてなしに固有能力を持ってるんだっけな。それにしてもスゲェな。ゲミンガが持ってるのはどんな能力なんだろう。
「ゲホッ…そんなことよりアキ、そなたに話があるんじゃ。フランシーヌが来たのは実に好都合じゃった」
それまでベッドに寝ていたロジスティコス学園長が、咳き込みながらゆっくり身体を起こした。俺は慌てて駆け寄って、じいさんの背中を支える。
胸元をグルグル巻きにした包帯はまだ血に染まっていて、学園長の傷の深さを思い知らされた。それでもこうやって起きれるまで回復したのは本当に良かったよ。
「おいおい、じいさん。話せるのか?無理すんなよ」
「ゴホッ…孫みたいに思っとる娘の危機じゃ、おちおち寝てなどおれんよ。それよりお主に折り入って話…というより相談があるんじゃ。それでわざわざお主だけに来てもらった」
そう言いながらロジスティコス学園長は、俺の手からゆっくりと離れていくと、今度はフランシーヌのほうにフラッと倒れこんだ。フランシーヌが慌ててロジスティコス学園長を支える。
…おいおいじいさん。あんたフランシーヌの胸にわざともたれかかってないか?ゲミンガが怒って叩いてるし。
「私に…相談?」
「うむ…」
学園長とフランシーヌは顔を見合わせて頷きあった。その表情は酷く悩ましげではあった。
「正直お主にこのお願いをするのは非常に心苦しい。じゃが、もはや事態は一刻を争ううえに、お主しか頼めるものはおらん」
「だからね、アキ。ゾルバルの最後の弟子であり、私たちが最も信頼する戦士であるあなたにお願いするわ。【解放者】を…」
「ワシの娘ミクローシアを、滅ぼしてほしい。そしてティーナとヴァーミリアンを救い出してくれないか」
揃って頭を下げる二人に、俺は慌てて首を横に振った。
「ちょ、何言ってんだよ二人とも!そんなの私は当然のことだと思ってる。改めて二人が頭を下げる必要なんて無いよ。なのになんで…」
「それはもちろん、本来は親であるワシがすべきミクローシアの処分を、お主に頼ることになるからだ。そして…」
「ミクローシアがああなってしまったのは、私が拾って育てた人間…アンクロフィクサにも原因の一端があったからよ」
そういえば以前調べた書物で、フランシーヌが【原罪者】アンクロフィクサを育てていたらしいということは知っていた。もしかして、フランシーヌも何か知っているのだろうか。どうやら事態はそう簡単な話ではなさそうだ。
「そこでじゃな。そなたにだけはワシらの知る全てを話しておこうと思う。20年以上前の、知られざる事柄をも含めて…な。もちろん、ミクローシアの固有能力についてもお主に伝える」
「説明にあたっては、うちの子…ゲミンガが役に立つわ」
ゲミンガが?
俺はフランシーヌの言葉に、ゲミンガのことを思わずまじまじと見つめてしまった。ゾルバルによく似た鋭い目つきを持つ幼児は、恥ずかしげに顔を反らすとすぐにフランシーヌの胸に顔を埋める。あ、それはちょっと羨ましいな。
「ええ。この子はね、過去と未来のことを見ることができる固有能力を持ってるの。正確には、近い未来に関しては意味ありげな幻覚を見せるだけみたいなんだけなんだけど、過去については…この子の近くにいる人物が経験した過去を、自分を抱いている人と共有することが出来る能力を持ってるのよ」
過去を見れて近未来を予知する能力か、どうやらこの子はなかなか凄い能力を持ってるみたいだ。なるほど、それで俺のピンチを察してくれたのか。
「そうそう、私の胸に抱かれながら急に泣き出して、あなたの映像を送りつけてきたのよ。だからあなたになにか起こるのかも…って思ってここまで来たの。まさか世界中でこんなことが起こってるとは夢にも思わなかったわ」
へー、そういうことだったんだ。ありがとうな、ゲミンガ。
俺がグシグシ頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んでくれた。あ、案外こいつ可愛いかも。
「そんなわけで、じゃ。アキよ、ゲミンガを抱くんじゃ。そして…過去を見てこい」
俺は学園長の言葉に従い、フランシーヌから渡されたゲミンガを抱いた。賢い子だな、泣き喚くでもなく俺の顔をじっと見ている。
…あ、おっぱい触ってきやがった。こらこら、俺はママじゃないぞ?いやいや、ミルクとか出ませんからぁ!
