2.聖女は企む
ぶっちゃけ、『愛』なんて信じていないの。
どんなに美しい言葉を並べたって、自分が満足できるのはお金なんだなって、子供の頃に気づいちゃった。
今でこそ男爵令嬢だなんて名乗っているけど、元々王都の外れで貧しく暮らしていた職人の娘。
お金なんかないから、いつもお腹を空かせていたし、身なりも酷いものだった。
それが一変したの。
私には、聖女の力があるんだって!
よく解らないけど、子供の頃にね、教会の炊き出しに行ったの。
そこで貰ったスープをね、手から出した光の箱の中に入れたの。そうすると溢れないし、冷めないから。
私にとっては当たり前の、いつもやっていることなのに、見かけた大人達が大騒ぎして。
神父さんが私に言ったの。
「この力は結界だ!!」
ってね。
で、『聖女』と言われるようになって。
聖女なら国のために働けって。
でもその前に聖女にふさわしい環境がなきゃって、男爵家に引き取られたって身の上よ。
けどねぇ、貴族と言っても男爵家なんて、末端の末端。
下手すれば儲かっている商家の方が豊かだったりする、微妙な地位なのよ。
お義父さんもお義母さんも、私を可愛がってくれるけど、何か……思っていたのと違うのよね。
ほら、貴族といえば、ドレスと宝石とパーティじゃない?
でも男爵家では、そんなのからっきし。
お金がないからパーティなんか開けないし、身分が低いから高位の貴族との付き合いはないし。そもそも、宮廷へ出仕をしていても、王族と直接顔を会わせるのは許されていないんだって。そんな貴族がいるの?
がっかりだわ。
せっかく貴族になったのに、毎日することと言ったら、家事に刺繍に読書。悪いけど、全ッ然! 興味ない。チクチク布を縫って、何が楽しいの?
退屈で退屈で死にそうになっていたら、また神父さんに言われたの。
「16才になるから学校に行きなさい。今のままでは、とても聖女として聖地に向かわせられない。みっちり教養と知性を磨くように」
って。
どっひゃーッ!!
何で、そうなるのぉ……。
私の教育は、お義父さんとお義母さんがしてくれたんだけど、それでは全然足りなかったみたい。
特に語学。聖女として聖地で修行をするなら、その国の言葉も話せないといけないのに、男爵家には教えられる人材がいなかった。
確かにね。あの人達って人はいいんだけど、それだけって感じよね。
私としては少しは習ったんだし、学校でもなんとかやっていけるんじゃないかな、なんて思っていたんだけど。
無理。無理。
1日でレベルの違いに気づいちゃった。
で、毎日授業をサボっていたら、やっぱり貴族のお坊っちゃんにも、私みたいな半端者がいるのね。
そのうち、何人かの男子生徒と仲良くなって、チヤホヤしてくれるようになったの。
そうなるとね、色恋沙汰って起こるのよ。
初めて恋人になったのは、伯爵家の長男。
ちょっと甘えて迫ったら、簡単に堕ちたの。
私のためなら何でもできると言い、勝手に貢いで、勝手に破滅しちゃった。
彼、色々チョロかったし、なんか悪いことにでも巻き込まれたのかも。退学しちゃったから、知らないけど!
後から伯爵令嬢の婚約者がいたなんて言われても、知らないわ、そんなこと。
捨てられたくなかったら、ちゃんと繋ぎ止めておかなきゃ。
偉そうに、ツンとすましていないでさ。私みたいに甘えてみたらよかったのよ。彼、そういうのが好きだったんだからね。
次に付き合ったのは、男爵家の長男。
彼はサボり仲間ではなく、偶然出会って一目惚れしたの。
いかにも真面目な優等生イケメンだったけど、一目見て気づいたわ。自分に自信がなくて、レールを踏み外せないだけだって。
だからねぇ、彼とは楽しい遊びをたくさんしたの。
夜中に寮を抜け出して、ね。
彼にもうるさい婚約者がいたんだけど、その女からの虐めをでっち上げたら、彼ったらめちゃくちゃ怒ってやっつけてくれたの。
でもいつの間にか廃嫡されて、彼も退学になっちゃった。
一番気があったのになぁ。
――――貴族って、頭が良いいくせに、馬鹿よね。
なんで好きなら好きって、正直に言わないの?
