表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『黄昏と暁月の千年帝國』は乙女ゲームである

乙女ゲームの攻略対象側近モブに転生したけど、職場がブラックすぎて逃げ出したい

作者: しーの
掲載日:2026/05/18

前回からだいぶ時間たちましたが、いちおうできたので……。

『悪妻モブ』と同時期に書き始めたんですが。


カクヨムさんにも掲載しております。

 労働なんてクソだ。

 そう言ったのは某有名少年漫画に出てくるキャラだが、その発言には全面的に同意するしかないのが現在のオレの状況である。

 もう一度言う。

 労働なんてクソだ。まったくもって嘘偽りのない真実であるとつくづく思う。

 接岸した船の縁に腰掛けたまま、オレは労働に勤しむ勤勉な同輩らを眺めていた。おそらく周囲からは死んだ魚のような目をギョロつかせているようにしか見えないに違いない。

 あちこちから上がる悲鳴と泣き声が、毎度のことながらじつに悲愴で、昔々をちっとばかり引きずっているオレの良心を刺激する。

 あ〜あ。

 オレってば、何でこんなクソド田舎にいるんだろ。いや、氷河フィヨルド針葉樹林ツンドラと海と丘しかねえ故郷より、ここのがよっぽど都会だけどさあ。

 文明の灯りってヤツが恋しいわ。切実に。

「イーヴァル、そっち行ったぞォ〜ッ!」

「へーい」

 お仲間の声に応えて、オレは弄んでいた片手斧を放り投げた。

 命中ヒット

 悲鳴を上げる間もなく、見知らぬ男は絶命していた。我ながら良い技倆うでである。幼少の頃から斧投げ遊びで鍛えただけはある。自画自賛していると、斧を手にした男が怒声を上げて向かってきた。

「死ね!ヴァイキング野郎っ…!」

 おー、怖。

 農民たァ言え、普通に武装している時代である。油断していたら、こっちが殺られる。

 ホント物騒。野蛮だったらありゃしねえ。

 平和主義がモットーのオレにはついてけん風潮だわ。

「やだねぇ」

 左手に握った手斧で攻撃を防ぐと同時に、右手の斧を目の前の男の横っ腹に叩き込む。

「もっと紳士的文明的になれないのかね」

 崩れ落ちる男の脳天をカチ割り、蹴り飛ばす。こちとら貧乏人の死体なんぞに用はねェ。

 逃げ惑う女子供に襲いかかる武装したケダモノどもの群れ。家族を守ろうと抵抗する男達の命を奪い、財産を奪い、自由を奪う。

 ヒャッハー族だらけの周囲は、北◯の拳かマッド◯ックスか。まさに世紀末。

 ……中世のヨーロッパっぽいけどな。



 ご機嫌な風のおかげで軽快に疾走する船上は快適だった。

 季節はちょうど春。両岸を彩る豊かな木々の緑と草花の色が目に優しくも眩しい。ここで詩吟うたの一つでも出てくりゃ立派な吟遊詩人だが、あいにくとオレにそこまでの才能センスがない。

 オレたちが北海の彼方の大地を出発したのは夏の終わり頃のことだ。同朋の集落アルディギュボルグで冬を越し、そのまま川を下って東の内海に出る。目指すは大陸屈指の大都会ミクラガルドだ。

 古より文明の灯火を高々と掲げ続ける驚嘆すべき都市は、古代帝国の正統なる末裔たる大帝国の首都に相応しい威容を誇る。まさに「都市の女王」、「偉大なる街」の面目躍如といえよう。

 実際、ここに比べりゃ大抵の町は木っ端レベルだ。

 北方でいまイケイケの商業都市ノヴゴロドでさえ、残念ながらただのポッと出のカッペどもが集う田舎町に成り下がる。

 ましてや北の果ての氷河から這い出てきたオレらなんぞ、帝都の人間からすりゃ、もはやカッペを通り越して未開人である。ツラい。

 つっても知名度がないのかというと、そうでもない。帝国皇帝の親衛隊として雇われている兵士の多くが、オレたち北方ノルド人だからだ。

 その実なかなか雑多な出身の集まりではあるのだが、帝国中央からすれば十把一絡げと一括りにされても仕方ないくらいの差異ではある。

 彼らからすると、オレらは〝海のスキタイ〟らしい。そう聞いた時にはオイオイ、古代騎馬民族(スキタイ)かよとか、さすが古代帝国の後継者……視点が違うぜとか思ったもんだ。

