78.襲撃
「な、なんの音っ!?」
激しい音を聞いて、それまで俺の腕を掴んでいたスターリィがさっと体勢を整えた。このあたり彼女の頭の切り替えの早さは素直に凄いと思う。急に聞こえてきた音に驚いていた周りにいる他の生徒たちも、ようやくざわめき始めた。
そうしている間にも、続けて衝突音のような音が2度、3度と鳴り響いた。ごおぉおおぉん、ごおおぉぉん、という、遠くのほうで重い鐘が鳴っているかのような重苦しい音だった。
「…なにかあったんでしょうか」
「わからない。でも演出とかの類ではなさそうだな」
そのとき、俺の頭にピリリリリッという音が鳴り響いた。”伝話”のコール音だ。表示を確認すると、ティーナからの通信だった。スターリィにも同時着信しているようで、頷きあうとそれぞれ受信をオンにした。
「…どうした?ティーナ」
『緊急事態だ。どうやらこの学園は何者かから襲撃を受けているらしい。学園長の塔まで来れるか?』
…襲撃だって?
予想外の言葉に、思わずスターリィと顔を見あってしまった。
「…わかった、すぐ行く。他の【白銀同盟】のメンバーは?」
『あぁ、全員に招集をかけている。カノープスやボウイもプリムラが連れてくる』
そんなわけで、俺たちはざわめき合う生徒たちを押しのけるようにして、急いで学園長の塔へと走って行ったのだった。
場所は変わって、ここは学園長の塔の地下にある会議室。集まったのは【白銀同盟】の全メンバー…俺、スターリィ、ティーナ、カレン&ミア、エリス、カノープス、プリムラ、さらにはボウイと…なぜかナスリーンを含めた10名だった。
そして、俺たちの前には少し困ったような表情を浮かべたロジスティコス学園長が佇んでいた。
「おいジジイ、何が起こっている?ちゃんと話してくれ」
学園長をジジイ呼ばわりするティーナの発言に一同驚かされたものの、ロジスティコス学園長は困ったような表情を浮かべただけだった。
「うむ…どうやら”霊山ウララヌス”方面から魔獣の群れがこの学園に攻撃を仕掛けてきているようなのじゃ。今はワシの張った【防御壁】と、天使クラスの講師たちの攻撃で撃退しておる。じゃから…おぬしらの出る幕はない。おぬしら学生はおとなしく寮に戻って避難しておれ」
「…本当に、それだけなのか?」
「……」
鋭く切り込むティーナの言葉に、ロジスティコス学園長は言葉に詰まってしまった。
「ボクにはこれが、偶然の襲撃には思えない。これには…【解放者】が絡んでいるんじゃないか?どうだろうか?」
「……それは分からん。じゃが、この【防御壁】は外からの攻撃ではそう簡単に破れん」
「外から?じゃあ…中からの攻撃に対してはどうなんだい?」
ティーナの問いかけに、一同の間に不穏な空気が流れる。中からの攻撃、それが何を意味しているのか、この場にいる全員がよく理解していた。
「ティーナ、それはないじゃろう。この学園は入退園管理をキッチリとしておる。それに今日は特に色々あったから、余計に警戒を…」
「今日は特に、だって?それはどういう意味だ?」
「むぐぅ!?」
ロジスティコス学園長の何気ない言葉だったんだけど、ティーナは彼の失言を見逃さなかった。やがてティーナの追求に耐えられなくなった学園長が、ついに世界中で起こっている異変について…重い口を開いた。
「魔獣や悪魔の…世界同時蜂起だって?」
ロジスティコス学園長の説明を聞き終えて、俺たちは驚きを隠せずにいた。ヴァーミリアン公妃が行方不明というのも気になったが、当の双子は「まぁお母様のことだから…」とあまり気にしていない様子だったので、そこはあまり気にしないことにする。
それにしても…世界中で異変が起こっている中での今回の学園への襲撃は、さすがに無関係とは思えなかった。
「まぁそうかもしれんのぅ。じゃが、重ねて言うがお主らの出る幕は無い。子供は大人しくしとれ」
「でもっ!俺たちはきっと戦力になります!だから…」
「ボウイや。たとえそうじゃとしても、将来有望なお主らを死地に立たせる気は毛頭無い」
ボウイの決死の申し出を、学園長はあえなく却下する。ボウイは唇を噛み締めながらグッと悔しさを堪えているようだった。
…正直、学園長が俺たちを巻き込みたくない気持ちはよく分かる。だけど、本当にそれで良いのだろうか。
「アキ、このままで良いの?」
横に座るスターリィが、俺に耳打ちしてきた。いや、だめだ。このままで良いわけがない。そんな…妙な焦りのような気持ちはあるものの、理由がはっきりしないので俺は何も言えないでいた。
「なぁジジイ。さっきも聞いたけど、この学園の【防御壁】は中からの攻撃に弱いというのは間違いないのか?」
「む?うむぅ…まぁそんなところかもな。それがどうしたんじゃ?」
「この学園の中に、敵が侵入している可能性がある」
