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82.リトライ

ここから第12章になります。



 


 草木や土が焼ける臭いと溶けた岩石。さらには、まるでひび割れたかのように亀裂の入った大地。もしこの場にアキが居たら、大量の爆弾が炸裂したあとではないかと思い浮かべていたことだろう。


 ハインツ公国の東側にあるファーレンハイト地方は、邪悪なるものの手によって無残にも荒れ果てていた。まるで2年前の魔災害を彷彿とさせる悲惨な状況なった一帯を、小高い丘の上から眺める5人の男女の姿があった。


 茶色の髪の背の高い、いかにも冒険者風の好青年。

 まるで野獣のような服装に身を包んだ戦士。

 青い髪にローブを纏った魔導師風の美青年。

 金髪に明るい赤色のミニスカワンピを着た綺麗な顔立ちの女性。

 そして…白い法衣に身を包まれた黒髪の女性。



 彼ら5人は超有名冒険者チーム『明日への道程ネクストプロムナード』一行だった。





 ---






「クソがっ!また逃げやがったか!」


 悔しそうに歯を食いしばりながら、野獣のような身なりの戦士…【野獣ワイルド】ガウェインが怒鳴るように大声を出した。


「まったく、なにが『冥界の使い』よ!逃げ足だけは早いわねっ!せっかくあたしたちが退治しに来たのに、これじゃあイタチごっこだわ」


 苛立ちを隠せずに同じように悪態を吐くのは、黄金色の髪の女性…【うら若き魔女プリティウイッチ】ベルベット。




 彼らはここハインツ公国ファーレンハイト地方を襲撃してきた『冥界の使い』を名乗る二匹の魔龍を退治しに来ていた。しかし、彼らが近寄ってきていると分かると、二匹の魔龍はさっさと姿を隠してしまうのだ。

 おかげでなかなか捉えることが出来ず、被害だけが散発的に発生するような状況が続き…すでに丸一日が経過していた。



「この被害状況、かつての私の同族であった【土龍アースドレイク】ベヒモスと【火龍ファイアドレイク】イグナートの仕業に見せかけてますが…別ものですね。彼らに似せて行動をしてますが、何の意味があるのだか」


 青色の髪を風に踊らせながら、少し悲しげな表情を浮かべて【氷竜アイスドラゴン】ウェーバーが発した疑問に、横に立つ背の高い青年…このチームのリーダーである【英雄レジェンド】レイダーが頷いた。


「それにしても不思議な相手だな。突然蜂起したかと思えば、俺たちが現れるやいなや逃亡する。…まるで俺たちをこの地に足止めすることが目的であるように」



 レイダーの言葉の通り、彼らは【冥界の使い】を名乗る二匹の魔龍に翻弄されていた。その動きは、一度暴れては逃げ回ることを繰り返すヒットアンドアウェイのような…極めて不自然なものであり、敵の目的について疑念を抱く要因となっていた。



「…確かにそうだな、まるで俺たちに勝てないことが分かってて時間稼ぎしてるみてーだ。たしか例の【解放者エクソダス】のやつが魔法学園に現れたんだろう?そっちが本命ってことか?」

「ガウェイン、相変わらずあなたは妙なところで鋭いですねぇ。実は私も同じことを考えていたんですよ」

「…とはいってもさウェーバー、あたしたちは目の前で困ってる人たちを見捨てることはできないわ。ここで戦線を放棄したら、ヴァーミリアン様もいないこの国ではあの魔龍を支えきれない。そりゃああたしだって学園のことは卒業生として心配なんだけど…」


 ベルベットが悔しそうに語る言葉に、一同が頷いた。

 ヴァーミリアン公妃…七大守護天使の一人であり、この国の公妃である彼女の不在は、ハインツ公国にとって大きな痛手となっていた。いくら公王であるクルードがかつて名を馳せた戦士だったとしても、一人ではやれることに限界があるのだ。


