三浦湊の場合③
間もなく山賊を連れて出発する――そう思っているとぎょっとする光景を目にする。
子供たちが追放組の間近まで迫っていたのだ。
「お願いだ! 俺達も連れて行ってくれよ! 山賊から解放されてもここにいたら怪物に殺されちまう!」
山賊の一味の子供たちだとすぐにわかったが、三浦はひどく動転した。子供たちは誰もがガリガリに痩せて、傷だらけだったのだ。幼児までが青あざを負っている。
山賊たちにどんな扱いをされているか一目瞭然であった。現代日本ではまず目にすることはない、徹底的に虐待されている児童だ。
一番身体の大きな少年・10歳ほど男の子が西郡に「連れて行ってくれ」と必死に訴える。だが西郡の態度は冷たい。
「山賊たちは無力化した。山賊たちが溜めた食糧を食いつなげば、1年は生きられる。武器もあるのだから自分達でモンスターを駆除する道を拓け。我らは急ぐので子供を連れては行けない」
すると少年はショックを受けたような顔をした後に、2、3歳の子供を西郡に突き出す。
「そ、それならせめて、抱えて動かせる奴だけでも持って行ってくれよ。ここにいたら真っ先に死んじまうから! できるなら赤ん坊でもいい!」
三浦は自分の足元が崩れ去り、崩壊するような絶望感を覚える。たった今20名の子供の生き死にが決定するのがわかったのだ。
大人の手助けがなくてこの陰鬱の森を生きて脱出するのは絶対に不可能だと三浦は痛感していた。
だが、だがしかし――西郡と追放組が20名の子供を連れて移動するなどそれこそ自殺行為だ。
この先モンスターは更に凶悪になっていくというのに、赤ん坊を含む歩けない子供を連れて進行するなどとても考えられない。
三浦が湖川や貞光を見ると顔を伏せていた。追放組の大半が子供たちを正視できずにいる。見ず知らずの子供を助ける行為は決してリスクが小さくないのだ。
三浦は子供たちを見捨てることに対して強い罪悪感を抱いていたが、追放組もほぼほぼ同意見なことに気づき安堵する。
そ、そうだよな。悪いのは全部この山賊どもだ。こっちだって死の行軍、生存率の低い旅の途中だ。とても食料をあげたり守ってやることなんてできない!
三浦は自分を許しながらも、やはりとてももなく非人道な判断をしなくてはいけないことに気づき、涙がこぼれる。子供を見捨てることを辛く感じていた。
三浦にも6歳離れた弟がいる。それがモンスターに食い殺されることをイメージすると胸が張り裂けそうだった。
だが自分よりもずっと分別があり、賢い湖川らが黙っていることで何も言えない。
今は感情的に動くことは絶対に許されないのだとわかってしまう。
が、ここで予想外のことが起きる。
ツインテール髪の眼鏡の少女が駆けだすと、西郡に土下座をした。
「お願いです! あったしのフードを分けるし、いっぱいモンスターをハントするから、みんなを連れていくことを許可してください!!」
そういったのは松崎美優であった。14歳のただただ泣くだけの少女が最強の殺し屋に土下座していた。
西郡は4秒沈黙した後に言う。
「狩ったモンスターを無駄なく使えば食料は何とかなるかもしれん。だが移動中赤ん坊が熱を出したらどうする? おまえに何とかできるのか?」
「そ、それは――みんなでアイデア出して何とか助け合って……」
「決して音を起ててはならないモンスターが巣食う渓谷で、泣き出す子供がいた場合どうする? 皆を危険にさらすのか?」
「手で口をカバーして泣かせないから! ぜ、絶対に泣かせないから――」
松崎はこの時点で自分の見積もりが如何に甘いのかわかり始めているようだった。顔を青くさせ、ブルブルと震え出す。
ここ陰鬱の森は人の情が通用する環境ではないと改めて実感しているのが伝わる。
それでも松崎はあきらめない。
「とにかくわたっしはバンバンとモンスターをハントしてレベル上げますから!! 死ぬ気で、デスレパードで頑張っちゃうから!」
松崎は震えながらそう言って地面に頭をこすりつける。必死の懇願なのはわかるが西郡に通用するわけがなかった。
西郡は目を細め、残忍にも見える視線を追放組に向ける。
「他に松崎と同じ意見の者はいるか?」
ええっ? それ聴くの? と三浦はそう思ったが、自分の予想外の行動に驚くことになる。
手を上げていたのだ。松崎を支持することを意味することになる。
西郡にジロリと見られるともう後悔しかなかった。
「わ、わたしも連れていきたいです」
「わたしもです。無謀だとは思いますが――」
すると松崎に同調する者が他にも現れた。ゆっくりとだが確実に増えて、最終的には11名が子供たちを連れていきたいと意思表明したのだ。
西郡はその結果を見て、小さく嘆息をつくと決断を下す。
「賛成した者は自分の裁量で子供たちの面倒を見ろ。ただしこのグループ全体を危険に晒す者は俺が率先して排除する。それを努々忘れるな」
脅すトーンではなく西郡はそういった。
すると松崎らは飛び上がって喜び、賛成した者と涙を流して喜び出す。
「お兄さんもサンクス! 超リスペクトします!!」
そういって三浦は力強く松崎にハグされた。
思わぬ抱擁にドキドキしたがすぐに三浦は後悔する。現実的には子供など面倒見れるわけがないのだから。
しかも追放組の足手まといの自分と松崎が言いだしっぺなのが始末に負えない。
子供たちを見ながら途方に暮れていると田中が西郡に質問する声を耳にする。田中は反対派であった。
「本当に子供たちを連れてどうにかなるんですか?」
それにに西郡が小さく笑って見せる。西郡が微笑むなど初めての事だった。
「……何とかなるかもしれん。そう思ったのはこの先、ゴールがそう遠くないのがわかったからだけどな!」
そう言って西郡は南の方角を指差した。
その指の先には微かにだが巨大なものが見えたのだ。
頂上から煙を上げる三角の石の塊――目指すべきザウスター火山地帯の片りんを肉眼で捕らえることができたのである。
追放組の移動は予定通り順調に行えていたことがわかった瞬間だった。
三浦は目的地が目で見えたことで得も言われぬ感動がこみ上げる。たどり着くことを想像さえしていなかったが、苦闘が報われたようなそんな気がした。
いやいやグッときている場合じゃねえよ。俺のメンタル鬼ヤバい!
今日一日だけで恐怖・絶望・後悔・歓喜と特濃な感情が駆けめぐったせいでヘトヘトになっていた。早く今日一日が終わってリセットさせて欲しいと心から思う。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
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それではまた!