4.何度目の今更だ?
それなのに。
どういうわけか、ルディがガルダの話を聞き、私がその通訳をすることになったのだ。
「情報を整理するって言ったのに、私だけ事実上の仲間外れじゃん!!」
私が目を吊り上げて抗議すると、ルディは半目でこう返す。
「アホが絡むと情報の整理どころが、四方八方に散らかされるからな」
「そ、そんなことしないもん!」
「神鳥ガルダを知らなかったくせに」
「ぐっ」
そこを衝かれると痛い。
助けを求めるように私は右肩に止まったガルダを見た。が、知らん顔で羽づくろいをしている。
「どうやらガルダも同意見のようだな」
勝ち誇ったように、にやりと笑うルディ。
さっきはすごく優しく笑ってくれたのに、何分もしないうちにこんな悪魔みたいな顔が出来るなんて、信じられない!
でも、それがルディなんだよねー。
きついこと言うけど、優しさも偽りじゃない。なんて面倒臭い奴なんだろう。
「訊きたいことは三つだ。まず、水輪の彼方の国とは、どういう所なんだ?」
(汝らの世界を、『俗界』と呼ぶような所だ)
「謎かけのように漠然とした答えだな」
(具体的に答えてやっても良いが、今それを知ることに意義はあるか?)
「無いな。質問を変えていいか?」
(構わぬ)
「ガルダは何故こちらの世界に来るんだ?」
(習性だからだ。儂らは水輪の彼方の国で生まれるが、成鳥となったら『俗界』へ渡ってくる。そして、番う時が来たら相手を探し、雛を育むために、再び水輪の彼方の国へと戻るのだ)
「世界を越える渡り鳥というわけか。では、御身もまた番うために戻るのだな」
(無論だ)
「相手はどうした?」
(今ははぐれておるが、水輪の彼方への国への道が開けば、輪気の風が吹く。連れ合いも、すぐに気づいてやって来るだろう)
「なるほど。これが、知られざるガルダの生態か。実に興味深い」
(汝は知的好奇心を満足させるために、儂との語らいを望んだのか?)
「手厳しいな。が、御身を象徴として戴く王の子としての感慨だと思い、赦されよ」
(うむ。では、最後の質問を聞こうか、カルマの王子よ)
「では…輪環の巫者が水輪の彼方の国への道を開くにあたって、場所や時間などの条件はないのか?」
(この、使えな…いや、幼き輪環の巫者に可能なのか?)
「能力は間違いなく潜在している。それに、その発露を俺は何度か見ている。試す価値はあると思うが」
(ふむ。では、教えよう。水輪の彼方への道が開かれるのは、月の無い夜、境界においてのみである)
「境界とは、どこにある?」
(どこにでもある。汝らがやたら有難がっておる、あの大きな川もそうだ)
「サラワティ川か! もしや、水輪の彼方の国は『聖域』なのか」
(汝らがそう呼ぶのは汝らの勝手だ)
「ふっ。そういえば、御身は神鳥だったな。忘れかけていたが」
(ふん、尻に卵の殻がついたひよっこが、ほざきおるわ)
「……聞き捨てならないな。侮辱的な表現は撤回してもらおうか」
(断る)
「トリモチ」
(ぎくっ! …お、おい、これは訳すな!)
「神鳥たる御身が、まさかトリモ…」
(分かった! 前言は取り消す!)
「ご寛恕、痛み入る。……ぷっ」
疲れた。
初めて聞く単語が次々に出てくるし、ガルダは勿体ぶった喋り方するしで、頭がふやけそうだよ。
「ご苦労。ちゃんと言いつけを守って、俺たちの会話に口出ししなかったな。偉いぞ」
「ていうか、内容が難しすぎて口出しする暇なんて…はっ」
遅かった。
「そうだったな。高尚な会話に切り込む技なんて持ってる…わけ…無いか…!」
語尾から笑いをこらえるように震えていたが、言い終えた途端、席を切ったようにお腹を抱えて笑いだすルディ。
「わ…笑いすぎ!」
「ひゃっーはっはっは! だって、おま…くっくっく…」
くそぉぉ! この笑い上戸王子が!
