杉山御厨馬の場合②
今まで守ってくれていたロウダゴ王国兵に襲われ、16名は「いっそう戦うか」と目配せしあう。だが〔身体強化〕をした兵士に勝てる要素は1%もないと誰もがわかっていた。
〔身体強化〕をした兵士同士の模擬戦を何度も見たが、目で追うのも困難なレベルであったのだ。
「ちっ、グズグズしやがって! 2、3人ぶっ殺すか」
兵士達がいら立って間もなく杉山達の耳に言葉が届いた。
「今すぐ耳をふさいで、身を丸くしろ」
西郡の声であった。だが西郡の姿は見えない。
杉山は訳がわからなかったが周りが耳に指を入れ、屈みだしたので真似をすることにした。
直後である。
バーン!!!
猛烈な炸裂音が兵士達の中心で激しく鳴り響く。
離れていた杉山の臓腑を揺さぶるほどの音量であった。
音の激しさに兵士たちの半分が一瞬で気絶し、半数が千鳥足となる。
そこに大きな人影が襲い掛かっていく。西郡であった。
西郡は棍棒を手にし、10名の兵士にもれなく攻撃を行う。闇雲な動きではなく頭、肩、足、腹部を棍棒で突いて回ったのだ。
兵士達は絶叫し――全員気絶し、地面に倒れた。
ベキベキッ!!
西郡の動きは留まらず、兵士の両足首を強引にひねり、ねじり折っていく。
執拗に肉体を傷つける理由は杉山にもわかる。この世界には〔治癒〕という魔法があるのである程度の怪我・負傷は簡単に治ってしまうので並大抵のダメージでは意味がないのだ。
それでも現代人の杉山には刺激の強すぎる光景だった。その湿った嫌な音に震え上がっていると、西郡が声を発する。
「縛るのを手伝え。縛り方は俺が教えるからそれを忠実に模倣するのだ!」
西郡が道の脇から引きずり出してきたのはロープではなく木の蔦だった。
西郡はテクニカルに、スムーズに蔦で兵士の手首、腕の関節、足の関節をからめて拘束していく。
「ロープの結び方はサバイバルには必須のテクニックだ。全員が習得すべきものだと認識しろ」
西郡は縛り方を的確に、丁寧にみんなに教えていく。
杉山は西郡に完全に舌を巻いた。
この人、今までの人生で出会った人の中で一番頭が良い! 初心者にわかり易く教えるってなかなかできることじゃない!
とてつもない戦闘力があるだけではなく頭もすこぶる賢いとなると、伝説の魔法使いを狙撃したこともリアルに思えてきた。
縛り上げた兵士は道の脇にある林に運び、転がせていく。剣や防具、金はすべて回収する。
杉山は思わず尋ねる。
「殺さないんですね」
「ああ。誰に襲われたのかわかってもいないだろうからな。それに次に追えばどうなるかの想像もするだろう」
西郡は相変わらず無感情にそういった。次に皆に向かって指示を出す。
「これから2時間は駆け足で移動になる。兵士の追撃をかわすので途中から街道からも外れる」
命令というわけではなかった。それでも従わない者はいない。
たった今殺されかかったという恐怖が16名を突き動かす。
30分小走りで駆けたところで本当に街道をずれて、森の中を移動することになった。
森に入る手前で、西郡は皆にアドバイスをする。
「極力、肌を露出させるな。森の中には吸血虫、卵を産み付けてくる虫がいる。またヒルのような存在もいる。首回りやブーツの隙間に布を詰めた方がいい。布切れが必要な者は言え!」
16人は言葉に従ってフードをかぶったり、支給された手袋をした。もちろんほぼ全員が布切れをもらう。
森の中は鬱蒼としていたが西郡は迷わず進む。
途中何度か不意に足を止め、西郡は地面に耳をつけて状況を確認することがあった。
また枝ぶりのいいモノを見つけると伐採し、鉈で即席の槍を作り、皆に渡していく。
1時間ほど駆けたところで小川に差し掛かった。
杉山は喉がカラカラだったので水をすくって渇きを癒したいと考える。
が、小川の前で西郡は口を開く。
「森の中や川、湖で決して水を飲んではならない。これは前の世界も同じで、エキノコックス等の寄生虫を取り込む可能性があるからだ。ろ過し煮沸した水しか飲んではならない」
そういって木の洞に隠していた革製の水筒を3つ取り出す。
「この後、1時間は水を飲む機会はない。喉が渇いた者はこれを飲んでよい。ただし口をつけずに喉に流し込め。量も口いっぱいを1回で止めろ」
杉山は西郡が用意周到で案外にいい奴なんだと思った。
貞光は杉山とは違う感想を口にする。
「はははっ、アドバイスなしじゃ森の中で普通に死んでいそうだな」
その言葉にゾッとする。それは確かに真実だった。すぐに死ぬということではないにしろ、取り返しのつかない事態に簡単に陥るのだと思い知る。
原始的な森の中は普通に危険があふれているのだ。
全員が水を飲んで小休憩していると西郡は〔空間収納〕から槍や先ほど兵士から奪った武器を取り出す。全員に配布しながらいう。
「モンスターはできるだけ回避するが、遭遇した場合は3人一組になり、背中を預けあうように構えろ。組同士も3メートルの距離は必ず開けるんだ。モンスターが接近してきたら慌てずにじっくり引き付けてから刺すことを心掛けろ」
杉山は恐怖で喉を鳴らす。城では用意されたゴブリンを殺すだけでも大変であったのに、ここでは個々で対処しなくてはいけないのだ。
アドレナリンがドクドクと出るのを止められない。