4.死体が動く
4.死体が動く
しかし、死んでいるだと。そうなりたければすぐにそうしてやるが、少し気になる。
「おろしてくれよ」
吊り上げたまま固まっていると、おろしてくれと涙目で訴えてきた。なんだか怒りも霧散してしまったので、両の手を離して地上に解放してやった。ジジイは「げほげほ」と非難するように大きく咳き込んで見せる。
「ゲホ、こんなに乱暴な魂は初めてだ」
「それより死んでいるとはどういうことだ。俺の顔を見てそれを揶揄しているつもりなら、お前の顔面も同じようにしてやるぞ」
ジジイは両手のひらを前に突き出して、勘弁してくれのポーズをとる。
「わしもお前も、もう死んでる。魂だけだ、幽霊と言う者もいる。死者だ。だからもう死なない。これ以上は死なない。ほらみろ」
そう言って、ジジイは洗面台の鏡を指差した。釣られてそれを見る。そこに映っているのは薄汚いフードを被った怪しげな男だけ。つまり俺だけだ、ジジイは映らない。
「なぜ映らない」
「お前さんはなぜ映る」
俺の声に被せるようにジジイが言った。どうやら同時に驚いたようだ。鏡に顔が映るのは当然だが、ジジイの姿は鏡に映らない。異常事態だ。
「生者の世界は死者を観測できない。死者を観測できるのは死者だけだ。わしが見えるお前さんは死者、しかし生者の世界にお前さんはいる……」
「何を言っている」
もう限界だ、このジジイ。生者だ死者だと訳のわからん事を言って煙にまきやがって。また沸々と怒りが沸いてきた。思わず握り締めた拳で洗面台を叩く。ドンと大きな音を立てて台が揺れた。
「そうか、お前さんは肉体があるのか!?生者でも不死者でもない。不死なる魂が死する肉体にこびりついた、半死半生」
捲し立てるようにジジイは続ける。
「心臓の音を聞いてみろ。拍動が時を刻んでいるか?いや、地獄の大穴の風音だけだろう。痛みは感じるか?体温はどうだ?」
自分の胸に手を当てるが、確かに何も感じない。首筋も、手首も、慌てて確認するが拍動は感じられない。
「どうなっている。俺は一体何だ、俺はゾンビなのか?」
「ゾンビだと?映画の見過ぎだ。お前さんはゾンビなんかじゃあない。肉体は死んでも魂は生きている」
「……」
理解できん。ジジイの言う事は荒唐無稽だ。しかし今のこの状況はどう考えれば良いものか。ああクソ、もうどうでも良い。腹が立ってきたし腹も減った!
「もういいジジイ。俺の前から消えろ。俺は腹が立っているし、腹が減っているんだ」
「腹が減るのか?」
ジジイは当たり前のことを聞いてくる。もう限界だ、こいつにこれ以上構ってはいられない何か食いに行こう。
「どけ!お前がここから消えないなら俺が消える」
性懲りも無く近づいてくるジジイを押し退けて、俺は再び夜の街に飛び出した。