白石愛実の場合①
白石愛実は双頭犬オルトロスと対峙しながらも心安らかだった。
自分を食い殺そうと、よだれを流し唸りを上げる犬型モンスターを前に動揺していない。
自分の攻撃範囲に入ったので狙いを定めて矢を射る。
ギャンッ!!
矢は一匹のオルトロスの2つの首の境目に深々と刺さる。その一撃でオルトロスは悲鳴を上げた後に倒れ、動かなくなった。
「よし、襲撃は終わった。残りのオルトロスは全て逃げて行っている!」
21名の中心で地面に伏せていた西郡がそういうと、皆が安堵し、戦闘態勢を解除した。
追放組は西郡の元、今まで8回モンスターの襲撃を受けていたが、犠牲を出さずに撃退に成功している。
槍か剣で武装した3人が背中合わせに組み、それを三角形を描くように3組配置し、残りの6名が弓かスリングで支援するという陣形が機能していた。
もちろんいきなり陣形が上手くいっていたわけではなく、ミスをし崩壊するたびに、西郡が立ち回り、調整することで形になっていたのだ。
西郡の〈振動〉は想像以上に優秀な〈天禄〉だと白石は思う。接近するモンスターの存在を早くから感知し、数や大きさまで100メートル手前で把握する。そして撤退も〈振動〉で完全に察知することができるのである。
西郡は〔身体強化〕も使いこなしており、手製の矢と槍で音を殺して接近し、急所を一撃で突くのだ。
時には40体の豚顔の鬼・オークが襲来してきたが16名に近づく前に3分の2が西郡に倒された。
つまりは白石たちの前に来るまでに数の調整がされており、無理なくモンスターと戦うことができたのだ。
場面場面で指示を飛ばす西郡の判断も的確で、モンスターによって微調整が行われて、攻撃のペースや構成がスムーズに変更される。
聞けば西郡は数々の戦場を渡り歩き、チームリーダーをした経験は50回を超えているという。それが魔法と〈天禄〉を使いこなすのだから知恵のないモンスターがかなうわけがない。
動物を殺すことに嫌悪感のある白石であったが、今は抵抗なく弓を撃つことができていた。相手が殺す気で襲い掛かって来る以上、戸惑うことさえ許されない現状だ。
15名が構成する陣形で一番安全な場所にはエルフのドゥギランと魔術師グマックがいた。その2人の間近に獣人3人娘が小剣を手に護衛している。
8回の戦いの間、一回だけ獣人達が戦うことがあったが、一番年上のベスが手慣れた様子で犬顔のモンスター・コボルドの喉をかき切って一撃で倒していた。
先に進むにつれモンスターは強力になっていたが白石は不安がない。
15名が機能し、余裕をもってモンスターを撃退できていることが自信につながっていたのだ。
レベルアップをする者も少なくなかった。
「マナミ―、ナイスヒットやん! 腕上げてくれてウチも嬉しいわ」
「ありがとう陽葵さん! 別に自惚れとかじゃなくなんか波に乗れている感じあるかも!」
そういって白石は、看護婦だった中村陽葵とハイタッチを交わす。白石は中村との相性の良さを感じていた。
続き白石に湖川愛が握手を求めてきた。
「白石さん、お見事でした。アーチャーチームは速やかに成長をしていると思います」
これには白石は「いや、一名まったく役に立ってないじゃん」と言いたかったが言葉にはしなかった。
「サンキュー先生。このままガンガン生き残ろ」
当初、教師である湖川と学生の白石はギクシャクしていたが最近の関係は悪くない。
全てはこのサバイバル生活がうまくいっているからに他ならなかった。
殺し合いなど無縁の生活をしていたただの女子高校生であった白石は、今も戦うことが好きではない。
それでも惨めに異世界で死ぬしかなかった未来が変わっていくのに強い満足感を覚えていた。
3秒前にしか戻せない〈復元〉という〈天禄〉しか持っていない白石は異世界に来てから、辛酸をなめる日々だった。レベルが上がらないのでロウダゴ王国に捨てられたのだ。
しかし西郡の指揮下に納まった途端に少しだけ元の自分に戻れることがうれしかった。
一日一時間だが好きな音楽を自分のスマホで聴きながら、目を閉じることで随分リフレッシュできていた。
スマホは西郡が城から奪還してくれていたのだ。充電は西郡が持っていた携帯ソーラーパネルと、持ち主不明の他の携帯ソーラーパネル2つで、一人一日40%しか充電できなかったが白石はスマホを操作できるだけで元気になれた。
限界まで保存した写真やムービー、音楽が楽しめるだけでも尽きていた気力がかなり回復していったのだ。
フリーターの山浦亮が持っていたノートPCがドラマ64タイトル、アニメ421タイトル、音楽をアニソンを中心に2000曲も保存しており、それをメモリーカードを通じて分けてもらえるのもありがたかった。
その日も寝る前に好きだったアイドルが出ていたドラマを見て、異世界にいることを忘れられた。