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元社畜は慎重さと準備を武器に、搾取する幼馴染や家族を切り捨て、ダンジョンで自立した平穏を勝ち取る  作者: 日富美信吾


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第29話:新ルート開拓


 朝、ダンジョンの入口に広がる準備広場はいつもと同じだった。


 カビの臭いと、湿気の多い空気。


 周囲には探索者たちの声、装備が擦れる音が充満している。


 しかし、今日の私には、それらすべてがいつもより遠く感じられた。


 左腰から太ももにかけて装着されたドロップレッグ・ホルダーには、特注解体工具である『対極硬度用・高周波解離ユニット』が収まっている。


 3kg弱という重量と大型ハンマードリルのようなかさばるシルエットは、歩行の妨げになるため、図面を引いた段階で寸法と重量を計算し、市販のタクティカル・レッグリグを改造した専用ホルダーをあらかじめ自作しておいた。


 通常の腰ベルトのみの固定ではなく、脚部に密着させて揺れを防ぐ機構を導入したことで、懸念される機動力の低下は完全に排除されている。


 このユニットを用いて『金剛石の回廊(アダマント・ロード)』の攻略プロセスへ移行する。


 それが本日の私の業務である。


「あ、静河さん!」


 甲高い声だ。


 視線を向ければ、そこには少しだけ古くなった装備に身を包んだ上近少年がいた。


 彼の視線は、私が調整のために取り出していたユニットに吸い寄せられている。


「それ……何ですか? 魔剣じゃないですよね」


「解体工具です。対象モンスターの装甲を、高周波による分子結合の解離原理を用いて剥がすために特注しました」


 他の探索者が聞けば、鼻で笑っていただろう。


 そんなものでモンスターを倒せるものか、と。


 しかし、上近少年の反応は異なった。


「環境に合わせて道具を開発する……なるほど、その発想はありませんでした! 勉強になります!」


 彼は目を輝かせ、ポケットから使い込まれたメモ帳を取り出し、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。


 馬鹿にする素振りは一切ない。


 本気で私のやり方を学ぼうとする姿勢だ。


 やがて彼はメモを終え、顔を上げる。


「あ、これ以上は時間を取らせてしまいますね。では、がんばってください! 僕もがんばります!」


 そう告げると、彼は彼なりの安全確認のルーティンを済ませ、ダンジョンへと向かう。


 私はその背中がダンジョンの中へと消えるまで見送った。


 彼の実力が、今、どの程度なのか、私にはわからない。


 だが、これだけは知っている。


 彼は未帰還者リストにその名を連ねることなく、今日も生きている。


 それは紛れもない事実だ。


 私は小さく息を吐き、意識を手元の機材へと戻した。


 ユニットのグリップを握り込む。


 掌に吸い付くような感触と、偏りのない重心設計。


 工作精度の高さが伝わってくる。


 私はターゲットの情報を脳内で再確認した。


 フォートレス・アイソポッド。


 戦車のような多層装甲を持つ、巨大な甲殻類型モンスターだ。


 通常の探索者はその装甲の硬度に阻まれ、たとえ倒すことができたとしても、魔剣などの装備の破損という負債を抱えることを余儀なくされる。


 だからこそ、その個体から得られる高水準の魔石の市場価格は恒常的に高騰していた。


 高級魔道具の長寿命バッテリーや、魔剣のコーティング材としての需要。


 構造的な供給不足は、解消される気配がない。


 装備の最終確認へ移行する。


 ユニットのバッテリー残量を示すインジケーターは、満充電の緑色を点灯させている。


 高周波出力を規定値のダイヤルに合わせ、微調整を行った。


 次に、腰の鞘に触れる。


 止めを刺すためのサバイバルナイフがそこにある。


 ユニットで装甲を剥がし、サバイバルナイフでモンスターの生命活動を停止させる。


 二段階のプロセスを、頭の中でシミュレートする。


 撤退条件も設定してある。


 バッテリー残量が全体の30%に到達した時点で、即座に業務を終了する。


 欲張る必要はない。


 計画を守り、生きて帰ることが、正しい業務の形だ。


 準備はすべて完了した。


全条件(コンディション)規定値内(オールグリーン)