「いい風だ」

 船首に立っていた銀髪の若い男が笑う。

 陸の上では無表情がデフォルトになっている男だが、ひとたび海に出てしまえば生来の快活さが顔を出す。

 旅の始めは伸び切った手足を持て余すように、まだまだ少年臭さが抜けきれていなかったものだが、冬を越えた現在では嫌味なほどに冷静で豪胆な青年へと成長した。

「あぁ、この風ならもう少しで帝都ミクラガルドに着くだろ」

「イーヴァルは住んでたことあるんだろ」

「三年くらいな。だが、まァ、皇帝陛下の遠征に同行してたんで、帝都にいたのって実質その半分くらいか」

「へえ」

「スゲェぜ、帝都は。帝国人が世界の中心だと豪語するだけのことはある」

 金も人も物も、もちろん知識も帝都に集まる。

「帝都を見なけりゃ世界を見たことにはならんだろうよ」

 今回の旅の先導役かつ乳兄弟でもあるオレの言葉に、エイリークの奴は極北の海に浮かぶ氷山の色した眼を見開いた。

「それほどか」

「それほどだね」

 エイリーク・ラグナルソン。

 北方の海王ラグナルの後継者たる青年の容貌は、そらもう吃驚するくらいに整っており、銀髪に蒼氷色という色彩も相俟って、氷雪の貴公子なんてアルディギュボルグでは渾名されていたくらいだ(笑)。

 だが、その美麗な容姿に反し、こいつの気性は荒く苛烈だ。おまけに、じつに執念深い。ヴァイキングらしく。

 気楽にいこうぜと言いたいのは山々だが、そうもいかないのは承知している。この旅が物見遊山といかないのは、エイリークを生き延びさせるためのものだからだ。

 威勢を誇った〝海王〟ラグナルが、仇敵〝青牙の〟オーラヴに討たれ、故郷を追われたオレ達は大陸へと逃れた。

 北方ノルドの男にとって復讐は義務だ。しかし、それはまた権利でもある。いつの日か故郷の地に戻り、エイリークは父王の仇を討たねばならない。そうして国を王位を取り戻さねばならぬのだ。彼自身の手で。

 かつての〝青牙の〟オーラヴがそうであったように。

 正直、面倒くせえなとは思う。このままバックレて新しく人生始めてもいいだろう。だが、この時代は舐められたらシメェだ。上から下まで名前だの名誉だのに拘る社会で、それこそ面子がすべてである。どこぞの鎌倉武士じゃねえが、目には目を。歯には歯を。こっちの頬を叩かれりゃ、そいつの首をいただくのが流儀ってもんなのだ。

 さすが中世。殺伐としてる。懐かしの文明社会に戻りたい。できれば21世紀の日本に。

 贅沢かな?贅沢だな。

 ……はァ。

 オレはイーヴァル・シグルズソンになる前の人生に思いを馳せた。

 ただの会社員であった中間管理職の冴えねぇ独男が、なんだって中世ヨーロッパのド辺境に転生なんてしちまったんだ?

 この疑問が氷解するのは、オレたち北方人がミクラガルドと呼ぶ千年帝国の首都での思わぬ邂逅による。



「はァ〜?」

 オイオイオイオイ、ざっけンなよ?

「怖っわッ、先輩、怖っわ」

 ケラケラとストロベリーブロンドの小柄な娘っ子が笑う。

「先輩、前世にも増して目力あるんスから睨むんヤメテくれませんかねぇ」

「うるせーよ」

 目つきが悪くて何が悪い。

 じつにゲスい笑顔で、こちとらを見上げるヤツは、見た目だけなら満点の可憐な美少女だ。その中身が中身であることを考えると、怖気を振るうくらいには悍ましい。なんせアラフォーの三十路男だ。美少女の皮を被った下品で下劣でド畜生なオッサンである。

 実際に受肉してる分、バ美肉なんざ目じゃねえ痛さだ。

「いーじゃないすかぁ、ドがつくくらいの田舎者でも。ガタイはめちゃんこデケェし、顔もそんなに悪くねえし──モブだけど」

 オメー、ヒロインがンな顔していいと思ってんのか。あと、その笑い声ヤメロ。

 ケッ!

