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 にこにこと微笑んでいた神官長様が、すっと真顔に戻る。


「そんな戯言ではなく、本題は何かしら?祭宮さま」

 苦笑いを浮かべ、ウィズが顔を祭宮の顔に戻す。

 二人の切り替えの早さは一級品だわ。

 見習いたいくらい。

 とは思っても、育ち方が全然違うから、王族とただのパン屋の娘だもん、きっと同じように出来るようになるわけがない。


 こういった時に私に出来るのは、ただ淡々と教えられたように巫女らしくすることだけ。

 本当は背中をどかっとソファにもたれて座りたいけれど、それはお行儀が悪いから、背筋をしゃんと伸ばして、足をきれいに揃えて座ったまま、じっと余計な事は話さずにいる。

「ええ、ご神託を頂戴したくて参りました」


 二人の視線が一度に自分に向けられるので、一瞬言葉に詰まる。

 ちょっと考えればわかる事なのに、全然予想していなかった。

 意識的にさらに背筋を伸ばして、神官長様を見てからウィズに向き直る。


「ご神託を?」

「ええ。国王陛下ならびに皇太子殿下から、ぜひご神託をとの事です」

「陛下だけではなく、皇太子殿下からもというのは珍しいですね。どういったことでしょうか」

 今まで陛下からというのは何度か伺ったけれど、皇太子殿下からというのは無かった。

 どのような事なのか、全く想像が付かない。

 いうならば、巫女と祭宮は自然界を司る水竜と、人間界を司る国王陛下を繋ぐ架け橋のようなもので、祭宮からご神託をと言われる時には必ず陛下からのものだったのに。

 なぜ皇太子殿下が…。

「皇太子殿下の即位の時期を。また水竜様にご承認頂けるかどうかをお伺いに参りました」

 黙っていても顔に出たのかもしれない。国王陛下が退位するということではなく、皇太子殿下が即位するという言い方をウィズがしたのは。


「確かまだ陛下は五十代に手が届くくらいの御歳だったかと思いますが、もうご退位をお考えですの?」

 それまで黙って成り行きを見守っていた神官長様が口を開いた。

 あんまり王室事情には詳しくないので、その辺はよくわからない。けれど、神官長様が言うならそうなんだろう。

「ええ。そのようにお考えです」

「まあ、陛下が即位されてからもまだそんなに経っていないというのに、もうご退位とは。それにまだ皇太子殿下もお若くていらっしゃるのに」

「何かお考えがあるのでしょう」

 理由は話すつもりは無いという雰囲気で、きっぱりとウィズは言い放った。

 その言葉は神官長様というよりも、私、ううん、私の後ろにいる水竜に向けられたもののような気がした。

 詳しい理由はわからないけれど、でもこんな雪の日に、寒いのが嫌いな祭宮を「新年の挨拶」にかこつけて神殿に向かわせたのだから、もしかしたら切迫した事情があるのかもしれない。

 それを水竜に納得させるかのような、強い意志を感じる。




 ウィズと神官長様の目線を避けるように、雪の向こうの、目に見ることは出来ない奥殿へ目を向ける。

 心の中でレツを呼ぶ。

 私だけが聴こえる、この世でただ一人の水竜の声を聴くために。

 呼びかけるとしばらくして、まるで自分が奥殿の中にいるかのように、レツとの間の距離感が無くなる。




 レツ。国王陛下と皇太子殿下から。ご神託を、って。


 ――ん?皇太子が何でまた。このくそ寒いのに来たのは、神託が欲しかったからなんだ。で、何て?


 あのね、皇太子殿下の即位の時期と、レツが殿下の即位を承認してくれるか、だって。


 しばらくの間があって、レツが苛立たしそうな声を上げる。


 ――ふーん。勝手にすればって言っといて。


 レツ?


 ――だってさ、ボクが何を言ったって絶対即位するに決まってる。ただお墨付きが欲しいだけなんだろ。


 でもわざわざこんな日にきたんだから、きっとそれなりの事情があるんじゃないの?


 ――事情?なんでこのボクがそんなものに振り回されなきゃいけないんだ?サーシャ、よく考えてみて。


 考える?何を?


 ――雪の間、ボクの顔を見ない間に忘れちゃった?


 何を忘れているって言うんだろう。

 だってご神託が欲しいって言ってきたのに。いつもはすんなり言うのに、今回に限って何で。


 ――サーシャ、ボクは人の「まつりごと」には一切関わらない。「祭事」のことだったら関わるけどね。


 ――そこの頭空っぽそうな形だけの「祭宮」に言っといて。勝手にしろ。これ以上は何も無い。


 勝手にしろって言うの?そのまんま??


 ――オブラートにうまく包むのが巫女の役目じゃないか。頑張ってサーシャ。


 くすくすっとレツが笑って、そして突然プツンとレツとの距離が遠くなった。




 オニだ。絶対オニだ。うまい言い回しを私が簡単に思いつくわけがないじゃないのよ。

 絶対次に顔見たときに文句言ってやる。もしくは「かくれんぼ」なんてしてやらないからね。全くもう。

 あー。もう、何て言おう。



 勝手にしろ、をうまく変換できないまま、奥殿から目を元の部屋の中に戻す。

 静かに状況を見守っていた神官長様とウィズが、水竜からの言葉を待っている。

 特にウィズは水竜からの言葉を待ち望んでいるかのように、その身を乗り出さんとしている。


「巫女様、水竜様はなんと?」

 ……勝手にしろ。

 そう言えちゃったら楽なのになあ。

 言葉を探すために、ウィズから視線を逸らす。


 どう言えば、威厳を保ったまま伝えられる?

