湖川愛の場合②
湖川たち異世界転移した者たちは、城に着くとひとまず歓迎を受けた。
「転移場が機能したのは凡そ120年前ということで対応が遅れたが貴殿らを全員歓迎しよう。わらわはこの国・ロウダゴの王女トカララであるぞ!」
兵士に囲まれて移動した先は灰色の石でできた街の中心にある城であった。
城は四角い石で組まれた西欧風のもので4階建てである。
城の中の中庭で湖川らはトカララ王女直々に歓待を受けた。トカララ王女はロングのプラチナブロンドが美しい、20歳ほどに映る女性だ。
湖川たちの出現はトカララ王女たちには戸惑うことであったようだ。
「『召喚場にいずれ異界の勇者を招いて見せよう』と魔術王デオインが云い、我らの先々代の王がそれを歓迎したのだが……貴殿らはデオインに選ばれた者なのだな?」
そういわれたが湖川たちはデオインなる者の名を聞いたことがなかった。
説明によるとデオインは1500年も前からこの世界を自由に活動する魔法の達人で、今なお4体に分裂して活動しているという話である。
ただの魔法使いというにはあまりに規格外な存在だと思った。
湖川は同じ境遇の者たちと話し合い、自分たちがこの世界に来る直前に見た魔法使いらしい者がデオインではないかと見当をつける。
湖川らの話を聞いたトカララ王女はデオインの一体が、異世界で何かをしでかしたのであろうと解釈し、納得を示す。
それによって湖川たちは異世界の勇者として迎い入れられることに決定した。
これに素直に湖川は安堵する。右も左もわからない世界にいきなり放り出されるのは回避したかったからだ。
そしてすぐに湖川たちは魔法による鑑定を受ける運びとなる。この世界の者は生まれながら何らかの特別な力〈天禄〉を持っていることがあるということであった。
鑑定が始まると湖川たち転移者が様々な〈天禄〉を全員所持していることが判明していく。
〈不死身〉〈疾風〉〈万雷〉〈神威〉と次々と〈天禄〉が判明していき、ついに湖川の番となった。
湖川の授かった〈天禄〉は〈融合〉だ。
今まで誰も授かったことのない未知の〈天禄〉である。最終的に異世界人たちの〈天禄〉はこの世界にないものばかりであるとわかる。
トカララ王女をはじめロウダゴ王国の人間はこの結果に驚嘆する。異世界人全員が〈天禄〉を持っていることと魔力量が多いという結果を予想もしていなかったのだ。
通常〈天禄〉を持つ者は17人に1人ほどだということだった。
湖川らはそれからはそれなりに過酷な日々を過ごすことになっていく。とりわけ酷いのはモンスターの殺害作業だった。
牢や穴に閉じ込められた緑色の小人を弓か槍で殺すように強要されたのだ。
体内に魔石を持つモンスターを殺害することこそが〈天禄〉を成長させることに必要だという話であった。
〈天禄〉はレベルアップと呼ばれる現象が起こることで、持ち主と共に成長するのだ。しかし〈天禄〉によってはレベルアップが非常に発生しにくくなるという。
そこでモンスター殺害を促されたのだが、現代日本人でこれに適応できる人は極わずかであった。
人間ではないとはいえ、二足歩行して感情を持つゴブリンを安全な位置から殺せという指導を、素直に受け入れる現代人は少ない。
しかしロウダゴ王国の者は許しはしなかった。
「皆さんを国で庇護するのは貴重な〈天禄〉を持っているからです〈天禄〉を成長させず、この国に貢献できないのであればそれ相応の処置をさせていただきます」
そう直接、国の官僚に言われると湖川らは従うしかない。
弓を選んだ湖川は指導兵に叱咤されながら毎日10匹のゴブリンを殺すことになったが、この日から悪夢でうなされることになる。
ゴブリン殺しを義務化させられ6日が過ぎた頃から、湖川たちの状況は一変する。3つの組に分けられ、待遇の差が変わったのである。
17名が城の中心部の部屋を当てがわれ、一人に一人世話係がつけられた。
18名が現状のまま、城の南端にある客間で過ごすことに――。
そして16名は城の外にある兵舎で過ごすことになったのである。食事も兵士と同じ物になった。明確なグレードダウンを受けたのだ。湖川もこの組に入れられる。
理由は簡単であった。〈天禄〉が芳しくないものが冷遇を受けたのである。あまり役に立たない、もしくは成長しにくい〈天禄〉の持ち主は賓客でないと判断されたのだ。
前の世界の通販サイトと直結できる〈通販〉という〈天禄〉の持ち主も、70匹のゴブリンを殺してもレベルアップしていないことがわかると、あっけなく兵舎に送られたのだ。
簡素なベッドに粗末な食事は我慢できたが、兵士達の敵意が湖川たちには堪えた。
ロウダゴ王国の兵士たちは、転移者たちのために通常の業務以外でゴブリン等のモンスターを生きて捕らえ、城まで運ぶという仕事を休まずやらされていたのだ。
決死にモンスターを運んだというのに、成果を出せない〈天禄〉の持ち主に憤るのは無理からぬことといえた。
「みなさん、〈天禄〉がダメでも無能と決まったわけではありませんよ? 速やかに魔法を習得することで優秀さを示そうではありませんか!」
と湖川は意気消沈するハズレ〈天禄〉組に声をかけ、鼓舞した。
ハズレ組がすがったのは魔法の獲得であった。
転移者はもれなく豊富な魔力を持っていたので、魔法を憶えることで役に立つことを見せることにする。
魔法は精霊と魔力を連結させ、言葉で精霊から特別な力を引き出すモノであった。
ロウダゴ王国の専属魔術師が〈天禄〉の〔魔法伝授〕を持っており一定の魔法ならば短期間で教えることができたのである。
なので転移者たちは、取り敢えず言葉が異なるものと話せる〔翻訳〕と、物を空間にしまえる〔空間収納〕を、早い段階で教えられていた。そのために〔翻訳〕と〔空間収納〕は皆早めに習得に至っている。
とはいえロウダゴ王国には魔法に対する情報や技術が不足していたために、魔法のレパートリーを増やせる環境ではなかった。
それでもハズレ組が魔法の習得に血道をあげた。図書館で使える呪文を一から探すという地道な作業に取り掛かったのだ。
同時にポピュラーだが習得が時間がかかる〔治癒〕〔催眠〕〔肉体強化〕等の魔法の習得にも着手する。