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1.プロローグ

見ていただいてありがとうございます。

これから完結まで、全力を尽くしますんで、よろしくお願いします。

 

 みーん。みんみん。

 セミの鳴き声が周りを包み込んでいる。


 こういうのを蝉時雨というのだろうか。それにしてもやたら騒がしい。うんざりだ。

 やはり田舎の蝉は栄養満点の土壌で育っているから、やたらと五月蝿いんだろうか。


 さっきから、そんなくだらないことばかり考えてしまう。

 …それが現実逃避であることは、自分が一番よくわかっていた。



 ポケットに手を突っ込み、いつも触っている"それ"を撫で回す。

 すると、自然と気持ちが落ち着いてきた。

 自分にとっての精神安定剤。唯一無二の、他に代え難い"宝物"。

 宝物それに触れて気を撮り直すと、再び足を進め出した。



 春休み以来4か月ぶりに戻ってきた故郷の田舎町は、すっかり夏の景色となっていた。

 東京に出て2年。もうすぐ20歳。

 ずっと生まれ育ってきた街のはずなのに、もう懐かしく感じてしまう。



 この時期に、この町に帰ってきたのには、もちろん理由がある。

 それは…1か月前に失踪した親友から、突然メールが届いたからだった。




『アキラへ。

 突然の俺からのメールに驚いていることだろう。

 実はこのメールは、俺に何かがあった1か月後に自動的にお前に送られるように設定していたものだ。

 だから、おまえがこのメールを見ているということは、おそらく俺は失敗したのだろう…』



 そんな書き出しで始まる、あいつからの『遺言』と思しきメールが。






 -----






 俺が今向かっているのは、中学時代から通い慣れた"親友"の家。

 毎日のように通い、見慣れた道であるはずなのに…

 歩む足取りは、とてつもなく重い。



 俺、こと『田中たなか あきら』は、多分普通の大学2年生…19歳の学生だった。

 成績は悪い方ではなく、むしろ上から数えた方が早いくらいだったけど、トップテン入るようなもんじゃなかった。運動も苦手じゃなかったが、際立つものはなかった。

 読書とゲームをこよなく愛する、物静かな男子。

 …ようは、学校で目立つような存在ではなかったってわけだ。自慢じゃないが、平凡を自負している。


 そんな目立たない平凡な存在が、唯一他人から羨ましがられるようなもの。

 それが、親友である『八重山やえやま 聡史さとし』の存在だった。


 サトシは、誰もが認めるスーパーマンだった。

 甘いルックス。スポーツは万能でテニス部のキャプテン。勉強も得意で、自作のプログラムやソフトを作ってしまうような才能の持ち主。トークも面白くみんなの人気者。実際学内にファンクラブもどきまであったくらいだ。

 学年で一番の美少女から告白されながら、それを振って男友達と遊びに行く。あいつはそんなやつだった。だからこそ、男女分け隔てなく人気があった。時折来る…ミーハー女どもの『サトシきゅーん(はぁと)オーラ』から、うんざりしながら一緒に逃げ回っていたっけ。


 そんなリア充イケメンが…どういうわけか、何のとりえもない俺と親しくしてくれた。


 中学1年生の時から、高校まで、同じ学校に通い毎日のように一緒に遊んだ。

 俺が東京の大学に出てからは、地元に残ったサトシとはそこまで頻繁には会えなかったけど、それでも帰省するたびに会っていた。

 …人は、こんな関係を『親友』と呼ぶのではないだろうか?



 あいつにとって何がきっかけだったのかは分からない。

 趣味のゲームが似ていたから?

 家が近かったから?

 それとも…単なる気まぐれ?