『過去現在未来』
ゲミンガに胸を弄ばれていると、そんな声が俺の頭の中に聞こえたような気がした。
次の瞬間、周りがじんわりと歪んでくる。もしかしてこれが…ゲミンガの固有能力か?驚いている間にも、俺は渦巻く空間の中に一気に吸い込まれていった。
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目の前に広がるのは、見渡す限りの草原。
気がつくと俺は、ゲミンガを抱いたまま見たこともない広い草原のど真ん中にポツンと立ち尽くしていた。ここは…何処だろうか?
「アキ、大丈夫?これがゲミンガの固有能力…【過去現在未来】よ」
「ほっほっ、こりゃすごい能力じゃのう!」
いつの間にか俺の横に立っていたフランシーヌとロジスティコス学園長が、呑気に話しかけてきた。
どういうことだ?しかも大ケガしてるはずの学園長が平気な顔で立ってるんだけど…
「これはね、ゲミンガが見せてる“仮想空間“みたいなものなの。目の前に広がっているのは…過去の映像よ」
フランシーヌの言葉に、俺の胸に顔を埋めるようにして抱かれているゲミンガを確認してみる。ゲミンガはまるで凍りついたかのように固まっていて、身動きひとつしていなかった。
改めて周りを確認してみると、見渡す限りの草原…その中心部に、泣き声を上げる小さな子供の姿が見えた。
年齢は5歳くらいだろうか。黄金色の髪に、真っ白な服を着せられてポツンと放置されていたのは…一目で分かるほど飛びぬけて可愛らしい子供だった。
その子供に…空から巨大な何かが舞い降りてきた。天を覆うような巨体に、太陽の光に反射して鈍く輝く金色の鱗。現れたのは、一体の巨大な龍だった。
大地に降り立った龍は、戸惑うようなしぐさを見せながら子供のほうへと近づいていった。金色の巨龍は鼻先を近づけ、子供の匂いを嗅ぐ。子供の方はまるで全てを諦め受け入れたかのように、龍のなすことを無抵抗に受け入れた。
だが、龍は子供に何一つ危害を加えなかった。子供になにかを語りかけ、それに対して黄金色の髪の子供の方がなにかを答える。そしてそのまま…両手を広げて草原に横たわってしまった。
まるで無抵抗に喰われることを期待するような子供の様子に、どうやら金色の巨龍も折れたようだ。諦めたかのように大きなため息を一つ吐くと、軽く光を発しながらゆっくりとその輪郭を縮めていき…やがて一人の人間の女性の姿になった。
金髪を風になびかせる見目美しいその女性は、間違いようもなくフランシーヌだった。
ということはもしかしてあの子供は…アンクロフィクサなのか?