「あー、まあな。あんなド田舎に生まれちまって、オレってまったくツイてねェっ思ってたけどさァ。こーなると男に生まれただけでも感謝感謝だぜェ」

 売られた喧嘩なら買ってやんよォ。

 前世から鍛えに鍛えた煽りスキルは伊達じゃねーのよ、後輩ちゃん。

「オレってば、ツイてるぅ」

「……クソっ、ざッけんなよッ!」

 ヤサグレきった怒声を上げて、自称()()()()ちゃんは足元にあった空樽を蹴り上げた。どうにも気持ちが収まらないらしく、腹立ちまぎれに踏み潰している。

 その表情の凶悪なことと言ったら気弱な人間ならチビりそうなくらいだ。

 さすがのオレでもちょっぴしドン引きした。

「クソっ、クソっ……なんで先輩には◯◯◯付いてて、おれにはねーんだよォ‼」

 絶叫している元後輩の変わり果てた姿。

 憐れな。

「前世の行いじゃね?」

「この人非人が」

 失敬だなァ、君ィ。

 ところで、オメーの背後にいる背の高いイケメン、誰?

「クソ上司その二」

 ん、ん、ん〜?

「それは前世でいうところの、いわゆる金髪の孺子こぞうの副官的な感じ?」

「まぁ、そうっすね」

 ペッと唾を吐き出した美少女のヤサグレきった表情は、どういうわけか前世の元後輩を強烈に思い起こさせた。

 そうか。これが既視感か。

「ちなみに金髪の孺子的な御方って?」

「立ち位置的には、クソ上司その一かな。黒髪だけど」

 うっわ〜、嫌な予感がする。

「オレの知ってる名前だったりする?」

「まァ、帝都にいる大抵の人間なら知ってんじゃないっすかね」

 この乙女ゲームのメイン攻略対象にしてラスボスだし。

 そう呟いた元後輩(♂→♀)は、帝国を支配するコンスタンティノス家の後継者、〝無敵の〟ユリアヌスの名を告げた。

 うへェ……サイアク。あのガキかよ。〝首刈り〟じゃん。それじゃあ、このイケメンは〝沈黙の天使〟ヨハネス・アンゲロスか。

 そして、攻略対象という呼び方にピンとくる。

「て、こたぁ、ウチのエイリークもか?」

 オレらのよくわからない会話に戸惑うエイリークの表情を横目に一瞥した後、この元後輩はじつにシニカルでイヤぁ〜な笑みを浮かべた。

「ご明察」

 その笑顔ときたら邪悪そのもの。

 少なくとも花も恥じらう年頃の娘っ子が、浮かべていいような代物ではない。

 見ろ、オメーの上司もエイリークも腰が引けているぞ。多感な年頃の青年にトラウマを植えつけるな。

「なるほどねェ」

「イケメンはおれの敵だァ……」

 ふむ。

「ブサイクは?」

「情状酌量の余地はある」

 厳かに、しかし、鎮痛な面持ちで奴は言った。

「……だが、おれは性差や外見にはこだわらねェ。平等主義者なんだ」

 ケケケッ、と歯を剥き出しにして獰猛に嗤う元後輩。

 拗らせてんな。

 気持ちはわからんでもないが。

「フツメンは?」

有罪ギルティ

「なんでだよ」

 ガンギマリな目つきで、元後輩がぼそりと呟いた。

「フツメンの癖に、ついてるのが憎い」

 ひゅっ、となった。ひゅっ、と。ナニがとは言わないが。

 完全な八つ当たりじゃねーか。神サマってば、何こんな特級呪物こしらえてくれちゃってんの。

 HAHAHAと肩をすくめてみせると、いわく言い難い表情で此方を見ている青年二人に視線が止まる。

 うん。

 完全に攻略失敗してんじゃねーかよ。いや、それ以前の問題か。

 そもそもルートにも入れてねーわ、こりゃ。

 強制力?何ソレ、オイシイノ?

 神サマってば、キャスティングミスにも程があるだろうがよ。

 へっ、ざまァ。



 そもそも昔の職場に顔でも出してみるかとオレがエイリークを連れ、親衛隊員のたむろする詰所を訪問したのが運の尽き。

 むさ苦しさが極まる連中の中に一人、可憐な美少女が混じっているのを目にし、思わず『掃き溜めに鶴』と呟いた。

 そいつを抜け目なく聞き拾っていたのが、その鶴本人だったのだ。

 いやいやいや、お前さん、地獄耳デビルイヤーにも程があるだろ。

 おまけに帝都ではまだ顔も知られていない連れの顔を見た途端、明らかに顔色が変わったのである。

 この乳兄弟は造作が造作だから、若い娘の目がハートになるのは日常茶飯事なのだが、この時の娘っ子の反応を見て、そんな桃色の幻想を期待するような奴はいない。

 そして、美少女の口からはエイリーク・ラグナルソンの名が零れ落ちてきたのだ。

 いや、もう、ギョッとしたね。

 なんで、こんな娘っ子がエイリークの顔と名を知っているんだと。

 警戒しちまうのも無理ねェだろ?

