第17話 旅立ち
部屋まで戻ってきた。
久々のゆっくりとした時間だ。
この一週間はグレンとずっと一緒にいたからな。
寂しいような、そうでもないような。
リュックからおっさんの本を取り出す。
まだ読めない箇所があるが気になるので読んでみる。
今まであまり読もうとしてこなかったが、日記の部分を読んでみたい。
文字の変換シートを取り出し、最初の箇所を開く。
「こ・の・せ・か・い・に・き・て・よ・う・や・く・お・ち・つ……」
『この世界に来てようやく落ち着けた。
こんなことは映画みたいだが、必ず帰る』
来たばかりのころだろう、30年以上前の日だ。
どんな気持ちだったんだろうな。
下のほうに文字が書かれている。
ここだけ日記の本文とは違う。単語だろうか?
「し・の・づ・か か・つ・ひ・こ………」
「篠塚 勝彦?…………もしかしておっさんの名前か!」
そうか、そうだったのか俺はそういえば名前を聞いていなかった。
おっさんは俺のことを調べたのに、俺は何にも気にもしないで。
他人のことなんて気にも留めないで……。
気が付くとドアを開け、俺は走り出していた。
日が落ちかけているが、まだ開いているはずだ。
「おばちゃん!」
勢いよく道具屋のドアを開ける。
「どうしたんだい?」
「いや、俺その……」
ここで、言わなきゃいけないことがある。
俺には最初の日から世話になっていた、この人に。
「どうしたんだい?忘れ物かい?」
深呼吸をする。
「ごめん、俺。おばちゃんの名前を知らなかったんだ。……今更、遅いかもしれないけどおばちゃんの名前を教えてくれないか?」
おばちゃんが目を丸くしているのがわかる。
そうだよな、今まで知ろうとしなかったのに。
「へへっ、別に知らなくてもいいだろうに。私はガルダっていうんだ」
「ありがとうございます、ガルダさん。あと今までのことも」
「そうかい、少しは大人になったようだね、であんたは?」
「ん?」
「あんたの名前だよ」
「あ、はい、アオイって言います」
そういえば名乗ってなかったな。
「そうかアオイ。あんた旅に出るんだってね。今の気持ち忘れるんじゃないよ」
「はい、ありがとうございます!」
道具屋を後にする。まだ寄る場所はあるはずだ。
「おやっさん、まだいる?」
武器屋のドアを開けて声をかける。
「お、坊主どうした?」
「その、俺の名前はアオイって言います。あなたの名前を教えてください」
もうなんていえばいいか分からない。
だけど俺にはこういう聞き方しか知らないんだ。
「今更かよ、ヴォルクってんだ」
「その、いい名前ですね!」
「それ言いたいだけだろ!」
「いやそれもあるんですが、右も左も分からない俺に親切にしてくれてありがとうございます」
「そうか、お前旅に出るって話だったな。じゃあせっかくだからアドバイスだ。
アオイ、俺は武器が好きだが、武器は結局のところ道具でしかない、それを忘れるな」
「はい!」
なんとなく言いたいことはわかる。
目的のために使うってことだと思う。
「俺、頑張ります!」
ギルドの方に戻ってきた。
受付でいつも俺に対応してくれた人に声をかける。
「アオイさん、その節は残念でしたね…」
「ええ、そうですね。いえそんなことより聞きたいことがありまして」
「はい、なんでしょうか」
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
「っ、なんだが口説かれているみたいですね。私はフィナって言います」
ナンパだと思われている。いやそんなことはないんだが。
「いやそんなつもりはなくて。その今までお世話になった人に感謝を伝えたくて」
「なるほどそういうことでしたか」
「仕事ですからともいえますが、アオイさんは異邦人なので少しは心配で気にはかけていました。
ですのでこれからもお気をつけてください。あなたの旅がよいものでありますように」
「ありがとうございます!」
これで、お世話になった人に挨拶をすることができた。
グレンには明日の出発前に…………。
大丈夫だよな。ちょっと心配になってきた。
ちらりと見渡すとテーブルでグレンが飲んでいる。
思ったより近くにいたな。まぁ探す手間が省けた。
「お、アオイか、お前も飲めよ」
「飲みすぎじゃないですか?」
「まぁいいだろ門出を祝う前祝みたいなもんだ」
俺も椅子に座り、飲み物を頼む。そして、グレンと向き合う。
気になっていたことを聞こう。
「グレンってなんで俺にここまでしてくれたんですか?」
「そりゃあお前がこどもだからで……」
「いや、それもありそうですが、それにしても親切にしすぎですよ」
なんとなくグレンはそれだけが理由だけじゃない気がする。
親切はいいことだが、気にはなる。
「はぁ、そうか、そうだな。俺の仲間が怪我したって言ったよな?」
グレンが観念したように話してくれた。
「ええ、同じパーティの人だって」