 自然と眉間に力が入り、溜息が漏れてしまう。

 困ったな、勝手にしてくださいじゃ、水竜の威厳ぶち壊しだし。


「もしや、水竜様は殿下の即位をお認め下さらないと……」

 小さな声で、恐る恐るウィズが問いかけるので、焦って顔を上げる。

「いえ、そうではありません」


 即位するのも即位しないのも、自由だって伝えるにはどうしたらいいんだろ。

 それに水竜は一切関わらないって事を伝える為には、どんな言葉が最適なんだろう。

 下手に言葉を尽くすよりも、簡潔に端的に伝えなくてはいけない。

 それならレツが言っていた事をそのまま言えば、勝手にしろって言わなくても本意は伝わるはずよね。


 もう一度背筋を正して、そして一度深く息を吸い込む。

 そして、意識的にゆっくりとお腹に力を入れながら話す。


「祭宮様。大事な事を陛下も殿下も、そして祭宮様もお忘れになっていらっしゃいます」

 必ず、より効果的に伝わるように、間を沢山入れるのも忘れないようにして。

「それはどういったことでしょうか」

 こうやって相手の問いが返ってきてから、主題を話せばいい。

「水竜は王家の方々が行う『政』には一切干渉いたしません。お忘れではないですわよね、祭宮様」

「しかし、それはご神託とは言えないのでは。それでは、私をこちらに参らせた陛下や皇太子殿下のお心にお応えすることが出来ません」

「二度は申しません。また、水竜はそのご神託を曲げる事はございません」

 深い落胆の溜息が、執務室の中にこぼれる。


 まるで部屋の中にも雪が深く積もってしまったような、重たい空気が流れてくる。

 なんだかこっちの罪悪感を煽るような雰囲気で、落ち着かない気持ちになる。

 そう思ったのは、神官長様も同じだったみたい。

 そわそわと落ちつかなそうに、ウィズと私の顔を見比べる。


「巫女。そうおっしゃらずに、もう一度水竜様に聴いて差し上げたら?」


 何となくその言葉にカチンときた。

 いかに巫女らしく振舞うか、いかに巫女として水竜にお仕えするかを幾度となく繰り返す神官長様が、そんなことを言うなんて。

 ましてや、先代の巫女でもあるんだから、水竜の事をよく知っているはずなのに。

 ウィズのためなら、そんな事思っちゃうんだ。

 あなたも巫女だったくせにという思いと、なんだかよくわからない、この部屋に入ったときからのモヤモヤが一気にイライラに変わった。


「いいえ。二度はありません。そうおっしゃるのは、私を、そして水竜を疑っていらっしゃるという事でしょうか」

 むっとした表情が神官長様の顔に浮かぶのが手に取るようにわかる。

 神官長様がこんな表情を見せるのは初めてかもしれない。

「わたくし、そんなつもりで申し上げたのではありませんわ。巫女はわたくしがどれだけ水竜様をお慕いしているかお分かりにならないから、そんな事が言えるのだわ」

 頬が紅潮し、優雅な口調の中にも激しさが含まれる。

「では今の言はどういった意味だったのでしょうか」


 何故か心のどこかに冷えた重たい気持ちがあって、こんな場面なのにやけに冷静になっている自分がいる。

 それを客観的に嘲笑している自分がいるような気さえする。


「神官長様は水竜の言葉を信じている。しかし巫女である私の言葉は信じられない、そうおっしゃりたいのですか?」

 神官長様が言葉に詰まり、口元を袖で隠す。


 どうやら図星だったみたい。

 そっか。一年半も巫女をやっているのに、私ってまだ信用されない巫女なんだなあ。

 そうだよね、神官長様に比べたら完璧な巫女とは言い難い。

 存在感も無いし。

 そう思ったらなんだか泣きたい気持ちになってきた。

 きっと神官長様だけじゃなく、他の神官たちもみんなそう思っているんだろう。

 何をやらせても上手には出来ない巫女だから、しょうがないのかもしれない。

 水竜の声が聴こえるからって神官たちは敬ってくれるけれど、きっと内心では頼りない信頼できない巫女だって思われているのかな。

 なんか、それってすごく辛い。

 いっそ正面から「ダメだ」って言われた方がラクなんじゃないかって思えてくる。

 とは思っても、ずっとダメ出しされてたら、それはそれで落ち込むけれど。


 けれど、まさか水竜の言葉をちゃんと伝えていたのに、私が歪曲して伝えていると思われていたなんて、想像もしていなかった。

 なぜ人にそう思われてしまうのだろう。

 何が足りないのだろう。

 出自のせいだけじゃなく、巫女として何か欠けた部分があるんじゃないんだろうか。

 誰かに聞いてみたいけれど、誰も答えてくれるはずがない。

 私はただ水竜の言葉を伝えることしか出来ないのに、それを疑われたら、私の存在そのものを否定されていることになる。



 沈黙が、三人の間を支配する。

 神官長様だけでなく、ウィズもまた、私の伝える「水竜の言葉」を疑っているからなのだろう。


 何を言われても、これ以上伝える言葉は無い。

 どんな言葉を尽くしても、それは全て嘘にしか聞こえない人たちには。

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