杉山御厨馬の場合①
杉山御厨馬はどうメンタルを保っていいのかわからなかった。
城を追い出されて絶望した直後に、元の世界に戻れるかもしれないと聞かされどう判断していいのかまるでわからない。
しかも元の世界に戻るのは2億円必要で、言い出したのが殺し屋なのだ。
あまりにも現実離れした話で、脳が自然と「くだらない。殺し屋の存在を信じるとか終わっているわ」と嘲笑する。
だが判断を間違えばこの先にあるのは単純な死であろう。
モンスターに殺されるか、遭難して死ぬか、餓死するか。そんな未来ならば前の世界に戻りたいに決まっていた。
杉山は混乱する自分の頭を必死でなだめる。今までの人生、投げやりだったり、生まれつきのバカだからと言い訳し、いい加減をしてきたが今はもう覚悟決めるしかないと思い始めていた。
2億円払うか、この世界で惨めに死ぬか、自分の意志で決めるしかないのだ。
52歳の浦上直人や42歳の貞光剛、33歳の石崎康平が西郡の申し出を受けるか真剣に思案していた。
問題は2億円だ。普通の人間は2億円を用意できないのだ。杉山の家もそうだった。
父親が景気が良かった時も一時はあったが、今では両親は築40年のアパート暮らし。2億円などとてもとても無理である。
杉山は現在21歳でありバイトしながら職業能力開発総合大学校に入る勉強を行っていた。工業系の仕事に就く予定だがどちらにしろ2億円稼ぐのは到底無理であろう。
となると西郡にとことん媚びるしかない。西郡の言葉に完全に従い、ミスなく丁寧にやり遂げることを心に誓う。
つまりは西郡に「こいつは使える」「手元に置いておきたい」と思われるレベルにまで貢献しようというのだ。そうなれば2億円を割引してくれる可能性も出てくるのではないかと考える。
何事にも才能がなく、一生懸命何かをやり遂げること等なかった杉山であったが、覚悟を決めるのは今だと思う。
杉山は深くため息をつく。この異世界に来て、〈天禄〉という特殊技能がもらえると聞き、このくすんだ人生が逆転するかと思ったがそうではなかった。
〈複製〉というパッとしない〈天禄〉であった上に、初期状態では米粒大のモノしか複製できなかったのだ。
おまけにゴブリンを特別に80匹殺すように命じられ成し遂げたが、レベルは上がらなかった。うんともすんともせず成長しなかったのである。ついには見捨てられ追放組になってしまう。
この世界に来ても人生で何もいいことがないのだ。
はっ、いかんいかん、ここで絶望したら人生終わるぞ。生き残るために何かしないと!
他人の判断を待っている時間的猶予がないと己に言い聞かせる。
一人決心を高めていると背後から、能天気な声が響く。
「いや、殺し屋とかガチ絶対はったりっしょ。坂本さん、マジでしめちゃっていいっしょ!」
「へへへ。まあまあできそうだけどヤッちまうか? あのオッサン、寝ぼけたこといいやがって」
「鬼やっちまいましょうよ! ガチこのグループ仕切っちゃいましょうぜ」
坂本雄大を中心に三浦湊と田中健太郎が子分よろしくイキり出す。3人には面識がないようだったが不良という共通点で、こっちに来てから仲良くなっていっったのを杉山は知っている。
3人も当初は兵士に反抗的であったが、ゴブリン殺しの特訓から勢いをなくし、存在感を失っていた。それがこの局面で気が大きくなっているようだった。
追放されたことで抑圧された環境から解放された気になっているのだろう。また西郡を侮ることができることにも素直に感心する。
こいつら人生楽でいいな。その現実が見えない濁った眼がある意味うらやましいよ
不良が大嫌いな杉山は坂本達が西郡に制裁されてしまえばいいと心から思った。
大人組の話し合いを前方に、チンピラ達のはったりを後方に聞きながら杉山はそろそろ10分経つことに気づく。
西郡が再合流するといった時間になったのだ。
だが16名の前に姿を見せたのは西郡ではない。防具を着て剣を持った王国軍の兵士であった。
全員杉山は見覚えがある。
10名ほどの兵士達の中で一番体格のいい男・確かジョリオと呼ばれる者がニタニタしながら大声を発する。
「よし、おまえら装備武器、所持金をここに置いていけ。抵抗しなきゃ骨の二、三本折るだけで勘弁してやるぞ!」
ジョリオの言葉に兵士達がゲラゲラと笑う。
最年長の浦上が険しい顔で恐る恐る尋ねる。
「そ、それは王国の命令なのですか? 我らはここで奪われたら野垂れ死にするしかない身。それをわかっていますので?」
それにジョリオがあり得ないバカ声を出す。
「これらは俺達の独断だ! だがおまえらのせいでゴブリン集めなどさんざん苦労した俺達がやって当然の強奪なんだよ! 逆らったらマジでぶっ殺すからな!!」
爆音のような怒声はただの人間では出せない音量である。訓練を受けた16名は何が起きているのか理解している。ジョリオは〔身体強化〕の魔法を使ったのだ。
肉体の能力を向上させる〔身体強化〕は比較的ありふれた魔法であるが、杉山達はまだ習得に至っていない。
杉山は兵士たちの明確な敵意に足をガクガクとさせる。初めての濃厚な死の気配に震え上がったのだ。
兵士達が邪悪というよりもこの世界はこんなことが日常茶飯事なのだろうとも思う。人の命が恐ろしく軽いのだ。
数える程度だが運搬・搬入をしている奴隷らしい者を見かけたがいずれも家畜のような扱いを受けていた。
人権などという言葉は存在しないのだ。
「おい、早くしろよ。あ、女は全員真っ裸になれよ? 服を破かれたくはないだろう?」
兵士の一人の言葉に湖川たち女性が真っ青になる。もうこの先どうなるのかはっきりとわかったからだ。