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悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました

作者: 天地サユウ
掲載日:2025/12/20

新作です。現代用語が出てきますが、そういう世界観だと思っていただければと。


「流石ですわ、お嬢様!」


 このセリフを口にするのは、本日すでに12回目だ。

 発声のタイミングは、お嬢様が扇子を閉じた直後の0.5秒後。声のトーンは「驚嘆」が7割、「追従」が3割の黄金比。

 完璧だ。私、リリアナ・フォレストの仕事に一点の曇りもない。


 目の前には、主君である公爵令嬢イザベラ様が、満足げにふんぞり返っている。

 世間一般において、私たちのような『取り巻き』は、権力者の威を借る金魚のフンだと思われているだろう。個性がなく、薄っぺらく、主君が没落すれば共に消えゆく背景(モブ)

 だが、あえて内心で否定させていただきたい。

 真に優秀な『取り巻き』とは、高度な感情労働従事者――つまり、プロフェッショナルなのだ。


 私はしがない貧乏男爵家の三女であり、現在はイザベラ様の『筆頭取り巻き』として、日銭を稼ぐ毎日である。


「ねえ、聞いてるの、リリアナ? あの泥棒猫のことよ!」


 イザベラ様のヒステリックな声が、現実に私を引き戻す。

 私は瞬時に思考を切り替え、表情筋を『忠義の従者』の形に固定する。


「はい、お嬢様。聖女ソフィアのことですね。先ほどの中庭での振る舞いは、実に目に余るものでした」


 私は懐から手帳を取り出し、ペンを走らせる。

 説明するまでもない。これは単なる噂話ではなく、ビジネスだ。

 明日、食す米のため、私は今日も完璧な腰巾着を演じるのである。


「許せないわ! リリアナ、今すぐあの女の教科書を中庭の噴水に投げ込んでらっしゃい! びしょ濡れにしてやるのよ!」


 豪奢なソファの上でクッションを放り投げながら、イザベラ様が鼻息荒く命じた。

 燃えるような赤髪に、勝気な吊り目。黙っていれば絶世の美女だが、口を開けば残念なワガママお嬢様。

 それが、私の雇い主だ。


 私は飛んできたクッションを見事な手さばきでキャッチし、元の位置に戻しながら首を横に振った。


「お嬢様、それは下策というものです」

「な、なんですって?」

「教科書という物品の損壊は、学則第15条『生徒間の私有財産侵害』に抵触します。もし見つかれば、こちらが停学処分を受け、アレクセイ殿下に『心の狭い女だ』と幻滅されるリスクがございます。ハイリスク・ローリターンです」

「むぅ……じゃあ、どうすればいいのよ! この怒りは収まらないわ!」


 イザベラ様が地団駄を踏む。

 私は深いため息を心の中でつきつつ、眼鏡を中指で押し上げた。


「イザベラ様、感情任せの嫌がらせは三流の悪役がすることです。我々は一流を目指さねばなりません」

「い、一流……? どういうことよ?」

「殿下がソフィアを庇護するのは、彼女が『清廉潔白な聖女』だと信じているからです。ならば我々がやるべきことは、水をかけることではなく、その化けの皮を論理的、かつ不可逆的に剥がすことです」


 私は脇に抱えていた革張りのファイルを、テーブルの上に「ドン」と、重々しい音を立てて置いた。

 表紙には金文字で『対聖女ソフィア・戦略的排除計画書』と記されている。


「ここ数週間、私はソフィアの周辺調査を行いました。結果から申し上げますと、彼女は真っ黒です」

「ま、真っ黒? 日焼けでもしたの?」

「いいえ、腹の中と素行の話です」


 私はページをめくり、イザベラ様に提示する。


「まず、彼女が平民出身ながら、不自然に高価なアクセサリーを所持している点。これは学園の備品管理室から消えた魔石の数と一致します。次にテストの点数が急激に上昇した時期と、教員室への不法侵入痕跡が見つかった時期の相関関係。そして極めつけは――」