俺の問いかけに、フランシーヌは無言で頷いた。
「そう、これが私とアンクロフィクサの出会い。彼はね、私の餌取り場だった“無限の草原“に、私への生贄として…実の両親に捨てられたのよ」
「なっ…」
この時になって俺はようやくフランシーヌが言っていたことの意味…ゲミンガの能力がどんなものなのかを理解した。どうやら俺はいま、フランシーヌの記憶を追体験しているみたいだ。
「ということは、俺が今見ているのは…本当の過去なのか」
「そう。本当はもう二度と思い出したくなかった私たちの過去を、あなたに見せてるのよ」
俺はフランシーヌの返事に納得しながら、目の前に広がる過去の光景に目を奪われていた。そこには、おっかなびっくりの表情でアンクロフィクサをなだめる…いまよりもちょっとだけ若く見えるフランシーヌの姿があった。
場面は急に変わる。
少し成長して10歳児くらいになったアンクロフィクサが、フランシーヌに問いかけていた。
「ねぇフラン。どうしてぼくは捨てられてたの?」
「そ…その質問の答えは私には答えるのが難しい。私は偶然狩場にしていた草原に行ったときにお前を拾っただけだ。おそらくは…私への生贄かなにかで捧げられたのだろう」
まるで今と違う口調のフランシーヌは、明らかにアンクロフィクサを相手にどう接して良いか戸惑っているようだった。初々しいというか、なんというか…フランシーヌにもこんな時代があったんだな。対するアンクロフィクサも、とても可愛らしい普通の幼児のように見えた。
「へー、フランはぼくを食べるの?」
「た、食べるわけないだろう。私はこう見えてグルメなんだ」
「ほんとうに?」
「わ、わかった。それじゃあ私はこれから生涯肉を食べないことを誓う。私たち古龍は、一度約束したことは決して破らない。これでどうだ?安心だろう?」
「ふーん、食べないんだ。じゃあぼくは美味しくないんだね?」
「い、いや、そうじゃなくてだな…」
過去のフランシーヌの不器用なやり取りを見て、俺は思わず吹き出してしまった。横を見ると、今のフランシーヌが顔をまっ赤にしてそっぽを向いている。あはは、やっぱり照れ臭いんだ。
それにしても、フランシーヌがベジタリアンだった理由はこんなことがあったからなんだな。俺は微笑ましい理由に思わず頬を緩めてしまった。
一方フランシーヌのほうは、過去の自分とアンクロフィクサの姿を…恥ずかしがりながらも懐かしそうに眺めていた。だけど、すぐに悲しげな表情を浮かべて口を開く。
「…のちに知ったんだけど、彼は“超文明ラーム“の王族の血を引く一族の子孫だったの。なぜかこの一族は生贄を捧げる風習があったみたいでね。一族に良くないことがあったときに、幼子を生贄として魔獣に捧げてた」
「子供を生贄に?なんて酷いことを…」
「そうね、酷いわよね。のちにその一族は、その非人道的な行いの報いを受けることになるの。アンクロフィクサに…滅ぼされるという形でね」
それからも場面はどんどん変わっていった。
不器用ながらも一生懸命子育てするフランシーヌと、すくすく成長していくアンクロフィクサ。
やがて…アンクロフィクサは可愛らしい幼児から華麗な美少年に成長していた。
どことも知れぬ場所にある大きな洞窟の出口付近。そこで少年アンクロフィクサとフランシーヌは対峙していた。アンクロフィクサは魔法学園の制服に身を包んでいる。どうやら入学直前の場面のようだった。
「…それじゃあフラン、魔法学園に行ってくるね。これまで育ててくれてありがとう」
「いいえ、礼には及ばないわアンクロフィクサ。私は…正直これまで子育てなどしたことなかったから、あなたに対して十分なことができたかどうかはわからない。だけど、あなたはよく育ってくれたと思う」
以前よりはずいぶんと柔らかくなったフランシーヌの口調に、アンクロフィクサは微笑みをもって返答していた。
いよいよ立ち去ろうとしたときになって、最後にアンクロフィクサはなにげない口調でフランシーヌに問いかけた。
「…ねぇフラン?」
「…なに?」
「…どうしてぼくは、捨てられたのかな?」
まるで暗い穴のようにぽっかりと空いたアンクロフィクサの瞳を前に、フランシーヌは何も答えられなかった。
だけど、そんな表情を見せたのは一瞬だけ。アンクロフィクサはふっと笑ったあと、手を振ってフランシーヌの元を去っていった。
俺の横に立つフランシーヌが、本当に辛そうな表情で俺に教えてくれた。
