湖川愛の場合③
しかしハズレ組の追放は唐突に決まる。
転移して19日目には個別に〈天禄〉を成長させるように王女から言われたのだ。
「これ以上我らがモンスターを用意するのは不可能な状況である。よって個別でモンスターが現れる場所に出向き、討伐して〈天禄〉を育ててほしい。なに、支度金は十分に用意するので安心せい!」
とトカララ王女はハズレ組に声をかけたが、一切の質問も反論も受け付けなかった。
武器と防具と衣類、そして支度金を支給されると湖川たちには城の外へ導かれたのだ。
20日ぶりに出た城下町は騒然としていた。町の近くにいた強大なモンスターが仕留められ、犯罪組織が襲撃されたという2つの話題で持ち切りだという。
だが勿論そんなことに気が回る余裕のある者はいない。
道を進むにつれ、背後にある城から何かが炸裂する音が聞こえて来て、兵士達の動きが慌ただしくなったがそれにも関心は割けない。
「……早速、ピンチじゃない。これからどうやって生きていくの?」
城塞の門が硬く閉められる音を聞きながら16名の者は途方に暮れる。
付き添っていた兵士もすぐに走り去って消えた。
湖川らは突然の追放に現実を受け入れることが誰もできなかったのだ。
城で20日暮らしてきたがこの世界が前の世界より野蛮で過激であることはもう誰もがわかっていた。犯罪率が高いうえに、不衛生で病気に掛かりやすく、モンスターに食い殺されるリスクが異常に高い世界なのだ。
途方に暮れる中、16名の者の前に一人の男が立った。2メートルを超す身長で筋肉に覆われた体をしている。
現地人のような恰好をしているが、眼差しが湖川たちと同じだった。
男は葉巻のようなものを口にしながらいう。
「わたしはマーグレイヴ西郡だ。お前たちと同じくこの世界に飛ばされた者だ。条件によってはおまえたちと行動を共にしてやってもよい!」
それは日本語であった。
高圧的だったが西郡の言葉は重くしっかりとしたものである。
すると如何にも高校球児といった外見の富野翔太が尋ね聴く。
「い、今まで姿を見なかったけど、一人で外で行動していたんっすか!?」
その言葉に西郡の表情がわずかに険しくなる。
「……何でも答えを聞けるとは思うな。おまえ達が俺に質問できるのは一日2回までに制限させてもらおう」
たった2回? 16名の外れ組は突然の言葉に面食らう。
西郡は語る。
「端的に説明する。俺はいち早く一人でこの世界の情報をかき集め、動き回った。城にも入り込みおまえ達に何が起きたのかも掴んでいる。おまえ達が追放されたということもな。そんなおまえ達と何故俺が接触したかといえばビジネスの話をするためだ。俺はおまえ達に『一人当たり2億円を出せば元の世界に返す』という取引をするかどうかを確かめたい」
西郡の言葉に皆、戦慄し激しく動揺する。
「ほ、本当に前の世界に戻れるのか?」
「城の者は戻れる方法がないと誰もが口にしていたが本当なのか?」
「早速に質問を希望します。……で2億円は成功報酬ですか?」
切羽詰まった湖川の態度に西郡は表情を強張らせる。人によっては強い殺気を放ったように感じた。
次第に多くの者がマーグレイヴ西郡が皆の生殺与奪を握っているのだと実感し始める。有益な情報・知識を持っているのがわかった。
「どうやらおまえ達はこの20日間でも現代人的甘えが抜けていないようだな。それに判断力も弱い。これからは『質問を受け付ける』と俺が言うまで何も言うな!」
西郡はそういった後に再び説明に入る。
「確証はないが元の世界に戻る方法はあるであろう。何故ならばデオインという魔術師はこの世界から我々の世界にやってきていたのだからな。そして今この世界に我々がいるのは、デオインが帰還の魔法を行使したからだと思われる。つまりはこの世界には世界を移動できる魔法が存在するということだ。ただ俺が調べた限りはこの世界でもそんな魔法は恐ろしく高度で希少性が高いという」
そこで西郡は葉巻を深く吸って、激しく燃焼させると足元に捨てて踏みつける。皆が息を殺す中また口を開く。
「デオインは我々の世界にこれまで6回ほど現れ、破壊活動を行い、164名の犠牲者を出している。確証のない話だが日本政府の話では『何かを探しているようだ』ということだった。俺の正業は工作活動だが暗殺もやる。日本政府は俺にデオインの資料を渡し40億円でデオインの暗殺を依頼した。俺は引き受け、暗殺するために行動した。そして資料にあった大量破壊を行う魔法を行使する兆候を見せたので俺は狙撃し、仕留めたのだ。奴の死がトリガーになったかわからんが世界を渡る魔法が発動しこういう事態となった、と推測している。まあ奴の死体がこっちの世界に来ていない理由もわからないが」
西郡の話を聞き、湖川を含めほとんどの者が頭が真っ白になった。魔法や〈天禄〉だけでも受け入れるのが困難であったのに、次はプロの殺し屋が現れたことに思考が停止しそうになったのである。
西郡は皆の反応を当然といったように受け止めた後に語る。
「俺はまだいるというデオインの分身と交渉し、世界を渡る魔法を探し出すつもりだ。この計画におまえ達が犠牲と献身、そして忠誠を誓うのならば、おまえ達を参加させてもいいと思っている。『元の世界に戻る』ことは非常に難易度が高く困難だ。俺の命令に完全に従い、日々を全力で生き、かつ報酬を払うのならば、俺はおまえ達の生存をサポートする」
湖川自身は西郡の言葉にある程度の納得がいった。西郡のような優秀な人間が自分たちを引き連れて、世界最高の魔術師を追うというのはほぼ不可能な話であろう。
絶対服従する他に2億円を要求するのはさほど無理な話ではないように思えた。そうでなければ西郡には何のメリットもないのだから。
また西郡にしても前の世界に戻るのがかなりの難易度なのだと実感していく。
西郡は突如、背中を向けるとスタスタと歩き出す。
「おまえ達は東南に伸びる目の前の街道を進め。10分後に合流するからそれまでに考えをある程度まとめておけ!」
「えっと待ってください! 早速ですが意味が分からないので説明を要求します」
湖川がそういい西郡に追いすがろうと駆ける。が、ただ歩いているだけに見えた西郡は急速に遠ざかり、林の中に入って姿を消した。
西郡の圧倒的な立ち振る舞いに皆はただ茫然となるしかなかった。
ただ誰もが城から追放された絶望をこの時には忘れていたのである。