白石愛実の場合②
睡眠は交代制だが一人8時間与えられたので不満はない。ただ虫よけでいぶされるヨモギのような匂いには不満はある。
野営する周辺には火が上がらないよう工夫された焚火を6つ作り、虫よけ効果のある木を燃やして21名を守っていた。
その植物はヨモギに似ており、寝袋から服まで匂いがついたが、凶暴な虫から守ってくれるというので白石は我慢できた。
体を狙って襲ってくる男がいないので最近ぐっすりと眠れている。実際は坂本・三浦・田中のチンピラは油断ならなかったが西郡の手前、いやらしい視線さえ送ってこない。
西郡も白石達には手を出してこなかった。とはいえ西郡が聖人君子などということでもなく、西郡は寝るときは必ず獣人のベスとテントの中で同禽していたのだ。
西郡自身も堂々とベスとそういう契約をしていると皆の前で公言している。
西郡はその〈天禄〉で夜の営みの音を消していて、下手に色欲をあおるようなことをしない配慮をしてくれていた。
2億円の契約金も白石は何とかなるだろうと思っている。駅前に住む白石は父から「家を売れば1億は超える」と聞いていたので、あと1億なんとかすればいいのだと思う。
その1億も「異世界帰りの魔法が使えるアイドル」になれば動画配信だけで稼げるだろうと推測する。白石はこれまで3回モデルの勧誘を町中で受けているので容姿にそこそこの自信がある。
異世界生活のトークを目玉にして、さらに歌って踊れば、1億ぐらいは簡単だろうと皮算用する。運が良ければ全部で4億ぐらいのリターンもあるように思う。
なので白石は西郡と契約を結ぶ気でいた。
ドラマを一本見て、好きな曲を4曲聞いたところで白石の意識がゆらゆらとしだす。
西郡のおかげで軽減はしているがサバイバル生活が過酷であることには違いなく、白石はここ数日疲労困憊で眠りに落ちていた。
ここのところ、同じルーティンで追放組は行動している。起床から食事、片付けから西郡からの10分程の講義。そして〔空間収納〕と〔身体強化〕を持続使用しながら移動開始。移動しながら狩りと木の実など採取しての食糧調達。薬草の選別指導と採取も欠かさず行われる。昼食と休憩の間に魔術師グマックの魔法授業。日が暮れるまで移動と狩りを行い、1時間の魔法や実戦の鍛錬。実戦では必ず1人5分は西郡と模擬戦を行う。夜には野営準備と食事を行い就寝となる。
初日の獣人の用意した食事はひどかったが、湖川ら成人女性が料理をするようになると満足できるものとなっていた。
魔法の習得も結構好きだった。王宮にいた魔術師よりグマックの講義はわかりやすい。だがやはり現代人の西郡から教わる方がよりテクニカルで具体的でわかりやすかった。西郡が凄いのは物事の根幹をきっちり理解できているから人に教えることも簡単なのだと思う。
白石は他3人と共に「第一陣チーム」として食事と野営の準備は免除される。「第一陣チーム」とは〈天禄〉のレベルを上げる優先順位が高い者で編成されていた。西郡には白石の〈復元〉が必要なスキルであるようだった。
雑事が免除される代わりにライフルの操作を西郡直々に教わる。射撃には沢山の物理学が用いられる上に、バリスティックコンピュータと呼ばれる装置の勉強もあり難易度は低くない。
大変だったが西郡の教える技術力の高さで、白石は何とか食らいついていた。
一日中、体と脳を酷使するのだが不思議な充実感はある。
いよいよ意識を失う寸前、白石は覚醒する。ある音が耳についてしまったのだ。
松崎美優、マジでウザ。別に絶望してもいいけど、それなら出ていけばいいじゃない!
白石は松崎の泣く声にうんざりしていた。松崎はこの追放組の一番最初の脱落者であった。
松崎は城にいるときから「モンスターを殺したくない」と泣き叫んで抵抗していたのだ。歳がまだ14だから致し方ないという意見が多かったが、この土壇場の状況でごねているのは救いがないと白石は思う。
今もアーチャーの仕事を放棄し、ガタガタと震えるだけだった。
精神が憔悴しているのはわかるけど、この世界は甘くない。ならば西郡の元を離れるべきなのに、食い殺されるのを恐れているのかただただ泣くだけ。
湖川や中村が松崎を介抱するように慰めているが、白石的には早く死んだ方が良いように思う。
ただ非協力的な松崎を西郡は追放しようという素振りさえ見せていない。
やれやれ。西郡さんも甘いな。わたしなら寝ている間に放置して、別にソロ生活を送らせてあげるのに。
そう思いながら白石は再び睡魔に飲まれていった。