 あいつにとってはその程度のことだったとしても、別におかしくはなかった。

「ダチになるのに、理由なんているのかよ?」

 あいつだったら真顔でそんなことを言いそうだ。



 だけど、俺からすると…きっかけは明白だった。

 それは、あいつにとっては取るに足らないかもしれない"ある出来事"。


 …その出来事が自分に与えた影響は、とてつもなく大きかった。

 あの出来事がなければ。おそらく俺は、サトシと…ここまで深い友誼を結ぶことはなかっただろう。

 いや、それどころか…この世に存在していなかったかもしれない。



 そんなサトシと最後に話したのは、ほんの1か月前だった。

 …その直後。



 サトシは行方不明になった。









 ーーーーーーーーーーー









「こんにちは、おばさん。田中です、お久しぶりです」

「あーら、アキちゃん!?いらっしゃい!お久しぶりね!遠慮しないで上がってね!」


 久しぶりに会うサトシのおばさんは、急激に老けこんでいた。

 頭は白髪が目立つようになり、ふくよかだった体型は見る影もないくらい痩せ衰えていた。


 それもそうだろう。

 夫には先立たれ、心の支えだった自慢の一人息子は…行方不明となったのだから。


 それでも…息子の友人である自分に対しては、以前と変わらない優しい笑みを浮かべてくれた。



 事前におばさんには連絡していたので、すんなりとサトシの部屋に通してもらった。

「あいつの部屋を調べさせてほしい。もしかしたら俺なら何か気付けるかもしれないから」

 そんな適当な説明をおばさんは簡単に信じてくれた。少しだけ胸が痛んだ。



 サトシの部屋は思ったよりもきれいだった。

 あいつはあまり片付けは得意なほうではなかったので、おそらくサトシは…ある程度覚悟・・していたのだろう。


 気持ちを鎮めようと、ポケットに手を突っ込んで"宝物"を指で弄んだ。

 騒ついていた心が、平穏になっていくのを感じる。


 …さて、始めるか。


 サトシの机の上に置いてあるデスクトップパソコンの電源ボタンを押した。

 ぶううぅううん。

 という音とともに、パソコンの画面が光りだす。

 ふーん、最新のOSか。あいつ金持ってるな。

 それとも…まさかあいつ、この目的・・・・のためにわざわざ金を出して買ったのか?



 ようやく立ち上がったサトシのパソコンのデスクトップは、"乱雑"というのがふさわしい状態だった。

 最初にやることは、決まっていた。

 もちろん…"お宝探し"だ。

 さーて、あいつの秘蔵エロ動画は何処かな?

 あいつ巨乳好きだからな。けっこうイケるやつがあるはずなんだよなぁ…くぷぷ、楽しみだ。

 …むむぅ、このフォルダなんか怪しいな。



「アキちゃん、お邪魔するわね。お茶を持ってきたわよ」


 突然、おばさんが乱入してきた。

 やっべ!!慌てて探しかけていたフォルダを閉じる。


 ドアを開けられるまでに体制を整え、お茶を持って部屋に入ってきたおばさんに頭を下げた。

 ふぃー、あぶなかったぜ。まさに間一髪。


 手渡された麦茶は、中学時代から慣れ親しんでいたおばさんの麦茶の味がした。

 だけど…なんだか少しだけ、苦いような気がした。


「私、パソコンとかそういうのは全然わからなくてねぇ。アキちゃんが来てくれて助かるわぁ」

「…いいえ、俺もそんなに得意ではないですよ。でも、できる限りあいつの行方が分からないか確認してみます」


 チクリ。胸の奥が痛む。

 おばさんに本当のことはなにも言ってなかった。

 いや、言えなかったんだ。だって言えるわけないだろう?