 イザベラ様に一枚の羊皮紙の写しを指さす。


「彼女が隣国の密偵と接触している現場を、私が雇った庭師(バイト)が目撃しております。日時は先週の火曜日。場所は裏庭の温室です」


 イザベラ様が目を丸くした。


「す、すごすぎてよく分からないけど、とにかくあいつが悪党だって証拠があるのね!?」

「はい。ですが、これらはまだ状況証拠の域を出ません。来たる卒業記念舞踏会……通称『断罪イベント』までに、これらを確定的な法的証拠へと昇華させる必要があります」


 私はイザベラ様の目を見て、恭しく一礼した。


「イザベラ様、私に全権をお与えください。追加の調査費用として金貨10枚ほど必要ですが、必ずや殿下の目が覚めるような『完璧なステージ』をご用意いたします」


 イザベラ様は一瞬ぽかんとした後、満面の笑みで私の手を取った。


「いいわ! さすが、リリアナ! 金貨でも何でも持って行きなさい! 全て任せるわ!」

「畏まりました(予算確保完了です)」


 チョロい。もとい、決断の早い上司で助かる。

 私は心の中でガッツポーズをした。この予算があれば、弟のエルヴィンの学費だけでなく、実家の雨漏りの修繕もできる。

 余った分は、私の老後資金だ。


 ◇


 その夜、私は寮の自室で一人作戦会議を行っていた。

 狭い机の上には学園の見取り図と、ソフィアの行動パターンを記したタイムテーブル。そして王国の法律書が所狭しと広げている。


「……聖女ソフィア。彼女もまた、この学園という舞台でのし上がろうとする野心家ね」


 私には分かる。彼女もまた、生きるために必死なのだ。だが、彼女のやり方はずさんすぎる。色仕掛けや小細工で一時的な寵愛を得ても、それは砂上の楼閣。真の地位とは、堅実な実務能力と、瑕疵(かし)のない経歴によってのみ担保される。


 私はインク壺にペンを浸し、報告書の最終校正に入った。

 ターゲットは第一王子、アレクセイ殿下。

 冷徹無比な『俺様王子』として知られる彼は、無能を嫌う。涙ながらに「ひどいんです!」と訴えたところで、「証拠は?」と切り捨てられるのがオチだ。

 彼を動かす鍵は『正義』ではない。

 『損得』と『事実』だ。


「構成案A……ソフィアの素行不良による品位低下の指摘。いや、これでは弱い。やはり構成案C、国家保安上のリスクとしての排除勧告で行くべきね」


 徹夜作業は苦ではない。むしろ、数字や事実がパズルのように組み合わさり、一つの結論、『ソフィアの社会的抹殺』という解へと導かれる過程には、ある種のカタルシスすら感じる。