 そしたらさぁ、こちらの反応を見て取った美少女が、ゆうるりと目を眇めながら笑いやがったんだ。

 お世辞にもカワイイとは言えない。うなじがチリチリするような凄みのある笑みだった。

『あんた、中身は日本人?』

 ズケズケと近寄ってきた挙句、この直球も直球の問いかけに、目ン玉どころか心臓が飛び出るかと思ったくらいだ。

 いきなり知らない言葉で不躾に話しかけてきた娘を、エイリークが警戒心も顕に少しばかりの距離を置いた。

『……おうよ。お嬢ちゃんもかい?』

 社会人経験豊富なオレが、懐かしの日本語で対応すると、知り合いだとでも思われたのか周囲の注目も薄れていくのがわかる。

 しっかし、とっさに日本語なんて、我ながらよく出たな。

『まァね。あと、お嬢ちゃん呼びやめてくんない?』

『うん?』

『これでも中身アラフォーのおっさんなんで』

 顎が外れるかと思った。

『……リアルTS転生案件かよ』

 一時期ウェブ小説界隈で猛威を振るった♂→♀チェンジネタ。その当事者が目の前に。

 いろいろと事情を擦り合わせていった結果。

 判明した事実は、互いが前世でのリアル知り合いだった時の気まずさといったらない。

 そう。高校時代から付き合いのある大学サークル仲間だったのである……ちなみに同じ業界で、取引先の人間だった……ナンテコッタ。



 ヤレヤレ感を前面に押し出したコイツが、それにしてもと頭を振った。

「残念でしたねぇ、先輩」

「何がだ?」

「アンタのこったから、どうせなら中原の方が良かったとか思ってたんじゃねーすか?」

「現在進行形で、無茶苦茶そう思ってるよ」

「で、す、よ、ね~」

 そもそもの話、ゲーマーとしてのオレの人生は、なんちゃってガチ中世ヨーロッパな乙女ゲームとは無縁だったんだ。

「先輩、曹操派閥でしたもんね」

 つまり、オレのフィールドはアレである。桃園で義兄弟の盃を交わしちゃったり、赤兎馬を駆って無双する最強武将と戦ったり、パリピな軍師が天下を三分に計しちゃったりするアレ。

「そういうオメェは呂布贔屓じゃねーか」

 それ以前にコイツの主戦場は、第六天魔王が天下布武を目指すヤツだった気がする。あと宇宙空間で白い悪魔な機体を駆使するヤツ。

 間違っても英霊を召喚したりはしない。……しといた方が良かったか?

「男はみんな最強が好き」

「マジな面すんな」

 まァ、概ね同意するけど。

「だいたいよぉ、それなら乙女ゲームの攻略対象なんて、オメェさんの好きなチート極まれりキャラばっかじゃね」

 解せぬ。

「あのねえ、先輩」

 いかにもなわざとらしいヤレヤレ感を全面に押し出した自称ヒロイン様が、邪悪極まる笑顔で清々しいほどドクズな意見を開陳してくれた。

「おれは『俺TUEEE〜!』がいいんであって、若くて顔面ツラのいいチートな恋愛ゲーム脳ミソ花畑のクソ野郎なんて、『邪魔!死ね!』としか思わない」

 おい。

 オメェ、ヒロインだろ。

 そーゆう脳ミソ花畑なクソ野郎とキャッキャウフフして、夢々しいファンタスティーック!な恋愛を楽しむのが存在意義のはずだよな。

 バグってんな〜。

「第一、乙女ゲームは乙女ゲームでも、この世界って、あの『黄昏と暁月の千年帝國』っすよ」

 ──ぎゃふん。

 よりにもよって、あのイカれ乙女ゲームの世界かよぉ……。



『黄昏と暁月の千年帝國』

 それなりに名の売れた〝恋愛〟シミュレーションゲームで、オレもタイトルだけは知っていた。

 背景となる舞台設定は、明らかに中世のビザンツ帝国がモデルだったので、オレの関心領域からは外れていたものの、界隈では恋愛そっちのけでパワーゲームに耽るプレイヤーばかりと評判だったからだ。

 実際、神絵師による美麗なパッケージ絵に騙されて、見事に玉砕した人間を知っている。元部下だけど。

 それもこれも、このゲームの実態が、乙女ゲームの皮を被った戦争シミュレーションアドベンチャーRPGだったせいだ。

 トチ狂った制作会社のイカれた面子が、おのれらの趣味と性癖と酔狂だけで作ったゲームだと評判の。

 だいたい何でナラティブ系の卓ゲーシナリオが、乙女ゲームになって売り出されるんだよ?