 『あなたの息子は、既にこの世にいないかもしれない』なんて…さ。


 いつものクセで、ポケットに手を突っ込んだ。

 "それ"を触ると、少しだけ落ち着いた気がした。




 おばさんが立ち去った後、再度パソコンに向き直った。

 いかんいかん、エロ動画なんか探してる場合じゃなかった。

 山のようにあるフォルダの中から、目的のフォルダを目指してマウスをクリックしていく。


 かちかち。かちかち。


 大量にある意味不明の名前がついたフォルダ。その全てにパスワードがかかっていた。

 木を隠すなら森の中、を具現化したかのような"秘密"の隠し方だった。

 これでは、どのフォルダを探して良いのか絶対に分からないだろう。


 だが、目当てのフォルダはすぐに見つかった。

 『Crystal』。

 一見、何の変哲もない名前。


 だがこいつで間違いない。確信があった。

 なぜなら…あいつはよく俺のことを、名前の『あきら』からもじって『水晶クリスタルネーム』と言って、からかっていたからだ。

 つまりこのフォルダ名は、俺とあいつの間にしか通じない秘密のキーワード。



 『Crystal』と名のついたフォルダをダブルクリック。すると今度はパスワードを求められてきた。

 そこに、サトシからもらったメールに書かれていた通りのパスワードを入力する。


 ビンゴ。

 ディスプレイにフォルダの中身が展開された。


 はたしてそこには、2つのドキュメントファイルと1つの表計算ソフトが置かれていた。ただそれだけだった。

 試しにドキュメントファイルを開けてみるものの、たわいもないことがつらつらと書かれているだけだった。


 『今日はカレーを食べた。』

 『今夜は月がきれいだ。』

 『今日は雨が降った。』

 などなど…。

 ほかの二つのドキュメントも開いてみたものの、内容は似たようなものだった。


 一見すると、何の変哲もない普通の文章。

 何も知らない人がこのドキュメントを見たら、日記か…あるいはゴミファイルだと思うだろう。


 だが違う。この内容はダミーだ。

 そして、このファイル群こそが…あいつとの間で取り決めた"秘密の通信手段"に間違いなかった。


 しかし、このままではあいつのメッセージがわからない。そこで、以前から取り決めていた"ルール"に則って、それらのドキュメントに手を加え始めた。



 まずはこのフォルダにあった3つのドキュメントのうち、表計算ソフトの拡張子を『satoshi』に変更する。

 すると、ただの表計算ソフトのイラストが、バニーガールの女の子がウインクしているイラストに変化した。

 …サトシお得意の、"秘密のソフトウェア"を"普通のソフト"に見せる裏ワザだ。


「…こんなソフトウェアを作るなんて、ほんっとあいつ天才だよなぁ」


 そのバニーガールのソフトウェアにも見覚えがあった。

 サトシが開発した暗号化ソフト。その名も『ドッペルゲンガー』。

 このソフトに通したファイルは、何の変哲もないドキュメントファイルに化けるという、スパイ映画さながらの暗号化ソフトだ。

 …逆に、暗号化されたドキュメントをこの『ドッペルゲンガー』に通すことで、元のファイルに復元することができる。


 そんなわけで、フォルダの中にある残りの2つのドキュメントを、『ドッペルゲンガー』にドラッグアンドドロップしていった。


 『ドッペルゲンガー』を通したドキュメントは、まるで封印が解けたかのように別のファイルへと変化していった。

 仮初めの姿から、隠されていた"真の姿"へと変貌を遂げる。

 その結果、二つのドキュメントは、『文書ファイル』と『正体不明のプログラムソース』に変化した。

 とりあえず、てっとり早く内容が分かるほう…すなわち"文書ファイル"のほうをダブルクリックしてみる。




 文書ファイルの中身は、いわゆる"レポート"だった。

 かなりの量の情報が記載されている…ざっと見で100ページ以上はあるだろうか。


 レポートの最初のページには、題名が記載されていた。

 その題名は…



 『"夢"と、"異なる次元"あるいは"異なる世界"との因果関係について』




 …なんだこれは。


 ごくり。

 思わず生唾を飲み込んだ。



 無意識のうちに、ポケットに手を突っ込んで…精神安定剤である"宝物"に手を触れる。

 それだけでは飽き足らず、"宝物それ"を…ポケットから取り出した。

