ドゥギラン・ガタマン・ザラザンルの場合③
西郡の観察が5日経過したところでそれは起こった。
西郡が〖ディゴアの藍書〗を持っていると思われる貴族家に忍び込むこととなった。西郡が前日に調査したところ、〖ディゴアの藍書〗が隠された場所には警備の者が14人おり、外は王国の兵士が巡回していた。
貴族街のほぼ真ん中にあるターゲットの侯爵の屋敷は、外壁も高く堅牢に映る。
だが西郡は侯爵の屋敷に忍び込むと、音もなく6人の意識を奪い、屋敷の奥へ進んだ。
屋敷の中心にある書庫にたどりつくと鍵をあっさり開錠して、中に入る。
そこには何故か貴族本人――侯爵が待ち構えており、魔法で攻撃を始めたのだ。
書庫だというのにありえないことに火の玉を西郡に放つ。
同時に西郡は完全に姿を消す。
精霊も侯爵も西郡を探したが、まったくどこにいるのかわからない。
が、気づいた時には侯爵の背後におり、一瞬で膝と肘を砕き折った。
西郡は侯爵の関節を締め上げ激痛を加えて質問を行う。ついには厳重に隠されている書物の場所を聞き出したのだった。
書物の中には〖ディゴアの藍書〗が確かにあったのだ。
〖ディゴアの藍書〗を回収した西郡は、侯爵も担ぎ上げると、屋敷を脱出し、馬で3時間駆けた。
森の中の掘っ建て小屋にたどり着くと、中には侯爵の他に4人がいた。いずれも体の節々を砕かれ、かろうじて生活ができる状態である。
恐らくはここは西郡が探し出した軟禁小屋なのだろうと思う。殺すべきか判断のつかない者を一時保存していると予想する。
「食料と水は用意してある。そして10日後ほどには歩けるようになるポーションを用意してやる。それまでできるだけ大人しくここで過ごせ。小屋の外にはモンスター除けの薬を巻いているがその範囲は限定的で下手をすればすぐに食い殺される。また面倒が起きれば全員を殺す。そこはしっかり認識しておけ」
西郡の言葉は冷酷そのものだ。そして軟禁された者が誰もがただ同意を示すだけであった。
ドゥギランがなぜ皆殺しにしないのか疑問だったが、生かしておくのも十分に意味があるのだろうと見当をつける。
それほどに西郡がやることに無駄がなかった。
道具の入手と管理、様々な情報の取得も的確で一切無駄がなく、手を決して抜かない。必要であれば自分で調合したり、細工を行う。要するに度を越して器用なのだ。
また投擲や抜刀、筋肉の鍛錬も決して欠かさない。
モンスター討伐にしてもそうであった。西郡は森に入ると集めた情報からモンスターの出現ポイントに迷わず行き、的確に狩り取っていったのだ。
ある時はコボルド60匹、ある時は七腕灰色熊3匹、そしてマンティコア1匹――初心者であるはずなのに、苦も無く接近して殺していったのだ。武器もターゲットに最適のモノを選択し、最良の扱いで仕留めていく。
面白いのは相手を殺すときは人間を含めて、一切血を浴びないようにしていることであった。解体も革製のグローブを使って、決して血が体につかないようにし、用意していた蒸留酒で消毒を念入りに行う。
薬草採取にも積極的で、毎日数十種類の薬草を記憶し、危険な森に出かけて大量に採取し冒険者ギルドに卸していたのだ。
ドゥギランはこの時点で西郡と冒険に出たいと思うようになった。これほど優秀な人物と旅をすれば何か学びがあるのは確かだろうと思えたのである。
圧巻であったのは、鈍色骸骨団との抗争だった。
城下町に巣食う二大犯罪組織の一つ、鈍色骸骨団が西郡に因縁をつけたのだ。
西郡が依頼を受注し、納品した薬草の中に万能薬の原料の一つ、黄甘連という花があったのだ。
黄甘連が高額で取引されるので鈍色骸骨団は採取場所を聞き出そうと、西郡を拘束し、脅迫しようと動いたのだった。