 そのことは『明日への道程ネクストプロムナード』のメンバーも重々承知していた。ゆえに彼らはこの地に残って魔龍狩りを続けていたのだった。





「…このままかくれんぼをしてても時間の無駄だな」

「本当よねぇ、なんとか誘き出す方法は無いものかねぇ」


 このような感じで彼らが色々と作戦を話し合っている間、ただ一人…ずっと押し黙ったままの人物がいた。

 その人物は、白いローブに身を包んだ黒髪の女性。【漆黒の聖母レイヴンマドンナ】パシュミナだった。



 まるで頭痛を堪えるかのように頭を抑えている彼女の様子に気付いたレイダーが優しく声をかけた。


「どうしたんだ、パシュミナ?一人で黙り込んで…」


 問いかけられた黒髪の女性…パシュミナは、レイダーの問いかけにハッとして顔を上げると、苦しげな表情を浮かべながら口を開いた。


「思い出しました…」

「ん?なにを思い出したんだ?」

「ずぅっと、忘れていました。でも、何故か急に思い出したのです。アキが探していた人物…『サトシ=ヤエヤマ』のことを」


 次の瞬間、パシュミナは身体をガタガタと震わせながらレイダーの腕を掴んだ。


「レイダーさん!早く…一刻も早くアキたちのもとに向かいましょう!」

「おいおい、急にどうしたんだ?」


 唐突なパシュミナの急変に戸惑うレイダー。しかし、次の彼女の言葉を聞いて顔色を急変させた。


「早くアキに知らせないと!さもないと…手遅れになる!」



 パシュミナの様子に、他のメンバーも周りに集まり始めた。全員が揃ったのを確認したところで、改めてレイダーがパシュミナに確認した。


「パシュミナ、ちゃんと話してほしい。手遅れになるとは…どういう意味なんだ?」

「はい、お話しします。私が思い出した【サトシ=ヤエヤマ】のことを…」









 ******










  【解放者エクソダス】たちがティーナを連れて立ち去ったあと、すぐにハインツの双子やカノープス、プリムラ、ボウナスコンビ、さらにはフローレス講師を始めとする学園の講師たちが現場に駆けつけてくれた。なんでもプリムラが皆と連携を取って、講師たちをかき集めてくれたらしい。


 迅速な処置によって、ロジスティコス学園長はかろうじて一命を取り留めることができたものの、傷の具合はかなり深刻で、集中治療を要する絶対安静の寝たきり状態となってしまった。なんでも【解放者エクソダス】の刺した剣が曰く付きのものだったそうで、猛毒と呪いで学園長クラスの魔法使いじゃなかったら即死だったとか。

 それでも…学園長がなんとか死なずに済んだのは本当に良かった。プリムラの迅速な対応には感謝しないとな。




 その一方で、むざむざティーナを攫われる形となった俺たちは、学園長の治療室に入ることも許されず、『白銀の間』に集まって…まるでお通夜のような雰囲気のまま眠れない夜を過ごした。士気の低下は著しく、特にハインツの双子とエリスが深刻な状態だった。



「お母様が…【解放者エクソダス】に操られてるなんて…」


 顔面蒼白になりながら、絞り出すように口に出すカレン姫。ただでさえ美少女なのに、病的なまでの色白さは彼の美しさをさらに幻想的なものにしていた。


「っざけんなよ!ぜったい救い出してやる!」


 対するミア王子のほうは激昂しているものの、その顔には不安の色が浮かんでいた。


 だけど、そんな二人ですらエリスのあまりの落ち込みように声をかけれないでいた。それほどエリスは深く沈み、無言で下を見つめていた。

 自分の母親のことも心配だろうに、気丈にもカレン姫が一生懸命エリスのことを慰めていた。それでも…エリスが口を開くことは無かった。






 夜が明けても、戦況は芳しくなかった。

 相変わらず魔獣たちから間断なく襲撃を受けており、講師や…レドリック王太子をリーダーとした生徒たちの編成チームが必死になって応戦していた。


 だけど魔獣たちの数は多く、ゲリラ戦のように間断なくあらゆる方法で仕掛けてくるので、学園側の消耗もかなり激しいようだった。




 しかもさらに恐ろしいことに…攻め入る敵の中に、黒いスライム状の魔物と化したミザリーの姿があった。


 ミザリーは非常に厄介な相手だった。黒いスライム状の身体の中心には、かつての彼女の姿をかろうじて残した顔の部分だけが浮かんでおり、対峙するものの心に原始的な恐怖を与えた。

 それだけではない、ミザリーの魔体は講師たちの魔法をまったく受け付けなかった。どうやらスライム化して魔法が効かなくなったんだろう。魔法使いにとってはまさに天敵と言えた。


 スライム状の魔物と化したミザリーに対して学園側はなかなか有効な対抗手段を打てておらず、今は辛うじてロジスティコス学園長が張った防御壁バリケードによって防いでいるような状態だった。