 夜明け前の光が窓から差し込む頃、ついにその資料は完成した。

 厚さ5センチにも及ぶ、渾身の調査報告書。

 これこそが私の武器であり、イザベラ様を守る盾であり、私がこの学園から無事に卒業し、退職金をもらって平和に暮らすための切符だ。


「ふう……。これで準備は整った」


 私は大きく伸びをし、冷めた紅茶を一口飲んだ。

 明日は卒業記念舞踏会。

 私のシナリオ通りにいけば、イザベラ様は真実を暴いた勇気ある公爵令嬢となり、ソフィアは退場する。

 完璧だ。どこにも破綻はない。

 私はそう信じて疑わなかった。


 だが、まさか、その『完璧すぎる仕事ぶり』が仇となり、あの恐ろしい俺様王子の目に留まることになろうとは、この時の私は知る由もなかった。


 ◇


 王立学園の大講堂は卒業を祝う祝祭の熱気に包まれていた。

 煌めくシャンデリア、色とりどりのドレス、給仕が運ぶ高級なワインの香り。

 だが、私にとってこの場所は、単なる最終プレゼンテーション会場に過ぎない。


「リリアナ、行くわよ。私の晴れ姿をしっかりと目に焼き付けなさい」


 控え室の扉の前で、イザベラ様が振り返る。

 彼女が身に纏っているのは、血のように鮮烈な真紅のドレス。私が懇意にしている仕立屋に発注し、主役以外には着こなせないように計算して作らせた一品だ。

 対する私は、壁紙と同化しそうなほど地味なモスグリーンのドレスである。


「はい、お嬢様。準備は万端です。段取り通りに」

「ええ、分かっているわ。……ふふ、あの女がどんな顔をして泣き叫ぶか、楽しみで仕方がないわ!」


 イザベラ様が扇子を広げ、高笑いと共に扉を開け放つ、その瞬間、私は背後の楽団長に目配せを送った。

 ――スタート。

 優雅なワルツが唐突に止まり、重厚かつドラマチックな曲調へと切り替わる。曲名は『断罪の序曲』。

 私が事前に楽譜を渡し、金貨一枚で演奏を依頼しておいたものだ。


 会場の空気が一変し、数百人の視線が一斉に入り口――すなわち、イザベラ様に集まる。


「あら、イザベラ公爵令嬢だわ」

「なんだか凄い迫力じゃないか?」


 ざわめきの中、イザベラ様は堂々とホールの中央へ進んでいく。その視線の先には、本日のターゲットたちがいる。

 第一王子アレクセイ殿下。そして、その腕にまとわりつくように身体を寄せている、聖女ソフィア。


 ソフィアはピンク色のふわふわとしたドレスを着て、上目遣いで殿下に何かを囁いている。

 あざとい。実に計算高いポジショニングだ。

 だが、それもここまでである。


「お待ちください! アレクセイ殿下!」


 イザベラ様の声が、音楽の切れ目に合わせて響き渡った。

 さすが、お嬢様、無駄に声量が大きい。マイク要らずだ。


 殿下が不機嫌そうに眉をひそめ、こちらを向く。

 金髪碧眼、彫刻のような美貌。しかし、その瞳には冷徹なまでの冷たさが宿っている。そして殿下は周囲の視線を意識するように、わざとらしく告げる。


「イザベラか。何の用だ? 俺は今、ソフィアと愛を語らっているのだが」

「殿下、その女に騙されてはいけません! その女は聖女の仮面を被った、稀代の悪女なのですわ!」


 おおおっと、会場がどよめいた。

 イザベラ様がビシッと扇子でソフィアを指す。


「な、何を仰るのですか、イザベラ様……? 私が悪女だなんて……ひどいです!」


 ソフィアが両手で口元を覆い、瞬時に瞳を潤ませる。

 素晴らしい演技力だ。涙袋の震え方まで計算されている。もしこれが演劇の授業なら満点だが、残念ながらここは法廷(予定)だ。


 周囲の生徒たちから「またイザベラ様の嫉妬か」「可哀想なソフィア様」という、ヒソヒソ声が漏れ始める。

 ここまでは想定通り。完全にアウェーの空気を作らせてから、ひっくり返すのがカタルシスというものだ。


「証拠はおありなのですか、イザベラ嬢? 根拠のない誹謗中傷であれば、王族への不敬と見なしますよ」


 殿下の側近である騎士団長の息子が、剣呑な眼差しで割って入る。

 イザベラ様が怯んだように一瞬言葉を詰まらせ、チラリと後ろの私を見た。

 ――タスク(出番)発生。


 私は無言で一歩前に進み出ると、練習通りに15度の角度で、完璧なカーテシーを披露した。

 そして小脇に抱えていた分厚いファイルを掲げる。


「証拠ならここにございます」


 私の声は決して大きくはないが、よく通る事務的なトーンだ。

 騒がしかった会場が、異質な空気に水を打ったように静まる。


「な、なんだ、それは……?」


 側近が眉を寄せる。


「こちらは聖女ソフィア様が入学してから現在に至るまでの行動履歴、資金の流れ、及びそれに関連する不正の証拠をまとめた調査報告書です」


 私は書類を開き、あらかじめ貼っておいた付箋のページを広げる。


「まず資料3ページ目をご覧ください。5月12日、ソフィア様が隣国の密偵と接触し、学園の魔法結界に関する機密情報を渡した際の王都憲兵隊による監視記録の写しでございます。なお、こちらはイザベラ公爵家の伝手で憲兵隊に閲覧申請を通し、正式に写しを取得しております。日時、場所、会話の内容まで全て記録されております」