 私はダンジョンへ向かって、その足を踏み出した。




 中層の奥深くに『金剛石の回廊』はあった。


 壁面が鈍く光る石英質の岩盤で構成されたそのエリアは、乾燥した空気と、足音が鋭く反響する硬質な環境だった。


 ここに足を踏み入れる探索者は少ない。


 フォートレス・アイソポッドの魔石が高値で換金されるとわかっていても、魔剣を損耗することがわかっているので、採算が合わない不採算エリアであるというのが、探索者の間での評価だ。


 しかし、前方に光源の揺らぎが見えた。


 先行するパーティーがいる。


 五人編成。


 装備は新しく、それぞれが数百万円クラスの魔剣を携えていた。


 彼らの話し声が反響してここにまで届いた。


 自分たちは他とは違う。撃破できるし、不採算エリアで荒稼ぎしてみせる。


 そういった言葉だけでなく、隊列の動きからも自信がにじみ出ているようだった。


 私は岩陰に身を潜め、彼らとの距離を保って、観察することにした。


 床の岩盤が微かに震えた。


 曲がり角の先から、黄褐色の巨体――フォートレス・アイソポッドが現れた。


 パーティーは一斉に斬りかかった。


 気合いの入った声とともに、連携して魔剣を振り下ろす。


 一撃目、魔剣の刃が分厚い装甲に弾かれ、表面には浅い傷すら残らない。


 二撃目、刃が硬質な外殻と衝突し、甲高い音とともに欠けるのが見えた。


 三撃目、刀身に深刻なひび割れが走る。


 フォートレス・アイソポッドの装甲は、衝撃分散構造を持っている。


 どれだけ強い物理的打撃を与えても、エネルギーは装甲全体に拡散し、局所的な破壊には至らない。


 彼らの動きが止まった。


 いや、違う。


 逃げるように後退していく。


 彼らが修理費の桁を呟くのが聞こえた。


 高コスト、非効率、構造的エラー。


 事前の環境データは、想定通りだった。


 私は岩陰から歩み出た。


 独自の業務プロセスを開始する。




 対象の行動パターンを視覚で捉え、事前のシミュレーションと照合する。


 多脚の歩行周期。


 頭部にある触覚センサーの反応範囲。


 そして、多層装甲が可動する際に生じる、継ぎ目の露出タイミング。


 すべての変数が、頭の中で処理されていく。


 私は足音を完全に殺し、対象の斜め後方、視覚の死角へと回り込む。


 先程の彼らのような斬撃は行わない。


 フォートレス・アイソポッドに対する私の武器は刃ではない。


 論理と工具だ。


 事前分析で特定した、唯一の構造的脆弱点である多層装甲の継ぎ目。


 そこへ、ホルダーから取り出した『対極硬度用・高周波解離ユニット』の先端を正確に押し当てた。


 スイッチを入れれば、グリップを通じて私の腕に細かな震えが伝わってきた。


 物理的に削るのではなく、結合を解離させる。


 私の理論通り、分厚い甲殻が内側から反り返るように浮き上がり、露出した継ぎ目の隙間が徐々に広がっていく。


 ユニットの役割は、ここまでだ。


 私は素早くホルダーに戻して、ナイフを引き抜いた。


 剥離によって完全に露出した柔らかい部位へ、ナイフの切っ先を迷いなく差し込んだ。


 刃先が対象の奥深くまで到達した手応え。


 フォートレス・アイソポッドが動きを止めた。


 そして、その巨躯が光の粒となって霧散する。


 淡い輝きを帯びた魔石が落ちる。


 私はそれを手に取った。


 ヘッドライトの光にかざし、内部の結晶構造を目視で確認する。


 外部の魔力による干渉の痕跡はなく、エネルギーの揮発も起きていない。


 完全な結晶構造を保った、極上品質のA品。


 高周波による剥離が装甲のみに限定して作用し、余計なストレスを与えなかった証拠である。


 私はバックパックのサイドポケットから、内側にウレタンフォームを精密に敷き詰めた専用の小型ハードケースを取り出した。


 採集した魔石を緩衝材の隙間へ押し込み、蓋を閉める。


 ワンアクションで衝撃からの保護と収納が完了する。


 現場での滞在時間を最小限に抑えつつ、運搬による魔石の価値毀損を完全に防ぐための仕組みだ。


「……工程は正しかった」


 確かな満足感があった。




 私は業務を継続した。


 次の個体を探し、同じ工程を淡々と実行していく。


 その都度、ユニットのバッテリー残量を視認した。


 高周波解離は強力な分、電力の消費が激しい。


