80.雷帝
天からゆっくりと降りてくる、二人の黒い女…まるで災厄を形にしたかのような圧倒的な存在感に、俺は酷く衝撃を受けていた。
夜の闇よりも黒い髪に、濡れたように艶めく暗黒の悪魔の翼を背に具現化させた女…恐らくあいつが【解放者】なのだろう。ティーナと同じように無機質な仮面を着けているので、その素顔は未だ垣間見えない。
だけどそれ以上に衝撃的だったのが、【解放者】の横にいる人物だった。
俺がよく知るハインツの双子と同じ白銀色の髪を持ち、イブニングドレスのような漆黒の服を纏って妖艶な雰囲気を醸し出す女性。ティーナが顔面蒼白になりながら絶叫したとおり、彼女は…双子の母親であるヴァーミリアン公妃その人であった。
確かロジスティコス学園長の話だと行方不明になっていると聞いていたのだが、まさか【解放者】と共にいたとは…
恐らく彼女は、【解放者】ことフランフランの固有能力【魔傀儡】で操られているのだろう。七大守護天使ですら操るとは、本当に恐ろしい能力だ。
【解放者】よりも一足早く広場に降り立ったヴァーミリアン公妃が、右手をゆっくりと上げた。それが合図であったかのように、轟音とともに空から一筋の雷光が落ちてくる。天の裁きのような雷を一身に受けて、ヴァーミリアン公妃が眩しく輝いた。
「…【雷神の裁き】」
激しい落雷の音の中で、本来であれば聞こえないはずの声が聞こえてきた。声の主…稲妻を纏ったヴァーミリアン公妃が、そのまま両手を前にかざす。
…次の瞬間、凄まじい電撃が俺たちに襲い掛かってきた。
「ぐっ!」
「がっ!」
「わっ!」
「きゃっ!」
辺り一面を破壊し尽くすかのような電撃を、俺たちは必死に防御した。両手に魔力を込め、魔法障壁をより限られた範囲に発動させることで極力防ごうとする。
だが、七大守護天使であるヴァーミリアンが放った『天使の歌』の威力は凄まじく、やはり魔法障壁を突き破って電撃が俺の体を貫いた。あまりの衝撃に、立っていられなくなって片膝をついてしまう。
それでも…なんとか堪えることができた。歯を食いしばりながら周りを見渡すと、まだ立っているのはティーナだけだった。スターリィは倒れ込んで起き上がれず、エリスに至っては気を失っていた。
2度目の雷撃。おそらく一回目の”落雷”もヴァーミリアンの魔法だろう。俺たちはたった2回の攻撃で、半ば粉砕されてしまっていた。
俺は膝に手を置いてなんとか立ち上がると、まだ戦力になりそうなティーナのほうへと近寄って行った。だけどティーナは…別の意味であまり戦力になりそうになかった。
「ボクのせいだ…ボクのせいでヴァーミリアン公妃が…」
全身を震わせながら、まるで陶磁器のように青白くなったティーナが口から漏らした言葉は、後悔?
なぜティーナのせいになるのかはわからない。だけど…今はそんなことを考えている場合ではなかった。
なぜなら、雷撃にやられて絶体絶命な俺たちの目の前に…もう一人の恐ろしく禍々しい暗黒の魔力を持つ悪魔が降臨したからだ。
俺はまだ痺れの残る身体を休ませながら、ヴァーミリアン公妃に続いて地面に降り立った”暗黒の翼を持つ女悪魔”を黙って見つめていた。悔しいが、今の俺はダメージが残ってて動けない。それであればギリギリまで相手のことを確認すべきだと判断したからだ。
地面に降り立った【解放者】は、地に倒れた俺たちを無視して…片膝をついて臣下の礼を取るエニグマたちのほうに視線を向けた。
「よくやりました、【暗号機】。防御壁を無理やり突破できないことはなかったのですが、そなたのおかげで無駄な労力を省くことができましたよ。それに【悲惨】、あなたもよくぞ先鋒の役目を果たしてくれました」
高くでも低くでもなく、決して大声を出しているわけではないのに響いてくる声。この声の主こそが…俺たちが追いかけていた存在【解放者】だった。
【解放者】の言葉に、エニグマが片膝をついて頭を垂れた。黒いスライム状の魔物の方も、動きを止めてぶるんっと震える。
まさか…この黒いスライムがミザリーなのか?あの…平凡だけど普通の人間の姿をしていたミザリーが、このような人外のおぞましい姿になってしまったのか?