 宝物それの正体は…陳腐な作りの"オモチャの指輪"だった。







 ーーーーーーーーーー




 サトシが、平凡な俺と親交を深めた理由の一つに、『ファンタジー好き』というのがある。

 サトシは…あらゆるものに恵まれた存在でありながら、ファンタジーが大好きだった。


 サトシは、そのこと自体を隠していた。たぶん恥ずかしかったのだろうと思う。

 それは俺も同じだった。誰にでも気軽に話せる趣味ではないことは判っていたから。

 だからこそ、あるきっかけでお互いの"趣味"を知ってからは、"隠すことなく語り合える存在"として重宝したのだろう。


 ファンタジーなことについては、本当にたくさんのことを話した。

 ゲーム。小説。アニメ。特撮。CG。などなど…


 たとえば、二人の間でとある"特撮"がブームになった。

 それは、平凡な男の人が、異世界からやってきた美女に渡された"指輪"を使うことで"スーパー戦士"に変身し、悪者と戦う…という内容のものだ。

 これが、実に面白かった。子供向けなくせに重厚なストーリー。味方が死んでいくというリアルさ。私利私欲のために味方を裏切る存在。

 そのあまりの面白さに、俺たち二人は見事にハマっちまった。

 どれくらいハマったかというと…本来であれば小さな子供が食いつくであろう"変身アイテム"を、並んでまで買ってしまったくらいだ。

 ちなみにそれは、安っぽいプラスチックで出来た"指輪"だった。


「これが、俺たちの友情の証なっ!俺はリーダーだからレッド。アキはブルーな、俺のサポート役」

「チッ、なんで俺がブルーなんだよ。お前がブルーにしろよな!」


 あのときは、大量の子供達と一緒に行列に並んで買ったその"指輪"を、二人でムキになって奪い合ったものだ。

 結局、じゃんけんで勝った俺が"赤い指輪"のほうをゲットしたんだっけ。

 …それ以来、この"指輪"は俺の"宝物"となった。




 そんなサトシが、"変な夢"のことを話し出したのは、今年の春のことだった。

 春休みで1か月ほど帰省した時に、あいつが真顔でこう言ってきた。


「なぁアキ。お前、"異世界"って信じるか?」

「異世界?なんだそれ?」

「実はな。俺の夢に…"異なる世界"の存在が出てきたんだ」

「へぇー。なんかおもろい夢見てるな。あれか?ボインのパツキン美女でも出てきたのか?」

「…いや、姿はわからない。ただ、おぼろげにだが…俺を呼んでいるような気がするんだ」

「ふーん、おぼろげねぇ。…なんか中途半端な夢だな。だいたいおぼろげなのに、なんで"異なる世界の存在"だってわかるんだよ」

「んまぁ、そうだよな。確かにおかしいよな。やっぱ夢だよな。でも夢にしては…なんかリアルだったんだよなぁ」


 軽く首をひねりながら、ぶつぶつとつぶやくサトシ。

 このときは…"変な夢"についての話題は、それでおしまいだった。



 それから数日後。

 一緒にゲーム屋に行ったときに、今度は少し真面目な顔で、サトシが尋ねてきた。


「なぁアキ。お前…同じ夢を何度も見るっていうの、どう思う?」

「同じ夢?そうだなぁ…例えば、よっぽどそのことに拘ってるとか、そんなんじゃないのか?」

「うーん。そうか、そうだよなぁ…」

「で、お前はなんの夢を繰り返し見てるんだ?やっぱエロいやつか?」

「…ふっ、バレたか!」


 おちゃらけて笑うサトシ。

 このころは、まだあいつにも冗談を言う余裕があったように思う。



 だが、さらに数日後。

 気分転換にドライブに行こうと誘われたとき…サトシの顔から完全に笑顔が消えていた。


「なぁアキ、もしお前が…今のこの世界とは異なる世界に行けるとしたら、どうする?」

「…へ?異なる世界?サトシ、なに言ってんの?」

「…いや、すまん、なんでもない。忘れてくれ」


 そう言って苦笑いすると、サトシは1人の世界に入り込んでしまった。


 その日からサトシは、徐々に変わっていった。

 塞ぎ込んだり、寝不足気味にぼーっとしていたり、独り言をつぶやいたり…

 そんなことが多くなっていった。

 多少気になったものの、春休みも終わってしまうので、俺は後ろ髪を引かれる思いで東京へと帰って行った。



 基本的にサトシは…ファンタジーは大好きではあるものの、現実主義者リアリストだった。

 ファンタジーと現実の区別が、きっちりとついているやつだった。

