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79.防御壁の崩壊

 


 ごぉぉぉん、ごぉぉぉん、というむ不気味な音が、ユニヴァース魔法学園の敷地内に時折鳴り響いていた。


 音の正体は、魔獣たちが学園全体に張り巡らされた”防御壁バリケード”に攻撃を仕掛ける音。現時点では防御壁バリケードが破られるような事態は発生していないものの、いつ破られるのか知れない恐怖に、学園内の生徒たちは襲われて眠れない夜を過ごしていた。

 だが、すべての生徒たちが寮の部屋で布団の中に潜り込んでガタガタと震えているわけではなかった。



 ここは、ユニヴァース魔法学園の三回生の寮の近くにある公園。少し大きめの広場と幾つかのベンチが備え付けられ、第20代学園長の石像が設置されたこの公園は、立地と使い勝手の良さから三回生の寮生が自主トレーニングをする場となっていた。その公園の石像の前にあるベンチに、一組の男女と一匹の犬のような生物が佇んでいた。

 男性の方の名前はアークトゥルス。ここユニヴァース魔法学園の生徒会長だ。横にいる女性は副会長のルードリット。そして控えている犬のような生物は、アークトゥルス自慢の使役魔獣【剣牙狼サーベルウルフ】だった。





「ねぇアーク、さきほどの学園長の話をどう思いますか?ルーは不安になりましたが、理由が分かって少しホッとした部分もあります」

「そうだなルード。それに今は学園の危機だ、せめて俺たち『上級コース』の人間が少しでも力にならなきゃって思ったよ。だからこうして…俺たちはこの公園にいる」


 あまり多くには知られていなかったが、ロジスティコス学園長が使う学園全体を防護する魔法【大防御網グレートウォール】は、複数の超文明遺産アーティファクトを同時並行起動させることで稼働していた。学園内の様々な場所に起動の核となる部品パーツを埋め込んでおり、ロジスティコス学園長が魔力を解放することで【警報アラート】、【防御膜バリア】、【防御壁バリケード】の3段階の防御網を構築することが出来た。

 ロジスティコス学園長の膨大な魔力と超文明遺産アーティファクトの力、双方の力によってこの防御網は作られていたのだ。


 そして、アークトゥルスらが今いる公園には、そんな超文明遺産アーティファクトのうちの一つが、今二人が座っているベンチの目の前に建っている第20代学園長の石像の中に埋め込まれていた。そのことをロジスティコスから教えられてた彼らは、何かの役に立てば…と、この公園の超文明遺産アーティファクト防衛を買って出たのだった。





「…そういえばアーク、今日はずっと元気なかったけど、大丈夫なのですか?ルーは心配していたのですが」

「…あぁルード、もう大丈夫だ。第一そんなこと言ってる場合じゃないしな。せめて生徒たちが安心して寝れるように、俺たちがこの場所を警備してよう」


 そう強がりを口にしながらも、アークトゥルスは隠しきれ無い不安を誤魔化すように足元に横たわるファングと名付けた【剣牙狼サーベルウルフ】の頭を優しく撫でた。それが、彼にとって最も心を落ち着かせる行為だった。


 彼にとってこの【剣牙狼サーベルウルフ】のファングは、家族や恋人以上の存在だった。生後間もなくから面倒を見ていた、強力な戦闘力を持った魔獣。

 かつては電気の走る鞭などを使わないと調教が難しい時期もあったものの、この学園にやってきてからは随分と従順で穏やかになっていた。今ではもはや絶対に欠かすことのできない彼の”半身”となっていたのだ。



「ふふっ…お前がそばに居てくれるから俺は頑張れるよ、ファング」


 そう呟きながら、アークトゥルスが少し硬い毛並みを手で撫でつけていた…そのとき。【剣牙狼サーベルウルフ】ファングの耳がピクッと反応し、続けて何かを警戒するかのようにスッと起き上がった。


