Part.ⅩⅢ
∬
-数日後
「で、そのスケッチブックには、何が描かれていたんだ?」
喫茶探偵事務所のカウンターで、アイス珈琲を飲んでいる神崎がアリサに言った。
「ですから、家族の絵ですよ」
「いや、それは解ったって。どういう家族の絵なのかを聞いてるんだよ」
「普通ですよ。三人が微笑んでいる絵です」
「ふーん」
―カランカラン
「お姉ちゃん!!」
「美優ちゃん、いらっしゃい」
ニコリとアリサは美優に微笑みかけた。
「ご無沙汰しています」
「お久しぶりです」
「はい。あの、これ、依頼費とお土産です」
「え?!お土産まであるんですかっ?!」
アリサは、紙袋二つ受け取ると嬉しそうな顔をした。
「有り難うございますっ!!」
「あの…本当に依頼費は、そちらの物で宜しいんでしょうか?」
「はいっ!寧ろ、こっちの方が嬉しいですっ!!」
「そ、そうですか?」
はは、と晃は苦笑した。
美優はというと、神崎の隣のカウンター席で眠っている紅葉を撫でていた。
「うさぎさん♪うさぎさん♪」
「ふ・・・この可愛さが解るとは、お前も見る目があるじゃねーか」
「美優も、あれからスッカリ元気になりました。今では、智恵の描いたあの絵を大事に飾ってあるぐらいですから」
「ふふっ、そうですか」
「写真でしか見たことない母親に名前を呼ばれ、触れられ、抱き締められた。それが最期でも、美優には幸せだったんでしょう。さて、そろそろ行かなくては」
「どちらに?」
「私達は、今、智恵との思い出の場所を巡っているんです。美優にも、同じ景色を見せようと思って」
「そうなんですか」
そう言うと、アリサは微笑んだ。
「美優、そろそろ行くよ」
「は~い」
「美優ちゃん、また来てね」
「うん!ばいばい、お姉ちゃん、おじちゃん!」
―カランカラン
そう言うと、美優と晃は店を出たのだった。
「お、おじっ?!あいつっ、また?!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
アリサは、ルンルン気分で紙袋から箱を取り出した。
「で、今回の品は何なんだ?」
「ふ、ふ、ふ!今回は、羽田空港にあるホーニッヒアッフェルバウムです!!」
じじゃーん!と、箱からそれを取り出し掲げるアリサ。
「丸いな」
「はい!丸いバームクーヘンなんです!!しかも!!中には、林檎も入ってるんですよ!!」
「わ、解ったから落ち着け」
「食べるのがもったいないっ!けど、食べますっ!!」
「…それ、前も言ってたよな…」
「いただきま~す♪」
―パクリ
と、丸かぶりしたアリサに神崎は驚いた。
「お前なっ!フォークを使え、フォークを!!」
「ふぉれふぁ、ふぅへはっふぁんふぇふ」(訳:だって、これが夢だったんです)
「だ~か~らぁ、食い終わってから喋れっての!」
―モグモグモグモグモグモグモグモグ
モグモグモグモグモグモグ
「長いわっ!!」
―ゴクリ
と、口の中に頬張った物を飲み込んだアリサ。
「ふぁ~…お、美味しい~幸せ~ぇ」
ほわわ~と、幸せな顔をするアリサに、神崎は疲れきった表情で頬杖をついた。
「不思議だったんだけどさ。何で智恵は、美優に触れる事が出来たんだ?霊は、基本触れる事は出来ないはずだ。ここの物以外は」
アリサは、フォークで、小さく切り取ったバームクーヘンを口に放り込んだ。
「はむっ…もぐもぐ…そりぇはれすね~」
と、言いながらアリサは神崎の前に一枚の長方形の紙を置いた。
「なんだこれ?」
「ん、これは、お札みたいな物です。これを店の中に貼ると、短時間ですが、霊も人に触れられるようになるんでふ…もぐもぐ…」
「へぇ~、この紙がね~」
神崎は紙を持ち上げ、ペラペラと振った。
アリサは、それを神崎から奪い取った。
「大切な物なんですから、丁重に扱って下さいっ!」
「それ、何処で手に入れたんだ?」
「これは、私のお祖父ちゃんが作った物です」
「祖父さんが?」
「はい。もぐもぐ…もぐもぐ」
「……………」
(相変わらず、祖父さんの正体が解らん……)
と、内心思った神崎だった。