うじうじ中途半端に気持ちを匂わせるだけなんて、馬鹿みたいよ?
それで伝わるならともかく、全然伝わってないんだもの。私から見たら、何やってんの? って感じ。
みんな私を責めるけど、私は彼らの望む女の子を演じ、欲しがるままにあげただけ。
私は努力したの。『婚約者』の立場にあぐらをかいて、なにもしていない人たちに、とやかく言われる筋合いなんてないわ。
聖女って最高なの。
本当はみんな、私を嫌って疎ましく思っているのに、聖女が相手だと正面からは言えないの。学校の先生さえもね。
だから私はね、やりたいことをして、言いたいことを言うことにしたのよ。
自分では何も努力せず、与えられるものを当たり前に手にするだけの貴族たちとは違うの。
欲しいものは、自分で勝ち取るわ。
聖女として知られてしまっているから、どうしても人の目をひくこともあったけど、心のままに行動していたら、虐めの恰好の的になっちゃった。
もちろん、それも私にとってはチャンスよ。
だって、貴族のお坊ちゃんから見たら、私はただのいじめられっ子だもの。そういう子を助けて優しくするのが好きなのよ、お貴族様は。
私は何人ものお坊ちゃんと恋愛をして、別れた。
誰もかれも、私にはまだ足りなかった。お行儀のいい素敵なデートなんかじゃ足りない。
私はもっと欲しかった。お金も、ドレスも、宝石も、足りないものを求めて、次に、次に、と。
そうして私は、王太子までたどり着いたの。
「フェリシティ・ガーランド公爵令嬢!! たった今、貴様との婚約を破棄する!!」
学校主催の舞踏会の場で、殿下はそう宣言してくれたの。
私はいつものように泣きそうな顔をしながら、殿下の後ろから公爵令嬢の様子を見ていた。
本当のことを言うと、あの人は私を虐めたりしなかった。それどころか、接点そのものが無かった。
そりゃ、そうよね。この国で王家の次に由緒正しいお家柄の、由緒正しいお嬢様だもの。
学校に馴染めず、フラフラ出歩いてばかりの末端貴族の養子の私と出会うことなんてないのよ。
でもね、私が殿下に近づくには、どうしてもあの人には悪者になってもらわないとダメだった。
だから、あの人が私を虐めている、と……無いこと、無いこと、無いこと、無いこと!! 全部でっち上げて殿下に泣きついたの。
殿下はね、馬鹿な貴族の一番手みたいな性格で。
社会的に地位が低い私を、始めから『守るべき者』と決めつけて、がむしゃらに守ってくれたの。まるでそうする自分が、貴族のトップにふさわしい人物だと誇示するようにね。
それに、貴族のお坊っちゃんらしくお行儀がいいのが仇になるタイプでね。
こっちが、
「感謝してます」
「殿下のおかげ」
「殿下ステキ」
って態度で、じっくり引きつ離れずの距離を保ながらスキンシップを深めていったら、あっという間に私に夢中になって、
「もうアイビーのことしか考えられない」
って、飽きもせず毎晩言うのよ。単純ね。
殿下はね。
私をたっぷり甘やかして、贅沢をさせてくれて、私のすみずみまで満たしてくれる人。私はやっと満足できたの。
将来は王妃になりたいか?――――いいえ。
面倒くさいことはゴメンよ。
どうせなるなら、妾がいいわ。仕事なんかしないで、毎日殿下とイチャイチャして、パーティを開いて、着飾って、世界中のドレスと宝石を集めるの。そんな生活、できたらステキよね!
