白石愛実の場合③
試練は突然やってきた。
西郡と合流して11日目、午前の移動中に起こった。
「全体止まれ! 第一陣チーム準備せよ。ベス、ライフルの用意を」
霧が漂う中、標高400メートルほどの木々が茂る山の下り坂を移動中に西郡は動いた。
いつものように〈天禄〉で異変を感じた西郡が単独で先行して偵察する。
西郡の帰りを待つ中、第一陣チームが集結する。
〈複製〉の杉山御厨馬。
〈通販〉の山浦亮。
〈未来視〉の貞光剛。
そして〈復元〉の白石愛実が第一陣チームであった。
第一陣チームは優先して育てる〈天禄〉を持つ者で選ばれている。
集結したということは経験値を稼ぐに値するモンスターに遭遇したに他ならない。つまり小物ではないモンスターと遭遇したということになる。
4人はじっと待つが、偵察に行った西郡はなかなか帰らない。
貞光剛が不意に微笑んで柔らかく言う。
「遅いよね。案外、西郡さんがもう自分で倒しちゃったりしてね!」
「はは、まさか。それならそもそも第一陣チームを呼ばないでしょう」
「ブヘへ。そうだね。僕らが西郡さんの考えを読もうとしてもどうせ外れるよ」
「皆さん、無駄口はやめましょ。西郡さんの鉄拳が怖くないなら別に良いけど」
談笑し始める大人3人を白石がたしなめる。雑な行動に出る者を西郡は時折、暴力で矯正することがあった。理不尽な暴力ではない。死人を生みかねない軽率な行動をする者を抑止するために西郡は殴る。
すでに2回殴られている山浦が「お口にチャック」といったジェスチャーをしている。
白石は山浦を軽蔑していた。話すことも軽薄で空気を読まずに自分の主観を一方的に話すのだ。〈通販〉という有益な〈天禄〉も大きな欠陥があり、白石には育てる意味が分からなかった。〈通販〉は円の現金しか使えず、ロウダゴ王国で転移者たちが持っていた円を使いきるとまったく何もできなくなっていたからである。
やがて西郡が静かに戻った。
西郡はハンドサインで獣人ベスにシャイタックM200を運ばせる。次には手にしたシャイタックM200に408シャイタック弾を装填し、杉山に突き出す。
「この先1キロにサンショウウオに似た大型モンスターがいる。杉山が仕留めるのだ」
西郡の声には濃厚な殺気があった。ここから先はとんでもない集中力が必要であることを第一陣チームは察する。
貴重な貴重な408シャイタック弾を消費するということは絶対に間違いが許されないのだ。
手にした最新型ライフル・シャイタックM200を手にした杉山は西郡に指導されたままに、胸に抱えるようにする。
そしてランニング・ウィズ・ザ・カービンと呼ばれるスタイルを取って移動できる姿勢を見せる。
「では第一陣、俺について来い。ここからは一切しゃべるな。〔身体強化〕は許可するまで使うな。凡そ5分、やや駆け足で射撃ポイントに移動。我々以外の者は5分ほど来た道を引き返して警戒待機!」
西郡の言葉に誰もが更に緊張感を高める。これから先の結果によって、皆をレベルアップさせるのに必要なライフル弾が手に入るかが決まるのだ。
白石も急激に喉が渇くような感覚となる。杉山がレベルアップできるかどうかで西郡の計画が成功するかが断片的に決まるから――。
西郡は音もなく駆け出し、それに杉山、山浦、貞光、白石が続く。
霧が漂う草が茂るゆるい傾斜を進んでいくのだが、徐々にありえない振動を感じ始める。
ズンズンズン……。
前方にとんでもない質量のモノがいるのがわかった。それも超重量の持ち主であろうと徐々にわかってくる。
何? なんかありえない存在が前方にいる。別に私たちに関係ないならいいんだけど……
得体の知れない恐怖がこみ上げ、白石は思わず悲鳴を挙げそうになるがぐっと堪える。
自分は何とか恐怖心を殺せそうだが、山浦は大丈夫かと思う。
