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1.公爵令嬢は憂える


――――あぁ、可笑しい。笑ってしまいますわ。


ですが。

どこぞの女子生徒のように、大口を開けて大笑いしたり、無作法に体をくねらせながら手足をバタつかせたりなど、できませんのよ。

ただいま大勢の学生の前で、いわゆる『晒し者』にされておりますが、これでもわたくしは公爵令嬢ですもの。


わたくしは頭を下げたまま、ほころびそうになった口元を引き締め直す。

いかなる時も、公の場では感情を表に出してはならないのです。

そのような貴族として当たり前の仕草でさえ、目前の王太子殿下にとっては気に入らないご様子で、ますますご機嫌は急降下。全く、なっていませんわね。


わたくし達貴族の子女は、幼い頃から貴族にふさわしい教育を家庭で施されます。

16才から通える貴族の学校はありますが、教育の総仕上げと人脈づくりの意味が強く、また義務ではありません。


ですので、わたくしも学校(こちら)には通うつもりはありませんでしたが、くしくも王太子殿下の婚約者に選定されましたので、人脈づくりのために入学いたしました。

そして、わたくしなりに身分の上下に関係なく交流を深め、よき友人を多く得ることができました。

その点では、将来王家に嫁ぐ身として、充分に義務を果たしたと自負しております。


学業については……こちらは、幼い頃より公爵家の娘として、一流の家庭教師の先生方から教えをいだだいておりますので、全く問題はなく。むしろ入学しておよそ二年、ひたすら復習に励む日々でした。




さて、そろそろ本題にまいりましょう。


いつものようにカフェテリアでお友達と放課後のお茶を楽しんでいると、王太子殿下がご友人方を連れていらっしゃいました。それはそれは怒り心頭といったご様子で。


「フェリシティ・ガーランド! 話がある!!」

「王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」

またですか、という言葉を飲み込み、わたくしはそっと席を立ち、カーテシーをしました。


ここは学校ですから、生徒の身分に関係なく、誰とも親しくお付き合いすることができますが、実際に貴族の流儀に反する無作法を通すものはいません。

また、唯一の例外もあります。

それが王族です。

王族に対してのみ、生徒間の無礼講など絶対にあり得ません。

ですから、わたくしは殿下がお許しになるまで、顔を上げることができません。


「不快だ。あれほど言ったにも関わらず、貴様はまだアイビーを虐めているらしいな!」


アイビー様とは、この学舎で殿下が個人的に親しくされている、ホール男爵家のご令嬢です。

と言っても男爵の実子ではなく、アイビー様に聖女の力が現れたとかで、聖女にふさわしい教養を得るために、平民から男爵家に養子に入られた方なのです。


そのため少々――――いえ、遠慮はいけませんね。彼女の振る舞いは、貴族として大いに問題がありました。

未婚の異性に軽々しく触れるだけでなく、抱きつく。婚約者のいる異性と身勝手な愛を育む。これらは断じて、してならないことです。


アイビー様のような奔放な方は、正しく貴族の教育を受けた令嬢にはおりません。

それが学校に通う男子生徒には刺激的だったのか……彼女に親しげに声をかけれて、その気になった者は数知れず。中には幼い頃からの婚約を破棄してまでも彼女に夢中になった者もいます。


困ったことに。

わたくしの婚約者である王太子殿下もその一人。

その上、殿下のご友人である宰相ご令息、法務大臣ご令息、近衛騎士団団長ご令息、宗教庁長官ご令息、といった、本来なら殿下を正しく導くはずの方までもが、彼女の手管に陥落してしまう始末。

このように徒党を組み、悪者のわたくしからアイビー様をお守りするという名目のもと、常に行動を共にされているのです。




本当に。()()誰かがそばにいるというのに。

どうして、わたくしがアイビー様を虐めることなどできるのでしょう。

アイビー様が殿下と恋人同然の振る舞いをされているのは、周知の事実。それは学内に限らず、夜を過ごす寮でも。


仮に殿下がご多忙でアイビー様の相手ができない時は、取りまきの方の誰かが、その代わりとなるのです。

朝起きて、また次の日に目覚めるまで、授業以外は常にいずれかの男性といらっしゃるのに、その隙をついてわたくしが虐めることなど……できれば、王家の暗殺部隊も顔負けというもの。


――――これが笑わずにいられましょうか。




「恐れながら殿下、発言をお許しくださいませ」


許されて、わたくしはようやく礼から解放されました。

しっかりと前を向いて、殿下に申し上げます。


「わたくしは誓って、虐めなどしておりません」


殿下はますます不機嫌なご様子で、

「貴様の『誓い』など意味があるか。アイビーが言っているのだ。貴様から交遊関係について咎められ、放課後の茶には誘われず、日頃から無視をされている、と」

「……それは、虐めではなく、高位の者としての最低限の苦言でございます。それに、わたくしはアイビー様とは殿下を通じてのみ、お顔を合わせておりますので、個人的なお付き合いをすることはございません。お友達ではありませんから」