 どっかの誰かさんみたいに…中二病をこじらせて、『喰らえっ!ネバーエンディングフォースフレイム!』なーんてことを口走るようなことは一切ない。


 だから、あいつが"夢"と"異世界"の話を振ってきたとき、『今回は変わったネタを仕入れてきたなぁ』としか思わなかった。

 どうせまた新しいジャンルを開拓してるんだろう。

 そのうち調査が終われば、自慢げに言ってくるさ。

 あの頃は、そんなふうに思っていた。


 だけど…予想は外れた。そんな日が来ることはなかったんだ。




 失踪する直前、サトシから電話があった。


『よぅ、アキ。…お前いまなにしてる?』

「ん?今ちょうど例のゲームの中ボス叩いてるところだ。そんで、どうしたん?」

『…いや、特に用はあるわけじゃなかったんだ。…すまんな、邪魔したな』

「別にいーよ。もうすぐこのゲームクリアすっからさ、そしたら今度帰省した時貸してやるよ。もうちょい待っててな」

『…あぁ、楽しみにしてる。じゃあな』

 ブツッ。プーッ、プーッ、プーッ。


 たわいもない会話。

 違和感など、感じるわけがなかった。


 今にして思うと、あれは…あいつなりの別れの挨拶だったのかもしれない。


 そして翌日…あいつは行方不明になった。






 サトシが行方不明になった直後、まわりは大騒ぎになったそうだ。

 警察がたくさん動員されて、付近一帯で大捜索が行われたと聞いた。


 だけど、あいつは見つからなかった。

 もちろん、俺のところにも警察が来た。あいつが最後に電話をしたのは俺だったのだそうだ。もっとも…直前の会話の内容について聞かれても、当たり障りないことしか答えられなかったけど。

 サトシの捜索は、完全に行き詰まった。


 ただ、サトシも19歳。

 簡単に事件に巻き込まれるような年齢ではない。

 それに、特に目立ったトラブルもなかった。

 …サトシは自分の意思で失踪したのではないか。

 そう判断されるようになってきたのは、自然の流れだった。


 1週間経ち、2週間経ち。

 そしてそのまま…少しずつ世間から忘れられていった。

 覚悟の上での失踪。そう考えられるようになっていったのだ。


 だが、俺は信じられなかった。

 進路で悩んでた?恋愛関係で悩んでた?

 ふざけるな!

 あいつは…そんなくだらない理由で失踪するようなヤツじゃない。

 もしなんかあるのだとしたら…自分には絶対に何か言ってくれるはずだ。


 とてもじゃないが、あいつの失踪を受け入れることができなかった。

 だから、独自にあいつの行方を探すことにしたんだ。


 自分なりにできる範囲で、必死にあいつの行方を探した。

 いろんな人に聞き込みしたりして、まるで探偵のように…


 だけど、なにも出てこなかった。

 それはそうだ。優秀な日本の警察が一生懸命調査しても、何も出てこなかったのだから。


 完全に打つ手がなくなった。

 途方にくれるしかなかった。



 そんなとき…あいつからのメールが届いた。

 失踪からちょうど一ヶ月が経った日のことだった。




 サトシから届いたメールに書かれていた内容。

 それは…呆然としていた俺に行動を起こさせるには充分な内容だった。


『アキラへ。

 突然の俺からのメールに驚いていることだろう。

 実はこのメールは、俺に何かがあった1か月後に自動的にお前に送られるように設定していたものだ。

 だから、おまえがこのメールを見ているということは、おそらく俺は失敗したのだろう。


 さて、本題に入ろう。

 どうやら俺は、"異世界"の存在を突き止めたらしい。


 確証はない。でも、確信はある。

 だから俺は、この"異世界"に乗り込んでみることにした。


 ただ、ひとつ問題がある。

 もしこの考えが正しかった場合、現時点で"戻ってくる方法"が思い浮かばないことだ。


 1カ月間、俺は"戻って"これるようチャレンジしてみる。

 だが、もし"戻る"ことができなければ…

 おそらく俺は二度とこの世界に戻ってくることはできないだろう。

 もちろん、お前に会うこともできなくなる。



 だから、その時を想定してこの自動送信メールを仕掛けておく。

 このメールがお前に届いたということは、俺が"戻ってくる手段"が無かったということだ。

 詳しい内容はこのメールには書かない。

 気になったなら、俺のパソコンを調べてくれ。お前ならわかるだろう?