 ファングの行動に不審さを感じ取ったアークトゥルスとルードリットは、公園のベンチから立ち上がると、すぐにファングが警戒している方向に視線を向けた。



 やがて彼らが視線を向けた方向から、夜に染まった公園の静寂を打ち破るかのように…足音を立てながら複数の人物が現れた。




 この場に現れたのは、四人の少女だった。

 そのうちの一人は、アークトゥルスのよく知る…きれば今日はもう会いたくないと思っていた人物だった。



「……スターリィ」


 アークトゥルスが零れ落ちるように発した言葉に、スターリィは無言で頷いた。








 ********







 時は少し遡る。



 俺は【真実の鏡】を片手に、全力疾走で学園内を駆け抜けながら腕にはめた魔道具でプリムラを呼び出した。えーっと、プリムラは…【忍】の字だな。

 ボタンを押してしばらくしたあと、プツッという音のあとにプリムラの声が直接脳内に響いてくる。


『…アキ様、どうなさいました?』

「プリムラか、今すぐ教えて欲しいことがある」


 俺は伝話しながらチラッと背後を振り返った。後ろから追いかけてくるのは、スターリィ、ティーナ、エリスの三人。彼女たちにもちゃんと聞こえるように、俺は大きな声でプリムラに用件を伝えた。


「アークトゥルスの…生徒会長の今の居場所を教えて欲しい」


 その言葉に、後方を走るスターリィの表情が強張るのが分かった。








 プリムラによると、アークトゥルスは現在3回生が生活する寮の側にある公園に居るのだそうだ。場所が分かったのですぐに急行しようとする俺を、素早く留めるものがいた。ティーナだ。彼女は駆け出そうとする俺の肩を掴んで、乱れる息を整えながら問いかけてきた。


「ちょっと待てアキ!アークトゥルスはもう調べ終わってたんじゃないのか?なのになぜまた向かう?」 

「…あぁ、確かにアークトゥルス生徒会長はシロだった。だけど…ヤツが使役している”魔獣”は違う」

「っ!?」


 俺の言葉に、スターリィがハッとして口元を押さえた。同時に、俺の肩を掴んでいたティーナの力が緩むのが分かる。恐らく彼女たちも、俺の考えていたことが分かったんだろう。



「なん…だって?あぁそうか…そういうことか」

「そうだティーナ。私たちは、エニグマが化けたのは”人間”だという”先入観”を持っていた。だけどな、その前提が間違っていたんだ。エニグマは…恐らく”魔獣”にも化けることが出来る」


 そう、これこそが見逃していた要素ファクターだった。無意識のうちに俺たちは、『エニグマは人間の姿をしているはずだ』という先入観を持っていたのだ。

 その結果、俺たちはマークすべきひとつの要素を見逃してしまっていた。学園内には人間だけでなく”魔獣”も存在している、という要素を。


「で、でもアーク先輩はあの【剣牙狼サーベルウルフ】を生まれた時から育てているとおっしゃってましたわ」

「言葉を話せない魔獣だったら、人間と入れ替わるよりも遥かに容易いだろうさ。なにせしゃべらなくても良いのだからね」


 俺の言葉に、スターリィは完全に黙り込んでしまった。否定したい気持ちもわかるが仕方ない、可哀想だけど、これが現実ってもんだ。


「…これから先、戦闘になる可能性がある。そのときは私が先陣を切るから、ティーナは援護を。エリスは危険だからスターリィから離れないように。あと…『プリムラ、聞こえるか?もう一つ頼みがある。ここに居る以外のメンバーを、アークトゥルスが居る公園から適切な距離の場所に配置してもらえないか?これはもし俺の読みがハズれてた場合、他が手薄になるリスクを回避するためだ。だけどもし当たってたら…激しい戦闘になる可能性がある。そのときは至急援護に駆けつけて欲しい』」

