1.そういえば
週に一度の非番の日、私は久しぶりに万市へとやって来た。
カルマ王都カマラで最大の規模を誇るこの市では、三百以上の露店や屋台が出る。商品の種類も幅広く、食べ物から日用品、衣類や装飾品など、普通に生活する上で必要な物なら何でも揃う。「万」とは店の数ではなく、数多の物が売られている意味だと知ったのは、つい最近のことだ。
天気も上々で、昼下がりの万市は人であふれていた。男は白か淡い色のクルタ・パージャマを着、さらに頭にターバンを巻いている人もいる。対して、女はカミーズとサリーの組み合わせで、その色は男とは対照的に、赤、青、黄、緑、白など色とりどりに装っている。
人々が集うと、静寂は去る。飛び交う売り声、人々の雑談、そして人混みを押し通ろうとする荷車の周りで上がる怒声。
相変わらず、活気があって雑然とした所だ。
これじゃ、あの店を見つけるのは一苦労だな。私はぼやきつつ周囲を見回した。
最近、私が籍を置く、「連花警備隊」の間では万市で売られている、「スワードゥ」という新しいお菓子が評判になっていた。
休日に、わざわざ万市まで出向いたのは、勿論それが目当てだ。
因みに、連花警備隊とは、王以外男子禁制の後宮を守る、女子だけで構成された部隊だ。戦闘を生業にするとはいえ、曲りなりにも女子の集団なので、こういった情報には敏い。
話によると、スワードゥとは、米粉にココナッツミルクと砂糖をたっぷり入れて焼いた、もちもち食感のお菓子だという。
私は拳をぐっと握り締めた。
そんなの、絶対に美味しいに決まってるじゃないか!
「くく、うふふふふふ」
と、まだ見ぬスワードゥへ想いを馳せていた時だった。
ごん! と後頭部に衝撃がきた。
「痛っ…って、ルディ!?」
腰を落とす、剣の柄に手をかけ…ようとしたけど今日は丸腰だった! ええい、ともかく下がって対面にする! の動作を一瞬でこなしたところで、私はぽかんと口を開けた。
「ラクシュ。お前、なに往来の真ん中に一人で笑ってんだよ。気持ち悪いだろうが」
そこには、切れ長の目を不審そうに眇めながら口は笑いの形に歪める、という器用な表情を作って、知己の少年が立っていた。
艶やかな黒髪に、目鼻立ちの整った端正な容貌。すらりとした優美な佇まい。
稀に見る美形だと言ってもいいだろう。
口さえ開かなければ。
容赦のない罵詈に、私は猛然と抗議した。
「き、気持ち悪いって何よ! しかも、女の子を後ろから叩くなんて、最っ低!」
しかし、ルディは怯むこともなく私の頭に視線をやり、
「は? 女の子?? その格好でか」
なんて、にやにや笑ってる。
ん? 格好??
