第51話:排熱限界の転用
ダンジョン前の広場は、朝特有の、これからダンジョンへ向かう探索者たちの熱気に包まれていた。
私はいつもの壁際のベンチに腰を下ろし、業務開始前の最終工程を行う。
安全靴のチェックから始めて、一つひとつの項目を確実に消化していく。
すべて問題なし。
全条件、規定値内。
その時、少し離れた場所から明るい声が聞こえてきた。
見れば、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
探索者ではないし、協会の職員でもない。
彼は手にした真新しいパンフレットと黒塗りの機材を、若い探索者パーティーに向けて熱心に見せている。
「弊社が開発した、最新型の高出力ランタンです。本日はプロモーションの一環として、皆様に無償で試用品をご提供しております。ぜひ、次世代の光量を現場でご体感ください」
なるほど。
新規参入の装備品メーカーの営業担当者か。
安長用品の安長社長に聞いた記憶があった。
若手探索者たちは、無償という響きに惹かれたのか、嬉々としてそれを受け取っていた。
私は視線を戻し、立ち上がった。
営業担当者は私に気づいたようで、かつての『私』が散々見てきた人当たりの良い笑みを浮かべて、こちらへ真っ直ぐに歩いてくる。
「そちらの方。堅実な実績をお持ちの静河さんですね。お噂は伺っております。ぜひ、静河さんのようなプロフェッショナルにも、弊社の新製品をお試しいただきたいのですが」
彼は私にパンフレットを差し出し、もう片方の手でランタンの実機を提示してきた。
私は無言で、パンフレットの仕様欄に視線を落とす。
最大消費電力の数値。
そして、彼の手にある実機を見る。
外装の金属フレームと、それに続く放熱フィンの面積。
この消費電力に対して、放熱のための表面積があまりにも少なすぎる。
短時間の点灯なら問題ないかもしれない。
しかし、ダンジョンで使用するというのは、必然、長時間になる。
それだけ連続稼働させ続ければ、内部に熱が蓄積し、遠からず熱暴走を引き起こすのではないか。
その結果、火災、あるいは爆発が起こる可能性を排除できない。
「——申し訳ありません。間に合っていますので」
「ですが、従来の製品とは比較にならない光量ですよ? 安全性も——」
「今の装備で不便は感じていません。お気遣い、ありがとうございます」
彼はなおも食い下がろうとしたが、私は軽く会釈をして、ダンジョンへと向かう連絡通路へと足を進めた。
——数時間後。
予定していた中層での探索を終えた私は、地上への帰路についていた。
バックパックには、目標としていた数の魔石が収まっている。
疲労は適度に蓄積しているが、帰還に際し、注意散漫になるほどではない。
使用しているライトで周囲を照らし、モンスターや罠の有無を確認しながら進んでいると、前方の景色に違和感を覚えて足を止めた。
「ここは……」
往路では問題なく通ることができた通路だ。
だが今は、岩盤の片側から天井にかけ、白い綿状の塊がびっしりと群生していた。
「……間違いない」
有害な菌糸のコロニーだ。
わずか数時間で異常繁殖し、通路の半分以上を塞ぐように密集するとは。
……いや、わかっている。
ダンジョンとは、何の前触れもなく、こういう理不尽な事態が発生する場所だ。
私は小さく息を吐き出した。
迂回ルートに向かうか、それとも慎重に隙間をすり抜けるか。
すり抜ける場合、防毒マスクを持ってきてはいるが、装備汚染のリスクが発生する。
「……ならば、迂回ルートしかありませんね」
私が振り返ろうとした時だった。
「——ッ」
背後の暗がりから強烈な光が飛び込んできた。
その眩しさに思わず目を細めると、朝、ロビーで新型ランタンを受け取っていた探索者パーティーが現れた。
「あ、静河さん!」
「どうです、このランタン! すっごく明るいですよ! 静河さんももらえばよかったのに!」
彼らは私のすぐそばまでやってくる。
確かに明るい。
そこだけを見れば、よい製品だ。
しかし、よく見れば、ランタンの金属フレームの周囲に、空気が陽炎のように揺らいでいるのがわかる。
それだけではない。
ダンジョンのカビ臭さとは別の異臭が漂ってきた。