ティーナの言葉に、その場にいる一同が凍りつくのが分かった。だけど俺は違っていた。さっきからの正体不明の違和感の正体…それがまさに今ティーナが言ったことであると気づかされたんだ。
「なんじゃと?それはどういう…」
「……【エニグマ】だな?」
俺の言葉に、ティーナがうんと頷いた。やはり彼女が感じていた不安と、俺が感じていたのは同じものだったのだ。
そこから先は、俺の心の声を代弁して、ティーナが理由を説明してくれた。
「いいかいジジイ。この学園にはね、随分前からボクのことを監視してる存在がいたんだ」
「…あっ!エニグマ!」
思わずといった感じでスターリィが声を上げた。賢い彼女のことだから、きっとティーナがこの先言わんとしていることに気づいたのだろう。
「そうだ。今回の学園襲撃と、他国の一斉蜂起が関係あるかはボクには分からない。それに敵がなんの目的でこの学園に襲撃を仕掛けてきているのかも分からない。だけどもし、この襲撃に【解放者】が関係しているのであれば…その【エニグマ】ってやつが、この学園内に侵入してる可能性は高い」
「だ、だけどエニグマは”魔獣”だったじゃないか?もし魔獣がこの学園内に潜入してたとしたら、さすがにすぐにわかるんじゃないの?」
いや違う。そうじゃない。
ミア王子の発言はもっともだと思う。だけど…エニグマは、おそらくあのときの”白い魔獣”の姿でこの学園内に潜んではいない。
俺はティーナと鋭く視線を交わした。たぶん俺と同じことを考えてるんだろう。それもそのはず、この場にいる奴らの中で、俺たちだけが共有している情報があるのだから。
「…【異種間肉体合成】……」
「ああ、そうだ」
俺の言葉に、ティーナが力強く頷いた。
「アキの言う通り、エニグマは【異種間肉体合成】という名の”姿形を変えることができる存在”なんじゃないかと考えている。その理由は、もしずっとボクを監視していたやつがあの”白い獣”だとしたら、さすがに目立ちすぎてすぐに分かっていたはずだからだ。
…ところが、エニグマはずっとボクに悟られずにこの学園内で監視を続けていた。それはひとえに、エニグマに『姿形を変える能力』があったからだと考えている」
【異種間肉体合成】。それは…【解放者】の正体であると推測されるフランフランが研究していた生命体のひとつだ。もし仮にエニグマの正体が【異種間肉体合成】生物であるとすると、相手が魔獣の姿をしているとは限らない。
あのとき俺たちの前に現れたエニグマは、ゾルバルと同じ”白き聖獣”の姿をしていた。さすがにあの姿しか持っていないのであれば、目立つことこの上ないだろう。
だけど、あの姿がもし、エニグマの【異種間肉体合成】としての姿のうちのひとつだとしたら…今現在、どんな姿をしているかは分からないということになる。実際ゾルバルにしたって”人間の姿”を持ってたんだ。エニグマが人間の姿をしていたとしても、何の不思議もない。
「ティーナにアキ、お主らは…エニグマという敵が生徒や講師の誰かに化けているとでも言いたいのか?さすがにそれはないぞ、この学園の生体管理は完璧じゃ。たとえ化けたとしても、前回のミザリーのような例がなければ…むむっ!?」
「そういうことだよ、ジジイ。エニグマは生徒もしくは講師のフリをして…この学園の何処かに潜んでいる可能性があるんだ。その可能性がある以上、残念ながらボクたちは必ずしも安全ではない」
ティーナの言葉に押し黙ってしまうロジスティコス学園長。だけどティーナは、そんな彼の肩をポンッと叩いた。
「…だから、こんなときのためにボクらがいるんだろう?ボクたちが…エニグマを炙り出して仕留めてやるさ」
声高らかにそう宣言するティーナは、誰よりも誇り高く、輝いて見えた。
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結局ティーナに押し切られる形で、ロジスティコス学園長は俺たちに『エニグマ探索』の許可を出した。
「くれぐれも無理はするでないぞ。慎重にな?」
そう言いながら彼は、俺たちにある道具を渡してくれた。それは、【真実の鏡】という名の超文明遺物。この鏡に映ったものは、その真の姿を映し出すという、超文明ラーム時代から現存する凄まじい魔力を持った魔道具だった。
「じゃがな、一応入学試験などで部屋にこの鏡を配置して、全生徒の姿は確認しておるぞ?」
へー、そんなことされてたんだ。全然知らなかった。
とりあえず実験的にここにいる全員の姿を鏡で確認してみながら、この鏡の効果を確認してみる。当然だけど、全員大丈夫だった。いつもと変わらない姿が鏡に映し出されるだけだった。試しに俺が龍化して映ってみると、ノーマル状態の俺の姿が映し出された。ふー、なんかホッとしたよ。
…でも、もし学園長の言う通りであればミザリーも入学時にチェックしていたということになる。そのとき見抜けなかったってことは、もしかしてこの【真実の鏡】ってのは意味が無いんじゃないか?
