風の子
三題噺もどき―ろっぴゃくじゅうきゅう。
リビングからベランダへと出ると、冷たい風が頬を刺した。
暦の上ではこれからだんだんと温かくなると聞いたのだけど、真逆ではないか。
日に日に寒くなっているのはどういうわけだろうか。
さして寒さに弱いわけでもないが、温かい方が心地がいいに決まっている。
「……」
今日はしっかりと上着を羽織ってきたのだけど。
それでも少々寒いと思ってしまう。まぁ、これは周囲から見たときに変に思われないようにするためのカモフラージュ的なものなので寒かろうがどうでもいいのだが。
「……」
持ってきた煙草に火をつけ、煙をくゆらせる。
眼下に見える道路では、子供たちが帰路についていた。
この寒い中よくあんなに走れるものだ……。
「……」
空はオレンジ色に染まり、陽の沈む山並みは徐々に紫色になっている。
この時間の景色はいつになっても美しい。
今日は久々の晴れ間もあって、この景色を見るために早起きしたくらいだ。
「……」
人が感じる何倍も、陽の光の眩しさに目がつぶれてしまうかと思うが。
それでも見て居たいと思うくらいには、この景色が好きだ。
アイツはどうにも、陽に弱いので見たがることも、そもそもこの時間に外に出ることもしないけれど。たまには見ればいいのにと言ったら、「ご主人とは違うんですよ」と、軽く呆れ気味に言われた。
「……」
ふっと、息を吐くと、それがオレンジ色に染まる。
冷たい空気に消えていくそれは、儚く脆く、美しい。
傍から見たらまるで子供のようだな、これでは。
「……」
バタバタと走り去る子供たちの足音がまだ聞こえる。
赤い鞄や黒い鞄や、水色もいる。ランドセルというのだったか。
それなりに種類があるのか、色が被っていることがあまりないように見える。色が一緒でもデザインが違っていたりもするようだ。
「……」
あの中に必要な道具を詰め込んで、毎朝学校へと行って、こうして毎日帰路について。
あんなに走り回って……子供は風の子というのが納得できる。
しかも男児は短パンだったりするじゃないか。
「……」
たまにこの冬の時期でも半袖短パンという格好の子がいたりするが、あれは風邪をひかないのか勝手に心配になってしまう。
それが、彼らの通う学校の制服なんだろうけれど、夏場の服を冬場まできているのは数人しか見ない。それでも数人いることが驚きだが。
「……」
皆が揃いの制服を着て、席に座って、共に学ぶと言うのは、なるほど楽しそうだと少し思ってしまう。
当の本人たちは、そうでもないかもしれないが……そういう経験がないこちらから見てしまうと、同年齢の子達が周りにいると言うことだけでも羨ましく思う。
「……」
まぁ、見目だけなら同じくらいのやつはいるが……大抵年下か年上か。同世代というのは、いつの間にかいなくなっていたからな。何年か前まではいたはずなんだが。
そうでなくても、学び舎というものに縁がないから、どことなく特別感を抱いてしまう。
「……」
走り去る小さな背中が、すこしだけ羨ましく見える。
ああいう風に育っていれば、また違ったのかななんて思う。
まぁ、過去のことは変えようもないし、思いだしたくもないので、想像なんてしないけれど。
「……ふぅ」
いつの間にか、煙草も終わりに近づき。
太陽も完全に沈み始めてきた。
そろそろ部屋に戻って、朝食をたべるとしよう。
「……」
ベランダに置いてある灰皿に、煙草を押し付け、火を消す。
今日は朝食を摂った後に、とりあえず仕事を終わらせて、散歩に行って、休憩をして、仕事をして。……ま、いつもと変わらぬ一日を過ごすだけだ。
「……」
そんなことを頭の中で考えながら、リビングの窓に手をかけると。
がち―と、変な音が鳴り、窓はびくともしなかった。
錠をかけた覚えはないので(というか外からはかけられないので)……犯人は中にいるやつなんだが。
「……」
「あ、失礼」
そういいながら、錠を外し、窓を開ける。
悪びれることもなく。
「先にお風呂に入りますか?」
何て口に出す。煙草臭いから入れということだろうが。
コイツ……こんなに煙草嫌いだったか?いや、それよりも前に、主人を家から閉め出す奴がいるか普通。
「……入ってくる」
「わかりました、服は持っていきますね」
窓を閉め切る前にリビングから出て行った。
……コイツに、あの子供たちのように、少しでも可愛げがあればいいのに。
「お前そんなに煙草の匂い嫌いなのか?」
「いいえ別に、そんなことはないですが」
「……なら部屋で吸ってもいいよな」
「いえいえ、それとこれとは別ですよ。やめてくだされば一番いいんですけど」
「……禁煙は来年からだ」
お題:オレンジ・制服・赤い鞄