湖川愛の場合①
まさに怒涛の20日間だった。
言い換えるとあまりにも酷い20日間とも言えた。
その始まりは激しい銃撃だ。恐らく警察・自衛隊が発砲していたのであろう。
湖川愛は銃声を聞きながら「今、日本で起きている異常事態に自分がまきこまれている」と思ったことを憶えている。
日本は10日前から通常ではありえない事態が起きていたのだ。令和だというのに、魔法使いと思える存在が現れ、大きな破壊活動を行っていたのである。
突如、黒いローブを深くかぶった者が町の空に現れ、光球を放ち、ビル一つを消滅させるほどの爆発を連続して起こしていた。
その魔法使いのようなテロリストの存在はスマホなどで撮影され、ネット上に拡散された。するとたちまち情報は共有され、全日本人を恐怖のどん底に叩き落したのだ。
そんな魔法使いが自分の目の前に現れたのである。
魔術師出現の連絡は周辺の学校にすぐ様伝えられた。
私立の中学校の教師である湖川は、警察の指導に従い生徒を安全に退避させる役目を負っていた。教師一年生の湖川の役割は魔法使いの位置の確認で、目視しようと屋上に駆け上がった。
直後に銃声が響き、更に空気をつんざくような音が鳴り響く。
バォーン!!
刹那、魔法使い風の者は空から真っ逆さまに落下し、なぜか湖川は宙に投げ出されるような感覚に襲われる。
えっ!? いったい何が?
そう思った直後に、床が石でできた老朽化した空間にいた。大学の卒業旅行で行ったローマのコロッセオのような歴史のある建築物の中に、50名近い人々と共に突然立っていたのだ。
「何が起きた……。バイトに行く途中だったのに」
「遅い昼食をとっていただけだぞ? 何か空に魔法使いっぽい奴がいたけど」
「はあ? 学校ばっくれた後にバンバン銃を撃つ音が響いたけどどうなっている?」
突然の状況に誰もが狼狽する。自分を含め町中にどこにでもいる人たちだった。
混乱している者が他にもいた。同じ皮鎧と槍を持った兵士風の男たちが湖川たちの出現にびっくり仰天していたのだ。
湖川たちより先にいたであろう男たちは、槍の穂先を向けてきた。
「&%$&#§‰@!!」
兵士たちが話した言葉は耳なじみがなかった。日本とは異なる言語であるようだ。
風貌も日本人らしくない。乱暴に言うとインド風の西ユーラシア人のようであったが、顎や目の周りがアングロサクソンのように映る。
兵士たちは何やら動くなと言っているようだった。ここにいる50名も兵士たちの意図を組んで、無抵抗で待つことにする。
あまりの異常事態に湖川の鼓動が激しく高まっていると、いくつか不自然なことに気づく。
まずは落下してきたように見えた魔法使いがここにはいない。地面に横たわっているはずのローブの者がいなかったのだ。
更に異常に思えることがあった。50名の中に明らかに日常では見ない存在に気づいたのだ。
その男は規格外であった。2メートルを超える身長の上に、スーツ越しにもわかる発達した筋肉を全身に備えていた。
所持品は金属製の大きなスーツケースと革製のリュックを背負っていたが少しも苦になっていないように映る。
年齢もわからない。パッと見は30歳ほどだが、思慮深そうな眼差しが50代にも思わせる。
外見と雰囲気がただならぬ男であったが、顔貌は地味であった。眉が濃くて太く、目は細く鋭かったが大きな特徴にはなっていない。
スーツは一目で超高級品であることがはっきりとわかった。柔らかい光沢のある生地と、繊細なステッチが見事だ。
人目を惹く雰囲気があったが男の挙動は飽くまで穏やかで静かであった。
次第に湖川も男に関心を失ったが、すぐに驚愕する事態に陥る。
えっ? あの人、どこにいる?
一瞬で人の輪の中から消えるなど通常ではありえないことである。巨躯の男はこの石づくりの施設の中から完全に消えて見せたのだ。
この異変に気付いたのは湖川だけではなく、数名の者が戸惑っていた。
だが、消えた男への関心はある出来事で断ち切られる。
「皆者ども、よく聴きぇい!! お前たちは異界から来た者たちで間違えないか~! そうであるならば城に案内するので同行してくれ」
そう意味の分かる声を轟かせ現れたのは、先ほどの兵士と同じ格好をした100人ほどの者であった。
剣や槍を手にし、剣呑な雰囲気を醸し出している。
それから10分後、兵士と共に歩いて25分ほどの城へ移動することとなる。
兵士の言葉が日本語ではなかったと日本人たちは気づきだし、それを話題にした。
、兵士が現地語で話したが、言葉を伝える魔法で変換されたようだという話だった。
言葉はわかったが交渉できる雰囲気ではなかったので取り敢えず城に行くことになったのである。
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新連載です。6日ぐらい一日2~3話投稿します。
それ以降は書き溜めに入りますがよろしくお願いいたします。