採取場所を聴いてから、情報が漏れないように西郡を口封じで殺そうと画策する。
西郡は鈍色骸骨団から逃げ回っていたが、積極的に決着をつけに動く。
それは西の森に凶暴で獰猛で知られるグリーンドラゴンが出現した日であり、ドゥギランとグマックを城から連れ出す前日であった。
西郡は朝に西の森に入ると5匹の野猪を仕留めて、荒く解体し、放置する。すると2時間後にグリーンドラゴンが現れ、野猪の肉をむさぼり出す。
周辺に身を隠していた西郡は、穂先の極一部がミスリルの槍をグリーンドラゴンに突き刺し、逃走する。
怒ったグリーンドラゴンは西郡を追い始めたが4分弱で動きを緩め、千鳥足となり、突然絶命したのだった。
ドゥギランはグリーンドラゴンを恐らく猛毒で殺ったのであろうと推測したが、竜を殺すほどの猛毒の存在など心当たりがない。
西郡はグリーンドラゴンの角と爪を納品することで討伐を証明し、遺体を冒険者ギルドで回収解体してもらうえるように手配をする。この一件で冒険者ギルドから多額の金を得たのだった。
西郡は金を手にすると奴隷商から獣人を3人買い、宿で待機するように命じた。
そしてその後に単独で覆面をしながら鈍色骸骨団のアジトに向かうと、構成員のみを殺して回ったのだ。情婦や奴隷は全て昏倒させるだけにとどめ、決して殺しはしなかった。
この時には〔身体強化〕の扱いはこなれており、かつ音を調整する〈天禄〉を巧みに使い、鈍色骸骨団を片付けていった。西郡が恐ろしいのは死んだ者たちの半分が西郡に気づかぬうちに殺されていくことだった。
巨躯にもかかわらず音もたてずに陰から陰に移動して、急所を一突きするのだ。
凡そ36人を一時間以内に殺し、できるだけ鈍色骸骨団の財産を〔空間収納〕に入れて引き上げた。
また冒険者ギルドに軟禁している侯爵らの救援する依頼を出すことも忘れない。鈍色骸骨団から押収した回復ポーションも託し、何喰わない顔で他人に自分の後始末をさせるのだった。
西郡は休むことなく、城の中の囚人の塔での細工も行う。
翌日、鈍色骸骨団全滅とグリーンドラゴン討伐で城下町は大変な騒ぎとなった。
その最中に城の一部と囚人の塔に爆発を伴う火災が発生した。その騒ぎに乗じて囚人たちが脱獄をはじめ、城の中は大混乱となったのである。
一時は兵士と囚人が入り乱れる攻防戦にまで発展していく。
囚人の塔の火災で焼死した者が2人いた。それがドゥギランとグマックである。
体格が似た死体を墓守から買った西郡が、ドゥギランとグマックを脱獄させた後にそれぞれの牢に〔空間収納〕から取り出して放置していったのだ。
脱獄したドゥギランの心臓は期待でドキドキしていた。痛快すぎる西郡の活躍に巻き込まれ、心底夢心地となったのだ。ここ40年で一番ワクワクしたと言ってもいい。
脱獄の際に西郡が話した言葉も気に入った。
「すまないがエルフのブルガンガの消息は今しばらく待ってくれないか。情報を売る者に大金を渡しているが、もう少し時間がかかりそうだ」
西郡は条件を満たせなかったことに詫びを入れてきたが、ドゥギランはこれほど楽しく脱獄できるならば何の問題もなかった。
それでも駆け引きを楽しむためにドゥギランはいう。
「やれやれ。まあ許してやるぞ。〖ディゴアの藍書〗を入手しただけだが合格点はくれてやるぞ。もっとも時限付きだがな?」
こうしてドゥギランは西郡と脱落組との冒険を開始したのだ。
ロウダゴ王国を離れて8日経ったが、簡素な馬車での移動にも関わらず、快適に旅を続けている。
異世界から一緒に来たスマホなるモノも、スイッチボーイなる携帯ゲーム機も面白くて気に入っていた。
ただ西郡が自分に女性的な面を全く求めていないことに気づき始めるとドゥギランはいささか不機嫌にはなっていったが――。