池
近所に大きな池がある。
透明度は低く、水深は深いところでも二メートルほどだが底は見えない。
池のほとりにはよく釣り人が来ている。
今では安全対策が厳しくなり子供だけでいると注意を受けてしまうが、私が子供の時分には誰の眼も気にすることなくよく友人達と遊びに行った。
ザリガニやカエルを捕まえたり、鯉を狙ったこともある。
子供の水の事故というのは毎年起こったが死者が出たという話は聞いたことがなかった。
けれどここ十年ばかりだろうか。毎年のように池で溺れる子供が一人は出る。それも死亡事故。
とても不思議なのは池には注意喚起の立て札があり、釣りをしている大人たちも眼を光らせ、子供が近づくと家に帰るように声をかける。それが功を奏したのか少なくとも私は子供が池で遊んでいる姿を見なくなった。
それなのに毎年子供の死者が出る。
釣り人たちがいない早朝や夕暮れ過ぎを狙って子供が入り込み、そして溺れる。
誰もいない時刻の事故であるから助けもなく、そのまま死亡してしまう。そんなケースが増えていた。
友人達と遊びに行ったとかそういう話ではない。どのケースでも子供は一人で池に行き、そして溺れている。
親が寝静まった夜中に家を抜け出したという子供もいた。
近隣の大人たちは自分たちの子供に口を酸っぱくして注意をするし、小中学校では全校集会の折に必ず池についての注意がある。
それなのに子供は池に行く。
大人の目を盗み、ひと気のない時間を狙って。
まるで池に行かなければならないという強い使命感でもあるように。
あまりにも事故が多いので立ち入りができないように柵で覆ってしまおうかという話も出ている。池の周辺全てとなれば大きな工事となるし予算もかかる。実現するとしてもしばらく先になるだろう。
柵が出来るまでに何人の子供が犠牲になるのか。
今はただ一刻も早く池の立ち入りが禁止されることを願うばかりだ。
もう一つ不思議なことがある。
ここ十年ばかり前から、池で女を見かけるようになった。
遠目で見るだけなので本当に女なのかどうか、年齢がいくつぐらいなのか細かいところまではわからないが、いつ通りかかってもその女は池のほとりに立っている。
濡れているのかべったりとした長い黒髪と元は白っぽい色だったらしい薄汚れたワンピースを着た女はどう見ても釣り客には見えない。
場にそぐわぬ姿。酷い違和感。
けれど誰も女に注意を払っていなかった。
いったい何者であるのか興味はあったができるだけ見ないようにした。
あの女はきっと見えない方がいいものに違いない。そう直感したからだ。
一体いつから女がそこに居るのか正確なところは知らない。
女と子どもの水難事故の関係性も知らない。調べるつもりもない。
それはきっと関わらない方がいいものであると思うから。
今日も視界の隅に女の姿を捉えながら私は池のそばを通り過ぎる。
ホラー……怪談?