「いいや、そういうわけではないのだと思う。ミザリーの場合は出自を誤魔化していただけで、別に変装したりしてたわけじゃないからね。だけど今回は違う。おそらくエニグマは…別に真の姿を持ってるはずだ」
俺の疑問に対し、ティーナが確信的な思いを持ってそう口にした。
なるほど、そういうことか。実際に効果があるかどうかは分からないけど、他に俺たちが打てる手があるわけではないし、今はこれで確認していくしかないだろう。
最終手段としてミザリーのときみたいに【龍魔眼】を使うって手もあるけど、さすがにあれはもう懲りたから今回使うつもりは無い。
全員の確認が終わったところで、ティーナが今後の作戦の指針となる”自身の考え”を俺たちに説明しだした。
「…とりあえず、最近ボクたちに近づいてきたヤツらの中にエニグマはいるんじゃないかとボクは怪しんでいる。…キミたちに心当たりはないかい?」
…正直、心当たりありまくりなんですけど…。俺とスターリィは、思わず顔を見合わせてしまった。
俺たちが最初に脳裏に浮かんできた人物、それは…レドリック王太子とアークトゥルス生徒会長だった。
俺たちが情報を出しあった結果、まず最初に確認すべきは『生徒会関係』であるとの結論を出した。この中には…当然アークトゥルス生徒会長やレドリック王太子たちも含まれている。
彼らを全員確認する必要があった。
「さーて、どうやって彼らの確認をしたもんかな…」
「あたしに良い考えがありますわ」
なんとここで提案をしてきたのはスターリィだった。
「スターリィ、それはどんな策なんだい?」
「…いま学園の生徒たちは、楽しみにしていたダンスパーティが中止になって寮に待機させられて不安な気持ちになってます。ですので…彼らを安心させるためにも『生徒会』のメンバーを呼び出して事情を説明し、生徒たちを落ち着かせてもらうのです。そのために、この場に生徒会メンバーを招集します」
なるほど、生徒会メンバーを集めた上で【真実の鏡】で映し出すことでエニグマを炙り出すという作戦なわけか。さすがスターリィ、一石二鳥の良い手だと思う。呼び出す理由に不自然さは無いし。
他のメンバーも次々にスターリィの意見に賛成していった。まぁ他に疑わしいヤツも見当たらないので、今できることとしては最善だと思う。
「よし、じゃあその作戦で行こう。ジジイ、あなたから事情を説明してもらうことになるけど、それで良い?」
「む、むぅ…分かったわい、ティーナ」
ロジスティコス学園長は目の前で行われる事態に、ただ目を白黒させながら従うだけだった。ふふっ、見たか。俺たち【白銀同盟】の結束力を!