 残量が規定値である30%を下回った時点で、いかなる状況であっても撤退する。


 ゼロまで使い切るのは論外であり、10%でも危険だ。


 帰路において不測の防衛戦闘が発生した場合、その対処に充てるための安全マージンとして、30%の余力は絶対に確保しておく必要がある。


 往路の計算だけで動くのは、計画ではなくただの楽観だ。


「……ここまでだ」


 インジケーターの数値が30%に到達したのを確認し、私は迷わず電源を切った。


 目の前の通路の奥に、もう一体の気配がある。


 回収できる魔石があと一個残っている。


 だが、私は背を向け、『金剛石の回廊』を後にした。




 ゲートを抜けて外の空気に触れると、私は今日も生き残ることができたのだと実感する。


 足を止めることなく、ポケットからスマートフォンを取り出し、種田精密へと電話をかける。


 数回のコールの後、種田氏が出た。


「どうだった」


「満足のいく結果を出すことができました」


「……そうか」


 通話を切ったのはほぼ同時だった。


 結果が出た。


 お互いにとって大事なことは、その事実だけだったからだ。


 協会の換金カウンターへと向かう。


 バックパックから専用のハードケースを取り出し、そのまま窓口へ差し出した。


 担当は権藤さんだった。


 ケースの蓋を開け、ウレタンの隙間に整列した魔石を確認すると、手がピタリと止まった。


「……フォートレス・アイソポッドの魔石を、これだけの数量か」


 しかも、と権藤さんは続けた。


「すべて濁りも欠けもない完全なA品の結晶……」


「権藤さんが種田精密を教えてくださったおかげです」


「……だとしても、それを成し遂げられたのは君の——」


「いえ、これは私だけの成果だけではありません」


 私の理論は、種田氏という職人がいなければ成立しなかった。


「……処理を進める」


「お願いします」


 権藤さんの呟きが聞こえていたのだろう。


 周囲の探索者たちがざわめき始めているのが聞こえてきた。


「おい、あれ、全部アイソポッドらしいぞ? しかもA品」


「あいつ魔剣とか持ってなかったよな? ……いや魔剣持ちならA品にはならないか」


「だとしたらどうやって——?」


 換金手続きが完了した。


 報酬は口座に振り込まれ、私は明細を受け取り、金額を確認する。


 高額査定。


「……想定通り、いえ、想定をわずかに上回っている感じか」


 事業の基盤が、確実に一段階厚くなったという実感がある。


 私はその場でスマートフォンを操作し、銀行の振込アプリを立ち上げる。


 受け取った報酬の一部を、次期装備拡張の研究開発費として算出する。


 出力に対するバッテリー効率の最適化。


 そして最大の課題は、摩耗が避けられないアタッチメント先端部の『ワンタッチ換装機構の実装』と、それに伴う消耗部品の『量産単価の削減』だ。


 摩耗した部位を現場で数秒で交換できるシステムの構築は、死が常にそばにあるダンジョンにおいて必須だ。


 時刻はすでに十五時を回っている。


 算出した金額を入力し、種田精密の口座への次期開発着手金として、翌営業日扱いの振込予約を完了させた。


 スマートフォンをポケットに戻す。


 今日の利益が、そのまま次の装備開発の投資へと循環していく。




 協会を出て、帰り道を歩きながら、私は今夜の夕食の献立を考えた。


「今日は少しだけ贅沢をして、合鴨のローストを買おう」


 それと、


「ノンアルコールビールも開けよう」


 それが、私なりの本日の業務完了の祝杯だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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▼書籍化作品▼

【書籍版 異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題 / ガガガブックス】
こちらから

【Audible版 異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題】
1巻 こちらから
2巻 こちらから

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