 そのような危機的な状態の中、俺たちは学園を抜け出してティーナとヴァーミリアン公妃を救いに行かなければならなかった。


 当然、学園側に追加の戦力を期待することはできない。それは【解放者エクソダス】が出してきた条件のこともあるし、なにより今の戦況において学園側に俺たちの援護に人を回す余裕なんて無かった。


 むしろ状況は、今のこの学園の状況を俺たちが見捨てて出て行くに等しい。学園に残された人たちのことを想うと、かなり心が痛んだ。


 それでも俺たちは、これから魔迷宮に向かおうとしていた。現状から逃げるわけでは無い。むしろ俺たちの方が全滅する可能性が高いと言えた。


 その可能性を、少しでも減らすためにはどうしたら良いのか。俺たちはいま何をどうすべきなのか。何が最善の手なのか。


 俺は眠れないまま一晩中考えて…悩んでいた。










「みんなに、相談がある」


 窓の空が薄っすらと明るくなっていき、長かった夜が明けはじめた頃。俺は”白銀の間”に集まって同じように眠れない夜を過ごしていたメンバー全員に声をかけた。ここにいる『白銀同盟シルヴァリオン』のメンバーおよびボウナスコンビ…俺がこの世界で一番信頼している仲間たちに。


 全員の視線が、一気に俺に集まった。期待のこもった視線にようやく気づく。どうやらここにいる全員が、俺の言葉を待っていたみたいだ。


 俺は覚悟を決めると…一晩中考え抜いて出した考えを皆に説明し始めた。





「俺たちはこれから【解放者エクソダス】の元に向かう。ティーナやヴァーミリアン公妃を救い出し、諸悪の根源である【解放者エクソダス】を滅ぼすためだ。だけど、現状では幾つか問題がある」


 まず俺は、【解放者エクソダス】についての俺なりの考察を述べた。


 世界各地で発生している魔災害は、おそらく全て【解放者エクソダス】の仕業であること。その中でわざわざこの学園に【解放者エクソダス】が現れたということは、ここが彼女にとって本命だということ。


 でも…正直俺には【解放者エクソダス】がなにがしたいのかが分からなかった。ティーナを攫ってどうするのか。しかも、俺たちを3日間も待つことに何の意味があるのか?


 戯れ?余裕?そう判断することは簡単だ。だけど簡単な方向に流れていくことはミスリードを誘う。エクソダスはこれまでも周到に準備をしてきているのは自明の理だ。であれば、今回の一連の行動にも必ず意味があるのだろう。


 その場合、真っ先に考えられるのは…



「…ワナだ。おそらくは私たちを誘い出すためのな」


 俺の言葉に、一同が表情を硬くした。



 罠であることは容易に想像が付く。だがヤツはなにを…いや誰を誘っている?

 簡単に思いつくのは、俺たちを捕まえて囮にすることで、ティーナに無理やり言うことを聞かせることだ。だけどそんなことをするくらいなら、ティーナを操ったほうがはるかに手っ取り早い。なにせそのために必要な固有能力アビリティを、相手は持っているのだから。


 …分からない。【解放者エクソダス】が何を考えているのか。

 相手の目的も分からない中で敵の腹中に飛び込む行為は、正直極めて危険なことだ。判断を誤る可能性が高いし、その結果…失われてしまうのは俺たちの命だ。


 だけど…それでも俺たちは行かなければならない。もはやゆっくり考えるだけの時間は残されていないのだから。



 そんな状況でありながら挑まなければならない今回の相手…【解放者エクソダス】は、恐ろしい実力を持った相手だ。かつての七魔将軍の一人であるだけでなく、今では『複数覚醒者』だ。その実力たるや、下手すると七大守護天使さえも上回るかも知れない。


 そんな相手と真正面から戦って、俺たちが全員無事でいられるとは正直思えなかった。



 そこまで一気に説明した上で、俺はみんなにこう口を開いた。


「だから今回は、メンバーを厳選しようと思う。そのことを承知して欲しい」







「私は…ぜったい行くわ!」


 真っ先に声を上げたのはエリスだった。その瞳に宿るのは、燃え盛る炎のように強く激しい意志の力。思わず俺が仰け反ってしまうほどだ。これまで天使であることを除けば普通の女の子だと思ってたのに、エリスがこんなにも強い精神力を持っていたとは思わなかった。正直彼女のことを見直したよ。


