現実を教えてあげなさい
5月10日、金曜日
一美が転校して数日が経ち学校にも慣れてきたころの昼休み。
「なあ、例のあれ(・・)明日じゃなかったか?」
集まってたわいも無い話をしていると、徹也が唐突に言ってきた。
ちなみに集まっているメンバーとは、一美、未来、恵子、徹也、啓介の5人。もともと仲がよかった4人の中に一美が入った形となり、転校初日からよく話しているメンバーだ。
「あ~例のあれ(・・)ね、でも単なる噂じゃないの?」
未来が答える。
「いやいや、3組に親があそこで働いるやつがいてそいつから聞いたんだけど、本当に出たらしいぜ」
「あたしも部活の後輩から聞いたことがある」
「えっ、それじゃほんとに出るのかな」
内緒話でもするように声のトーンを落とす徹也に恵子と未来もつられていく。
「ねえねえ佐上君、例のあれ(・・)って何? 出るって?」
何のことか分からない一美は、唯一会話に参加していない啓介に尋ねた。
「あぁ、島倉はこの町に来たばっかりだもんな。この町の南側を再開発しているのは知っているか? その工事現場に出るって噂だよ、お化けが」
「お化け?」
「そう。なんでも突然現れては周辺の建物や工事の機材を壊していくんだって」
「誰かの悪戯じゃないの?」
「どうだろな、俺としてはどっちにせよ関わんないのが一番だと思う」
「どうい…」
「馬鹿言え。あんなの人間業じゃない。コンクリートが粉々になったり、ダンプカーがひっくり返ったり、絶対お化けとかの仕業だって」
「どういうこと?」と一美が訊こうとしたのを遮ったのは、徹也の声だった。
「お前、見たことがあるのか?」
啓介が訊く。
「ないけど……でもおかしいと思わないか? 5年前にあったガス爆発事故、その後2年かけて少しづつ復興しかけていた再開発地区が3年前に1夜にしていきなり振り出しに戻った。その原因は未だ解明されていない。その後も約2ヶ月ごとに小規模なもののこうやって再開発地区が破壊されている。こんなの普通じゃないぜ」
「工事関係の人も最初は悪戯だと思ったらしく捕まえようとしたらしいんだけど、そのとき見たんだって。真っ黒であたしたちの2倍くらいある巨大な化け物を」
恵子も徹也を援護するように続ける。
「……」
啓介が何も言わないのを見て、徹也がこう言った。
「行ってみないか?」
「何時」「何所へ」「誰が」が抜けた問いかけだったが、徹也が何を言いたいかは全員に理解できた。
「止めとけって、危ないぞ」
真っ先に啓介が反論する。寡黙で自己主張の少ない啓介からすればめずらしい。
「そうよ、啓介の言うとおりだわ」
未来も啓介に合わせる。
「大丈夫だって。ちょっと行くだけだから」
「あたしも徹也にサンセー」
「ちょっと恵子!」
「何も起こんないって。未来は心配性だなぁ。それに胆試しみたくて面白そーじゃん」
啓介と未来、徹也と恵子で見事に2対2。こういう場合矛先が向くのは、
「一美はどっち? 行きたい? 行きたくない?」
恵子が訊いてくる。
「えっと……」
突き刺さる8つの視線。(本当珍しいことに啓介のもある)
「……えっと…ちょ、ちょっとだけなら大丈夫…なんじゃ…ない、かな」
躊躇いながらも一美は言った。言ってしまった。
~~~~~
その日の帰り道。
自宅の前たどり着いた啓介は門の前に一人の少女が立っているのを見た。
黒を基調とした服装にレースやリボンでコーディネイトしてある、いわゆるゴシックロリータ。
色白で感情をあまり出さない顔と合わさって、人形のようだ。
「こんにちは、メメさん」
彼女の名前は飯塚 メメ(いいづか めめ)。このような姿をしているが、啓介よりも年上である。
「遅い」
「すみません」
別に約束をしていた訳でもないのだが、そんなやり取りをしつつメメを家に上げる啓介。メメのほうも自分の家のようにリビングに入っていき、ソファーに腰を下ろす。
「コーヒーでいいですか?」
「ああ」