「お前が…【解放者】か?」
「…あら、あなたは誰かしら?と思ったら、シャリアールの娘ね。たしかスカニヤーだったかしら」
今の一言から判明したことがある。【解放者】は…俺のことを知らないようだ。
これはもしかしたらチャンスかもしれない。俺はうなだれたままのティーナや、まだ回復していないスターリィたちを代表して悪魔に問いかけた。
「…ここに何をしに来た?私たちを殺しにでも来たのか?」
「……ふふっ、スカニヤー。ゾルディアークに気に入られたからって何か勘違いしているみたいですけど、あなた程度の存在は私にとって正直何の価値もないわ」
ギリッ…まるでスカニヤーをバカにされたような気分になって、俺は歯を食いしばった。
…そのとき、ふいに俺の肩に手が置かれた。ティーナだった。彼女は俺の肩をギュッと力強く掴むと、【解放者】と対話していた俺を押しのけるようにして一歩前に出た。
「ヴァーミリアン公妃!どうしたんだ!?まさか…操られているのかっ!?」
だけどヴァーミリアン公妃はティーナの問いかけに何も答えない。一切の感情を失ったかのような表情を浮かべたまま、皿のような目で俺たちを見下ろしていた。
「話しかけても無駄よ。彼女は私に”支配”されてるのだから」
「どうして?なぜよりによってヴァーミリアン公妃を操っている?」
「…スカニヤー、あなたはなにも知らないのね。ヴァーミリアンはね、かつて魔王軍に操られて【雷帝】とまで呼ばれる存在だったのよ。そのときに操りやすいように体内にとある魔道具を仕込んでたんだけど、ずっと発信が途絶えててね。
…だけど、つい最近また魔道具が動作しているのが判明したから、こうやってまた仲間にしているのよ。さて、どうして今になって魔道具が動き出したのかしらねぇ?」
「ぐぅう…」
まるで俺たちを嘲笑するかのように発された【解放者】の言葉に、ティーナがうめき声を上げた。俺はこんなにも苦しんでいる彼女を初めて見た。酷く衝撃を受けているようで、顔色は蒼白を通り越して死者のように真っ白になっている。
もはや話は十分、といった様子で【解放者】が長い黒髪を片手でゆっくりとかきあげると、そのまま右手をティーナのほうに向けて差し出した。
なんだ?なんでこいつはティーナの方を見ている?
「さて、こんな場所に長居をしても気分が悪いわ。それではそろそろ目的を果たしましょうかね。さぁティーナ…私について来なさい」
「なっ…!?」
「私はあなたを迎えに来たのですよ、ティーナ。いいえ、やはりこう呼んだほうが良いかしら?そなたの本名…”ディアマンティーナ”と」
【解放者】が、仮面が覆われていない口元だけを大きく歪めた。他に何の色も感じさせない白い肌が、唇の紅さを妙に際立たせていた。
な、なんでこいつがティーナの本名を知ってるんだ?俺は【解放者】の語る内容に動揺を隠せなかった。
いや、この際ティーナの本名がディアマンティーナだろうがなんだろうが関係ない。問題は【解放者】が言った最後の言葉。”迎えに来た”っていうのはどういう意味なんだ?
