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7.気付いただけで上出来だ

 カルマは大国であり、その王都カマラは大国に相応しい威容を備えている。

 別名、赤の都。

 赤砂岩で造られた要塞を思わせる武骨な城。それを囲むように地平まで広がる街。整然と立ち並ぶ土造りの建物にもまた、城に合わせて赤褐色の漆喰が施されていた。

 さらに、母なるサラワティ川の大いなる流れが東西を渡り、この大きな都を潤している。

 とにかく広い。

 そして、目的地であるダルリドルラは、カルマの北の外れにある。急ぎ足で来たけれど、結局二時間以上かかってしまった。

 ある一定の場所に来た時から、景色は一変する。

 赤褐色の建築物ばかりのカマラだけど、王城から遠く離れたこの区画だけは別だ。

 むき出しの地面。柱と薄っぺらな板を組み立てただけの粗末な家が、所狭しと、まるで寄り添うように建てられている。

 その光景が目に入った瞬間、私は思わず立ち竦んでいた。

 七年前と、まるで変わらない。

 あの子は…まだここに居るのだろうか。

「どうした? ビビったのか」

 いつまでも動かない私の様子を窺うようにルディが顔を覗き込んでくる。そのくせ、声に笑いを含んでいるのがルディらしいけど。

 でも、そのお陰でいつもの私らしくない感傷的な気分が頭を引っ込めたようだった。

「あーら。そっちこそ、大丈夫? 王子様なんだから荒事には慣れてないんじゃない?」

 ルディを真似て、にやり、と笑ってみる。

 それを敏感に悟ったのか、ルディが、じろりと私を睨んだ。

「自分の身くらい自分で守れるぞ」

 といっても、しょせん護身術程度だろう。

「まあまあ、私の方が断然強いんだから、遠慮なく守られてなさいって!」

 私は、ぽんぽんとルディの背中を叩いた。

「……ふん、自分の力を過信して足をすくわれなければいいけどな」

「うわ、可愛くな~い!」

「正論だろうが」

 油断大敵。そんなこと言われるまでも無い。

「私を、〈闘〉の契印者(シャクティナ)をなめるなよ~!」

 わざとおどけて言ってみたけど、ルディは生温かい視線を寄越しただけだった。

 ノリが悪いなあ、もう。


 ダルリドルラに入り、更に数分歩く。

 絹を纏ったルディと小奇麗な格好をした私は、当然ながら浮いていた。

 ダルリドルラの住民が、遠巻きに私たちを眺めている。息詰まるような視線。その目に浮かぶ感情は、不安と警戒、そして好奇心だ。

 あけすけな視線を向ける割に、彼らは決してこちらに近寄ってこようとはしない。まるで、野生の生き物のように。

 私はさり気なく彼らの顔に視線を走らせた。

 異民族と言っても、その大半はカルマ人と変わらない髪や目の色をしている。もちろん、中には淡白な顔立ちをしていたり、色素が薄いなど明らかな異相を持つ者もいるが。

 幸か不幸か、ク・シュナの民はいなかった。

 もしかしたら、ク・シュナの民を非公式に保護しているアウランガ国に渡ってしまったのかもしれない。

 その時、思いもよらない声が背中を叩いた。

「よっ、王子。また情報買ってくれんのか?」

 鈴の音のように高い声だった。

 驚いて振り返った私の目の前で、ルディがしゃがみこんでいた。

「シドゥリじゃないか!」

 え? まさか知り合いなの!?

 それは、見た目で判断するなら、九、十才くらいの女の子だった。

 幼いながら綺麗な顔立ちをしている。

 少しだけ目尻のつり上がった大きな瞳は、潤むようにきらきらと輝き、その強い個我を訴えかけているようだ。つんと上を向いた小さな鼻と薄桃色の唇。緩やかに波打つ髪は背中まで伸ばしている。

 ダルリドルラの住民らしく、よれよれのカミーズとシャルワールの上下だったけど、華やかな色のサリーで着飾らせたら、大輪の蓮の花のように美しくなるだろう。

 いや、じゃなくて。

 そんなことより、重大なのは、深層の王子様・ルディに、不可触民(アチュータ)の知り合いがいた事実の方だ。

 早速、問い詰めないと!