だから、頭のいい公爵令嬢様には、早々に王太子の婚約者から退いてもらう必要があったの。
だって、あの人は絶対に妾なんて許すタイプじゃないし。あの人が正妃になったら、殿下をがっちり包囲して、まともな人間に再教育しかねないものね。
この学校ではね、学期ごとに一度、学校が主催する舞踏会があるの。
普段は清廉清楚は装いを義務付けられている生徒達が、本気でドレスアップして大人の真似事をする授業の1つよ。
大抵の女子生徒は婚約者か実家が大奮発するの。そうそう高価なドレスなんか仕立てられないから、ほとんどは一着を着回すんだけど。
殿下は婚約者への愛情なんてこれっぽっちも持ち合わせていないから、その全てを私に与えてくれたの。
それでね、ピンときたの。これはチャンスだ、と。
殿下との夜を過ごし、今日の舞踏会の支度をするために自分の部屋に戻った私は、無惨に切り裂かれたドレスと、ちぎられ壊されたアクセサリーを見つけた――――と、いうシナリオ。
「私と殿下との仲をよく思わない誰かがしたのでは」と吹き込むだけで、殿下はあっさり自分の婚約者を疑って、勝手に怒りまくって、あの人の顔をみた途端、皆の前で断罪を始めちゃった。
お馬鹿さん。
もちろん、やったのは私自身。
ちょっと勿体なかったけど、ドレスもアクセサリーもたくさん持っているし、必要な投資よね。
おかげで、殿下はあの人の言い分も聞かず、話は婚約破棄までトントン拍子に進んだわ。
「私はアイビーを心から愛している。アイビーは私に人間らしさと癒しをくれた。それは彼女が聖女だからではない。彼女の人柄が優れているからだ。そんなアイビーにこそ、私は生涯を捧げたい!」
ぐい、と私を力強く抱き寄せる殿下を見上げれば、いい感じにお調子に乗っている殿下と目があった。 ニコッと笑っちゃったりして……すっかり正義の勇者気取りよね。もう少し、煽っておこうかな?
「殿下のお気持ち、とっても嬉しいですぅ。でもぉ、私は身分が低いからぁ……」
「何を言うんだ。たとえ男爵家の令嬢であっても、アイビーは聖女なんだ。この国の頂点に立つにふさわしい!」
「聖女だなんてぇ……、私はまだ全然修行も足りなくてぇ……」
「アイビー、君はなんて奥ゆかしいんだ。君は間違いなく聖女だよ。 どうかそんな悲しい顔をしないでくれ……」
「殿下……」
「愛しているよ、アイビー」
不安げにうるっと瞳を潤ませれば、殿下は私をさらに強く抱き締めて、離さない。
「安心して欲しい。君が心穏やかにいられるよう、最善を尽くすから……フェリシティ!! 貴様のような悪女がこの国に存在すること拒否する!! 貴様は国外追放だ!!」
わーい!! そこまで言っちゃう!?
私としては、婚約破棄されてどこかに飛ばされてくれればよかったんだけど、この国から出てくれるならこれ以上のことはないわ。きゃはは。
殿下ったら普段はあの人に苦手意識丸出しで、せっついてもなかなか動いてくれないのに、今日のドレスの件はよっぽど頭にきたみたいね。そりゃあね、王太子の威厳を見せつけるために、何ヵ月も前から張り切っていたものね。
頑張ってくれたから、今夜はとびきりサービスしてあげよう! 私は聖女様なんだしぃ?
あ、でも理想は私が王太子妃になるんじゃなくて、適度に馬鹿で私に夢中の殿下と、毛並みはいいけど大人しくて能力低めの伯爵令嬢あたりが結婚して、私を妾にすること。これは殿下にもよく言っておかなきゃね。
私はルンルンであの人を振り返ったわ。
最後に、聖女らしい慈悲の心で、国外追放を撤回させようかな、なんてフリして。
もちろん本気じゃないし、いつもお高くとまったあの人の、みっともない姿を見てやろうと思ったのが本音。
だけど。
あの人は、優雅に微笑んでいた。
やってもいない罪で悪者にされているのに、爽やかな笑みを浮かべていた。
なぜ、笑っていられるの?
私の心が一瞬で冷えるのを感じた。
「左様でございますか。わたくしはくだらない嫌がらせや虐めは一切しておりませんが、婚約解消には同意いたします」
「なっ」
「ですが、わたくしの一存では返答いたしかねますので、一度公爵家に持ち帰らせていただきます。ご安心くださいませ。わたくしとしても殿下のご意向に添うべく、善処いたしますので」
あの人は礼で会話を締めくくると、パートナーの手を取り、何事もなかったかのように会場を去っていった。
生徒達の無遠慮な瞳に晒されていながらも、堂々としたその姿は美しい過ぎて……恐ろしかった。
毎週金曜日に更新。
次回は30日21時の予定です。
年末ですが、気にしない。気にしない。
すでに仕事は忙しいけど、知らんちん。
ちょっと早いですが、メリークリスマス!!