「うわあ! 忘れてた!」
そうだった。今日は、ターバンを巻くために、白のクルタ・パージャマを着てたんだっけ。つまり、立派な男装だ。
因みに、ルディもカルマ国男性の標準服である、クルタ・パージャマだ。それも絹の。ターバンだって刺繍入りの洒落た物で、わざと布を余らせて肩の上でぐるりと巻いている。
人と物でごった返す庶民の市にはそぐわない垢ぬけた格好だ。が、本人はことさら飾り立てているわけじゃなく、これで普段着なんだからしょうがない。悔しいけど、似合っているし。
ルディは片眉を上げた。
「お前、まさか後宮仕えをこじらせて、そっちの趣味に走ったんじゃないだろうな」
「んなわけあるか! 銀髪を隠すのに、ターバンがちょうど良かっただけよ!」
カルマ国の人々は、その大半が黒目黒髪だ。だけど、異民族の私は、髪は銀髪だし目の色も濃い紫色をしている。目はともかく、髪は隠さないと目立つことこの上なかった。
「四姓制度を気にしてんのか? だけど、お前は、第二階級の『士族』じゃないか」
カルマ国は、徹底した階級社会だ。異民族であることは差別の対象となる。観念として。
「だから、堂々と銀髪を晒せって?」
「まさか」ルディはわざとらしく肩を竦め、
「そんなことより、銀髪を隠すためなら、黒の髪粉を使えばいいじゃないか」
本来は白髪染めに使われる物だ。もちろん、万市でも手に入る。
「やだよ。ちょっと買い物に出るだけなのに、わざわざ染めるなんて、面倒くさい」
げー、という顔をすると、ルディは呆れたように溜息をついた。
「面倒くさいって理由だけで男装を選ぶなんて、女として致命的に間違ってるとは思わないか? それでよく『女の子に向かって』なんてご高説を垂れてくれたよな」
「うっ」返す言葉もない。
「だけど、まあ…」
言いながら、ルディは私の肩に手を置いた。真剣な眼差しが私を射抜く。遮る間合いのつかみにくい、流れるような動作で顔を覗きこまれ、反射的に顎を引いた。女の子にしては長身の私とルディの目線の高さはほぼ同じ。息が触れるような至近距離だ。
「な、何よ?」
その声は我ながら、不自然にぎくしゃくしていた。何しろ、ルディは綺麗な顔をしている。私でなくたって焦るだろう。
やがて、
「正解だ」ルディは私から離れながら言った。
「??」
真顔で脈絡なく言われ、きょとんとする私。
「よく見ると、お前、俺よりも男前だな。さっきはああ言ったが、その格好で正解だ!」
言い終えた瞬間、今まで堪えてたと言わんばかりに、ルディはお腹を抱えてげらげらと笑いだした。
「こ、この……」一瞬で、かっと頭に血が上った。
「また人のことからかって! 説教してやるから、そこに直れ!」
と、怒鳴りつけた途端、ルディは笑いを呑みこんだ。その表情が滑稽にも見えて、少しだけ溜飲が下がる。
「あ、あほか! 〈闘〉の契印者が、普通の人間を殴ろうとするな!」
「あれ? 何で分かったの? 二、三発、ぶっ叩いてやろうって思ってたこと」
「…言外にだだ漏れだった」
「ああ!」私はぽん、と手を打った。「言読か」
私が戦闘能力に特化した、〈闘〉の契印者であるのと同様に、ルディもまた、〈言読〉の契印者という能力者だった。
その力は、人が発した言葉に潜む意思を読み取るというもの。つまり、ルディに嘘は通用しないし、いくら表面で取り繕っても、本音は筒抜けになるということだ。
合点がいった、という態度丸出しの私に、ルディは苦笑した。
「お前って、本当に変な奴だよな。本音を読まれても、ぜんぜん嫌がらないんだからさ」
一般的に、〈言読〉は歓迎される能力ではない。ごく善良な人々だって仕方なく嘘をつく事はあるし、言葉の裏側に秘めておきたい気持ちだってあるだろう。人は本音と建前を使い分ける生き物だから。
私は、にっこりと笑った。
「だって、ちゃんと言ってから叩くつもりだったから。あ、もちろん、軽くだよ」
「そんな物騒な事を爽やかな笑顔で言うか! 本当に信じられない女だな」
文句を言いながらも、ルディはけらけらと楽しそうに笑っていた。私もつられて笑う。
この感じ、好きだな。ルディが楽しいと、私も楽しい。
多分、誰よりも〈言読〉を忌み嫌っているのは、当のルディだろう。
何しろ、〈言読〉の契印を消すために、お忍びで異国を旅した事もあるくらいだから。
その時、お供をしたのが何を隠そう、この私だったりする。それが縁で、今は友達づき合いしているわけだけど。
「……て、そういえば」
「どうした?」
独り言だったのに、ルディは意外と耳聡い。
「王子様が、こんな所に一人で何してるの?」
読んで頂いてありがとうございました!
因みに初投稿です。一応はオリエンタルなファンタジーを目指してますが、そのせいで読みにくくなってたらどうしようかと冷や冷やしています。
ともかく、最後まで頑張って描ききりたいと思いますのでよろしくお願いします。