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第4話 王子の新しい相手

婚約破棄から数日が過ぎた。私はほとんど自室に引きこもり、誰とも顔を合わせずに過ごしていた。食事も喉を通らず、ただベッドの上でぼんやりと天井を見つめる時間が過ぎていく。


時折、侍女たちが部屋の外でひそひそと話している声が聞こえてくる。その内容は、聞きたくなくても耳に入ってきてしまう。


『アリアナ様、本当にお気の毒に……でも、仕方ないのかもしれないわね。あんなに地味でいらっしゃったのだから……』

『レオンハルト殿下、もう次の婚約者候補としてイザベラ様を考えていらっしゃるんですって! 早いわよねぇ』

『イザベラ様なら、殿下とお似合いだわ。美しくて、華やかで……アリアナ様とは大違い』


使用人たちまでが、私を憐れみ、そして新しい候補者を称賛している。彼らにとって、私はもう過去の人なのだ。


(私には、価値がない……?)


レオンハルト殿下の言葉、家族の態度、使用人たちの噂話……それらすべてが、私という人間の価値を否定しているように感じられた。これまで信じてきたもの、拠り所にしてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。


『地味で、華がない』


その言葉が、呪いのように私を縛り付ける。鏡を見ることすら怖くなっていた。そこに映る自分が、ひどく色あせて、みすぼらしく見えてしまうからだ。


気分転換になればと、侍女に勧められて久しぶりに庭園を散歩することにした。人目を避けるように、屋敷の裏手にある小さな薔薇園へ向かう。ここは私が幼い頃から好きだった場所で、手入れも自分でしていたから、他の者はあまり近づかないはずだった。


けれど、その日は違った。薔薇のアーチをくぐろうとした瞬間、聞き覚えのある楽しげな声が耳に飛び込んできたのだ。


「まあ、レオンハルト様! この薔薇、わたくしにくださるのですか? なんて嬉しい!」

「君の美しさには、この深紅の薔薇こそがふさわしいと思ってね、イザベラ」


――レオンハルト殿下と、イザベラ嬢だった。


殿下は、満開の真紅の薔薇を一輪折り取り、それをイザベラ嬢の豊かな金髪に飾ろうとしている。イザベラ嬢は、嬉しそうに頬を染め、殿下に甘えるように寄り添っている。その光景は、まるで絵画のように美しく、そして……私の心を深く抉った。


(あんな風に……殿下は、笑うのね……)


私と一緒にいる時、殿下があんなに優しい表情を見せたことなんてあっただろうか。いつもどこか不機嫌そうで、私に対しては要求ばかりだった気がする。


彼らは、本当に楽しそうだ。私がすぐ近くで立ち尽くしていることにも気づかずに、二人の世界に浸っている。私が手入れしてきたこの薔薇園で、私の愛した薔薇を、別の女性に捧げている。


耐えられなかった。静かに後ずさり、音を立てないようにその場を離れる。胸が苦しくて、息がうまくできない。


(私は……ただのお邪魔虫だったのね……)


彼らの幸せそうな姿が、私の惨めさを際立たせる。私がどれだけ努力しても、彼らのように輝くことはできないのだ。私は、ただの地味で、華のない、不要な存在。


自室に戻ると、私は再びベッドに倒れ込んだ。もう何も考えたくなかった。何も感じたくなかった。ただ、この息苦しい現実から逃げ出したかった。


これからの私の人生に、一体どんな意味があるのだろう。誰にも必要とされず、誰にも愛されず、ただ日陰でひっそりと生きていくしかないのだろうか。暗い考えばかりが頭を巡り、私は深い、深い絶望の底へと沈んでいくような気がした。未来への希望なんて、どこを探しても見つかりそうになかった。

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