啓介はメメにコーヒーとクッキーを出しつつ、向かい側に座り自分の分を飲む。しばらく無言の時間が過ぎた。
「それで、どうしたんですか?」
メメがコーヒーを飲み干したのを確認した後、啓介は切り出した。
「明日の件だ」
メメは手に持っていたカップを置いて答える。
「何か見えた(・・・)んですか」
「良くないことが起こる」
途端、啓介の顔が苦々しいものに変わる。
「まぁ、そんな予感はしてました。明日、友人が来ます」
「止めさせるべきだ」
「難しいですね」
徹也や恵子は1度決めるとなかなか意見を曲げない。そのことを知っている啓介は頭を抱えながらそう言った。
「延期は?」
目的語が無い問い。
「もう少し早ければ可能でしたが、今からは無理です」
「ならばやるべきことをやるしかあるまい」
「……そうですね」
啓介がそう言ったのを再びカップに口をつけメメ。その姿は、会話の終了を示していた。が、
「空ですよね」
啓介に言われて赤面するメメ。
そんなメメに苦笑しつつコーヒーを入れなおすために台所へ向かった。
~~~~~
5月11日。土曜日。午後5時半。
5人は駅前のファミリーレストランの中にいた。
「えっと、何で私たちこんな所にいるの? お化け見に行くんじゃなかったの?」
そう訊いたのは一美だった。
「あれ、言ってなかったっけ。そのお化けが出るのは工事が終わって人が居なくなってから。つまりは8時過ぎだろうね」
徹也はコーラを飲みながら言う。
「まあ再開発地区は町の反対側だし、こうやってみんなで集まって少し早めの晩飯食って、少し喋って7時過ぎぐらいに電車に乗ればちょうどいいくらいなんだよ」
「って私が言ったのよ。流石に現地集合は無理よね?」
得意そうにする徹也に未来が言う。
「お前はまた余計な事を!」
「あら、本当の事じゃない」
険悪なムードになっていく2人。
「じゃあもう1個質問。何でお化けが出るのが今日だって分かるの? なんかお化けって神出鬼没のイメージがあるんだけど」
何とかして食い止めようと、一美は訊いた。
「いくつか法則みたいなのがあるんだよ。1つはそのお化けは2ヶ月ごとに現れるってこと。もう1つは土曜日、それも第1第2土曜日に集中していること。あとはさっき言った8時過ぎってことだね。これらの条件を満たすのは、先週と今週の土曜日。で、先週には何も起こらなかったから今日の可能性が高いってこと」
徹也が説明する。
「まあ確証があるって訳じゃないんだけどね。俺の推測さ」
「でも筋は通ってるよね。頭が良いと錯覚しちゃいそう」
と恵子。
「錯覚じゃないさ。なんてったって俺の成績は学年トップ……」
「はいはい、調子に乗らない」
「すみません」
徹也と未来のいつものやり取りを見つつ、一美は「お化け」の話題になってから全く会話へと入ってこない見た。
啓介は驚いた表情をしていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。徹也の話を聞いて少し感心していたんだ。頭の切れるやつだなって」
「ありがと~啓介~。俺のことを素直に褒めてくれるのはお前だけだよ」
「啓介、甘やかす必要は無いわ。現実を教えてあげなさい」
「お~お~、相変わらず未来は徹也にきびしいなぁ。この前だって…」
「ちょっと止めてよ恵子!」
3人が立て続けに会話に入ってきて話は逸れていったが、啓介の表情が一瞬苦々しいものに変わったのが一美には印象的だった。
その後啓介が「そろそろ電車の時間だ」といったので、5人は駅へと向かっていった。
どうもcancelerです。第4話を読んでいただきありがとうございます。なかなか話が進みませんが、次回タイトルにもある指輪の魔法が登場します。と、言い切って自分にプレッシャーをかけつつ今回はこの辺で。
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