『はっ、承知しました。アキ様』



 こうして戦闘時の基本戦術と後方の憂いを断つ準備を整えた俺たちは、アークトゥルスが現在いると報告のあった公園へと駆け出したのだった。








 ---








「スターリィ…」


 惚けたような表情でそう呟くアークトゥルス。その彼の傍には、俺が最も疑っている存在…【剣牙狼サーベルウルフ】が静かに控えていた。


「アーク先輩、大変申し訳ありません。少しだけそちらの【剣牙狼サーベルウルフ】を…調べさせていただいてよろしいですか?」


 スターリィの問いかけに、ビクッと身体を揺らすアークトゥルス。


「スターリィ、きみは俺の魂の分身とも言うべきこの子ファングを疑っているのか?…それにそこにいる女の子たちは…」

「悪いがこっちは急いでるんだ。少し黙っててくれないか?」


 ティーナがピシャリとその場を締めて言い放つ。アークトゥルスが怯んだその隙に、俺は【真実の鏡】で…【剣牙狼サーベルウルフ】の姿を映し出した。



 そこに映し出されたのは…原型を留めないドロドロとした”肉の塊”のようなものだった。







ビンゴだっ!いくぞっ!」


 俺の掛け声に合わせ、事前に擦り合わせていた通り全員が瞬時に動き出した。ティーナがアークトゥルスをスターリィの方に蹴り飛ばし、エリスが素早くルードリットを引き寄せる。その間に俺は右手だけを”龍化”させると、魔力を込めた拳で【剣牙狼サーベルウルフ】…いや、エニグマを殴りつけた。


 ベキッ、という鈍い音ともに吹き飛んでいく【剣牙狼サーベルウルフ】。だけど当たりは浅かった。俺の拳に合わせて素早い動きで後方に飛び退いたのだ。

 その様子を見て、ティーナに蹴られた胸を押さえながらアークトゥルスが抗議の声を上げた。だけど今の俺に、彼に丁寧に説明してやるだけの余裕なんてなかった。


「お、おい君!俺の従魔になにをっ…!?」

「お前は飼い主のくせに、その大事な魔獣ペットとやらの中身が別のモンと入れ替わってた・・・・・・・ことに気付かなかったのか?」


 俺は冷たく事実だけを言い放つと、アークトゥルスは絶句して【剣牙狼サーベルウルフ】の方に視線を向けた。

 そんな彼を無視して、俺は距離を取った【剣牙狼サーベルウルフ】に対して龍化した右手人差し指を突き出した。


「おい、エニグマ。もうキサマの正体は分かってるぞ。諦めて素性を晒すんだな」





 くくっ…


 最初それは、空気の揺れる音かと思った。

 だけど…よく聞くと違う。これは…獣である【剣牙狼サーベルウルフ】が笑っている声だった。



「くくく…、なかなかやるね。まさかオレの正体を見破るとは思わなかったよ。オレの名前である【暗号機エニグマ】には、”誰にも見破られることなく使命を全うするもの”という意味が込められていたんだけどな」


 ずずっ…

 不気味な音とともに、【剣牙狼サーベルウルフ】の身体が大きく膨らんでは変形していく。

 やがてその姿は…1人の少年の姿に変化していった。


 真っ白な髪に白目部分までが暗黒に染まった瞳を持った、俺たちと同年代くらいに見える少年。それが…エニグマと呼ばれた【キメラ】の正体だった。



「…お前が、ずっとボクを監視してたやつか?」

「そうだ、ティーナ。オレが【暗号機エニグマ】さ。基本的にオレは前に出るタイプじゃないんだけどな。まぁこうなっては仕方ない、せめて最後の仕事・・・・・くらいはキッチリとこなさせてもらうよ」


 ベキッ、ボキッ。

 今度は耳に残る嫌な音を立てながら、エニグマの姿が再び変形していく。


 だけど、今度はその状況を見逃すほど俺は甘くなかった。瞬時に【魔纏演武まとうえんぶ】を発動させて最高速で接近すると、渾身の力を込めて…龍化した拳で再度エニグマを殴りつけてやった。



 ズドンッ、という肉にハンマーを叩きつけたときのような鈍い音とともに、エニグマの肉片が爆散して飛び散った。あまりの衝撃の大きさに、変貌を遂げかけていたエニグマの表情が驚愕一色に染まる。