「そいつが怪我をした原因は俺だ。油断していた。少しの言い訳もできない。……そのあと俺は冒険者として休業をしていんだ。結構落ち込んでいてな、このまま冒険者はやめちまおうかなって思ってんだ……」
グレンもそんなことがあったのか。
エールを飲みながら続きを語った。
「ある日、新人がいるから面倒を見てやれって言われてな。こいつが本当に馬鹿なやつでな、
悪いやつではないんだけどな。そいつは何に対しても楽しそうでな。そいつを見ていたら、
おれも少しは他人のためにできることがあるなって思ってな」
そうだったのか。俺は……。
「……その馬鹿な人はきっと感謝していると思いますよ」
「そうだといいけどな……お前って本当に涙もろいよな」
そんなことはない。
俺は、こんな俺でも誰かの助けになれていたんだな。
こんなことにも気づけなかった。
「そんなことないです。それよりもこれを渡したくて」
涙を拭きながら、机の上にお金が入った袋を置く。
「これは?別に謝礼が欲しかったわけじゃないぞ」
「これは謝礼とは別です、グレンがあの夜にポーションを使ってくれたじゃないですか。これはその分の代金です。道具屋のガルダさんから聞いた額ですが……」
「あれは俺がしたいからやっただけだ」
グレンはそういうと思ったよ。
「それならこのお金も俺が渡したいから上げます」
「ふっ、お前言うようになったな」
「それに、……あの人はもうあの時点では亡くなっていたんだと思います。それを俺は認めたくなくて、その時のポーションは俺のわがままでした。だからこのお金を上げたいんです」
悲しいことだけど、あの時点で俺にできることはなかったんだ。
「そうか、じゃあ遠慮なく。おーい、エールをくれないか」
グレンが袋から銀貨を取り出した。
ウェイターを呼んでエールを追加する。
「あれ、今しんみりした空気じゃないでしたっけ?」
「そうか?忘れちまったな、それよりお前も付き合えよ」
当然のことのようにグレンが言ってくる。
「分かったよ……ありがとう」
「お前もたくさん飲めよ、新たな旅人に乾杯だ」
「いや別に俺まだ酒飲めないですよ」
「固いこと言うなよ」
相変わらず、酔っぱらいすぎる。
でも俺はこの変な絡みに救われていたんだな。
しょうがない今日はどこまでも付き合いますよ。
「それで、お前なんかやりたいことないのか」
「それは手紙を届ける以外ですか?」
「ああ、そうだな。前に大物になるとか言ってなかったか」
そういえばそんなこと言ってたな。
大体その場のノリで言っていた記憶しかない。
「それは、忘れてください。そうですね……帰る方法を探しながらですがこの世界を楽しんでいきます。
まだ知らない魔法や街並み。美味しいものを食べたり。
そういったものを楽しんで生きていきます!」
笑顔でグレンに答える。
当初の目的を思い出した。
そういえば俺はこの世界を楽しんでいたんだな。
「いいじゃねえか、いつかその話を聞かせてくれよ」
その後もグレンと飲み明かした。どんちゃん騒ぎが夜遅くまで続いた。
部屋で目が覚める。
頭痛がひどい。
おかしい、果実水しか飲んでいないはずなのに。
「まだ、昼までは大丈夫だよな?」
これでもう一泊したらギャグだ。
朝飯を食べ、グレンと合流をする。
後は馬車に乗るだけ。
「もうそろそろだな、ギルドから書類を受け取ったよな」
「はい、これを次の街で渡せばいいんですね」
冒険者の実績はギルドで発行される書類を次の冒険者ギルドに渡すことで移行ができるらしい。これがあれば次の街でも冒険者として働ける。
「まぁ、もし疲れたらこの街に戻って来いよ、パーティは歓迎だからな」
「ありがとうございます。もし帰れるとなっても一回は顔を見せに来ますから」
馬車が来た。もう乗る時間だ。
乗る直前にグレンに向く。
「俺、グレンに……あなたに会えてすごく幸せでした、本当にありがとうございます」
「ああ、そうだな、俺もお前にあえてよかった。ありがとう」
泣きそうだ。
よく見るとグレンも涙をこらえているように見える。
「じゃあ出発するぞ」
行商人が声をかけてくる。
「じゃあ、どこかで会えたら」
手を挙げて、別れを言う。
「ああ、また冒険しよう」
グレンも同じように手を上げる。
馬車に乗り込み、少しづつ動き出した。城門を潜り、街が少しづく小さく見える。
俺はこの街でいろんな人に守られていたんだな……。
荷馬車に座る。バックから本と手紙を取り出した。
手紙は汚れないように専用の皮のケースで覆ってもらった。
篠塚さん……いや、違和感あるな、篠塚のおっさん。
俺がこの手紙を必ず届けるからな。
だから見ていてくれ、これから始まる帰還の物語を。
一章を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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