杉山御厨馬の場合③
西郡の先導で16名がモンスター襲撃におびえながら必死に駆ける。
だがこの後1時間進んだ処までは何事も起きなかった。
「ここで他の者と合流する」
西郡がそう宣言し、少し開けた場所に出るとそこには5人の者がいた。
一人は童話に出てきそうな白髭に黒衣の魔術師風の老人、そして3人の獣人の女性――そして今一人はとてつもない美貌をもった女性だった。輝く銀髪に大きく整った瞳、肌は雪のように真っ白である。
何よりその女性に驚かされたのはその耳だ。耳の端が横に長く伸びている。
「エルフ……?」
その言葉に銀髪女性が反応する。
「ふむ。わたしはいかにもエルフであるぞ。だが言っておくが精霊の化身のようなモノだと思ってもらっては困るぞ?」
エルフの鈴が鳴るような声に16名は残らず唖然となる。生物として人間と根本的に異なることを感じ取ったのだ。
すると西郡が説明を始める。
「ここにいる5名は今後行動を共にする者だ。エルフのドゥギランと、魔術師グマック以外は身分的には奴隷で、俺が主人となっている。獣人のベス、ダン、ジョーが奴隷だ。彼女たちは基本俺のサポートとドゥギランとグマックの世話を焼く」
杉山達は言葉が出ない。奴隷がいる現実を受け止められていないのに行動を共にするというから動揺を隠せなかった。
「ドゥギランらの役目を説明する前に俺の今後の予定を聴かせておこう。俺は25日かけて、ここから南西にあるザウスターという地に行く予定だ。ザウスターには活火山があり、そこで銃を作る拠点を築く計画だ。活火山周辺では鉄鉱石が取れ、火薬に必要な硫黄が取れる。おまけにモンスターが跋扈しているので、レベルアップがし易くなると思われる。今後デオインと接触する準備がザウスターでほぼ整えられると考えている!」
これには杉山達16名が騒めく。何故銃を作らなくてはならないのかが唐突すぎて理解できないのだ。
答えるように西郡は言う。
「なぜ銃が必要かといえば、持っていれば武器として圧倒的に優位であるからだ。そしてレベルアップの難易度を下げることができる。おまえ達は用意されたゴブリンを殺したがほぼレベルアップをしなかったな? もちろんそれはゴブリンがモンスターとして脆弱であることが一番の原因だが他にも理由がある。効果的にレベルアップを果たすにはモンスターを最良の方法で殺さなくてはならない。その方法は警戒していない状態で一撃で殺すというものだ。それを可能にするのは銃であると断言しよう!」
杉山らは面食らう。城にいなかった西郡であるが、この世界でどう立ち振る舞うべきか調査・学習し、ある程度実践しているのだろうと想像がつく。
警戒していないモンスターを一撃で殺すなど、普通では到底できそうもなかったが確かに銃があれば可能であるように思えた。
しかしこの世界で一から銃を作ることを考えると、簡単ではないと予想がつく。
現に西郡の話に懐疑的な反応をする者が大半であった。
追放組がざわざわし始めると、西郡はべスという獣人女性が運ぶケースを受け取る。
それは前の世界の代物で、長さが1メートルを超えていた。西郡がケースを開くと、ライフル銃が現れた。
銃に詳しくない杉山にも高価で高性能だとわかる質感とデザインをしていた。
「これは日本政府が俺に供給してきたシャイタックM200というライフル銃だ。これは408シャイタックという専用のライフル弾をしようすることで4キロ離れた標的を撃つことが可能だ。俺はこれでデオインを狙撃した。一発で仕留めたので予備で持ってきた408シャイタック弾が13発残っている。これは普通ではこの世界では作れない」
なんでそんな話をしているか杉山が疑問に思っていると西郡に目を真っすぐに見つめられ、ひどく戸惑う。
ええっ? なんで俺を見るんだ?
西郡はすぐに理由を口にする。
「残りの弾で大物のモンスターを仕留めれば、〈天禄〉によってこの408シャイタック弾を複製できる可能性がある。そうすればここにいる者が全員〈天禄〉を成長させることができるであろう。結果、生存確率が上がる上に、元の世界に戻れる可能性も大幅に上がると予想できる」
杉山は西郡の言葉にゾクッとした。それはスリルもあるが熱い言葉であったからである。
杉山が大物モンスターを遠距離から一撃で仕留めれば、皆の未来が開ける可能性があるのがわかったからだ。
いきなり16名の救世主になれると思うと胸が弾む。
銃を一度も撃ったことのない杉山であったが、早くも狙撃のテクニックを西郡に教えてほしいと思い始めていた。
一日にライフル弾を10発ぐらい複製できるようになればそうそう簡単に殺されることもないんじゃないか? いずれはライフル銃も複製して――。よし、人生を賭けて〈複製〉のレベルをあげてやる!
杉山は生まれて初めて全身全霊で打ち込みたいことに出会う。自分の努力がみんなを救うかもしれないのだ。
西郡はエルフ・ドゥギランを手で示しながら語る。
「ドゥギランの〈天禄〉は〈誓約〉だ。前の世界に帰るために2億円の契約を結ぶ者は彼女の〈契約〉を俺と結んでもらうことになる。しかしすぐに決めろとは言わない。俺を信頼すべきかおまえ達が判断するのに20日の猶予をやろう」
一旦、言葉を区切った後に西郡は告白する。
「俺の〈天禄〉も教えておこう。俺のは〈振動〉だ。〈振動〉は空気や物を揺らし、音を自在に操れるものだと理解してくれ」
杉山をはじめ16名のほとんどが西郡の情報開示に感心した。先ほど兵士と渡り合った時に姿を見せずに言葉を伝えたり、とんでもない音で攪乱させたのは〈天禄〉を使いこなしたからだと分かった。
信頼しあう姿勢を見せたことで西郡への評価が追放組の中で高まる。
この男に賭けてみるか――そう思わせるものが西郡にはあったのだ。