 癒しを求めたお姉さま方の嬌声と悲鳴、熱苦しい野郎どもの咆哮と歓声と怒声が入り混じり、電波の海のそこかしこで散見された阿鼻叫喚も、今となっては懐かしい思い出である。

 マジ逃げ出したい。

 はぁ~……。

 思わず、遠い遠い空を見上げながら溜息をついた。

「なあ」

「なんすか、先輩」

「オレって名前付き(ネームド)キャラじゃねーよな?」

 その瞬間、元後輩が浮かべた邪悪極まる兇悪な笑顔は、前世今生問わず最高に悍ましいと断言できるくらい禍々しい代物だった。

「オメデトウゴザイマス」

 パン、パン、パンッ!!

 じつにわざとらしい拍手。

「オメデトウゴザイマス、センパイ」

 ニタリと嗤った主人公ヒロイン様は、ありがたくもないオレの二つ名を口にした。

「〝片刃の〟イーヴァル。又の名を〝蛇舌の〟イーヴァル。〝氷嵐の〟エイリークの片腕にして、北方帝国建国の元勲。エイリークルートのボスキャラっすね。モブだけど」

 エイリーク攻略ルートにおける敵キャラであるという。いわゆる攻略不可枠だ。

「最後はそこのイケメンと、クッソ寒い冬の北海で、船上でタイマン張って海の藻屑っす」

「よしッ!」

 オレはコイツらから距離を取った。

「エイリーク、オレ東方に行くわ!」

 ここはイチ抜けだ。こんなフラグ立てまくりの死神どもとは、永久におさらばするに限る。東方だ。東方の文明社会を目指そう!

 爽やかに笑みを浮かべて、オレは乳兄弟エイリークに手を振った。

「ここでお別れだ」

 達者で暮らせ。東の地の空の下で、思い出したら、たまには無事を祈っててやんよォ。

「……は、はぁっ!?」

「じゃあなっ」

 背を向けて走り去ろうとした瞬間、横っ腹に衝撃が走った。

「ゲ、フゥ……ッ!」

 なんと元後輩のヤツが、頭突きとタックル同時にかましてきやがったのだ。

 あ、ヤベ、腰が。

「フフ……。逃さねぇ、逃さねぇぜ。セ、ン、パ、イ」

 ニタニタと笑う元後輩。あかん、コイツ、闇堕ちしとる。

「テメェ、コノヤロ、ふざけんなァッ!!」

「……へっ、アンタも一緒にこの地獄(乙女ゲーム)に付き合ってもらうぜ」

 振り払おうとするが、ますます強くしがみついてくる。

「は、放しやがれ、この疫病神っ!」

「ケッ、アンタ一人だけ逃げようたって、そうはいくかよ。ここで会ったが百年目、一蓮托生たァこのことよ」

 悪魔だ。悪魔がここにいる。

 神サマ、オレ、何か悪いことしましたっけ?

 娘っ子の皮を被ったオッサンの悪魔に縋りつかれても嬉しくねーっつうの!

 周囲に助けを求めて、視線をさまよわせてはみるものの、皆、そそくさと通り過ぎてゆく。おまけに、あのイケメンども、絶対に目線を合わそうとしやがらねェ!

 クソが!

 その時である。

『ええッ、ウソッ!? エイリークがいるっ! あ、ヨハネスも! なのに、何で主人公ヒロインちゃんは、あんなオジさんにひっついてんのォッ!?』

 甲高い(日本語)が響き渡ったのは。



 ぎ、ぎ、ぎ……と、壊れかけた絡繰人形みたいな動きで、オレも元後輩も声がした方向へと顔を向ける。

 そこにいたのは、キラッキラのお姫さまみたいな格好をした幼女だった。

 うわ……なんで、こんな場所に、こんな見るからに高貴な家の子女がいるんだ。

「アイカテリナどの」

 どうやらこの幼女の保護者らしい若者が、すぐに姿を現した。

 デカい。

 そして、顔が良い。それこそ、ウチのエイリークとタメ張るくらいに。

 オレに引っ付いていた元後輩が、呆気にとられた顔で金髪碧眼の青年を見上げる。

「アルトリウス・ゲオルギウス……」

 オイオイオイオイ……まさかのまさかかよ!