「私はね、アキ。このときのことをずっと後悔してるの。あのとき私がアンクロフィクサに何かを言ってあげていれば…もしかしたら何かが変わったんじゃないかって。それが…私の長い長い龍生において、最大の後悔。だから私は…もう人間の子を育てないって誓ったのよ」
寂しそうにそう語るフランシーヌは、もしかして泣いている?光り輝く雫が、彼女の瞳から零れ落ちていった。
そのシーンを最後に、アンクロフィクサの映像が固まってまた渦を巻いて消えていった。
再び場面は変わり、今度は10歳くらいの男の子が赤ちゃんを抱いているシーンになった。
「見てみて、お父さん!ミクローシアが僕の胸で眠ったよ!」
「ははっ、エルディオン。良かったなぁ」
そう言いながら少年の頭を撫でるのは…若き日のロジスティコス学園長?その奥にはベッドに寝たままの女性…おそらくはデイズがいる。
ということは、今度は学園長の記憶に移ったんだな。
「これは…ミクローシアが産まれた時の映像じゃな。今度はワシの番か…」
ロジスティコス学園長が、苦々しい表情を浮かべながらに髭をしごいていた。
再び場面は変わって、中心に映っているのは一人の青年。ロジスティコス学園長によく似た彼は…もしかして学園長の若い頃か?いや違う、これは学園長の視点だから息子の方だな。名前は確かエルディオンと言ったか…
「エルディオン、緊張してるのか?」
「ははっ、父さん。そりゃ緊張するさ。なにせ今年はすごい子供が3人も入学してくるんだぜ?【勇者】パラデインに【神の申し子】クリステラ、そして…【金龍の子】アンクロフィクサ。この3人を俺が教えるなんて、責任重大だろう?」
そう言いながらもエルディオンの表情はとても楽しげだ。おそらく優秀な生徒を指導することへの喜びと希望に満ち溢れている。
「彼は…学園長の?」
「うむ、ワシの息子のエルディオンじゃ。あやつは…本当に良くできた息子じゃった」
だけど、俺がスターリィに教わった歴史によれば…彼はのちに死ぬことになる。実の妹であるミクローシアの手によって。
そのまま場面は学園内の風景に変わる。今度はエルディオンが3人の学生と談笑していた。
レイダーに良く似た少年と、スターリィに良く似た少女、そして…流れるような黄金色の髪の美少年。おそらく彼らはデインさん、クリスさん、それに…アンクロフィクサなんだろう。
彼らは笑い合いながら、すごく良い雰囲気で固まって歩いていた。
信頼できる講師に、優秀な生徒たち。理想的な関係が、ここにはあったんではないだろうか。
だけど…場面はまた一気に変わる。
手を繋ぐデインさんとクリスさん。そんな二人の姿を見つめるのは、絶望的な表情を浮かべ虚ろな目をした美少年アンクロフィクサ。
講師エルディオンが、そんな彼の肩に手を置き、ぽりぽりと頭をかきながらなにやら慰めているようだった。
「アンクロフィクサはな、クリステラのことが好きじゃったんじゃよ。じゃがクリステラはパラデインのことしか見ていなかった。結果…こうなってしまったんじゃな」
そうか、アンクロフィクサは失恋したんだな。
青春の一ページ。昔から繰り返されてきたよくある光景。そんな時代を、アンクロフィクサも過ごしていたのだ。
その後、デインさんとクリスさんは仲良く学園を卒業していった。そんな二人をロジスティコス学園長とエルディオンが手を振りながら見送る。そこに…共に笑い合っていたアンクロフィクサの姿はなかった。
「アンクロフィクサは、孤独じゃった。いや、勝手に自分は孤独だと思い込んでいた。本当はフランシーヌやワシ、それにエルディオンや…他にもあやつのことを想うものはたくさんいたのじゃが、そのことにあやつが気付くことは無かった」
そう口にする学園長の表情は、本当に辛そうだった。
場面は変わり、目の前には俺たちと同年代くらいの明るい表情を浮かべた可愛らしい少女の姿があった。
「ミクローシア、いよいよ明日から入学じゃな。エルディオンが講師になる予定だから、あんまり迷惑はかけるなよ?」
「わかってるよ、おとうさん!大丈夫だって!」
そう言って、無邪気に笑う一人の少女。この少女が…【解放者】になるのかと思うと、俺は胸が痛くなった。
いったい…どんなことが起こればこの無邪気に笑う少女が闇に堕ちるんだろうか。アンクロフィクサもそうだけど、この一見普通の少女がどうやったら堕落してしまうのか…これまでの光景を見る限り、俺には想像も理解もできなかった。