 会場の空気が『哀れみ』から『疑念』へと変わり始める。

 具体的な日付と公的機関の名前が出たからだ。


「う、嘘よ! そんなの捏造だわ!」


 ソフィアが叫ぶ。


「捏造ではありません。この監視記録には憲兵隊長の署名と捺印がございます。さらに裏付けとして同時刻に、ソフィア様が寮を抜け出している様子を捉えた、魔道具による記録映像も保管しております」


 私は淡々とページをめくる。


「続いて、8ページ目。ソフィア様が複数の男子生徒に対し、『テストの答えを教えてくれたらデートしてあげる』と持ちかけ、実際には答えだけ受け取って約束を反故にした件。被害生徒12名の連名による告発状です。なお筆跡鑑定により、本人の署名であることは確認済みです」

「そ、そんな……」

「さらに15ページ目。学園の備品である魔石を転売。そこで得た資金で高級ドレスを購入していた件。質屋の買い取り台帳のコピーと、購入店の領収書を照合いたしました」


 パラパラとページをめくる音だけが響く。

 感情を込めず、事実のみを積み上げる。

 それはまるで、処刑台の階段を一段ずつ組み立てていく作業に似ていた。


「嘘……嘘よ! 殿下、信じてください! この人たちは私を陥れようとしているんです! 私は何も知らない、ただの平民なんです!」


 ソフィアが殿下の胸にすがりつき、大粒の涙を流す。

 通常であればここで殿下が激昂し、「黙れ! ソフィアをいじめるな!」と、書類を叩き落とす展開になるはずだ。

 私はそのための『予備のコピー』も懐に用意し、叩き落とされたら、すかさず二冊目を出す手はずになっている。

 だが――


「……ほう」


 アレクセイ殿下の反応は、私の、そして会場全員の予想を裏切るものだった。

 彼はソフィアの肩を抱くことも、私を怒鳴りつけることもせず、ただ私が掲げている書類に、鋭い視線を釘付けにしていたのだ。


「……貸してみろ」

「えっ? あ、はい」


 殿下は私からファイルを奪うように手に取ると、猛烈な勢いで読み始めた。

 ソフィアが「あの、殿下……?」と、不安げな声を上げるが、完全に無視されている。


「……見事だ。これが欲しかった。確証がなければ処理もできなかったからな」


 静寂の中、殿下の低い声が響いた。


「情報の精度、裏取りの確実性。そして何より、このレイアウト。要点が太字で強調され、関連資料へのインデックスも完璧だ。特にこの『横領資金のフローチャート』は実に分かりやすい。一目で金の流れが把握できるな」