 パスワードは<****>だ。


 その時には、親友であるお前に頼みがある。

 すべてを見たあと、何も言わずに俺のパソコンのデータを完全消去してほしい。


 二度と、俺のようなアホなやつを出さないためにも。

 そして、俺のことは死んだものと思って諦めてほしい。


 つらい役目だが、頼む。   サトシより。』








「ばっかやろう」


 サトシが残したメールを再読しながら、そう独り言を呟いた。



 いっつもそうだ。

 あいつは何にもわかっちゃいない。


 残念だが、俺は…こんなメールを残されて、黙って頷いてるだけのような男じゃない。

 親友を失って、黙っていられる訳がなかった。


 だから、サトシが残したレポートを、必死に読み解いた。





 ーーーーーーーーー




 サトシが残したレポートの内容。

 それは、はっきりいってトンデモナイ内容だった。


 レポートの中身は、大きく分けて二つの章に分かれていた。一つ目の章が、"異世界"に関する調査記録。そしてもう一つの章が…あいつの身に起こった出来事を簡単にまとめたもの。


 焦る気持ちを抑えながら、それらに手早く目を通していく。



 このレポートによると、サトシが記録を残すきっかけとなったのは、夢の中に"何者か"が毎日のように出現するようになったから、らしい。

 そう、あいつから聞いた話は…すべて実際にあいつの身に起こっていたことだったのだ。



 サトシの夢の中に現れた存在。

 あいつは便宜的にその存在を"天使"と呼んでいた。

 理由は…その背に"白い翼"が生えていたから、らしい。


 "天使"は、最初の頃はぼんやりとしか姿が確認できなかったようだ。

 だが、日を追うごとに…その姿がはっきりとしてきたのだという。

 最終的に確認できた"天使"の姿は、金髪の…大変な美男子だったそうだ。

 …残念だったなサトシ、美女じゃなくて。


 その頃には、夢の中で"天使"が語りかけてきている内容が、"自分を異世界に呼ぶもの"であると確信したらしい。

 そこでサトシは、徹底的に"異世界"や"天使"について調べた。


 神話。

 伝説。

 伝承。

 神隠し。

 異世界。

 別次元。

 などなど…


 サトシのレポートには、世界中のありとあらゆるその手の話が簡潔にまとめられていた。

 さすが天才と呼ばれただけある。よくこれだけの内容を調べたものだ。

 だがその中のどこにも、今回のケースと類似の事例はなかったようだ。


 そりゃそうだろう。

 白い翼の生えたイケメンが、毎晩夢に出てくるなんて…そんな話、聞いたことがない。

 もっとも、これが若い女の子だったら喜ぶのかもしれないけどさ。


 でも、逆にそれが…あいつが『これは本当に"異世界"から自分を呼ぶ"呼び声"である』と確信する決め手になったようだ。レポートの中には殴り書きのようにこう書かれていた。

