大丈夫
「ふう、終わったかな」
最後の「化け物」を無に帰してから啓介は初めて立ち止まる。
10時20分。啓介はあれから1時間と20分の間ずっと湧き続ける「化け物」を消し続けていた。その数は3桁に達するかもしれない。
戦場となった資材置き場は1時間前には想像もつかないほど破壊されている。建築物は倒壊し、鉄骨は鉄屑に変わり、クレーン車があったところにはクレーターができている。
「お疲れ様」
「ええ、ここまでは順調です。万事予定通り」
メメが念話で話しかけたのに対し、周囲を警戒しつつ答える啓介。
そう、ここまでは何事も無い。
しかし、昨日メメは言った。
「良くないことが起こる」と。
メメがそう言った以上――「千里眼」を持つメメがそう言った以上――良くないことは絶対に起こる。
防止は不可能。
予防は無意味。
回避などはもってのほか。そういうものだ。
だから、
起こった後、それをどこまでマシな良くないことに出来るかが勝負所となる。
「とりあえず後10分で奴の結界も閉じるから、起こるならその間。メメさん、あいつらはどうしてます?」
友人の様子をメメに訊く。
「大丈夫だ。今はもう出口に向かって歩き出している。……しかし不思議なものだな。こうやって非日常が繰り広げられていた戦場のすぐ近くでは、日常が繰り広げられている。私たちと彼らはすぐ隣に、いや、重なっていたとしても決して交わることは無いんだろうな」
どこと無く楽しそうなメメの声。
「そうであってほしいですね。……訂正。そうでなければ駄目です。彼らは此方側に来る必要が無い。来てはいけない。俺が来させない」
啓介は静かにそう答える。その瞳には啓介の決意が読み取れる。
「しかし……えらく饒舌ですね。何かありましたか?」
啓介がそう尋ねると、
「ああ……良くないことが起こったからな」
メメの言葉と同時に獣の唸り声が再開発地区に響き渡った。
啓介は走りだす。
「ばかな。結界の外に出来るなんて」
これまで何度かこうやって「化け物退治」をしてきたが、事前に資材置き場を囲むようにして展開した結界の外に現れるのは初めてのことだ。
あの「化け物」は魔法に惹かれる。
啓介は「化け物退治」の際はいつもあの資材置き場に結界を張り、啓介を餌とすることによって、化け物を結界の中に閉じ込めていた。
被害を拡大させないために。効率よく消し去るために。無用な来訪者を防ぐために。
なにより今回は、友人を巻き込まないために。
それなのに……
「キャーーーーーーーーーーー」
悲鳴が響き渡る。
~~~~~
時間は少し遡る。
10時を過ぎた頃。
一美たちは来た道を戻っていた。
「結局何もいなかったな」
「疲れただけだったね」
徹也の言葉に恵子が反応する。
2人のテンションは低い。別にお化けが出なかったことに落胆しているのではない。ただはしゃぎ過ぎただけだ。
少し前も歩きつかれたといって休憩していた。
「そりゃあれだけ動き回ったら疲れるでしょ」
未来があきれた声で言う。
「でも楽しかったよね」
これは一美だ。
「まあそうだな」
「楽しかったね」
「まあね」
三者三様の返事。
「佐上君も来ればよかったのに」
「明後日、皆でからかってやろうぜ」
楽しそうに徹也が言う。
4人には笑いが絶えなかった。
「あれ? 一美、帽子はどうしたの?」
突然、未来ちゃんが訊いてきた。
頭を触ってみると……帽子が無い。
「あちゃー、どこかに落としたかな? ちょっと探してくる」
「危ないよ、皆で行くよ」
私がそういうと恵子ちゃんが心配そうに言ってくれた。
「大丈夫。さっき休憩したときにはあったの覚えてるから。」
私はそう言って来た道を戻りだした。
「あったあった」
帽子は予想通り、そんなに遠くないところに落ちていた。周りが暗いせいで、未来ちゃんたちの姿は見えなくなっているけど、懐中電灯の明かりは届いている。
私は帽子をかぶった。ピンクのキャップ帽。私のお気に入り。
そして皆のほうに歩き出したとき、
後ろに何かいるのを感じた。
恐る恐る振り返って見る。
そこには、黒い塊があって、
だんだんと、人の形に、なっていって、
グルウウウゥゥゥグワァアァアアアアアア
そんな叫び声をあげた。
私は恐怖で、動けなかった。
その場にへたり込んでしまった。
それは、ゆっくりと、まっすぐに、私に向かってくる。
「大丈夫か!」
進藤君が走って来るのが視界に入る。
「来ちゃ駄目!」
と言おうとしたけど声が出ない。
化け物が腕を振る。
砕けたコンクリートが進藤君に当たる。
「キャーーーーーーーーーーー」
誰かが叫んだ。未来ちゃんかな。
化け物が私に向かって腕を振り上げる。
私の頭に浮かぶ「死」の文字。
ああ私、死んじゃうんだ。
嫌だな。
怖いよ。
誰か、
助けて……
腕が振り下ろされる。
恐怖に目を瞑る。
そして、
確実に私を殺すだろう、
衝撃が、
……
来なかった。
代わりに、
「大丈夫か? 島倉」
声がした。
私は恐る恐る目を開ける。
そこには、
私を殺そうとした化け物がいて、
それと私の間に、
まるで私を守るかのように、
佐上 啓介が立っていた。
「佐上…君」
やっと声が出せるようになった。
「怖かったろ、もう大丈夫だから。安心しな」
彼は私にそう言って化け物と対峙する。
化け物は何度も腕を振り下ろすが、まるで見えない何かに阻まれるように、彼には届かない。
彼はゆっくりと化け物に向かっていき、手に持った長めのナイフみたいな刀で化け物を真っ二つにした。
「終わったよ」
彼はそういってこちらを向く。
助かった。
どっと、安心感が襲ってきた。
「おい、何泣いてんだよ」
佐上君が困ったように言ってくる。
「え?」
私は頬を触ってみる……濡れている。
「えっと、その、ごめん。なんか、何で泣いてるんだろ、私」
泣き顔を見られるのは、少し恥ずかしい。
「…ほら、帰るぞ」
佐上君の声に私は立ち上がろうとして……
「……」
「どうした?」
「えっと、腰が抜けて……」
とても恥ずかしかった。
どうもcancelerです。
第6話を読んでいただき、ありがとうございます。
とりあえず、5月11日は終わりです。
この夜が、啓介と一美の本当の意味での出会いとなり、2人のこれからを変えていくものになります。
次回は、5月12日の日曜日の話です。
また読んでいただければ幸いです。
では、今回はこの辺にて。