 殿下の目が、キラキラと……いや、ギラギラと輝いていた。

 それは愛する女性を見る目ではない。

 有能な『成果物』を見つけた時の経営者の目だ。


「この報告書を作成したのは誰だ?」

「えっ?」


 イザベラ様が間の抜けた声を出す。

 殿下は、「バンッ」と書類を閉じ、イザベラ様を通り越し、その背後に控えていた私を直視した。


「そこの地味な女、お前か?」


 ……おや? 雲行きが怪しくなってきた。

 私のシナリオでは、ここで殿下が、「ぐぬぬ、反論できん!」と悔しがり、イザベラ様が勝利宣言をして終わるはずだったのだが。


 私は冷や汗を隠し、ポーカーフェイスを維持したまま答える。


「……はい。イザベラ様の指示の下、僭越ながら私が作成・編集いたしました。リリアナ・フォレストと申します」


 あくまで責任者は、イザベラ様というスタンスを崩さない。

 しかし、殿下は鼻で笑った。


「イザベラ如きに、これだけの論理構成ができるわけがない。指示があったとしても、実務を行い、このレベルまで仕上げたのは、お前だな?」


 殿下が一歩、私に近づく。

 その圧力が強すぎて、私は思わず後ずさる。


「おい、ソフィア」

「は、はいっ! 殿下、やっぱり信じてくださるのですね……!」


 ソフィアが希望に満ちた顔を上げる。

 しかし殿下は彼女を見もせずに言い放つ。


「衛兵、この女を連れて行け。容疑は国家反逆罪、及び詐欺罪だ。証拠はこの書類に全て揃っている。もはや尋問の必要すらないレベルでな」

「えっ? 嘘……い、いやあああ! 殿下あああ!」


 殿下の指パッチン一つで、待機していた衛兵たちが雪崩れ込み、ソフィアを取り押さえた。

 あまりの手際の良さに、会場中がドン引きしている。

 ズルズルと引きずられていく聖女の絶叫が遠ざかると、再び静寂が訪れた。


 残されたのは、勝利したはずなのに状況についていけず、ポカンとしているイザベラ様。

 そして、なぜか私を値踏みするように見つめる、俺様王子。


 殿下はファイルを小脇に抱え直すと、私の目の前まで歩み寄り、ニヤリと笑った。


「リリアナと言ったな」

「……は、はい」

「単刀直入に言う。俺の下で働け」

「……はい? 殿下、今なんと仰いましたか?」


 私は自分の耳を疑った。

 周囲の貴族たちも、まるで時が止まったかのように固まっている。

 あの氷の俺様王子と恐れられるアレクセイ殿下が、たかが男爵令嬢、それも悪役令嬢の金魚のフンである私をスカウトしている?


「聞こえなかったのか? 『採用だ』と言ったんだ」


 殿下は不愉快そうに眉を寄せた。


「俺は今、補佐官を探している。現在の側近どもは無能でな。俺の思考速度についてこれず、たかが隣国の関税率の推移グラフを作るのに3日もかける。だが、お前なら3時間でやれるだろう?」

「はあ……まあ、資料さえ揃っていれば2時間で可能です」


 つい職業病で正直に答えてしまった。

 殿下はニヤリと、肉食獣のような笑みを深める。


「ほう……2時間か。悪くない」


 殿下が私に手を伸ばそうとしたその時、ようやく再起動したイザベラ様が叫ぶ。


「こ、困ります、殿下! リリアナは私のものですわ! 私の大切な腰巾着で、私の自慢の太鼓持ちなんです!」


(……お嬢様。褒めてくださっているのは分かりますが、語彙のチョイスが最悪です)


 殿下は、イザベラ様を冷ややかな目で見下ろした。


「『私のもの』か……おい、イザベラ。お前はこの功労者をどう評価している? ただの『便利な侍女』扱いではないのか?」

「そ、それは……リリアナにはちゃんと奨学金の支援をしておりますわ!」

「奨学金? それだけか?」


 殿下は鼻で笑った。


「安い、安すぎる。このレベルの情報収集能力と事務処理能力を持つ人材を、端金(はしたがね)で飼い殺しにするとは。これだから無能な経営者は困る」


 グサリ、とイザベラ様の心に矢が刺さる音が聞こえた気がした。

 殿下は私に向き直り、長い指を3本立てた。


「リリアナ、王宮事務官としての正式採用だ。給与は現在の3倍。さらに年2回のボーナス支給。王都の一等地に官舎を用意しよう。当然、家賃は王宮持ちだ」


 3倍。ボーナス。家賃無料。

 カシャン、カシャン、チーン!

 私の脳内にある巨大なレジスターが、凄まじい勢いで計算を弾き出した。

 男爵家の借金完済まで、あと3年かかる予定だった。だが、この条件なら1年で終わる。

 雨漏りする実家の屋根どころか、老朽化した外壁のリフォームまで可能だ。

 何より、『王宮事務官』という肩書きは、将来、私が引退して年金生活を送る際の強力な後ろ盾となる。


 私は眼鏡の位置を直し、ゆっくりとイザベラ様に振り返った。


「……お嬢様」

「リ、リリアナ? まさか、行かないわよね? 私たち、ずっと一緒よね?」


 イザベラ様が縋るような目で見つめてくる。

 確かに彼女には恩がある。拾ってもらった恩義も、少しだけある。彼女の単純で扱いやすい性格も嫌いではない。

 しかしだ。私はプロだ。プロはより高い報酬と、より自分を高く評価してくれるクライアントを選ぶ権利がある。

 私は深く、深く頭を下げた。今までで一番美しい角度で。


「イザベラ様、今まで大変お世話になりました」

「えっ!?」

「本日付けで退職させていただきます。業務の引継ぎ資料につきましては、後日郵送にて送付いたします。なお、これまでの経費精算書も同封しますので、期日までにお振込みをお願い申し上げます」