 【これが美女だったなら、『あぁ。こんな美女が出てくるんだから、これは夢に違いない』と思えたのにな。くそっ、俺はホ●じゃねーっつーの。】

 …まぁ確かにそうだな。


 そんな…徐々に具現化してくる夢の中で、ついにあいつは"夢の中の天使"から、"あるもの"を渡されたらしい。

 手渡されたのは、レポートによると…なにかの"プログラム"だったのだそうだ。


 夢から覚めたあとでも、そのプログラムはサトシの記憶にあった。言葉では表現できないほど難解で作りにくいものだったらしい。

 だからあいつは、そのプログラムを必死になって残した。

 それこそが…このフォルダにある"正体不明のプログラムソース"らしい。


 与えられたデータ量は相当な量だったらしく、およそ1ヶ月近くかけてサトシはプログラムを完成させた。

 そして、最後に…このプログラムを実行するところで、このレポートは終わっている。



 最後まで読み終わって、大きく息を吐いた。

 気がついたら、外の景色は夕焼け色に染まっていた。

 麦茶の中の氷は、完全に溶けていた。


 …ずいぶんと長い時間、レポートの中身を読んでいたらしい。

 レポートが書かれたファイルと閉じると、疲れ果てた目頭をゆっくりと指で揉んだ。


「…サトシのやつめ…。ったく、なにが"異世界へ行くプログラム"だよ。アホかっての」


 自分の中で結論は出た。

 このレポートは関係無い。ミスリードだ。

 だって…夢の中に"天使"が現れて、異世界に連れて行くプログラムをくれた、だぜ?

 そんなの現実的にありえないだろう?バカげてる。


 …たぶんサトシは、別件で行方不明になったのだ。

 それがたまたま、俺に【遺言メール】を残してたタイミングだったのだろう。

 …正直、そうとしか思えない。


 状況は、完全に振り出しに戻ってしまった。

 また1から調べ直しだ。




 改めて、サトシが残したプログラムに目を通してみた。

 サトシの夢の中に現れた人物…"天使"が遺したといわれるもの。

 素人の自分にはさっぱりわからなかったが、少なくとも…こんなヘンテコリンなプログラムで異世界に飛べるとは到底思えなかった。


「ったく、こんなわけのわからないもの残しやがって。俺にどうしろって言うんだよ」


 アホらしくなって、とりあえずのそのプログラムをダブルクリックしてみた。

 こんなもんで異世界に行けるなら、誰も困らねーっつーの。



 すると、パソコンの画面に真っ黒になった。


「えっ?」


 続けて、コマンドプロンプトのような画面が現れた。

 ものすごいスピードで、意味不明なアルファベットが流れていく。



 ーーーー 


 #include <stdio.h>

 #include <stdlib.h>

 void main( )

 C:¥Windows¥system32¥gwin.barvatos

 public class RemoveFileExtension {

  public static String removeFileExtension(String filename) {

  int lastDotPos = filename.lastIndexOf('.');

  if (lastDotPos == -1) {

  return filename;

  } else if (lastDotPos == 0) {

  return filename;

  } else {

  return filename.substring(0, lastDotPos);


 ーーーー



 これは…もしかして、プログラムが実行されている?



 そう思った、次の瞬間。

 右手に嵌めた"宝物"の"指輪"が、突如赤い光を発しだした。


「…へっ?」


 そう。"宝物"である"オモチャの指輪"が…光りだしたのだ。

 もちろん、こいつにそんな機能はついてない。なにせ単なるオモチャだ。


 突然光りだした"宝物"にアタフタしていると…今度はパソコンのディスプレイに異変が起こった。

 突如、強烈な光を発しだしたのだ。

 それは、まさに閃光と呼ぶにふさわしいもの。一瞬、爆発したのではないかと錯覚するほどに。


「…なっ!?」


 現象はそれで収まらなかった。

 続けて、ディスプレイから溢れた光が…まるで波のように押し寄せてきたのだ。

 思わず目を瞑る。抵抗する暇もなく、光の波が…全身を包み込んだ。

 それは止まることのない、光の波動。打ち寄せてくる激しい力。まるで…自分が台風の時の防波堤になったかのよう。

 …同時に感じたのは、自分の体と魂が分離させられるかのような、凄まじい違和感を覚えた。


 次から次へと襲いかかってくる、光の濁流。


 そして…

 次の瞬間、俺の意識は…その"光の濁流"に流されていった。

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[一言] 寝る前のふとした拍子にあんな感じの小説あって面白かったなぁ〜っと頭を過ぎって読みに来ちゃいました。 連載してた頃は更新の度に読んでたんですけど、70話辺りでリアルが忙しくなって読まなくなって…
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