確かにエニグマに監視させていたことから、【解放者】にとってティーナにそれなりの価値を見出していることはわかる。だけど…その理由がわからない。
俺の心の中の疑問を代弁するかのように、ティーナが唇を震わせながら【解放者】に問いかけた。
「なぜだ?なぜ…ボクなんだ?」
「…ディアマンティーナ、あなたはなにも覚えてないのね。そうか、全てあの忌々しい耄碌女が最期にやってた小細工のせいね。あいつなんかに記憶を封じられてしまって可哀想に」
「き、きさまがいま話題にしてるのは…デイズおばあちゃんのことかっ!?キサマがっ!キサマがおばあちゃんを殺したのかっ!」
ティーナの絶叫に近い声に、【解放者】はフッと失笑した。
「ディアマンティーナ。もしかしてあなたは…私がデイズを殺したと信じているの?」
あまりにも…不吉な言葉。
その言葉は、ティーナがかろうじて保っていた精神の均衡を、あっさりと打ち砕いた。
「どういう…ことだ?」
「…どうやら本当になにも分かってないみたいね。いいわ、私の言葉の意味を知りたいのだったら、私について来なさい。そうすれば…きっと全て思い出すでしょう。
その前に、眼の前にいる邪魔な虫たちを片付けないとね。【雷帝】ヴァーミリアン」
【解放者】が慣れた手つきで指をパチンと鳴らすと、ヴァーミリアン公妃…いや【雷帝】ヴァーミリアンが両手を祈るように重ねながら頭上に掲げた。まるで空気が収束していくような吸引音が響いたあと、バチバチと音を立てながら…両手から電撃が発生していく。
やがてヴァーミリアン公妃の前に、巨大なハンマーの形をした雷の塊が複数出現した。
一目見て確信する。あれは…ヤバい。おそらく最初の電撃の正体もこれなのだろう。あんなものの直撃を喰らったら、俺の魔法障壁では完全には防ぐことはできない。
「あれは…ヴァーミリアン様の『天使の歌』、【雷神の鎚】ですわっ!」
ようやく上半身だけ起こすことができたスターリィが、絞り出すように声を出して俺に教えてくれた。あれが…七大守護天使【塔の魔女】ヴァーミリアン最強の”天使の歌”か。どうりで恐ろしい魔力を発しているわけだ。
「さぁ、放ちなさい。【雷帝】ヴァーミリアン」
「……【雷神の鎚】…」
ヴァーミリアンによって生成された4つの雷の化身…雷撃の鎚が、俺たち一人一人へと襲い掛かってきた。
俺は決死の覚悟で魔法結界を張る。だが…正直完全に防ぐことか不可能なのは分かりきっていた。
問題は…俺以外の三人だ。さっきの一撃で深刻な状態に陥っていた彼女たちに、この”天使の歌”を防ぐことが出来るのか。…いや、無理だ。
であれば、俺が身代わりになって全部の【雷神の鎚】を受けるしか、彼女たちを守る方法はない。龍化した俺が身を呈することで、どれだけスターリィたちにダメージを行かないように出来るか…もちろんその際、俺は無事ではいられないだろう。
それでも、みんなを失うくらいだったら…
覚悟を決めて、俺は一つ一つが破滅をもたらす破壊力を秘めた【雷神の鎚】をまとめて受けようと身構えた。
そのとき。
「【真理の書物】・『白の章』!」
落ち着きと威厳のある声が、雷鳴が響く広場の空気をするどく切り裂いた。同時に、俺の目の前に巨大な白い本が地面から生えてきたかのように出現する。
魔道書を巨大化させたようなその本が、襲い掛かってきた雷帝ヴァーミリアンが放った【雷神の鎚】と激突した。チェーンソーで金属を叩き切る時のような頭に響く衝撃音が響き渡る。
激しい雷と白き本は、互いに干渉し合うかのように激しく絡み合ったあと、ついには…双方ゆっくりと消滅していった。
防いだのか?ヴァーミリアンの【雷神の鎚】を?
七大守護天使であるヴァーミリアンの”天使の歌”を防げるもの、それは…同じく七大守護天使の”天使の歌”しかありえない。
であれば、俺たちを護ってくれたのは…
「ふいぃ、間に合ったか。あんまり年寄りを走らせるもんではないぞ」
「ロ、ロジスティコス学園長!!」
俺たちの前に姿を現したのは、片手に魔道書の形をした『天使の器』を携えた七大守護天使の一人、【賢者】ロジスティコス学園長だったのだ。
俺たちの前に姿を現した、白い髭を生やし、学園長だけが着ることを許される法衣に身を包んだロジスティコス学園長。
なんという心強い助っ人なんだ。学園長の姿を見た瞬間、俺は不覚にも安堵のあまり膝をつきそうになった。
だけど、まだ戦いが終わったわけではない。そう気付いてすぐに気合いを入れ直す。
「アキ、無事か?お主が塔から駆け出していくのを窓から見ておって、慌てて追いかけてみたんじゃが…まさかこのような状況になっておるとはな」