「リ、リリアナァァァーッ!?」


 イザベラ様の絶叫が、シャンデリアにこだました。

 こうして、私は悪役令嬢の取り巻きというポジションを卒業し、王宮という名の新たな戦場へと足を踏み入れたのである。


 ◇


 あれから一か月。

 私は王城の奥深くにある、第一王子執務室にいた。

 窓からは美しい王都の街並みが見渡せるが、今の私にそんな景色を楽しんでいる余裕はない。

 なぜなら、私の目の前には人の背丈ほどに積み上がった書類の山が、三つも鎮座しているからだ。


「リリアナ、隣国ガレリアとの通商条約の改定案はまだか? あと10分で持ってこい」


 執務机の向こうから、不機嫌そうな声が飛んでくる。

 アレクセイ殿下だ。彼は朝からノンストップで決裁印を押し続け、殺気立っている。


「出来ております、殿下」


 私は三つ目の山から一冊のファイルを引き抜き、殿下の前に置いた。


「A案(強気)、B案(妥協)、C案(決裂覚悟の威嚇)の3パターンを用意しました。ついでに先方の交渉担当者の女性遍歴と、裏カジノでの借金リストも添付してあります。これを交渉材料に使えば、A案でも通るかと」


 殿下は凄まじい速さで書類に目を通し、ニヤリと口角を上げた。


「……素晴らしい。借金のネタまで掴んでいるとはな。やはり、お前を拾って正解だったな」

「恐縮です。ついでに明日の視察スケジュールも調整済みです。移動時間を15分短縮し、その分を地方領主との会談に充てております」

「よくやった。だが、ここの計算が甘い。修正して再提出だ。期限は5分後」

「……仰せのままに(鬼か貴方は)」


 私は心の中で毒づきながら、自分のデスクに戻った。

 アレクセイ殿下は予想通りの『超』がつくほどのワンマン上司だった。

 能力は極めて高い。決断も早い。だが、部下への要求水準が高すぎるのだ。以前の補佐官たちが、次々と胃に穴を空けて辞めていった理由がよく分かる。

 ここは王宮の皮を被ったブラック企業。

 だが、不思議と不満はなかった。なぜなら、『今月の給与明細』。引き出しの中にしまってある封筒。そこに記載された金額は、私が男爵家時代に見たこともないような数字だった。

 しかも、昨日は『深夜残業手当』として、最高級の菓子折りと、追加の金一封が無造作に投げ渡された。

 

