表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖魔戦史  作者: 鵺
2/2

2.妖魔食堂

そこは、まるでバーのような雰囲気だった。

正面には横に長いテーブルが置かれていた。

店の入り口に近い方には客席があり、奥の方では店員が皿洗いをしていた。

一見すると普通の風景だが、今まで行ったどのバーとも違うところがある。

それは、店員が人のみではないということだ。

左からたぬき、人、うさぎという順で並んでいる。

まさに異様だった。

「いらっしゃいませ!」

と人の店員が元気に声をかけてきた。

僕は反応する気にもなれず無言で彼をみつめていた。

「お客さん?どうされましたか?」

と元気な声で聞いてくる。

「すみません、今の状況がよく分からなくて……

 動物が店員だなんて…」

率直に今の自分の気持ちを話してみた。

こんな質問になにかの意味があるとも思えなかった。

「夜空霊人くん、いい質問だ!」

教えてもないのに僕の名前を知っていたのか…

僕には不信感よりも好奇心の方が勝った。

先程の人の声とは明らかに違っていたが、その声の主は誰かすぐにわかった。

たぬきだ。

「僕らは妖魔と呼ばれる幽霊みたいなものさ。普通の人間には見えないのに君はすごいねー。」

妖魔?

すぐに妖魔食堂という店名が想起されたが正直信じられなかった。

本当に彼らは妖魔なのか……

小さい頃、父から妖怪や魔物に関する話を聞かされていたが、これは昔の人の自然への恐怖から生まれた戯言だと教えられた。

「霊人くん、信じられないのかい?」

たぬきはすかさず聞いてくる。

「普通のたぬきが君と喋れるわけないじゃないか。ましてや僕は初対面の君の名前を知っている。普通の動物とは何か違うってことくらい気が付かないのかい?」

嘘だ…嘘だ……

「きちんと教育されたたぬきじゃないか。僕の名前を知っているなんてモノ知りなんだな…」

苦し紛れにいってみる。

しかし、この言葉に何の意味もないことくらいわかっていた。

僕は昔から幽霊や超能力といった科学で説明できないようなことが嫌いだった。

だからこそ、父がそんなことは戯言に過ぎないといってくれた時は心がすっと晴れたような気分になった。

「そもそも僕のことを見ることができる君が特殊なんだ。普通は見えない」

なぜなのだろうか。

反論しないと、反論しなければという反抗的な気持ちが僕の心の中で湧き上がってくる。

「そんな証拠なんてどこにもないじゃないか!」

これに関しては非常によい反論なのではないか。

「た、たしかに……」

たねきがたじろぐ。

「外に出て写真を撮ってごらんなさい。ここ、妖魔食堂は妖力でつつまれています。それゆえに普通のカメラなんかにここは映りません。」

狐だった。

今まで口を閉ざしていたきつね、僕は半分その存在を忘れていた。

ただしそこにきちんとした佇まいで座っていたのは確かだった。

「これが私達が示すことのできる唯一の証拠です。」

きつねはどこなく静かな様子でそういった。

「わかった。わかった。写真を撮ればいいんだろ」

僕はどこかやけくそな気持ちで外に出た。

ポケットの中に入っているスマホを取り出しカメラ機能をオンにする。

次の瞬間、僕はぞっとした。

カメラの先にあるのは妖魔食堂なんかではなくただの空き地だった。

しばしの間呆然と立ち尽くしていた。

たしかに、僕は彼らの話を半ば信じていた。

しゃべる動物、彼らの語る妖魔の存在、それらを見たり聞いたりしているうちに彼らの話は真実なのではないかという直感も頭をよぎった。

しかし、その一方で妖魔を……彼らを信じたくないと思う自分もいた。

客観的ではなく、夜空霊人という僕個人の主観的な考えだ。

だが、カメラに映らないという証拠がある以上、僕は彼らのいうことを多少は信じなければならない。

ふと、我に返った。

カメラには見えずとも僕にはこの妖魔食堂が見える。

僕は彼らをもっと知りたい。

自然と足が早まった。

その瞬間、バンッと大きな音がして体に衝撃が走った。

「いって〜」

僕はドアを開けずに中に入ろうとしていたのだった。

「霊人さ〜、前には気をつけろよ。ドアなんかにぶつかるなんて」

たぬきが笑いながらそういってきた。

「おい、たぬき、人には過ちもあるんだよ」

妖魔の存在を意識してから僕は少し晴れやかな気持ちとなっていた。

もちろん、もえの事を思い出すと悲しくなるというのは変わらないが、妖魔を一度信じてしまうとすっと気持ちが楽になった。

「僕はたぬきじゃない!」

その時、たぬきがこう叫んだ。

「いや、どう見てもたぬきだろ」

僕は思はず吹き出してしまった。

今自分の前にいるものがたぬきでないのなら何なのであろうか。

「だ〜か〜ら、僕はコリンなの!僕にだって名前がある。たぬきなんて呼ばないでよ!」

たしかに、そうだ。こいつにだって名前があってもおかしくない。

僕も人間と呼ばれたら腹が立つ。

「そうか、コリンか。君はここできつねたちと何をやっているんだい?」

僕はその直後、やってしまったと気づいた。

名前を聞かなければ……

「私はきつねという名前ではありません。コウイという凛然とした名前があります」

コウイは彼が自負するような凛然とした面持ちでそういった。

「自分で凛然としているなんていうのかよ……で、そこのお兄さんの名前はなんというのですか?」

やはり、まず名前を聞くというのが礼儀というものだ。

「私は…僕は……いやいや私はシュウトだ………と申します。」

やはり人間は人間らしい名前をもっているのか。

「ためでいいんだよ。そんなに無理をしなくても……」

僕は率直にそういった。

「いえ、私はそういう性分なので」

本人がそういうのならためを強制する必要もないだろう。

時計を見るともう18時になっていた。

もう帰らなければいけない。

「コリン、コウイ、シュウト、これからここに通ってもいいのか?」

最初は忌避していた妖魔だが彼らのことをもっと知りたいと思うようになっていた。

「もちろんです!」

3人は口を揃えてそういった。

店を出ると夜の冷気が肌にしみてきた。

家の方へいくら歩いても風はおさまらない。

何なのだろうかと風の吹いてくる方を見てみるとそこには奇妙なものがあった。

風に吹かれて舞う落ち葉から察するにその風は人の形をした輪郭をなしていた。

それはもう人にしか見えなかった。

そして、その人は僕に手を振って風とともに消え去った。

背筋がぞくぞくと震えてきた。

そのあと、家までは走っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