樹脂が溶ける時に発生する、不快な焦げ臭さだ。
彼らも気づいたようで、口々に「なんだこの臭い」と顔をしかめている。
そして、ランタンを持っていた青年が言った。
「なんかこれ、めちゃくちゃ熱くなってきたんだけど……!?」
推測した通り、連続使用による熱暴走が発生しているのだ。
限界を迎えたランタン——いや、発熱体。
この距離で熱暴走を起こし、爆発すれば、破片と熱風をまともに浴びることになる。
彼らはもちろん、私も逃げ場はない。
「——そのまま、前へ投げなさい」
私はランタンを持っている青年に向けて、短く指示を出した。
「え?」
「早く。あそこの菌糸の塊の中心へ!」
私の声に含まれた切迫感に、青年は反射的に腕を振りかぶり、前方のコロニーへ向けてランタンを放り投げた。
ランタンが宙を舞うのを確認した瞬間、
「あの岩陰へ!」
彼らとともに私もそこに身を隠す。
数秒後。
コロニーに衝突すると同時に内部バッテリーが限界を超え、乾いた破裂音とともに強烈な熱波が通路を駆け抜けた。
岩陰で身を丸め衝撃をやり過ごしてもなお、熱に襲われる。
すべてが収まり、立ち上がると、通路を塞いでいた白いコロニーは熱によって一気に焼け焦げ、黒い灰となって崩れ落ちていた。
致命的な欠陥品が、結果として進路を阻む障害物を排除するための発火器として機能した瞬間だった。
「……な、なんだよ今の……」
「爆発、した……?」
青年たちが蒼白な顔でへたり込んでいる。
私は焼失した菌糸の残骸を踏み越え、開かれた退路へと足を進めた。
「行きましょう。有毒ガスが滞留する前に」
呆然とする彼らにそれだけ告げ、私は帰路を急いだ。
探索者協会のロビーへ帰還する。
私より遅れて、青年たちも戻って来た。
その顔が赤くなっているのは怒りによってだろう。
彼らはロビーの隅で待機していた営業担当者を見つけるなり、激しい勢いで詰め寄った。
「ふざけんなよ!? 何だあのランタン! あれじゃ爆弾と同じじゃねえか!」
「静河さんがいなかったら、俺たちどうなってたか!」
提供された機材の欠陥によって、命が危険にさらされた。
彼らの怒りはもっともである。
営業担当者は完全に血の気を失い、パニックに陥っていた。
「あ、あれは厳しいテストをクリアした安全な製品で……!」
彼はそう言い、私に気づくと、その視線はまるで私に助けを求めているようだった。
私は小さく息を吐き出すと、言った。
「……ダンジョン環境下における連続稼働時の放熱設計の欠陥です。机上のテスト環境では想定できなかったのでしょうが、現場の一次情報を無視した結果がこれです。死亡事故による多額の損害賠償が発生する前でよかったと考えるべきでしょう」
私の言葉に、営業担当者は顔を引き攣らせ、言葉を失った。
「…………申し訳、ありませんでした」
青年たちに対して深く頭を下げる。
その姿には、朝のロビーで見せていたような自信は微塵も残っていなかった。
青年たちはそれでもなお許せない様子だったが、私はそれ以上追及することなく換金カウンターへ向かった。
「容赦ねえな、静河は」
壁際で一部始終を見ていたらしい颯真くんが、呆れたように苦笑していた。
容赦がないわけではない。
ただ、ダンジョンでは、事実から目を逸らすことは死に直結する。
ただそれだけだ。
「事実を述べたまでです」
私がそう告げれば、
「それが容赦ねえってことなんだよ」
とさらに彼は苦笑を深めていた。
協会を出ると、外はすっかり日が落ちていた。
私はスーパーマーケットへ立ち寄り、夕食の食材をカゴに入れた。
宿舎の自室に戻り、夕食を作り始める。
今日は肉じゃがだ。
食材の性質を理解し、火加減と時間、基本の工程さえ守れば、間違いのない味が約束されている。
最新の機能や、奇をてらった調味料など必要ない。
火を止め、器に盛り付ける。
小さなテーブルに座り、箸を手に取った。
じゃがいもを一口。
ホクホクとした食感と、素朴な旨味がじんわりと広がる。
白米を追いかけるようにかきこむ。
「……美味い」
この瞬間を、ちゃんと生きているという実感を強くした。
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