「がぁっ!?オレの”硬化肉体”を破るなんて、お前なんてパワーをしてやがるっ!?」


 俺の拳の衝撃によって吹き飛ばされ、穴の空いた肩口から血を吹き出しながら、徐々に”白い聖獣”姿に化身していっているエニグマ。だけど俺は、完全なる変身を待ってやるほど優しさを持ち合わせていなかった。


「おいエニグマ。呑気に”変身”なんて、こっちが許すと思ってるのか?キサマがなにをやろうとしているのかは知らないけど、その前に私が…お前を昇天させてやるよ」

「くぅっ、寄せさせるかっ!【獣王の叫びワンダーハウル】!」


 エニグマが大きく口を開いて雄叫びを上げた。ビリビリと空気が激しく振動し、続けて衝撃波が俺たちに襲いかかってくる。

 だけど、そんな見え見えの攻撃にやられるほど俺たちはヤワではなかった。俺はすぐに魔法障壁を発動させて、衝撃波を防ぐ体制を整える。ティーナは言うまでもなく、スターリィとエリスも咄嗟に魔法障壁を貼り、アークトゥルスやルードリットを守る体制に入っていた。


 空気を震わす振動とともに、エニグマの発した衝撃波が突き抜けていった。だが大丈夫、俺たちは無傷だ。

 してやったりと思いながらエニグマの姿に目を向けて…俺は思わず舌打ちをした。俺たちが攻撃を防いでいる合間に、エニグマは完全に”白い聖獣”姿に変身し終えていたのだ。

 しかも…驚いたことに肩の傷口は既にほぼ完全に修復していた。どうやらエニグマの咆哮の狙いは、単なる時間稼ぎと足止めだったようだ。





「…クソッ」


 してやられたことだけではない。エニグマが、俺の尊敬する偉大なる戦士…ゾルバルと同じ姿をしていることに、心の奥から強烈な怒りの感情が湧き上がってきた。込み上げてくる思いを抑えられず、つい悪態をついてしまう。

 だけど今は、一時の怒りに身を任せている場合ではない。一呼吸して心を落ち着けると、俺の援護に回っているティーナに視線を向けた。すでに彼女は天使化して、天使の歌の準備に入っている。


 よし、サポートは十分だな。これなら…一気に勝負をかけられるぞ。




 ――――<起動>――――

 個別能力アビリティ:『新世界の謝肉祭エクス・カニヴァル




 固有能力を起動させて【究極形態アルティメットフォーム】に変身すると、俺の”ゾルバル化”した左腕を見て…今度はエニグマがそのライオンのように変化した顔を歪ませた。


「なっ…小娘、お前がなぜ”闘神”の片腕をっ!?」

「そんなことキサマに関係ないだろう?そもそもキサマなんかに、ソルバルの…最高の戦士の身体を使う資格なんかない!」


 俺は怒りを抑えきれずにそう叫ぶと、牙を剥き出しにして吠えるエニグマに対して一気に攻撃を仕掛けた。


「ぐぅぉぉぉぉっ!」

「だぁぁぁあぁっ!」


 まずは俺の周りを回転する8つの光球ビットをエニグマの周囲に拡散させる。続けて光球ビットから放たれた【流星シューティングスター】が、縦横無尽にエニグマへと襲いかかった。

 夜空を切り裂く流星のような光線の襲撃に、エニグマは吠えながら必死に回避体制を取る。


 驚いたことにエニグマは、乱れ飛ぶ【流星シューティングスター】のうち半分を躱した。だけど俺の攻撃は簡単に躱せるほど甘くはない。残りの光線は見事エニグマに命中し、闇夜にも白く浮かび上がる魔獣の身体を見事貫通した。


「がふっ!?」

「どらぁぁぁっ!」


 もちろんそれだけで終わらすつもりなんて無い。俺はさらに…ヤツと同じ”白い聖獣”化した左腕に生えた爪で、エニグマの身体を袈裟懸けに切り裂いた。光線の回避で体勢を崩したエニグマに、もはや俺の攻撃を躱す余裕はなかった。赤黒い血が、エニグマの身体からまるで噴水のように吹き出す。