そう口にしながらも、ロジスティコス学園長の視線は油断なく【雷帝】となったヴァーミリアンに向けられていた。
「あ、はい。なんとか…でも助かりました」
「安心するのはまだ早いぞ。さすがのワシでも、学園全体に”防御壁”を張りながら、ヴァーミリアンとフランフランを相手するのはちと厳しい。アキ、お主は他の子たちを逃がしてワシの援護に回ってくれんか?」
「わ、わかりました」
学園長に頷き返すと、俺はようやく立てるようになったスターリィとエリスに頼んで、まずはアークトゥルス生徒会長とルードリット副会長を離れた場所に退避してもらった。二人とも電撃で気絶していたけど、命に別状はなさそうだ。
その間にも学園長は、雷帝ヴァーミリアンが放つ電撃を防ぎ続けながら、茫然としたままのティーナに喝を入れていた。
「おいこら、ティーナ!いつまで惚けとるんじゃ!」
「…はっ!ジ、ジジィ、どうしてここに…」
「その話はあとじゃ。それよりも目の前の敵をどうにかするぞぃ!」
そんな彼に、ティーナがすがりつくように訴えかけた。
「ジジイ!ヴァーミリアン公妃は操られてるんだ!ボクのせいで…ボクに洗脳防止の魔道具を預けたから…」
「…気にするな、ティーナ。それはお主のせいではない。悪いのは…【解放者】じゃよ」
「それだけじゃない、ヴァーミリアン公妃はあの塔を出て3日間以上は生きていられないんだ。あのまま操られてたら…」
「分かっておる、分かっておるから…」
ティーナの頭を優しげに撫でながら諭す姿は、俺には本当の祖父と孫娘のように見えた。
学園長と雷帝ヴァーミリアンの間で激しい打ち合いが行われている間、俺は冷静になることを意識して状況を伺っていた。痺れていた拳にギュッと力をいれる。うん、だいぶ回復してきたみたいだ。
こうやって付け入る隙を狙っていたというのもあるが、それよりも…【解放者】の目的が何なのかを相手との会話から見極めようとしていた。なにしろ今回の一連の行動に色々と疑問があったからだ。
まず、【解放者】の目的。ティーナを迎えに来たと言いながら、なぜ今迎えに来たのか、そして迎え入れたあとにどうするつもりなのかがイマイチはっきりしないのだ。
次に、ティーナが目的と言いながら【魔傀儡】で操らないこと。
これは俺の予想だが…【魔傀儡】にはなんらかの強い制約があるのだと思う。例えば、操るには複雑な条件を満たす必要があるとか、操れる数には限りがあるとか。
もし後者であった場合には、おそらく制約は…数ではなく容量の問題じゃないかと思う。たとえば元々100の容量があったとして、それを操る対象に振り分けるイメージだ。
今回、ヴァーミリアン公妃を操るのにかなりの容量を使っているので、他の人物を操るだけの容量の空きがないと考えられた。それであれば、他に操ろうとしないのも納得できる。
…それだけ【解放者】がヴァーミリアン公妃を操ることを重要視したのは、恐らくどうしても強い護衛が必要だったからだろう。
実際、学園長が居なかったら今頃俺たちは終わっていた。彼がいてくれるおかげで、雷帝ヴァーミリアンを抑えることが出来ていたのだから。逆に言えば、ヴァーミリアンが居なければ、俺たちと学園長は【解放者】と直接対峙できていたはず。ということは…ロジスティコス学園長が出てくるのを、【解放者】は最初から想定していた?
そこから導き出される結論は……だめだ、今はまだ何も見えない。だけど、思考の向かう先は悪い方向ではない気がする。
「もういいわ。ヴァーミリアン、下がりなさい」
俺の思案を遮るかのように、それまで様子を伺いながら無言を貫いていた【解放者】が、ようやくここで口を開いた。彼女の言葉に従って、雷帝ヴァーミリアンが一歩後ろに下がる。
どういうことだ?学園長が相手になって諦めてくれたんだったら良いのだけど…
「ロジスティコス=ユニヴァース。今回の一連の行動の中で、あなたが一番厄介な要素だった。でも…ここまで来たらもう終わりよ」
「お主が…【解放者】か。ヴァーミリアンをまた操ってるということは、正体はやはりフランフランなのか?じゃがワシの知るフランフランは、もう少し体が小さい…それこそ子どものよう体型だったのじゃがな」
「私が…フランフラン?…ふふっ、ふふふっ。ふはははっ。あはははははっ!あーっはっはっは!」
ロジスティコス学園長の問いかけに、【解放者】は最初穏やかに、だけど次第に堪えきれないといった感じで…やがて狂ったように大声で笑い始めた。
「…なにが可笑しいんじゃ?」
「…ねぇ、【賢者】とまで呼ばれたあなたが、私のことを”フランフラン”だと思っていたの?」
違うのか?魔傀儡を見せているというのに、こいつはフランフランではないというのか?