 しかし、そんな私の思いをよそに、二人は会話を弾ませていた。低い位置で話してるせいもあるけど、どうにも入り込む余地が無い。

「王子が一日に二度もこんな貧民区に来るなんて、どうしたんだ?」

「ああ、ちょっと確認したい事があってね。それよりも、シドゥリの情報のお陰で、無事ガルダを救出できたよ」

「当然だ! 私の仕事は完璧だからな!」

 シドゥリと呼ばれた女の子は、短い手を腰に当て、得意げにふんぞり返った。

 それを見るルディの目が優しく和んだ。

「シドゥリのような頼りになる情報屋と知り合えて、俺は幸運だったな。ヴィクラムに感謝だ」

 へえ~、ルディって小さな子には、こんな顔もするのか。意外な一面があったものだ。

「あのオッサン、最近見ないな。病気か? 死んだら教えろよ。対価は情報だけどさ」

 さっきから気になってたんだけど、この子、見かけによらず口が悪いよね。

「生憎と、彼は元気だよ。警吏府が今ちょっと立て込んでて、忙しくしてるだけだ」

 そう言った途端、シドゥリの潤みを帯びた目が、ぱあっと輝きを増した。

「立て込んでるだと? 何かあったんだな!」

「本当に、情報に対しては貪欲だな」

「メシの種だから当然だ。で、どうなんだよ」

 しかし、ルディは答えず、意味ありげな微笑を浮かべているだけだ。

「……悪い。情報屋としての領域を踏み間違えたようだな」

 シドゥリはあっさりと引き下がる。全然知らない子だけど、私は何となく意外に思った。

「誰かと違って、シドゥリは察しが良くて助かるよ」

 ちらっと私を見るルディ。何が言いたい?

 すると、ルディの視線につられるように、シドゥリも私を見た。

「誰、こいつ?」

 こ、こいつって! こっちは年上だぞ~!

「私は…」

「城の警備兵だ。今日は俺の警護をしてもらっている」

 私の言葉を遮るように、ルディが答えた。

「こんな弱そうな奴を?」

 シドゥリの目が妖しく光る。

「〈闘〉の契印者(シャクティナ)だ。警護としては最高だろう?」

 にっこりとルディが笑う。

 変だな。

 ルディにしては愛想が良すぎる。

「個人的な望みの為に、貴重な契印者(シャクティナ)を使えるとは、王子って良い身分だよな」

 シドゥリは台詞にあからさまな毒を含ませてきた。しかし、

「彼、今日は非番なんだ。俺の個人的な望みに、個人として協力してくれている」

 するりと躱す。

 シドゥリは、ぺろっと舌を出した。

「ちぇ、これくらいじゃ崩れないか」

 それを合図のように、ルディは腰を上げた。

「じゃ、また何かあったら宜しく頼むよ」

 言いながら、急かすように私の背中を押す。

 私は微妙に釈然としないものを感じながらも、黙って歩を進めた。時間が無い事を忘れたわけじゃない。

 ふと振り返ると、シドゥリがじっとこちらを見ていた。

 見送ってくれてるのかな。

 そう思って、軽く笑い、手を振る。

 返ってきたのは、全力のあかんべえだった。



「ルディ、いつの間にあの子と知り合ったの?」

「警吏府の人間に紹介してもらったんだ。ガルダの居場所を教えてくれたのはシドゥリだよ」

「そういえば、言ってたね」

 私は先ほどのルディとシドゥリの会話を会話を思い出す。

「なんか、凄い子供だったね」

 と、私は感嘆のため息を吐いた。

「そうだな。逞しいというか強かというか。こちらの言葉尻を敏感に捕らえて、欲しい情報を絞り取ろうとするからな」

 だから、とっとと退散したと、ルディは苦笑を漏らした。

「…うわー」

 ルディが私と話させなかったわけだ。

 シドゥリって見かけは愛らしい子供だから、情報屋だって分かっていても、私の正体とか、ガルダと水輪の彼方の国の事とか、うっかり口を滑らせていたかもしれない。

「ま、俺の場合は、〈言読〉が防衛になるから実害は無いけどな」

 あれ?

「ルディが、〈言読〉の力を好意的に話すなんて珍しくない?」

 ルディは首を傾げた。

「そうか? ああ、そうかもしれないな」

 何だろう、歯切れが悪い。

「あ、それならさ、情報収集って点にかけては、シドゥリより有利じゃない?

 だって、相手に尋ねて、何でもいいから喋らせればいいんだもん」

 その途端、ルディの表情が一変した。

 ひどく驚いているようだった。

「どうしたの?」

「お前…」

 と、二人の言葉が重なる。

 ルディは半拍ほど置き、

「今頃気づいたのか」

「……えーと、それは私が鈍いって遠回しに言ってるのかな?」

 言われ慣れてるから、もはや腹も立たない。それはそれで悲しいものがあるけど。

「いや」

 ルディは真顔だった。

「気付いただけで上出来だ。心底驚いたよ」

 読んで頂いてありがとうございました!

 ちみちみと盛り込んだ割には、ほとんど話が進んでませんね~。本当は戦闘シーンまで書きたかったのですがw

 では、次回も読んで頂けたら幸いです。ありがとうございました。

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