「な、なんなんだキサマはっ!つ、強い…強すぎるっ!?」


 必死に距離を取りながら、俺の連続攻撃に驚きを隠せない様子のエニグマ。そんなヤツに俺は指を突きつけて宣言してやった。


「私の名は…アキ。ゾルバルの最期の弟子だ!キサマがこれ以上その身体で悪さをすることを、私は…絶対に許さない!」






 天使化したティーナが背後に回り込み、決して逃さないように魔法発動の準備を整えている。スターリィとエリスはアークトゥルスとルードリットを護りながら、いつでもこちらを援護できるよう身構えていた。

 エニグマは、既に俺たちによって追い込まれていた。



「くく…くくっ…」


 なのに、追い込まれているはずのエニグマが胸元から血を滴らせながら笑い出した。既に正体はバレ、俺に深く傷を負わされたこいつが…なぜ笑う?


「…エニグマ、なにが可笑しい?」

「…いや、ミザリーが失敗したのも分かるよ。お前たちは確かに強い。だけど…オレの最終目的は、別にお前たちの始末じゃないんだ」

「なんだと?」



 大きな咆哮とともに、エニグマが突然飛び上がった。こちらに来るのか?慌てて身構えたものの、エニグマの飛びかかった先は…俺の方でもティーナの方でもなかった。

 その先にあるのは……公園に設置された石像?



「ダメだ!その石像を壊させてはいけないっ!」


 スターリィに匿われた状態のアークトゥルスが、エニグマの攻撃先を知り大声で叫んだ。だけど一歩目を出遅れた俺たちに、エニグマを止めることは出来無い。完全にノーマークだった石像への攻撃を防ぐ術を、俺たちは持っていなかった。




 岩が砕け散るような大きな音がして、あっさりと石像が砕け散った。巨大な身体を持つエニグマの体当たりによって、老人の姿をした石像は粉々に破壊されてしまったのだ。


 そして、石像が破壊された瞬間、俺たちの頭上を覆っていた薄い膜…ロジスティコス学園長による【防御壁バリケード】が、ゆっくりと消滅していった。






 それは、空全体を覆っていた膜状のもののうち、俺たちの上空にある一部分が消え去ったに過ぎない。それでも障壁が消えていく様子を目撃したアークトゥルスが頭を抱えながらこう口にした。


「あぁ、【防御壁バリケード】が…破壊されてしまった」



 バリケード?どういうことだ?恐らく今の状況から鑑みて、あの石像が学園に張り巡らされていた防御壁バリケードの基点がなにかだったのだろう。ということは、エニグマが言っていた目的とは、防御壁バリケードを破壊することだったのか?


 だけど、そのことをアークトゥルスに問いただす暇はなかった。





 ずずっ…


 夜の闇に覆われながらも、うっすらとした光を放っていた防御壁。その欠けた部分に、何やらドス黒いゼリー状の物体が覆い尽くした。


 ずずずっ…

 その物体がゆっくりと…不気味な音を立てながら学園の敷地内に零れ落ちてくる。


 俺たちはその様子を、ただ呆然と眺めていた。これから何が起きようとしているのか、まったく頭がついていかなかったんだ。



「あの…落ちてきてるやつは”敵”だっ!早く攻撃するんだ!」


 最初に気を取り戻したのはティーナだった。彼女の言葉にハッとして、俺はすぐ自分に気合を入れ直す。クソッ、あれは敵の魔獣かなにかなのか?黒いスライムみたいな生命体なのかもしれない。


「放てっ、光の槍をっ!!【光の聖槍ヴェルダンディ】!!」


 真っ先に準備が整ったスターリィが、白く輝く光の槍を黒いスライム状の敵に投擲した。空気を切り裂くような鋭い音ともに、光の槍が黒いスライムのような敵に迫っていく。


 ぶりゅん。


 鈍い音とともに、黒スライムの身体から粘性の一部が飛び出した。それがスターリィの放った光の槍とぶつかり、一瞬の閃光のあと…双方が消滅した。



「うそっ!?相殺されましたのっ!?」


 スターリィが驚くのも無理はない。彼女の渾身の一撃が…あっさりと防がれたのだ。相手は並の魔獣ではない。…いや、ここまで生物としての原型を留めてないと、もはや魔物だな。