 働けば働くほど評価され、金になる。

 イザベラ様の元で、どれだけ完璧な仕事をしても、「さすがリリアナ!」の一言と、一定の支援金で終わっていた頃とは充実感が違う。


「ところで殿下、先ほどから私のデスクにピンク色の封筒が山のように届いているのですが」


 私は未開封の手紙の束を指さした。

 差出人は全て『イザベラ・フォン・ローゼンバーグ』。しかも封蝋には、泣き顔のスタンプが押されている。


「ああ、あの騒がしい公爵令嬢か。気にするな。彼女には新しい腰巾着を見繕ってやったはずだが?」

「ええ、ですが手紙の内容を見るに、『新しい子は気が利かない』『笑うタイミングが遅い』『リリアナの淹れた紅茶が飲みたい』といった愚痴ばかりでして」

「ふん、自業自得だ。お前の抜けた穴の大きさを身を以て知ればいい」


 殿下は冷たく切り捨てたが、その声には少しだけ楽しそうな響きがあった。

 彼はペンを走らせながら、ふと手を止めると、私を見た。


「リリアナ、お前が作成した『断罪イベント』の段取り。あれは実に楽しかった」

「はあ……それは何よりです。ソフィア様の件は迅速な処理ができて幸いでした」


 ちなみに聖女ソフィアは現在、王都から遠く離れた修道院で、厳重な監視の下、これまでの横領分を返済するための強制労働に従事しているらしい。

 ある意味、彼女も働くことの尊さを学んでいる最中と言えるだろう。


「だから、次のイベントも頼むぞ」

「次ですか?」


 嫌な予感がする。

 殿下がこの顔をする時は、ろくなことがない。

 殿下は立ち上がり、窓の外に広がる王宮の広場を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべた。


「来月、俺の『立太子礼(りったいしれい)』が行われる。俺が正式に次期国王として指名される儀式だ」

「存じ上げております。国の最重要行事ですね」

「ああ。だが、ただの儀式ではつまらない。俺の叔父にあたるグランビル公爵が、この儀式に合わせて何か仕掛けてくるという情報が入った」


 グランビル公爵。現国王の弟であり、野心家として知られる人物だ。アレクセイ殿下の優秀さを(うと)み、自身の息子を王位につけようと画策しているという噂は、私の耳にも入っている。


「……まさか、殿下」

「そのまさかだ。叔父上は儀式の最中に俺を失脚させるためのスキャンダルを捏造し、ぶつけてくるつもりらしい」


 殿下は楽しそうに、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。


「リリアナ、お前の出番だ。叔父上の企みを全て洗い出し、逆に儀式の場で完膚なきまでに叩き潰す『逆断罪イベント』の脚本を書け」

「……」

「期限は2週間。予算は無制限だ。できるな?」


 私は天を仰いだ。

 断罪イベントの次は王位継承権を懸けた政争イベント。

 スケールが大きすぎる。失敗すれば、私の首も物理的に飛びかねない。

 しかし、私の脳裏に実家のボロボロだった壁が、ピカピカの大理石に変わるビジョンが浮かんだ。

 ――予算無制限。

 そして、成功報酬はきっと破格だろう。

 私は眼鏡を押し上げ、ニヤリと口角を上げた。


「承知いたしました。叔父上様が後悔して泣き叫ぶような、完璧なステージをご用意いたします」

「いい返事だ。期待しているぞ、俺の筆頭秘書官よ」


 私はファイルを抱え直し、新たな戦場へと駆け出した。

 悪役令嬢の取り巻きAだった私は今、俺様王子の右腕として、国を揺るがす陰謀の中心に立っている。

 

 忙しい日々は続きそうだが、悪くない。

 さあ、仕事の時間だ。

お読みいただきありがとうございました!

我ながらの渾身作なので、連載版を執筆中です(近日投稿予定)→ (12.26日から連載開始します)

ぜひぜひブックマークと、↓【★★★★★】の評価をお恵みくださいませ!


2025.12.25:[日間]総合すべて 8位に入りました!

2025.12.26:[日間]総合すべて 5位に入りました(歓喜)

ありがとうございますm(__)m


他にも↓投稿してますので、見てくださいませ。


【短編】辺境の城に生贄として捨てられた令嬢ですが、そこは至高のグルメ天国でした

https://ncode.syosetu.com/n9067lm/


【短編】効率厨の悪役令嬢は婚約破棄RTA記録を更新する。「お前を愛することはない」は、チュートリアルなのでスキップします

https://ncode.syosetu.com/n9694lm/


【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、真実の愛よりも大切なことを教えてさしあげますわ

https://ncode.syosetu.com/n9525ll/


それではまた( ´∀`)ノ

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― 新着の感想 ―
お話読ませていただきました。主人公がバリキャリタイプのものってあまり読まないので面白かったです。しかし、疑問が何個かありますね。まずひとつ王太子さんはわざとヒロインに誑かさているように演技したのでしょ…
主人公が完璧な有能社畜で草(っ'ヮ'c)<クサハエリングフォーエバーʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬʬ
この王子様が、「ヒロイン」に誑かされるアホには見えませんので、何か考えが有ったのですかね? 「小悪党だが、暗部として使えそうだ」などと。 リリアナについてその真価を理解し活用できなかった責任が重たいの…
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