ロジスティコス学園長の通知もあり、今回の”創立記念祭”の実行会メンバー…すなわち生徒会長以下生徒会の関係者、並びに未来の生徒会役員候補たちが”学園長の塔”の会議室に集められた。
当然そこにはアークトゥルス生徒会長やルードリット副会長、それに…レドリック王太子やブライアントの姿もある。
会議室に集められた彼らの姿を、さりげなく学園長の補佐役を務めるプリムラが、一人一人バレないように【真実の鏡】で確認していく。そして、調査結果をプリムラが逐次”伝話”で伝えてくるのを、俺たちは別室で待機しながら聞いていた。
俺は正直レッドのことを疑いたくはなかった。あいつは本当に良いヤツだ。だからさっさと疑惑が晴れてくれれば良い、そう思っていた。
隣にいるスターリィも不安そうな表情を浮かべていた。それはそうだろう、たとえお断りしたとはいえ自分に好意を寄せてくれた相手を、こうやって疑わなければならないんだから。いくら俺が嫉妬心を抱いたところで、彼女のそんな想いまで打ち消すことは出来ない。
『ブライアント、白です』
そうしている間にも、プリムラから一人一人確認結果が伝えられてくる。次はいよいよレッドか…俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな俺の手を、スターリィがそっと握りしめてくれた。俺は自分の掌が汗ばんでいるのを自覚しながら、彼女の手を握り返した。
『レドリック王太子……白です』
ほっ。明らかに俺の肩から力が抜けるのを感じる。良かった…レッドは白だった。プリムラから伝えられた結果に、俺は心の底から安堵した。横にいるスターリィが、嬉しそうに微笑みかけてくれた。
『ルードリット…白です』
さぁ、あと残されているのはアークトゥルス生徒会長だけだ。今度はスターリィが握りしめてくる手に力が入っていくのが分かる。
『アークトゥルス生徒会長……』
頭の中に響き渡るプリムラの声。ごくり、俺も思わず唾を飲み込んだ。
そして、最後の結論を伝える声が、控え室にいる一同の脳内に聞こえてきた。
『…白です。これでこの部屋の全員が白ということになります。以上で調査を終了させていただきます』
ふぅぅう。
控え室に居た俺たち全員が、一斉におおきく息を吐いた。
こうして生徒会関係者の疑惑が晴れるとともに、エニグマ発見への調査がまた振り出しに戻ってしまったのだった。
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「さて、どうしたもんかねぇ」
俺、スターリィ、ティーナ、エリスの四人だけが残された会議室で、ティーナが天井を仰ぎ見ながらそう口にした。
結局あのあと、調査対象を講師などの学園関係者全員に拡大したものの、エニグマに化けた人物の姿は発見できなかった。
すでに生徒会のメンバーは帰寮し、アークトゥルス生徒会長が自主的に申し出てきた『自警隊』の編成に入っている。合わせて【白銀同盟】の他のメンバーも、俺たち以外は既に外の警戒に当たっていた。
こんなことをしている間も、魔獣たちの断続的な攻撃は続いている。俺たちは眠れない夜を過ごしていた。
「…もしかしてこの鏡、不良品なんじゃないか?」
ティーナが頭をボリボリ掻きながら、苛立ち紛れにそう吐き捨てた。
もしかしたらそうなのかもしれない。いや、そもそもエニグマは潜入していないのかもしれない。そんな疑心暗鬼が、俺の心の中を徐々に占領していった。調査が上手くいかない苛立ちと焦りから、無意識のうちに爪を噛んでしまう。
…だけど、俺にはどうしても”エニグマが学園内に潜入しているはずだ”という直感を消し去ることができなかった。なにか大きな見落としがあるのではないだろうか…そんな考えが、ずっと頭の中を巡っていた。
「ねぇアキ、ティーナ。私たちも少し休まない?」
「エリスの言う通りですわね。夜は魔獣の領域ですし、明日もまた魔獣たちの襲撃が続くかもしれません。ずっと気を張っていては疲れてしまいます。それこそ…敵の思う壺かもしれませんわ」
ずっと思考の渦の中でもがいている俺とティーナを気遣って、二人が交互にそう口にした。もしかしたら…エリスやスターリィの言う通りなのかもしれない。
それにしても、【異種間肉体合成】か。俺はミザリーを救いに現れたエニグマの姿を思い出す。
エニグマのあの”白い聖獣”姿を見たときは、さすがの俺も驚きを隠せなかった。
あの姿はたぶん、ゾルバルから奪った肉体の一部を【異種間肉体合成】して手に入れた姿なのだろう。そのことを思うだけで、俺はゾルバルの魂を汚されたかのような強い憤りを抱いた。しかもキメラというからには、ゾルバルの肉体だけじゃなく…他の魔獣たちの肉体も手に入れているんだろう。
他の魔獣……キメラ……
…ん?待てよ。
そこまで思案して、俺はふとあることに思い至った。
もしかして俺は、大きな見落としをしていたんじゃないだろうか。
その可能性に気付いた瞬間、俺はゾワッと背筋に鳥肌が立つのを感じた。
「……しまった」
「…アキ?どうしましたの?」
「なんてことだ、クソッ。俺としたことが先入観に支配されすぎて完全に見逃してた。…ったく、なんでそんな簡単なことに俺は気付かなかったんだよ。もしかしたらエニグマは…いや、もう時間がないかもしれない!クソッ!!」
いてもたっても居られなくなった俺は、【真実の鏡】を手に取ると、ティーナたちに声をかけてすぐに”学園長の塔”を飛び出した。
俺の予想が正しければ、エニグマが擬態しているのは……




