6.犬の糞
6.犬の糞
「どーーーん!!」
紙袋の中には、まだいくらかハンバーガーが残っていたようで、それらと紙袋の破片が派手に飛び散った。人目を憚らない大声と共に蹴りを入れてくれたのは金髪の男だ。反動でふらふらとよろめいている。明らかに酒に酔っている。
「やめとけよ!おい、コージ。もう止めろって。ごめんね、コイツ酔ってて」
「酔ってねえーって!ここ歩道でしょー!?だからゴミを置いちゃあダメなんだよねえー!」
「あっ」と小さく声を上げて、ワタが散乱した紙袋と内容物を拾い集め始めた。まだ無事だったバーガーたちを、再び紙袋へと回収していく。
「……」
俺はその姿を無言で見ていた。酔っ払いのふざけた行動に腹は立つが、ここで騒ぎを起こして追われる身になるのもごめんだ。視線を合わせぬように下を向く。胸の奥で燻り出した火種を、なんとか押しとどめる。
「手伝ってあげまーっす!」
コージと呼ばれた男は、まさにワタが拾い上げようとしていた一つのハンバーガーを踏み潰して見せた。まるで犬のクソでも踏むように、中身のケチャップが飛び散るまで踏み潰した。あの美味いバーガーを、草むらのクソのように踏み潰したのだ。あぁ、もう我慢できん。おもむろに立ち上がると、コージと呼ばれた男の首根っこを掴んで引き摺り倒した。男は何も抵抗できずにアスファルトの上を転がり回って倒れた。地面に寝ている男に向かって言う。
「俺の食い物を踏み潰しやがって!お前は俺の食い物は犬のクソだと言うのか!」
「何だお前、おい!大丈夫……」
「邪魔をするな!!」
哀れにも助けに入ってきた彼の友達も、怒号と共にコージの隣に投げ飛ばした。クソどもが、どんどん怒りが込み上げて来る!どこか痛めたのか二人の男たちは立ち上がることも出来ずに地面を這っている。
「おい、コージと言ったな。俺はもう我慢の限界だ。まずはお前の頭を踏み潰して、口に入る大きさにしてから食ってクソにしてやる……!」
気がつけば、パーカーのフードが脱げていた。えぐれた顔面が怒りにさらに醜悪に歪んでいる。右半分の落ち込んだ眼球の奥で、青白い炎がゆらゆらと揺れて見えた。怒りの炎が身体の奥深くから、噴出しているのを感じる。
「お前達のせいだ!俺は常にイライラしているんだ!常にだ!常に腹が立つし腹も減ってる!」
この身体になってからずっと、常に怒りに支配されている。何故だかわからないが、どうしても感情が噴き出しそうになる。コントロールが難しい、スポーツカーで路地を抜けるようなものだ。俺の剣幕に怯えてしまったのか、男たちは一言も発する事ができずにいた。コージに至っては涙目になっている。
「隣のお前は顔面を切り刻んで俺と同じツラにしてから、はらわたを引き抜いて喰らってやろう」
怒れば怒るほど、次から次へと怒りが湧いて来る。右手をぎゅうっと握り締めた。盛り上がった鋼のような筋肉に、何本もの血管が浮かんで見える。俺には素手でこの男たちを引きちぎることができるという確信があった。
さあと言うところで、目の前にさっきの女が立ちはだかった。
「あ!あのぉ、ハンバーガー。まだあるから、ほら全部上げるから。落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて」
ワタが、両手で拾ったハンバーガーを抱えている。俺の形相を見て顔はひきつっているが、それでも逃げ出すこともなく俺の目を見てそう言った。この俺の素顔を見ても、一歩も引かずにそう言ったのだ。
「……」
「お腹がすくとイライラするからね、全部食べていいから。もとからそういう企画だし、っていうか企画は今関係なくて、その。あの」
ワタワタしながら必死になってストップをかけてくる姿をみると、何か今怒っていたことがどうでも良いように思えてきた。そうだ。損得で考えると、どう考えても騒ぎを大きくするのは損だ。怒りを鎮めろ、抑えるのだ。
己の中の理性を総動員して、噴き出してくる怒りの感情に蓋をする。
「一つでいい」
それだけ言うと、彼女の手の中からハンバーガーを一つだけ取った。大きな声を出したものだから周りの人間もこちらに注目し始めていた。パーカーのフードを再び被り直して顔を隠すと、俺は人のいない方向へ駆けだした。