「──おい、攻略対象か?」

「でなきゃ、あんな無意味に顔がいいわけねェ」

「厄日か、今日は」

 ちっ、と舌打ちしてみせたオレに、元後輩はボソボソと相手の情報を開陳してみせた。

「〝剣王〟アルトリウス。又の名を〝狂戦士〟アルトリウス。剣奴から成り上がって、権門ゲオルギウス家に婿入した逆玉男だ」

「なるほど。攻略対象だ」

 あんなに爽やかそうな見た目をしているのに、やたらと物騒な二つ名を奉られた挙句、()()イサキオス・ゲオルギウスの娘婿だという。

 もう、この情報だけで、攻略対象チートなのが分かる。

「それより、あの幼女こども……」

「ああ、絶対に転生者《記憶アリ》だな」

 それにしても、見れば見るほど金のかかった身なりだな。

 青と金を基調としたダルマティカに、見たこともないくらい手の込んだ縁飾りを施した白いヴェール。古代風の半冠ティアラ。おまけに髪に編み込まれたリボン、あの艶はどう見ても絹だ。

 装飾品をあまり身に付けていないのは、まだ子供の身体に負担がかかるからだろう。

 しかし、現在のコンスタンティヌス家に、この年頃の皇女はいないはず。それに目の前の野郎(アルトリウス)が口にした名前……。

「ヨハネスどの」

「アルトリウス様」

 寡黙で知られるヨハネスだが、アルトリウスに名を呼ばれると、少し嬉しそうな顔になったのが意外だ。

「すまない。妻が……」

「え?」

 その場にいた全員の視線が、彼の足元にいる幼女に注がれた。

 ……どう見ても十歳未満に見える。

「ごきげんよう。お目にかかれて光栄ですわ。アンゲロス家のヨハネスさま」

 小さな貴婦人が、屈託ない笑みを浮かべた。

「イサキオス・ゲオルギウスが一子アイカテリナと申します。アルトリウスさんの妻ですの」

 妻?

 妻とな?

「ちょ、マジか」

「うわぁ」

 あれ?

 あの年齢での結婚って、確か帝国法で禁止されてなかったっけ?

 帝国における婚姻可能年齢って、確か十代半ばだったよな。

『なあ、あいつら何者だ?』

 エイリークが故郷の言葉で尋ねてくる。冬の間、帝国語を仕込んでおいたので、簡単な日常会話程度なら理解できるのだ。

『あの女児こども、なぜ俺を知っている?』

 そうだよなぁ。いかにエイリークが目立つからといって、まだ帝都に着いたばっかりで、ろくろく知り合いもいない身だ。

 なのに、この元後輩といい、あの幼女といい、明らかに彼のことを知っている。

 じつに不審だ。

 何と説明していいものやら。

「せっかくですから、うちでお茶でも飲みませんか?」

 そちらの方々も、ご一緒に。

 じつに無邪気な笑顔で、アイカテリナと名乗った幼女が俺たちを誘う。

「東方の「おティー」は、まだありませんけど、わたくしが合組ブレンドした香草茶と特製のお菓子ならありましてよ」

「アイカテリナどのの作られたお菓子は、この世のものと思えぬほど美味なんだ」

「まぁ、アルトリウスさんたら」

 目を輝かせて語る美青年の夫を見上げる嫁(幼女)のはにかんだ笑顔。

 オレたちは何を見せられているんだ?

 年の差バカップルが撒き散らす空気にあてられ、オレと元後輩は互いに目から生気がなくなっていくのを確認し、脱力気味に声を揃えた。

「『こんばんは。もしくは、おはようさん』」

 某スパイな疑似家族漫画の台詞をもじった挨拶は、このゲームの掲示板における顔見せの定型文である。

 タイトルからの安直な連想だろうが、〝帝國市民プレイヤー〟の間では広く使われていた符丁だ。

 パチパチと長い睫を瞬かせた幼女は、それはそれは嬉しげに目を輝かせた。

けっこう時間かかっちゃった。中途半端な長さで、すみません。ちなみにコレは完全に続く感じ。いつになるかわかりませんが……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