8.世界のことわり
8.世界のことわり
ふーっと一つ息を吐いてからジジイは続ける。
「わしのような死者は世界に干渉できない。自動ドアも反応しないし開けられない。もしもコンビニなんて入っちまったら、次に誰か出るまで自分で出ていくことすらできない。誰かの目に留まることもなく、ただ世界の傍観者として存在しているだけだ」
「……」
「でもお前さんは違う。生きている人間にも、魂だけの存在にも触れることができる。会話することも」
興奮している様子で次々と言葉が口から飛び出して来る。一通り黙って聞いたあと、俺は口を開いた。
「それで?お前の目的は何だ、俺がキレないうちに言ってみろ。短い言葉でだ、言葉に気をつけろ」
リスクを犯してまで、何故この俺に今の話を伝える?何を考えているのか、何の意図があるのか。困っているゾンビがいたから親切心から境遇を教えてやろうって言うのか?そんな馬鹿な人間はいるはずがない。
「別に、仲良くやろうと思っただけだ。わしにとって、この世に干渉できる肉体は喉から手が出るほど羨ましい」
「羨ましい?俺が羨ましいだと?」
俺は立ち上がり、ジジイを上から見下ろすようにして言った。
「俺は今日寝る場所も、明日食う物の算段もできていない!何も見えない暗闇で、腹や胸の奥底から怒りの感情が真っ黒い渦になって俺の精神を支配している!それが羨ましいだと!?」
「いや、待て待て待て。落ち着け。本当に無力なんだ、肉体がないということは。そんな絶望の中にお前さんが現れた。少しばかり興奮してもいいだろう」
何だと言うんだこいつは。悪意は無さそうだが。威圧感を込めた視線でジジイを見るが、それに動じることもない。一つ深呼吸をして、握り締めていた拳を緩めた。
「兄ちゃん。今日の寝ぐらがないなら、わしらの寝ぐらを案内するよ。どうだい?」
少し考える。どこにも行く宛はないのだ。安全に雨風が凌げる場所があれば言うことはない。それに、この老いぼれに俺をどうこうできうるはずもないだろう。ついて行ってみるか。
「案内しろ」
そう言うと、ジジイはにっと笑って歩き出した。俺はそれに黙って続く。全く、生きていると怒りを我慢することばかりだ。いや、死んでいるのか?ジジイがいうには半死半生とか言っていたな。ならば半分か。