「そんなことより!」
私は肩の上でしょんぼりと翼を垂らすガルダをちらっと見て、
「何であんなこと言ったのよ、ルディ」
「あんなこと?」
ルディは目尻に溜まった涙を指で拭った。
「とぼけんな! トリモチのことよ!」
その言葉が出た途端、ガルダは、きっと私を睨みつけた。が、すぐに目を伏せる。
(この儂が、トリモチなどという、古典的かつ単純な罠で捕まるなど、屈辱の極み…)
「ほら、落ち込んでるよ。可哀想に」
「うるさいな。助けてやったのに、偉そうなことばかり言うから、ちょっと懲らしめてやろうと思ったんだよ!」
ルディは口を尖らせた。
「う~ん。確かに、助けてあげた人にあの態度は無いよね…って、それ初耳なんだけど!?」
そういえば私、何だかんだで、ルディとガルダの関わりをちゃんと聞いてなかったんだ。
「何度目の今更だ? それは」
ルディは私の鼻先に人差し指を突き付けた。
妙な迫力に気押され、私は後ずさる。
「だ、だって、いきなりガルダが喋ったり、水輪の彼方の国とか輪環の巫者とか、私、いっぱいいっぱいで…」
「それでも、俺が供も連れず、密売品のガルダと一緒にいれば、変に思うのが普通だろ」
「……だよね」
私は、はあ~と大きな溜め息を吐いた。。
本当に、私ってどうしてこうなんだろう。
目の前の物事に捉われると、それまで考えていたことさえも、頭の中から消し飛んでしまう。落ち着きなく行動が散らかる。これじゃルディにアホと呼ばれて当然だ。
「…なんて、俺もわざと言わなかったんだけから、おあいこだけどな」
「え?」
目線だけで、「どうして?」と訴える。答えは間を置かず返って来た。
「ガルダを救い出し、警吏府へ届けること。それが、俺に課せられた任務だったんだ」
だから、ちょっと言い出しにくくてな、とルディは軽く肩を竦めた。
警吏府。それは文字通り、市中の安全を守り、罪人を取り締まる機関だ。
「ちょ、ちょっと待って! ルディ、警吏府に入ったの!?」
一体いつの間に。寝耳に水じゃないか。
「いや。入れるかどうかは、この任務の成否にかかっている」
肩の上にいるガルダが身じろぎする気配があった。私は咄嗟に尋ねる。
「警吏府に連れて行かれた後、ガルダはどうなっちゃうの?」
「健康状態を調べられた後、元の棲みかに帰されるだろう」
それを聞いて、ほっと息をついた。
「だったら、水輪の彼方の国へ送り返すのはその後でもいいよね」
その間に、アウランガ国のク・シュナの民の所へ行くことも出来る。連花警備隊は二、三日なら休ませてもらえるだろう。
しかし。
(儂は警吏府とやらには行かぬ)
「ガルダ? 大丈夫だよ、捕まえられるわけじゃないんだから、ほんの少しだけ我慢して」
「そうそう。美味い食餌も出すぞ」
「えっ! まさかルディにもガルダの声が!?」
「いや。お前の思考を読んだ。これからは、ガルダの言葉を頭に思い浮かべながら話せ。いちいち訳さなくて済むからな」
さすがルディ!
と、声に出して褒める前に、ガルダの焦った声が伝わってきた。
(違う! 月の無い夜は今日なのだ!)
「月の無い夜って、さっき言ってた水輪の彼方への道が開くって条件の?」
私は確認するつもりでルディを見た。
「新月なら、二週間でまた巡って来る。それまで待てないのか?」
(どうしても、今日でなくては駄目なのだ)
切羽詰まったような声。私はガルダの背にそっと手を添えた。
「理由があるんだね」
(実は…儂らの卵が、明日か明後日には生まれるのだ)
水輪の彼方の国でなくては、卵は孵らない。
ガルダは、そう付け加えた。