「だからあなたは失格なのよ。英雄としても、学園長としても…そして、夫や父親としてもね」
「なっ!?」
絶句したロジスティコス学園長に無造作に歩み寄っていく【解放者】。
「フランフランはとっくの昔に死んでるわ。虫ケラに相応しい、つまらない最期を遂げてね。そして…今では私の糧になっている」
そう口にしながら【解放者】は右腕の服の袖をそっとめくり上げた。彼女の右腕の上腕部に嵌められているのは、まるで荊の蔦が巻き付いたかのような禍々しい腕輪。
腕輪を確認したロジスティコス学園長の目が大きく見開かれた。
「そ、その腕輪は…見覚えがあるぞ!たしか行方不明になっていたはずの【天使の器】、『フランフランの腕輪』ではないかっ!では、まさかお主……フランフランのオーブに選ばれた者なのか?」
「…ロジスティコス=ユニヴァース、あなたはまだそんな寝言を言ってるの?」
【解放者】の紅い唇が、不自然な形に歪む。仮面の奥から覗くその瞳は…紅く黒く輝き、深淵へと誘うもののよう。
「私は…この世界に絶望した。その中で、新たに力を手に入れた。あなたたち七大守護天使を上回り、そしてあの人に届く強大な力を、ね」
そう言って胸元に手を入れた【解放者】が取り出したのは、悪魔には似つかわしくない煌びやかなネックレス。もしかしてあれは…『天使の器』?
俺の疑問に応えるかのように、【解放者】が自らの瞳の色と同じ光を放つネックレスを掲げると、背に具現化されていた”悪魔の翼”が、さらに巨大で力強く…そして凶々しく変化していった。
あぁ、まさか【解放者】は…
「これでお分かり?”フランフランの腕輪”は、私の第二オーブ。そしてこっちが…私の第一オーブよ」
なんということだろう。【解放者】は…現在知られている限りではレイダーさん一人だけしかいない”複数覚醒者”だったのだ。
驚きの事実を前に、思わず目の前が真っ暗になりそうになる。だけど俺たち以上に強いショックを受けている人物がいた。それは…他ならぬロジスティコス学園長だった。
彼は【解放者】が取り出したの『ネックレス』を凝視しながら、全身を酷く震わせていた。
「…ふふっ。どうしたのかしら?そんなに震えて。これはね、【ファントマの首飾り】という名の『天使の器』よ。…ロジスティコス=ユニヴァース、あなたならこのネックレスの意味が分かるわよね?」
「は、バカな…なぜお主がそのオーブを持っておる?それの本当の持ち主は…」
「…あなたはまだわからないの?それとも…受け入れたくないだけ?」
そう言いながら【解放者】はロジスティコス学園長へと徐々に歩み寄っていった。そして顔に取り付けた仮面に手を添えると、ゆっくりと取り外した。
ついに闇夜の下に晒された【解放者】の素顔。その顔立ちは、想像していたよりもずいぶん整ったものだった。
どちらかというと美人の部類に入るだろう。世界中に魔本『魔族召喚』をばら撒き、不幸を撒き散らしてきた存在とは思えないほど、落ち着いて穏やかな表情を浮かべていた。
だけど、これまで隠されていた素顔を見たロジスティコス学園長の変化は劇的だった。それまで震えながら【解放者】を凝視していたロジスティコス学園長の動きが、完全に止まったのだ。
「…ふふっ、私のことを思い出してくれたかしら?」
「バカなっ…なんでお前が生きているんじゃ…。お前は、確かにこのワシの手で……」
いかん、明らかに学園長の様子がおかしい。俺は嫌な予感がして、いてもたってもいられず二人が対峙している場所まで一気に駆け出した。
だけど…俺は間に合わなかった。
再び口元を歪めた【解放者】が、無造作にロジスティコス学園長に近寄る。
「あなたはあのときから今も変わらず、ずっと愚かね……。 おとうさん」
「っ!?」
ずぶりっ。
次の瞬間、俺の目に映ったのは、世にも恐ろしい光景だった。
ロジスティコス学園長の背中から突き出る、紅く鈍く光る金属の輝き。それは…ロジスティコス学園長の身体を突き抜け、血で紅く染まった剣先だった。ごほっ、嫌な音ともに学園長が血の塊を吐き出す。
それでも、ロジスティコス学園長はがっしりと【解放者】の両肩を握りしめた。そして…振り絞るようにしてこう口にしたんだ。
「…がっ……い、生きていたのか、ミクローシアっ!」