「ぼくも!」

「あたしも!」


 続けてカレン姫とミア王子が手を挙げた。まぁこの二人はそう言うと思っていた。そもそも魔迷宮に潜るためには最低でも四人の天使が必要だからな。これで最低限の人数は揃ったことになる。


「当然…あたしも行きますわ」

「何て言われようとぼくはアキについて行くからね」

「拙者、アキ様をお守りしティーナ様をお救いするため、死力を尽くさせていただきます」


 スターリィ、カノープス、プリムラも手を挙げてくれた。死ぬかもしれないと言うのに、本当に有難いことだと思う。




 そして最後に…ボウイが手を挙げた。


「もちろん、俺も行くぜ!ナスリーンも行くだろう?」


 だけど…ボウイにそう聞かれたナスリーンは首を縦に振らなかった。


「あれ?ナスリーン?」

「…なぁボウイ、ウチらは残ろう?」

「はぁ?お前何言ってんだ?」


 ナスリーンの言葉に、ボウイは色めき立つ。そんな彼に悲しげな視線を向けながらナスリーンが口を開いた。


「多分、今回の戦いでウチらは力不足やで。きっとみんなの足手まといになる。たぶん…アキもそう言うつもりやったんやないかな?」

「なっ!?」


 絶句するボウイ。だけど、ナスリーンの言うことは事実だった。




 正直俺は、ボウイとナスリーンにはここに残って貰うつもりだった。理由は…二人の実力不足。

 残念ながら、今回は相手が悪すぎた。天使になってないボウイはもとより、天使としての実力も俺たちに劣るナスリーンには厳しいだろう。

 なにより、特にナスリーンには【解放者エクソダス】に挑む理由が無かった。であれば、無為に命を散らす必要は無いし、残るナスリーンのためにも、ボウイには残って欲しかったんだ。



「どうしてだよ…?アキ、俺たちは『星覇の羅針盤ヴァルハラ・コンパス』の仲間だろう?一緒に世界を平和にするチームメンバーだったんじゃなかったのか?」


 すごく辛そうな表情を浮かべながら俺の肩を掴んでくるボウイに、俺は本当のことなんて言えなかった。行ってしまえば、こいつはきっと自分の実力不足やナスリーンの存在を恨んでしまうだろう。


「おいアキ!なんとか言えよっ!」


 黙ったままの俺に対して、必死に肩を揺するボウイ。そんな彼に俺は…何も言えずにいたんだ。




 そんなボウイを止めたのは、他ならぬナスリーンだった。


「なぁボウイ、もう辞めーや」

「おまっ…邪魔すんな!」

「あんな、ボウイ。ウチ…ひとつあんたにお願いがあんねん」


 真剣な表情から発されたナスリーンの言葉に、激昂していたボウイが動きを止めた。


「な、なんだよナスリーン。急にマジな顔して…」

「あんな。ウチな、ミザリーを…ううん、リグレットを……斃したいねん。その力添えを、ボウイにして欲しいんや」


 ナスリーンの突然の申し出に、ボウイは言葉を失った。




 ナスリーンの衝撃的な申し出に驚いたのは俺たちも同じだった。思わず顔を見合わせてナスリーンの言葉の続きを待つ。


「あんな…ウチな、学園に来るまであんま友達おらんかってん。そんな中で…初めてできた友達がリグレットやったんよ」

「ナスリーン!だってお前それは…」

「ウチかて分かってる。それはウチを洗脳するためやったんやろう?それでもな…一人で学園に来て辛かったウチをしばらくの間支えてくれたんは、他ならぬリグレットやったんや」

「……」


 遠い目をしながら話すナスリーンの言葉に迷いはない。ボウイも黙って話を聞いていた。たぶん彼女が一晩中ずっと考えていたことをちゃんと聞こうと思っているんだろう。


「ご存知の通り、リグレットはいまあんな酷い姿になっとる。ウチは…あの姿を見てめっちゃショックを受けたんや。あんなん…生きてるだけで地獄や」


 恐らくはスライム化したミザリーのことを思い出しているんだろうか。ナスリーンの瞳に悲しみの色が宿る。


「せやからな、ウチが…たとえ嘘っぱちでも”親友”やったウチがな、リグレットに引導を渡したいねん。けど、今のリグレットにはマトモな攻撃が効かへん。ウチ一人やったら無理や。