 俺たちが動揺しているスキに、エニグマが”黒スライム”の側に合流していた。しかも…驚くべきことに、俺がエニグマに与えた傷は既に塞がっていた。どうやらあいつは凄まじい回復能力を持っているみたいだ。


 これは持久戦になる。そう判断した俺は一度【究極形態ウルティメイトフォーム】を解除して、全身龍化に切り替えた。こちらの方が魔力の燃費が良いからだ。

 その間にも、エリスとスターリィが一般人・・・であるアークトゥルスとルードリットを退避させ、ティーナが敵に攻撃を仕掛けようと身構える。




 …そのとき。


 辺り一面が真っ白に染まるような凄まじい閃光が、俺たちの目の前で炸裂した。









 天地が砕けるかのような激しい轟音と、目の前に太陽が出現したかのような凄まじい輝きに、俺は視覚聴覚のすべてを一瞬にして奪われた。

 同時に、痺れるような電撃の衝撃が痛みを伴って全身を走っていく。魔法障壁を張り巡らせているのに、それすら突き抜けてきた。


 俺たちはなすすべもなく、爆音や砕かれた地面とともに吹き飛ばされていた。




 …なんだ!?何が起こった!?


 地面に叩きつけられたあと、全身を蝕む鈍い痛みをこらえながら、俺は瓦礫のなかから何とか立ち上がった。歯を食いしばって目の前を確認すると、公園は悲惨な状況に激変していた。


 砕かれた地面。消滅した草木。

 それはまるで、巨大な爆弾が目の前で爆発したかのようなひどい有様だった。恐らくは敵の攻撃に違いない。

 凄まじい威力の前に、俺たちはたった一撃でバラバラに吹き飛ばされていた。


 くそっ…どうなってんだ?それにスターリィたちはどうした!?慌てて周囲を確認すると…すぐに皆の姿を確認することができた。

 ティーナが瓦礫をかき分けるようにして立ち上がり、その向こうではスターリィが気絶したアークトゥルスを抱えて介抱している。だけどエリスのほうは完全に無事とは言えない状況だった。なんとかルードリットを抱えてはいるものの、フラついて立ち上がることが出来ないようだ。おそらくダメージが深すぎるんだろう。



 たった一撃で、俺たちを瓦解寸前まで追いやる攻撃。その凄まじさに、俺は警戒心を最大まで高めた。それにしても今の攻撃はなんだったんだ。まだ耳の奥がガンガンしている。

 冷静に観察してみると、先ほどの状況と黒焦げになった地面の状況から、あの攻撃が”落雷”であると推測された。


 落雷による攻撃…しかも天使化した俺たちを一撃で吹き飛ばすほどの威力。この攻撃を放ったのは、いったい何ものなのか…



 気がつくと、再び人間の姿に戻ったエニグマが黒スライムの横に立って俺たちを見下ろしていた。獣のような犬歯をむき出しにしてニヤリと笑うと、俺たちに向かって声高らかに宣言した。



「静まれっ!これから【解放者エクソダス】様が降臨される!」




 エニグマの言葉に、ハッとして上空を見上げた。


 防御壁バリケードが破られた隙間。そこから見える月の明かりも届かない暗く染まった空に、二人の人物が浮かんでいた。ともに黒い衣装に身を包んだ…恐らくは二人の女性。

 そのうち一人は、漆黒の”悪魔の翼”をはためかせる“悪魔“だった。そして横にいるもう一人は…全身から電撃のような光を時々放ちながら、薄く濁った”天使の翼”を背に具現化させて、ゆっくりとはためかせていた。




 二人目の女性の姿を目にした瞬間、俺の横で鋭い眼光で空を睨みつけていたティーナの表情が激変した。

 怒りから…絶望へ。全身をワナワナと震わせながら、ティーナはその女性に震える声で呼びかけた。それはまるで心の奥底から絞り出された”魂の叫び”のようだった。



「なんで……なんであなたがここにいるんだっ! ヴァーミリアン公妃っ・・・・・・・・・!!」



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