小説の幼女
「なぁ。お主、小説を書いてみんか?」
その少女は、ボ――としながら公園のブランコで暇を潰していた俺の前に突然現れて話しかけてきた。
いゃ、少女と言うより幼女か?
「なぁなぁお主、小説を書いてみんか?」
「と、突然何を言い……」
「何じゃ、嫌なのか?」
「いや。嫌じゃ無いけど」
「なら書くか?」
「いや、俺はプロの小説家なんだが……」
「でも、売れてない様じゃの」
「ぬぐっ!」
こいつ、嫌なこと言いやがる。
「それで食って来たんだ。お嬢ちゃん、馬鹿にしないでくれるか? 大人を揶揄うものじゃ無い」
「でも、今、売れてないのぅ」
「くっ、……。い。今は、少しネタ切れしてるだけた。幾つかは、出版社に送って見てもらってる」
「でも、駄目出ししか返事が来てない様じゃの」
なんで、そんなことまで知ってるんだ?
「そ、それは……。見直したのを送ってある。確認に時間が掛かっているだけだよ」
「でも、いつ返事は来るのじゃ?」
「……」
俺は、黙りこくるしかなくなった。
このまま、何の返事もなく時間だけ過ぎて行くのは俺でもわかる。
「なぁ。『ハイ』と返事をするだけで良いのじゃ。どうじゃ?」
「え? 返信をするだけ?」
「うん、そうじゃ。簡単じゃろ?」
「お前、新手の悪徳セールスか? 俺に、人が羨む様な金なんて無いぞ」
「そんな事見ればわかる」
「ぬぐぐ」
何だこいつは?
「ん?」
しかし、小可愛い顔をして幼女は返事を即してくる。
「馬鹿にしやがって。変な契約書とか出してきても、サインしないぞ」
「そんなものはいらん。返事するだけじゃ。それに、このままだと金欠で、お主は日干しじゃろ?」
「返事だけなのか? もしかして、録音でもしてるのか?」
「そんなものしとらん。何なら、ワシの体、隅から隅まで調べてみるか? ほれ!」
両手を広げ、体中を触って調べて見ろと催促する謎の幼女。
情けない事に、幼女全身を上から下まで見回してしまった。
「いやいや。そんな事出来るか? こんな公衆の面前でやったや、俺は捕まっちまうわ」
危ない、危ない。
「何だ。腰抜けじゃの?」
「お、お前なぁ」
「じゃ、信用してくれるか?」
「返事をして、その後どうするのだ。何処かに連れて行って書かせるのか?」
さりげなく、周りを警戒する。
しかし、俺達以外には、誰もいない。
「いいや、返事をするだけじゃ。後は何も要らぬ。契約書など書かぬ。その録音とやらも不要じゃ。お前様は、『ハイ』と返事をするだけで良いのじゃ」
「本当か?」
「嘘をついてどうする? 疑り深いのぉ」
これ以上やりやっても時間の無駄だな。
「わかった。書くよ。返事は『ハイ』だ」
「ん。よろしい」
その幼女は、ニッコリと笑った。
か、可愛いじゃねえか。
「で、返事はしたが、具体的に何をすれば良いんだ?」
「ん? 別に? 今まで通りしておれば良い」
「え?」
「何か、不満か?」
「いや、そんな事は」
「なら、後は何も問題ないな。じゃ、新しい小説、楽しみにしておるぞ」
「お、おう」
何なのだ?
さっぱり意味がわからん。
その可愛い幼女は俺の返事に満足し、そのまま公園から去っていく。
一体、何だったのだ、あの幼女。
その姿は幼女の様に見えたが、ずいぶん大人びた会話をしていた。
しかし、具体的な指示は何もない。
仕方がないので、俺はアパートへ帰ることにした。
そして、いつもの様に机に向かい白紙の原稿用紙を目の前にして、頭を抱え込む。
「う――ん。う――ん」
俺は、唸り声を上げながら軽く目を瞑り、座椅子に寄りかかって軽く目を閉じる。
「……」
「!」
あ、眠っちまったか?
また、時間を無駄にしてしまったな。
まったく俺は。
目を覚ました、俺は起き上がり机の上を見た。
「あ、あれ?」
何か字が、書いてある。
それも、びっしりと。
眠り込む前は、何も書かれていない真っ白な原稿用紙だったはずだ。
ビックリして、その原稿用紙を取り上げ、書いてある内容を読んでみた。
「こ、これ。小説か? いつの間に?」
周りを見渡すが、窓も閉まっているし、部屋のドアにもガギ掛かっている。
外から人が入ってくる事はありえない。
と言うか、入って来られれてたら、怖いぞ。
とりあえず、書いてある原稿を隅から隅まで目を通してみた。
「か、完璧な小説じゃないか?」
「こ、これ、俺が書いたのか?」
「寝てる合間に?」
いやいや、それはおかしいぞ。
しかし、書いてある文字は、俺の字に似ていた。
他の連中はノートパソコンやネット上で小説を書いたりしているらしい。
だが、俺には金が無い。
だからしかたなく、原稿用紙で書いていた。
幸いにして、担当編集が原稿用紙とペン。
そして、封筒だけは用意してくれる。
送る際は、着払いで良いと言ってくれた。
せめてもの原稿料的な感じで渡してくれているのだろう。
「よし、出してみるか?」
誤字脱字が無い事だけは確認した。
しかし、誤字脱字も無いとは、俺は天才だったか?
翌朝、原稿用紙を封筒に入れ、宅配便で担当編集宛に送った。