「酷いですぅ。私はフェリシティさんとお友達になりたいのにぃ」


あらあら、酷いのはどちらでしょう。

人の婚約者を奪うような真似をしていながら。わたくしと友人になりたいなどと、片腹痛い。


殿下の背後からひょっこり顔を出したアイビー様は、()()()()()泣きそうにしながら、自分を取り囲む男子たちに助けを求めるように見上げました。

すると、頼んでもいないのに頭を撫でて慰める手や、優しげな労りの声などがかけられるのです。

なるほど、このようにして同情を誘うのですね。勉強になります。


殿下はわたくしの背後に視線を移しました。

そちらには、先程まで楽しくおしゃべりをしていたわたくしのお友達がいます。具体的には、殿下と共にアイビー様をお守りしているご令息の方々の婚約者方です。

そう、ここにはアイビー様によって婚約関係にヒビが入った五組が、右と左に別れて顔を合わせているのです。


「せっかくだ。今から貴様らがアイビーをもてなせ。アイビーは身分こそ低いが、教会に認められた聖女だ。喜ぶがいい」


着席したまま、逃げられずにいたご令嬢たちが、顔を青くしてうつむきました。

そうですね。自分達の婚約者を横から掠めとるような女性とお茶だなんて、誰も望みませんわね。

それに、アイビー様は聖女()()として我がアッシャー王国の教会から認定されてはいますが、まだ正式な聖女ではありません。聖女になるには他国にある聖地ウェストリアの神殿で認められる必要があるからです。

こういった小さな認識の違い、それもゆくゆくは正していただきたいものです。


「お断りいたしますわ」

「貴様……!!」

「わたくし達はこれで失礼いたします。お茶をされたいのでしたら、皆様だけでどうぞ」


にっこり微笑んで、わたくし達はサッサとカフェテリアを後にしました。


殿下のせいで、要らぬ注目を浴びてしまいました。

公爵令嬢たる者、人前で王太子殿下から拝顔を許されず、いつまでも礼をしたまま待たされることは、恥でしかありません。

まして身分の低い男爵令嬢に、殿下と同じ位置から見下ろされるなど、あってはならないのです。

背後から殿下のどなり声と、その殿下に絡み付くような、甘ったるい声が聞こえましたが、無視をしました。

まさに逃げるが勝ちですわ。


「大丈夫でしょうか? その……あちらはだいぶご立腹のご様子でしたが……」

と、連れだって寮に向かう道すがら、恐る恐る声をかけてきたのは、宰相令息の婚約者である、ジョーンズ侯爵令嬢です。


「構いません。わざわざ不愉快な人を交えてお茶をいただくことはありませんわ。それよりも皆様、その後変わったことはありまして?」

「特にはございません」

「リジー様のお陰で、つつがなく過ごしております」

「わたくしは、己のなすべきことをしているだけです」

「いいえ、本当にリジー様ほど聡明で優しくお強い方はいらっしゃいません。リジー様がいらっしゃらなかったら、わたくし達の誰も、今まで無事に過ごせてなどいません」

「あの聖女もどきの毒牙にかかり、婚約破棄どころか、修道院送りになっていましたわ」

「考えるだけでも恐ろしいわ……」


アイビー様という方は。

さすがは元平民とでも言いましょうか。その向上心はすさまじく、かといって自己研鑽より、はかりごとにご熱心のようで。

わたくしを含め、取りまきの婚約者の方々へのあらぬ悪評を広めることに、大変たけておいでです。


いつぞやも、やれ物を壊された、隠されたと騒ぎ、果ては噴水に突き落とされた、階段から突き落とされたなどと訴え、そのつど殿下を始めとする取りまきのご一同様が大騒ぎ。

アイビー様が具体的な犯人の名を言わないこともあり、憶測があちこちで飛び、勝手な私刑が横行したり、ご自分の不貞を棚にあげたご令息方が多数、一方的な婚約破棄を宣言するに至ったのです。

わたくし達も例にもれず、結果として婚約破棄には至らなかったものの、それぞれの婚約者から不当に糾弾され、とても心を痛めたのでした。


一件を重大視された先生方によって、騒動は瞬く間に収められましたが、以降、生徒の間では『うやむやにされた解決していない事件』として、水面下で火種がくすぶり続けることとなったのです。


「くれぐれも、一人になることのないように。必ず誰かと一緒にいることを心がけましょう。あちらが団結してくるなら、わたくし達も同様に、です」


とにかく、つけ入れられぬようにしなければなりません。

わたくしのお友達は、みな、とてもいい方達ばかり。

学校を卒業したのちの社交界でも、よきお友達としてお付き合いを続けるつもりでおりますの。

ですからできるだけ早く問題を取り除き、何の憂いもなく充実した学校生活を送りたいものですわ。






ところが。


「フェリシティ・ガーランド公爵令嬢!! たった今、貴様との婚約を破棄する!!」


殿下のたった一言で、わたくしの願いも虚しく、騒動の真っ只中に立たされることになったのでした。












毎週金曜日の21時に更新予定。


でもまぁ、予定はあくまで予定です。

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