 そこで…ボウイにウチの手助けをして欲しいんよ。なぁボウイ、あんたに…お願いできへんやろか?」



 ナスリーンの申し出に、ボウイはしばらく下を向いて黙り込んでいた。恐らくは色んな思いが彼の頭の中で交錯しているのだろう。



 だけど…意を決したのか、顔を上げた時にはもう彼の表情に迷いの色はなかった。


「…分かった。俺は残る!残って…ナスリーンの手助けをする!」

「ボウイ、ほんまかっ!?」

「あぁ、だって…お前一人だったら絶対ミザリーは倒せないだろうからな」


 そう言いながら照れ隠しに顔を背けるボウイに、ナスリーンは勢いよく飛びついた。


「ボウイ、ありがとう!ほんまおおきにな!」

「けっ、そんなこと言われたら、手助けするしかないだろうがよ…」


 自分に抱きついているナスリーンの頭を優しく撫でるボウイ。そこには…一つの決断をした男の顔があった。

 すまない、ボウイ。そしてありがとう。あとのことを…学園のことを、よろしく頼む。



「…そんなわけで。おい、アキ!学園のほうは俺たちがなんとかする。だから…こっちのことは気にせず行ってこい!そして、ティーナ先輩とヴァーミリアン様を助け出してくるんだ!」

「…ああ、もちろんだ」

「それと…絶対死ぬなよ?生きて帰ってきて…また模擬戦やろうな?」


 俺は頷き返すと、ボウイとガッチリと握手を交わした。

 これで、戻らなきゃいけない理由が増えちまったな。簡単には諦められないぞ?俺は改めて自分自身にそう言い聞かせると、気合いを入れ直したんだ。






 魔迷宮への突入メンバーが決まったものの、まだまだ問題は山積みだった。限られた時間の中で、出来るかぎり問題を解決していかなければならない。俺は改めてみんなに語りかけた。


「今回の突入で最大の問題は、【解放者エクソダス】の存在だ。実際に対峙してみて分かったんだけど、【解放者エクソダス】の実力は相当なものだ。今回みたいに情報も無く戦うのは危険だと思う」


 なにせ相手は元七魔将軍の一人で、しかも”複数覚醒者”だ。ただでさえ実力は相手が上回っているうえに、昨晩の邂逅の際はなにより…相手に関する情報があまりにも不足していた。

 そのせいでずっと後手に回っていたし、結果ろくな抵抗もできずにむざむざティーナを攫われる事態となってしまった。



 だけど、今度は違う。

 少なくとも【解放者エクソダス】の正体がミクローシアだということは分かった。それであれば…現時点でも得られる情報はある。


「だから俺は、【解放者エクソダス】への再挑戦リトライに当たり、本人には辛いことかも知れないんだけれど…ロジスティコス学園長にミクローシアのことを聞きに行こうと思う」









 ******








 夜通し続く魔獣たちの襲撃。幸いにも魔獣の出現場所は霊山ウララヌス側に集中していたものの、隣接するリクシールの街側も決して安全が保障されているわけでは無かった。

 とはいえ、リクシールの街との出入り口にあたる正門を警備する衛兵も、防御壁バリケードがあるとはいえ…決して油断することなく、最大限の注意を払って警備に当たっていた。


 長い夜が明け視界が広がっていった今でも、警備員たちが防御壁バリケードの前で眠たい目を擦りながら警戒を行っていた。そんな彼らの前に現れたのは…小さな赤児を抱えた背の高い女性だった。


 警備員たちは一瞬警戒したものの、人間の姿をしていること…さらにはその女性が赤子を抱えていたことに安堵の息を漏らす。恐らくはリクシールの街の住人なのだろうと判断したからだ。


 だがその女性は…本来であれば許されたものしか入ることのできない防御壁バリケードのなかにあっさりと入ってきた。


「あ…あれ?」


 想定外の事態に慌てふためく警備員たち。

 ということは、この女性はロジスティコス学園長からこの学園に自由に出入りできる資格を与えられた人物ということになる。しかし警備員にとって目の前の…赤児を抱いた金髪の美女に見覚えは無かった。


「あの…あなたは?」


 恐る恐るといった感じで警備員のうちの一人が問いかけると、金髪の美女はこう答えた。



「驚かせてごめんなさい、急いでロジスティコス学園長に伝えてもらえないかしら?……フランシーヌが会いに来たと」



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