山浦はとにかく臆病でヘタレですぐ泣き言をいうのだ。現に今、涙を流しだしている。
巨大生物に近づくという行為が3分続いたところで西郡は駆けるペースを落とす。
忍び足というような慎重なものに変わった。
更に1分移動したところで、眼下の視界が開ける。白石は20メートル先が崖のようになっていることに気づく。
20メートル先は崖に囲まれた巨大な窪みのようになっていた。全長3キロほどの広さの平地が、7メートルほど低い場所に円形に展開していたのだ。
そこにターゲットがいた。
それはまさにサンショウウオ風の両生類的なモンスターで、6つの足を動かしてノシノシと移動していたのだ。
体長は7メートルを超え、電車一両ほどの質感も持っていた。しかもその体はほぼ透明である。かすかに目のようなモノがあったが体の透明度は不自然なほど高い。
見た瞬間に白石は西郡に失望を覚えた。こんな化け物を銃で仕留められると本気に思っていることに考えが浅いと断定する。
人類が対抗できるレベルのモンスターではないと本能が訴える。それこそ辺りを一瞬で焼き焦がす破壊的な魔法が必要だと思う。
「ひっ……」
白石が呆気に取られている間に山浦が短く悲鳴を漏らしたが、途中で止まっていた。見ると西郡によって口を手で抑えられていたのだ。
それから5人で2分かけて10メートル進んで、地面に這いつくばる。
白石から見て目測でターゲットまで800メートルほどの距離だと思う。
西郡はハンドサインで、杉山に射撃をするように命じる。
杉山はバイポッドという固定器を地面にセットし銃身を乗せた。次に丁寧に銃口をモンスターに向ける。
ゼロインを行い、電子ボアサイティングで凡その距離を出し、そこからバリスティックコンピューターを使って正確な弾道を導き出す。
次にエレベーションダイヤルとヴィンテージダイヤルを手で調整していく。
「モンスターの眉間を狙え。後頭部から目の間を通過するようにイメージして弾を貫通させろ。風速は1.4メートルで北東からだ」
杉山は西郡の言葉にうなずき、更に微調整を行う。
杉山は震えていたが覚悟は決まっているように白石には映る。西郡が指導に入ってから杉山は率先して射撃を習得しようとしているのは見ていてわかった。
白石は杉山を頼もしいと思うと同時に、短期間でどれほどのことができるのかわかっていない。弾丸に余裕がないので第一陣チームは実際は一度もライフルでモノを撃っていないのだから――。
別にどれだけ努力して集中しても、素人が一発であの大怪物を仕留めるなんか絶対に不可能だろう……。
生唾を飲み込んだ白石がそう思っていると、杉山が短く「撃ちます」といって引き金を絞る。
バォーン!!
小さく硝煙を挙げて、弾丸が飛翔する。
直後、半透明モンスターは頭部を微かに震わせた。が、再び歩き出す。
はぁ……やっぱりダメか。そりゃそだよね
白石は思わずため息をつく。当たったようだが致命傷にならなかったのだろうと判断したのだ。
が、モンスターは突如、崩れるように倒れ出す。
透明だった肌も急速に赤錆色になって、両生類らしいフォルムをハッキリとさせていく。
「やった……。人生一番の会心の一撃です」
そう笑顔で言う杉山の眉間が輝き、点滅を5回繰り返した。眉間の輝きはレベルアップを示す奇跡の現象である。
白石は思わずつぶやく。
「別に倒せるとは思ってなかったけど……嘘でしょ。ヤバっ」
それは西郡の能力の高さへの称賛であった。
能力が低い者を引き連れ、成長させながら逃亡するという無謀な西郡の計画が確かなものに思えたのだ。
本当に元の世界に帰れるかも……別に絶望しなくてもいいんだ!
先は果てしなく遠いが白石の中に確かな希望が生まれていく。鼓動が高鳴り、今までになくワクワクし始めていた。