ドゥギラン・ガタマン・ザラザンルの場合②
幽閉され、精霊をかき集めて76日目にドゥギランの前にマーグレイヴ西郡が現れる。牢獄の鞘越しに立っていた。
「あんたが特異な〈天禄〉を持つエルフか。良ければ俺と契約を結ばないか? 悪いようにはしない」
ドゥギランの西郡の第一印象は「今まで出会ったことがない人物」であった。
エルフの300歳の魔法騎士、帝国の不滅の英雄にも匹敵する貫録を持っていたが、得体の知れない知性を覚えさせたのだ。
「ほう、『悪いようにはしない』とは面白いぞ。おまえはわたしにどんな好条件を提供できるのか言ってみるがいいぞ?」
「聴いたところによると、あんたはレベルアップを望んでいるそうだな。俺ならば十分な経験値をあんたに提供できる。レベルアップさせた暁には、俺が結ぶ契約を取り仕切ってほしい。辺境の地に行くことになるがレベルアップした後に、俺を助力してくれないか。永遠というのではない。……3カ月、あんたの〈天禄〉を使わせて欲しいんだ」
「ほう、大きく出たな。それは全面的に信頼を寄せないととても承諾できないぞ? わかるかな?」
「ああ、もちろん」
「第一まずおまえは自分の正体を明かしていないぞ? そんな奴は信用できないぞ」
「俺はマーグレイヴ西郡。3日前に魔術師デオインの魔法にひっかかってこの世界にやってきた異世界人だ。前の世界では兵士をしていた」
「な、なんとビックリだぞ!? ……確かに城の中でそんな噂を耳にしたが――おまえは何故ここに? トカカラ女王に自由をもらって行動しているのか?」
「いいや違う。俺は初日から他の50人とは別行動で動いていた。隠密行動が得意なので城内を物色して回った。保管庫から〈魔珠〉をいただいて〔空間収納〕〔翻訳〕〔火炎〕〔状態正常〕を習得させてもらった。おかげでこうして話すことができている」
「こ、行動に無駄がないのはさすがだぞ。それでたったの三日でわたしの希少性に気づいたというわけだ」
「昨日、文官3人を泥酔させて城の内情を聞き出した。グマックという魔法使いも有能であるとも聞いた。そいつも騒ぎに乗じて連れ出す予定だ」
「ほほう、〈厭忌のグマック〉もここにおるのか。面白いぞ。しかしますますおまえを信用できなくなったぞ。無能ではないが、この地に不慣れなただの異世界人と共にロウダゴ王国を逃げ出すなぞ、不可能にしか思えないぞ」
ドゥギランは拒絶の意思を込めてそういった。だが西郡に表情の変化は見えない。
「あんたの話はもっともだ。どうすれば信用できるか言ってくれ。ある程度無茶な要求にも従おう」
「ほう……そうきたか。面白いぞ」
妙齢のエルフは中年の異世界人の黒い瞳をのぞき込んで、要求を口にする。
「まずは――この国に入った時の騒動の発端となった〖ディゴアの藍書〗を取り戻してほしいぞ。碧い表紙に金の文字で東エルフ語で書かれた代物だぞ。禁術書と疑われて騒ぎになって取り上げられたが、あれは希少な書物で……」
と語っていたところドゥギランは本当にしてもらいたいことを思い出す。
「いや、ブルガンガというエルフの消息を知りたい。わたしの知り合いだがその消息を調べてほしいぞ」
ドゥギランは54年前に南邦大陸のエルフの国を捨てて放浪を始めたが、師匠であるブルガンガの行方を捜していたのだ。ブルガンガもエルフであったが極端に変化を好まない故郷を捨てて、魔法探求の旅に出ていた。
ドゥギランはブルガンガを尊敬し、その生き方を模倣している。
「〖ディゴアの藍書〗とエルフのブルガンガだな。了解した。数日ほど時間をもらおう」
そういうと西郡は去っていく。要件を済ませるとあっと言う間に姿を消すのだと理解した。
だがドゥギランはこの時、7匹の精霊を西郡に張り付かせていた。どんな人物であるのか知るために観察を始めたのだ。
異世界に来たばかりの西郡に何ができるのか? とくと見学させてもらおうぞ!
それは空回りと勘違いの焦燥感溢れる日々が待っているだろうとドゥギランは思っていた。退屈だった幽閉生活を紛らわしてくれるだろうと期待したのだ。
だが西郡は行動はパワフルで、1時間に一回は尋問を行い、2時間に一回は敵対的な相手を叩きのめし、3時間に一回は森でモンスターを狩っていた。
5つに分けられた城下町にはそれぞれ4千人が暮らしていたが、西郡はその中を縦横無尽に駆けて回る。
初めは西郡も〔身体強化〕の使い方がおぼつかなかった。魔力を全身に回す習慣がないせいで、途中で魔力が詰まらせるミスをしばしば起こしたのだ。
だが西郡の格闘センスは理解を超えるほど高く、〔身体強化〕を使う相手にも後れを取ることはない。腕を一閃させるだけで容易に相手の意識を刈り取っていく。
隠形の技術も恐ろしく高い。警備兵がうろつく城の中を気配を殺して侵入し、縦横無尽に動きまくり情報をかき集めていく。〈厭忌のグマック〉とも既に昵懇のようで、酒を差し入れることで魔法の指導も受けていた。
また西郡の胆力の凄さにも唸った。冷酷さに感心したと言ってもいい。ドゥギランから見ても生かしておいてもろくでもないと思える者は確実に殺していったのだ。しかも殺してから遺体を運ぶ速度もスムーズで、ずっと先の未来を見据えて行動しているように映った。
こやつ、いったいどのような人生を送ってきたのだ? 肝が太いだけではなく恐ろしいほど狡猾で器用であるぞ……
精霊を通しての中継は時折、映像や音声が途切れて良好とはいえなかったが、西郡の動きに完全に心を奪われた。