1.プロローグ
数日前、僕の目の前から一人の人の命が消え去った。
もえは僕のただ一人の妹だった。
僕がいじめられていた時も、もえは僕を慰め、一緒に遊んでくれた。
それなのに…それなのに……
君は交通事故で死んでしまった。
僕も、もえも運転手には何も悪いことはしていない。
容疑者は未だに捕まっていなく、警察もまだ行方を追っているという。
しかし、たとえ犯人が見つかり、どんなに大きな償いをされたとしても僕は犯人を許すことはできない。
犯人が死刑になってもである。
僕にとって、顔も名前を知らない運転手よりも普段から僕のそばに寄り添ってくれた妹もうの方が大事なのである。
この世の中は不条理だ。
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その日、もえのお葬式が厳かに行われた。
20人ほどの親戚が集まって皆「もえちゃん…好きだった」などと遺影に向かって声をかけていた。
焼香をあげるみなの姿を見てもそこに悲しみは表れていないようだった。
ただ一つ僕の心を動かしたものがあるといえば、それは母の言葉だった。
「うちの子は…もえは……私達の心の中で生きています。」
僕はお葬式を済ませると家の方へと歩いていった。
歩くというよりは、止まるついでに歩いたという表現のほうが正しいのかもしれない。
少し歩いては道の端で立ち止まる。
そんなことの繰り返しだ。
悲しさ、寂しさ、やるせなさ……
様々な感情の混ざりあった僕の心は大いに乱れていた。
同じ交差点をもう何度も渡っている。
父は海外に単身赴任中、母は葬儀後の手続きで忙しく僕の顔を見る暇もないだろう。
そんなところに帰っても仕方がない。
もえがいない家はもはや僕の家ではないのだ
もえの居ない世界に僕がいる必要はないのではないかとも思った。
その時「そんなことないよ」という透き通った声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声だった。
思わず前を向くと颯爽とかける一人の少女の姿が目に入った。
彼女は右手に見える狭い路地へと走り、その先に見える小さな店の前ですっと消え去った。
暫しの間、僕はその少女に見惚れてしまっていた。
彼女の後ろ姿はどことなくもえに似ていた。
この少女に対する懐疑よりも興味のほうが勝っていた。
そして、僕の足は自然と前に進み出た。
僕の歩みはだんだんと速くなり、それは走りへと変わった。
しまいには、それは全速力となった。
それまでの暗い気持ちとは真逆の、彼女のことをもっと知りたいという好奇心を軸に勢いよくかけていった。
たどり着いたその小さな店の看板にはには「妖魔食堂」という文字が大きく掘られていた。
ふと思う。
「妖魔」なんて言葉は不条理だ。
妖怪や魔物、そのような事物は誰も見たことがないのにお年寄りは皆、「妖魔は世界の闇に潜んでいる。」という。
そんなことを思いながらも「こんこん」とノックをしてから、衝動的にその扉を叩く。
そこにもえがいるというかすかな期待を込めて……
そして、その扉の向こうで僕が見たものは生まれてから今までで一度も見たことないような異様な景色だった。